第一章 努力家の執事とわがまま令嬢

わがまま令嬢との最悪な出会い

 卒業式から一週間後、信の前には鉄で作られた大きな黒い門、その奥にはヨーロッパで、よく見るような巨大な屋敷が建っていた。


「ここが、テンリ財閥の天理一家が住む屋敷」


 最寄りの駅から降りて、バスに揺られるごと十数分。そこからさらに、徒歩で木々に囲まれた道を十分ほど歩いた所に、テンリ財閥の屋敷がある。


 どれだけの財力を使って、この屋敷を建てたのだ。おそらく数億円はかけているように思えた。


「確か、インターホンを押して下さいって、連絡が来ていたよな」


 確認のため、スマホを開いてメールを見てみる。


『件名 あなたに決定! 本文 執事教育学校を首席で卒業した春町信を、テンリ財閥の執事として雇うことに決定したわ。配属先は、希望通りテンリ財閥の社長である天理優助様の娘、ルカ様ね。適性検査だけ、受けさせてもらうわよ。当日会えることを楽しみにしているわ。遅刻は、げーん禁ね? 屋敷に着いたら、インターホンを押してー! テンリ財閥専属メイド、サクラより』


「ずいぶんユニークなメール文だな」


 四大財閥の一つテンリ財閥だから、もっと固い文面で来るかと思った。このメールを初めてみた時、「俺の選択は正しいのか」と、自問自答していたのを思い出す。


「やれることは、やってきたつもりだ。なるようにしか、ならないか」


 信は、深呼吸を何回か繰り返すと、門に備え付けられていたインターホンを押した。


『はーい!』


 インターホン越しに、明るい女性の声が聞こえる。


「初めまして、今日からここで執事として、働くことになった春町信です」


『あ! 執事教育学校を首席で卒業した子ね! 待って、今門まで迎えに行くわ!』


 ガチャっと、音声が途絶える音が聞こえた。


「ここが、テンリ財閥の一族が住む屋敷なのか?」


 あまりにも、想像していた堅苦しさが無さ過ぎて、内心びっくりしている。


「お待たせー!」


 女性の声が聞こえる方向を向くと、メイド服を着た女性が、スカートを踏まないように手で持ち上げながら、走って来ていた。


「は、初めまして」


 自分より二つか三つ年上だろうか。黒髪をポニーテールにまとめて、笑顔が似合う女性だ。


 女性は、黒い門の横にあるパネルでいじると、大きな黒い門が開いた。


「春町信くん?」


「はい! そうです!」


 あまりにも、好みなタイプで、緊張してしまう。おもわず、声が上ずってしまう。


「採用メールを送った、サクラだよ。フルネームは、花風サクラ。よろしくね!」


 笑顔で話すサクラの一言により、信の心が射抜かれてしまった。


『拝啓、母さんと父さんへ。俺は、勤務開始五分で、この屋敷に就職できて幸運だと思えました。目の前にいる花風サクラさんに、ウエディングドレスを着させて、結婚するとこまで、イメージできています。いつか、嫁さんとして紹介します。 春町信より』


「信くん?」


 サクラが、信の顔を覗き込む。


「は、はい!」


 危ない。思わず、心の中で両親に送る手紙を書いてしまっていた。いきなり、ウエディングドレスを着させるのは、まずい。まずは、手順を追ってデートを重ねてだな。デート場所は、温泉街で……サ、サクラさんの浴衣姿……。


「顔赤いよ?」


「す、すみません!」


 落ち着くんだ俺。仕事をしに来たんだ。仕事をしている、かっこいい俺の姿をサクラさんに見てもらって惚れてもらおう。うん、一石二鳥だ。


「勤務初日だし、緊張するのは仕方ないね。安心して。この屋敷で働いている人は、みんな良い人だから大丈夫よ!」


「はい!」


「あ、いけない。屋敷の中で、ジジが待っているわ。信くん早くこっちにおいで」


 サクラさんの後についていき、屋敷の中に入る。




 屋敷は、木造建ての豪華な屋敷だった。中に入ってみると、白い壁に、ワックスで磨かれた綺麗な床。天井を見てみると、天井には巨大な絵が描かれていた。


 どこかで、見たことがある有名な絵だ。


「ジジさん、お待たせ致しました。新しく来た春町信くんを連れて来ました!」


 サクラの言葉で、信は正面を向いた。


 サクラの目の前には、眼鏡をかけてスーツを身にまとった、白髪の老人がいる。年齢は、六十を超えているように見える。


「うむ、清潔感のある短髪。髭は生えてこないと言っていたな。健康的な肌の色、体調管理もばっちりですな」


「この声は!?」


 俺は、この声に聞き覚えがあった。面接を受けた時、面接官だった小太りな老人だ。


「うむ、ちゃんと私だったことも見抜いたようですな」


「ジジさん。また、変装して試験管をやっていたんですか?」


「自分よりだらしない面接官がいたら、人はどこか気のゆるみが生じるもの。しかし、君には気のゆるみを感じず、誠心誠意、受け答えをしてくれていた。その時点で、私は君のことを合格にしていましたぞ」


