わがまま令嬢に渡されたもの
「だ、大丈夫ですか?」
「こ、ここは?」
光の明るさに、目を眩ませながら起き上がると、見たことない部屋にいた。
「ここは、応接間ですよ」
声の方向を振り向くと、サクラが膝立ちをして、俺の方を見ていた。
「確か、俺は……」
信は、起き上がる前の記憶を遡って思い出す。そうだ、俺はルカの下着姿を見て、ルカに気絶させられたんだ。
「サクラさんが、手当てを?」
信は、自分の鼻を触り、何かが張り付いているのを確認した。
「はい。勝手ながら、すり傷が出来ていたんで、伴倉庫を貼らせていただきました」
なんて、優しいんだ。この人のために一生尽くしていきたい。
「そろそろ、目が覚めた?」
扉が開くと、水色のワンピースを着たルカが部屋に入って来た。手には、折りたたまれた紙を持っている。
「ルカお嬢様。すみません、私の不手際で」
「サクラは、気にしなくていいわよ」
ルカはサクラの方を見て、そう言うと信の前に立つ。
「ルカお嬢様」
「あなた、今日入って来た新人の執事だそうね?」
信は、ルカの問いに頷く。
「あなたに、これを渡すわ」
ルカは、持っていた紙を信に渡した。
「これは?」
信は、不思議に思いながらも、折りたたまれている紙を広げる。
『解雇通知』
もらった紙を開いて最初に入った文字が、この四文字だった。
いきなりすぎて、言葉が出なかった。
気になったサクラが、信が持っている紙を覗き込んで、書かれている内容を見る。
「ルカお嬢様。さすがにこれは、やりすぎでは……?」
内容を見たサクラが、ルカの方を見て言う。
「やりすぎではないわ。今は、パパが海外に行っているから、屋敷にいる使用人が少ないけど足りないほどではない。サクラとジジがいれば大丈夫よ」
ルカは、そう言って信を見下すような視線で見る。
「そんな……。二人だけだと心配だからって、お父様が雇うように言ったのですよ?」
「だから何? 私は、十分だと思っているから、追加しなくてもいいと思っているのよ」
「どうしたのですか、お嬢様?」
騒ぎを聞きつけたのか、ジジが部屋の中に入って来た。
「私の下着姿を見て来た、この男を解雇するとこよ」
「解雇……」
ジジは、信が持っている紙を取って、内容を見る。
「お嬢様。この紙は、どこで?」
「使用人室にあったパソコンから、印刷したわ」
「勝手に入ったんですか?」
「悪い?」
ジジは、黙り込んでしまう。
「ジジさん」
サクラは、悲しそうな顔でジジを見る。
「信殿」
「は、はい」
ジジに話しかけられて、放心状態から我に返った。
「この解雇通知は、テンリ財閥が正式に採用している用紙になります。なので、この解雇通知には効力があります」
ジジは、神妙な顔で信に語り掛ける。
「てことは、俺はクビってことですか?」
ジジは、首を縦にも横にも振らなかった。クビは事実なのだろう。
紙に書いてあることが信じられなかった。勤務初日の午前中で解雇されるのか?
「これで、わかったでしょ? あなたはクビよ」
ルカは、そう言うと、ルカとジジが入って来た扉を指さす。
「出て行きなさい」
「そんな。お嬢様、私とジジは、信くんと出会って短いですが、悪い人ではないと確信しております。テンリ財閥は、十数年しか経ってない新しい財閥。出る杭を打とうと、悪い事を考えている者も多いです。今は、信用できる人が一人でも多いのが、なによりも大事なのですよ」
「うるさいわよ!」
サクラの説得に、ルカは怒鳴り黙らせた。
「いざとなったら、私は一人で戦うから気にしないわ。出て行きなさい」
「ルカお嬢」
「サクラさん大丈夫ですよ」
怒鳴られても粘ろうとしていたサクラに、信は優しく話しかける。
「自分が悪いんです。ちゃんと入る時に、声をかけてから入れば良かった」
「それは、私が間違って最初にノックしちゃって……」
サクラは、今にも泣きだしそうな顔で、信のことを見た。
「短い間でしたが、お世話になりました」
本当は、自分も怒鳴りたい。「横暴すぎる」って言ってやりたい。
だけど、自分がルカと喧嘩して、周りの人が傷つくのは、もっと嫌だ。ここは、大人しく、ルカの言う事を聞こう。
信は、立ち上がり部屋の出入り口に向かう。
「信殿」
部屋から出ようとしたら、ジジに話しかけられた。
「すまない」
ジジは、信に向けて頭を下げる。
「いえ、大丈夫です」
信は優しく微笑んで、そう言うと部屋を出た。
「はぁ、クビになってしまった」
黒い外門から、屋敷の敷地外に出た信は、屋敷の方を見ながら呟いた。
「母さんと父さんには、なんて言おう」
執事になることを応援してくれていた両親に合わせる顔がない。
苦手だった勉強に、毎日ランニングや筋トレを欠かさずやって、執事育成学校では首席の座まで、登り詰めた。
「子供の時、ニュースを見て、テンリ財閥の執事になろうと決めてここまで来たのにな」
幼稚園の時に見た、当時七歳の女の子がテンリ財閥で起きた爆発に巻き込まれて、死んだ事件を思い出した。あの時、悲しそうな顔をしていた母の顔が忘れられない。
「家に帰るか」
自分が乗って来たバスが止まる、バス停に向かって木々に囲まれている道を歩き始めた。
「こうなったのも、お嬢様のせいじゃない。俺のせいだ」
学生最後の年に読んでいた、ビジネス本に書かれていた内容を思い出す。本には、「他人のせいにするのではなく、自分の責任だと思えば成長できる」と書かれていた。そう、今日起きたことは、自分の自己責任なんだ。自己責任……。
「はは、成長は大事だけど、今は自己責任だと思うのは辛いよ……」
信の目から涙が流れた。心が痛む。足取りが、重くて進むのが遅い。
「今までの人生は、なんだったんだよ」
下を向いて歩いていたら、信の肩に何かがぶつかった。
「おい、気を付けろ」
青色の作業着を着た配達員の男が、信に向けて言葉を吐き捨てて、屋敷の方に向かった。
「配達員か」
確か、屋敷の関係者以外は専用の駐車場に駐車してから、屋敷に徒歩で向かわないといけないんだよな。
道なりに進んで行くと、通り道の途中で専用の駐車場が見えた。配達員が乗って来たと思われる赤色の配達車両が駐車している。田舎から都会まで、全国どこでも見かけると言われている配達車だ。
「静岡県ナンバー。神奈川まで、よく来たな」
何を頼んだろうか。
「クビにされた俺が気にしても意味ないか」
信は、そう呟くと再びバス停に向かって歩こうとしたが、少し進んで立ち止まった。
「県外車両?」
あの赤色の配達車は、どこでも見かける車両だ。基本ああいう全国展開している配達会社は、トラックで配達物をまとめて、近くの支社に運び出す。そして、そこから配達物を各家庭や会社に搬送するものだ。
そうすると、必然的に配達車両は、その県内のナンバープレートになる。
「なんで、静岡県ナンバーの配達車両が、ここにあるんだ……」
信は、感じていた違和感が、恐怖に変わった。
「なんだか、嫌な予感がする」
信は、再び屋敷の方に向かって走り出した。
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