そ、その私も悪かったわ......

「俺は、クビになったのに」


 信は、そう呟きながら屋敷に向かって走っている。


 なんで、自分でも屋敷に戻っているのかわからない。自分の嫌な予感が嘘かもしれない。ただ、子供の時に母さんに言った「俺、悲しいことが起こる人を守れるような人になる」という言葉が思い出した。その言葉を、有言実行する時だと思っている。


「あの人は」


 視界の先には、さっきぶつかった配達員がこちらに向かって歩いていた。


 呼び止めるべきか?


 いや、まだ証拠がない。それに話しかけている時間が、もったいない。


 信は、青い作業服を着た配達員と、すれ違った。信は、すれ違う時、配達員が笑みをこぼしたのを見逃さなかった。


「今、笑っていた気が……いや、気にするな今は屋敷に向かうことが優先だ」


 信は、屋敷に向かって突き進む。


「サクラさん!」


 黒い門の近くに、ルカのメイドである、サクラの姿を見かけた。


「あれ、信くん?」


 サクラは、信の姿を見て驚いた顔をする。


「どうしたの、信くん? 忘れ物?」


「はぁ、はぁ。今、配達物が届けられませんでしたか?」


 信は、息を切らしながらサクラに話しかけた。


「配達物? うん、届いたよ。ルカお嬢様に渡してきた」


「中身は確認しましたか?」


「ううん。ルカお嬢様、よくネットショッピングするから、いつもみたいに何か買ったと思って、確認しなかったよ」


「一回、中に入れてもらえませんか。もしかしたら、ルカお嬢様が危ないかもしれない」


「え?」


 サクラは、驚いた様子を見せたが、信の表情を何か感じ取ったのか門を開いた。


「ありがとうございます」


 信は、サクラにお礼を言うと、屋敷に向かって走り出した。


「わ、私も行くわ」


 サクラも信の後をついていこうとする。


「サクラさんは、何かあった時のため、警察に連絡する準備をしてください」


 信は振り向いて、サクラに話しかけた。


「う、うん。わかったわ。緊急用の電話が、敷地内に設置されているから、そこから連絡できるようにする」


 サクラは、そう言うと、電話があると思われる方向に走り出した。


「何もなかったら、それでいい。ただの勘違いであってくれ」


 信は、そう言って屋敷内に入る。


「信殿?」


 屋敷に入ると、掃除をしていたジジが俺の方を見て名前を呼ぶ。


「ジジさん。ルカお嬢様は、どこにいますか?」


「ルカお嬢様なら、さっきサクラから渡された配達物を開けに、自分の部屋に向かった」


「ありがとうございます」


 信は、二階に向かおうと階段がある方向に走り出そうとする。ジジが、信の腕を掴んで引き止める。


「信殿、待つのだ。一体どうしたんだ?」


「あの配達物を届けた配達車のナンバープレートが、静岡ナンバーでした」


「静岡ナンバー」


 信が言っていることに、ジジは一言だけ言って黙り込むが、何か気づいたように信の方を見る。


「それは、本当か!?」


「はい。しっかり駐車場で確認しました」


「早く、お嬢様の元へ向かわねば」


 信とジジは、階段を上がりルカの部屋に向かう。




「ルカお嬢様!」


 信が扉を勢いよく開くと、ルカは驚いたように肩をびくっとさせた。


「な、なんでクビにした新人が、ここにいるのよ!」


 叫ぶルカの手元には配達物とカッターがあった。


「警察に通報するなら、これが終わってから通報しても構いません」


 信は、そう言うとルカの元に駆け寄る。


「え、なに!?」


 状況を把握できずうろたえるルカの手元にある配達物を取り上げた。配達物に、耳を押し当てて、中身の音を聞いてみる。


 カチッ。カチッ。カチッ。


 時計の針が動くような音が聞こえた。


「ルカお嬢様。配達物の中身は時計ですか?」


「なにを言っているの? 私が、頼んだのは化粧水と乳液よ」


「ジジさん!」


 ジジは、信の言葉を聞いて、ルカの手を掴んで部屋から出そうとする。


「ジジなにするの!?」