 ジジと呼ばれる老人は、俺に優しく笑みを向けた。


「初めまして、春町信です」


「初めまして、寺門重三じもんじゅうぞうです。みんなからは、苗字と名前の頭にある『じ』を取って、ジジと呼ばれている。ジジと呼んでください」


「はい、ジジさん」


「うむ」


 ジジは、俺の返事を聞くと笑顔で頷いた。


「ジジさん。ルカお嬢様は?」


 サクラは、辺りを見渡しながら聞く。


「ルカお嬢様は、二階の自分の部屋にいますぞ」


「信くん! ルカお嬢様に挨拶していこう!」


「はい! わかりました」


 サクラの後を、信はついていく。


「それにしても、日本なのにヨーロッパの屋敷みたいな作りをしていますね」


「それは、天理優助様の奥さんが、イギリス出身だからですよ。屋敷を建築したさいに、天理優助様が『日本にまで、着いて来てくれた嫁に、少しでも故郷の雰囲気がある場所を造りたい』という要望で、この屋敷を建てられました」


 サクラは、二階の廊下に描かれている絵画を指さす。


 幼少期に見た、天理優助の姿と金髪の女性が一緒に並んでいる絵だ。


 よく女性の絵を見てみると、金髪だけじゃなく瞳も青く描かれ、肌色も白かった。


「しかし、奥さんは亡くられてしまいました」


「亡くられた……サクラさんは見たことないのですか?」


「私が、来た時には、もう亡くなった後でした。ルカ様が、幼少期の頃に亡くられたと聞いています」


 サクラは、絵を見て悲しそうな顔をする。


 廊下を歩いて行くと、おそらく天理一族の絵画だと思われる絵が何点か見つけた。


「あの絵が、ルカお嬢様が幼少期の時に描いてもらった絵画です」


 金色の髪に、青い瞳を持つ子供の絵だ。母親からの遺伝を強く受け継いでいるのだろう。


 廊下を進んで行くと、ルカの幼少期だと思われる絵と、スーツを着た天理優助の絵、それと亡くられた天理優助の妻の絵を見かけた。さらに、進むと大きくなったルカと天理優助が、一緒に座って描かれたと思われる絵があった。


 信は絵を見て歩いている内に、ある違和感に気づいた。


 天理優助とルカの幼少期の二人が、一緒になって描かれている絵画見当たらない。

 別の所に置かれているのか? それだとしても、亡くなった奥さんとルカが一緒に描かれている写真も見つけられなかった。


「信くん。ここに、ルカお嬢様がいます」


 絵を見ながら考えていたら、目的の場所に着いたようだ。


「ありがとうございます」


「はい!」


 信がお礼を言うと、サクラは笑顔で頷き、扉を三回ノックする。


「ルカお嬢様。サクラです」


「入っていいわよ」


 扉の奥から女性の声が聞こえた。


「あ、私としたことが、自分でノックしちゃいました。信くんが先に声をかけるべきでしたね」


 サクラは、やってしまったという顔をする。


「あ、気にしないでください。入る時は、自分が先頭で入ります」


 それぐらい問題ない。信は、サクラと場所を入れ替えて、扉の取っ手に手をかける。




 部屋の中に入ると、赤を基調とした部屋で、腰まで髪を伸ばした金髪の女性が何かを探して背をこちらに向けていた。


「ねぇ、サクラ。私のお気に入りの服知らない?」


 辺りを見渡すと、服やスカート、ズボンなどが散らばっている。


「なに黙っているのよ。サクラ……」


 金髪の女性が、俺の方を振り返る。


「く……」


 お互い固まってしまった。


 テンリ財閥の社長の娘である、天理ルカは、下着姿だった。無駄な脂肪が一つもないモデル体型の体。しかし、身長は小さい段階で止まってしまったのか、百五十センチぐらいに見える。


「く?」


「黒」


 信は、とっさにルカの身に付けていた下着の色を言った。


「ど……」


 ルカは、震えながら近くに置いてあったカバンを手に取る。


「ど変態男―!」


 ルカが投げたカバンは、信の顔面に当たった。

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