ルカの父、天理優助と初めて会う
執事になって、次の日。信は、ルカがいる屋敷内で掃除をしていた。
「爆発したのは、驚きましたけど、屋敷内で壊れた物がなくて、良かったですね」
信は、掃除をしながら、サクラに話しかける。
「本当に、幸運だったね。屋敷内にある高級品の中には、私が十年以上働いても返せないぐらいの高級品もあるから」
「そんな物が……」
できるだけそう言う物には触れたくないな。信は、そう思いながら玄関の近くに置かれている台を拭いた。
「信くん。今、信くんが拭いている来客者がカバンを置く台は、一千万するよ」
「一千万!?」
信は、驚いてカバン置きの台から後ずさりをした。
「ほっほっ。このバゲージラックは、イギリスで一番古いホテルと言われているホテルから、譲り受けた物ですぞ」
ジジは、信とサクラの会話を聞いていたのか笑顔で、話してくれた。
「そもそも、バゲージラックって、なんですか?」
「バゲージラックは、スーツケースや旅行カバンを置く台のことですぞ。日本では、あまり馴染みがありませんな。海外のホテルに行くと、一部屋に一台は置いてありますぞ」
「そうなんだ」
信は、ジジの説明を受けて、まじまじとバゲージラックを観察する。
「サクラ殿、信殿。今日は、入念に掃除をしてください」
ジジは、近くにあった壺を磨きながら言う。
「誰か来るんですか?」
「はい。今日は、この屋敷の主である、天理優助様が帰ってきます」
「えぇ、優助様が帰ってくるんですか!?」
信がリアクションするより、サクラの方が先にリアクションした。
「私、聞いていません!」
「ほっ、ほっ。連絡が来たのは、ついさっきですぞ」
ジジは、笑いながら答えた。
「信くん!」
「は、はい!」
「急いで屋敷を掃除しましょう!」
「わかりました!」
信とサクラは、急いで屋敷の掃除を始めた。
「サクラさん」
「どうしたの、信くん?」
信は、掃除をしながらサクラに話しかけた。
「天理優助様って、どういうおかたですか?」
俺が知っている天理優助は、テレビに出ている時の姿しか知らない。私生活での天理優助は、どういう人なのか知りたかった。
「子煩悩なお方よ」
「子供好きなんですか? てっきり、仕事一筋な人だと思いました」
「ニュースやテレビに映る優助様は、そう見えるかもね。でも、実際は唯一の家族であるルカお嬢様をとても大切にしている方だわ」
いつも冷静にインタビューで返事をしている優助の姿からは、想像がつかない。
「子供好きなら、今回の爆発事件、内心すごく焦っているんじゃないですか?」
「多分すごく焦っているはずだわ。もし、昨日のうちに出発していたとして、連絡するのを忘れていたとしたら、もうそろそろ」
サクラが話していると、ヘリのプロペラ音が聞こえた。
「優助様が来たわ」
「もう!?」
まだ、掃除を始めてから一時間しか経ってないぞ。
「ルカ―! 大丈夫かー!? ルカ―!」
空から、ルカの名前を呼ぶ声が聞こえる。
屋敷の外に出て、空を見上げると、一台のヘリが、こちらに向かって来ていた。
「うるさいわよ! パパ! 私は、大丈夫だよって昨日の電話で言ったでしょ!? その後に、なんで夜中五回も電話してくるのよ! おかげで寝不足よ!」
ルカは、窓から身を乗り出して叫ぶ、手には拡声器が持っていた。
「だって、パパ心配なんだもん! 娘が爆発事故に巻き込まれたって聞いた時、気絶しちゃったもん!」
「何で、私より、パパの方がダメージを受けているのよ!」
おそらく、優助もヘリに備え付けている、拡声器を使っているんだろう。屋敷の周りに家があったら、騒音問題で今頃苦情の嵐だっただろうな。
「優助様って、いつもこんな感じなのですか?」
「うん、そうだよ。このやり取りも、見慣れるようになるよ」
これが、いつも通りなんだ。
優助が乗っているであろうヘリは、屋敷の庭に着地した。