「ルカお嬢様。ここは、ジジの言う事を聞いてください」


 ジジがルカを連れ出している中、俺は配達物を部屋の窓から外に投げ出した。


 外に投げ出された配達物が地面に当たった瞬間、爆発した。




 配達物が爆発した後、サクラがすぐに警察へ連絡した。


 しばらくすると、爆発物処理班を連れた警察が屋敷に到着する。


「ルカお嬢様怪我はありませんか?」


「ひぐっ……ひぐっ……」


 信は、ルカに話しかけるが、ずっと泣いていた。


 殺されかけたんだ。泣いても仕方ない。


「では、爆発物を届けた配達員に、見覚えがなかったんですね」


「はい。初めて見る顔でした」


 俺とルカの隣では、サクラが警察に事情を説明していた。


「ルカお嬢様、信殿。紅茶を作りました二人共、飲んでください。紅茶には、気持ちを落ち着かせるリラックス効果があります」


 ジジは、そう言うと、机の上に紅茶を置く。


「ありがとうございます」


「あ、ありがとう」


 ルカと信は、紅茶が入ったカップを手に持ち、飲み始める。


「解雇された新入り、名前は、なんていうの?」


「春町信です」


 解雇された新入りなんて、初めて呼ばれるな。そう呼ばれるのは、これで最後でありたい。


「春町……信……」


 ルカは、信の名前をぼそっと呟く。


「信」


 ルカは、信の方を向いた。


「はい、なんですか?」


「あ、ありがとう」


 ルカは顔をそむけながらも、お礼を言った。


「怪我がなくて、良かったです」


 信は、ルカに向かって笑顔で答えた。


「ルカお嬢様。爆発した配達物は、爆発物処理班が押収しました。後日、解析結果がわかると思います」


「そう。パパには、連絡した?」


「はい。優助様は、今の時間会議していますので、同行している使用人に連絡しました。会議が終わり次第、折り返しの連絡が来ると思います」


「わかったわ」


 ルカは、落ち着いたのか段々元の口調に戻り始めている。


「信」


 ルカは、再び隣に座っている信を見る。


「はい。ルカお嬢様」


「さっき、私が渡した解雇通知持っている?」


 信は、胸ポケットに入れた解雇通知の紙を取り出した。


「貰うわよ」


 ルカは、そう言うと解雇通知を信の手から取り上げた。


「ルカお嬢様?」


 何をするつもりなんだろうか?


「そ、その私も悪かったわ。家族以外の男性に下着姿見られたことなかったから、動揺したの」


 ルカは、顔を赤らめて信に謝った。


 今、謝ったのか?


「いえ、自分も一声、声をかけてから部屋に入るべきでした」


 ルカが全て悪いわけじゃない。俺にも、非がある。女性の部屋に入るって言う考慮が足りなかった。


「ほっほっ。お嬢様、素直に謝れて偉いですぞ」


 ジジは、笑顔でルカの方を見ながら言っている。


「う、うるさいわ」


 ルカは、ジジに向けて顔を赤くしながら言う。


「お嬢様、その紙をどうするつもりですか?」


「こうするのよ」


 ルカは、そう言うと、信の目の前で解雇通知を破り捨てた。


「ジジ。この状態でも、解雇通知の効力はある?」


「うむ。お嬢様が、びりびりにしたので、元々この紙が、どんな内容が書かれていた紙かわかりませんな」


 ジジは、嬉しそうな顔で言う。


「これは、どういう」


 信は、状況が飲み込めていなかった。


「良かったら……なんだけど、もう一度私の元で執事をやってくれない?」


「も、もちろんです!」


 信は、すぐに返事をした。


「え、みんな何話していたんですか?」


 警察との話を終えた、サクラが気になった様子で、こっちに来た。


「ほっ、ほっ。信が、改めて執事として採用されたんですよ」


「おめでとうございます! って、そんな重要な話を、私抜きで話していたんですか! ずるいです!」


「改めて、春町信です。よろしく、お願いします」


 信は、こうしてテンリ財閥の執事として働くことになった。

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