ヘリから、四人の人が降りて来る。
先頭に歩いている人物。茶髪で、短髪の髪型に、白のシャツを着ている。そして黒のズボン。天理優助だ。
「ルカ―! パパ帰って来たぞー!」
優助は、拡声器を持ち、ルカが顔を出した窓に向かって叫んだ。
「わかるわよー! ヘリから降りたんだから、拡声器使わないでよ!」
屋敷から出たルカは、優助に向かって怒った。
「おぉー娘よ! 元気だったか?」
ルカは、抱き着こうとする優助を手で防ぐ。
「大丈夫よ。心配してくれて嬉しいけど、抱き着いて欲しいなんて、頼んでないわよ!」
ルカは、優助を押し返した。
「せっかくの親子との再会だぞ? もっと、喜んでくれよ」
「夜中にしつこく電話してこなかったら、喜んでいたかもね!」
信達の前で、ルカに甘えようとしてくるユウスケを、必死に防ぐルカとのやり取りが繰り広げられていた。
「これも、いつも通りの光景ですか?」
「うん、いつも通りだよ」
「ほっ、ほっ。いつも通りですな」
ジジとサクラが、そう言うなら、この光景はいつも通りなんだろう。そこから、五分以上もの間、信達は、ルカと優助のやり取りを見守っていた。
「すまない。娘との再会に感動して、取り乱してしまった」
優助は、俺達の方を見て話し始める。
優助の頬には、赤い手の平の跡が残っていた。ルカにビンタされた跡だ。
「優助様。おかえりなさいませ」
ジジが、優助に挨拶をする。
「おぉ、ジジ。留守の間、娘を見てくれて助かっているぞ」
優助は、笑顔でジジに話しかけた。
「優助様。おかえりなさい!」
「サクラも元気そうだな。サクラが屋敷に居れば、明るく包まれているだろう」
優助は、サクラの方を向いて話しかける。
「優助様。初めまして、新しくルカお嬢様の執事になった信です」
「君が、噂の執事育成学校を首席で卒業した者か。私は、そこの学校にいる校長とは古い仲でね。ここ十年以上で、一番の逸材と聞いている。今回も、爆発物に気づいたのは君だとか」
優助は、興味津々な表情で信のことを見た。
「いえいえ、自分は特別に才能なんかありません。勉強も得意じゃなかったので、人より多くの時間を使っただけで、運動も人より運動をするのを心掛けただけです」
「ほう。君は、才能なんかではなく、努力で首席の座を手に入れたと言いたいんだね?」
信は、優助に核心づいたことを言われて、返事に困ってしまった。
「ははは! そんな身構えないでくれ」
優助は、信の表情を見て、笑いながら背中を叩いた。
「ジジ。今は、何時だ?」
「今は、午前十一時を過ぎたところですな」
「よし、みんな屋敷の中に入って、ランチタイムとしよう! 」
優助は、そう言うと一緒にヘリから降りた、メイド服を着た女性から、紙袋を受け取った。
「なんか、お土産は持って来たのですか!?」
サクラは、袋を見て気になった様子で、優助に聞いた。
「フランスで会議をしていたからね。本場のフランスパンを買っておいたのさ!」
「やったー!」
優助は、サクラにフランスパンの入った袋を渡す。
「さぁ、みんな屋敷の中で食べよう」
ルカとサクラ、優助に同行していた執事とメイド達は、屋敷の中に入って行く。
俺もついて行こう。信は、少し遅れて屋敷の中に入ろうとした。
「ジジ。爆発物の中身は、確認できたか?」
優助が、ジジに話しかける声が聞こえる。
「あと数日で結果がわかるはずです。ですが、おそらく……」
「十五年前と同じ手口の爆弾か?」
「はい。おそらく、同じ爆弾だと思います」
「判明次第、俺に報告しろ。それと、ルカには、このことを伝えるな」
「わかりました」
何か、聞いてはいけないことを聞いた気がする。
信は、言葉に出さず、心の中で呟き、急いでルカ達の後をついて行った。
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