わがまま令嬢の尻にしかれる

るい

プロローグ

執事を目指した理由

「日本の政治に影響を与える巨大組織『財閥』、長らく『黒田・源・青葉』の三大財閥が存在していた」


 見ていたアニメが突然切り替わって、ナレーションが流れる。ナレーションが終わるとニュースキャスターが映った。


「三大財閥に、近年のインターネット業界の発展で先駆者となった天理優助様が新たに『テンリ財閥』を創設しました。終戦以降六十年ぶりに財閥が誕生です! これにより、三大財閥から四大財閥になることになります」


 春町信は、ニュースキャスターが言っている言葉を、無心で聞いていた。


「ドラドラマン見ていたのに……」


 今幼稚園のクラスで話題のドラドラマン。悪者を覆面したドラドラマンが退治する話だ。悪者を追い詰めて、これからって時に、緊急ニュースで映像が差し替えられた。


「信―! もうすぐで、幼稚園に行く時間だよー!」


 ママが俺のことを呼んでいる。早く、ニュース終わってくれ。


「中継で、テンリ財閥を創設した天理優助様にインタビューができるそうです。佐々木アナー?」


「はい。佐々木です。今私の隣に天理優助様がいらっしゃいます。さっそく、話を聞いてみたいと思います。天理優助様」


 ショートヘアをしている女性が、隣にいた若い男性に話しかける。


 茶髪の髪に、スーツを着た姿は、自分が知っているサラリーマンの印象とは違った。髭はなく、不潔感もない。


「二十八?」


 俺は、五歳だ。てことは、この人、ママとパパの同世代ぐらいの人なんだ。信は不思議そうな顔で、テレビ画面に映る天理優助のことを見ていた。


「こんにちは。天理優助です」


「戦後の日本で、初めての財閥創設者となりましたが、実感とかはありましたか?」


「実感というのは、あまりなく。ひたすら目の前の仕事に向き合っていたら、財閥を立てられるまで、会社の規模が大きくなりました」


 話し出してみると、どこにでもいそうな男性だ。世の中には、いろんな人がいるんだな。


「こら、信。幼稚園に遅れるでしょ?」


 ママに肩を掴まれた。肩を掴む力が少し強い。怒っている証だ。


 横を向くと、長髪に薄く化粧をしたママの顔があった。


「で、でも、ドラドラマン……」


「録画しとくから、それで良い?」


「う、うん」


 本当は、この時間に見たかったけど、これ以上反抗すると、ママの頭に雷が落ちる。信は、しぶしぶ承諾して、家を出てママの車に乗った。


「信、忘れ物ない?」


「大丈夫だよ」


 ママは、信の返事を聞くと、車を発進させる。


「そういえば、信。この前、怪我したところは大丈夫?」


 一昨日。幼稚園のグランドで転んだ時、膝に出来た傷だ。信は、ズボンをめくって自分の膝を確認した。傷口は塞がっており、かさぶたになっている。


「うん。かさぶたになっているから、大丈夫だよ!」


 ママは、正面を向き運転しながら笑顔になった。


「信、体が丈夫でいいわね」


 俺は、よく怪我をするが、周りより早く怪我が早く治る体質だった。親が心配して医者に見せた時も、「うん。怪我が治りやすい体質だね」って診断された。


「ママと一つ約束できる?」


「約束?」


 ママから、こんな感じに約束をお願いされたのは初めてかもしれない。


「悲しんでいる人に、手を差し伸べられる男になりなさい」


 ママは運転していて、俺の方を向いていないが、その表情は優しく感じるものの、どこか真剣な表情にも見えた。


「うん! わかったよ」


 信は、ママの言葉を聞いて頷いた。




 数週間後。信は、家族とテレビを見ていたら、テレビの画面が突然切り替わった。


「緊急ニュースです」


 いつしかのショートヘアのお姉さんが、神妙な顔つきで話を始めた。


「ママ。なにかあったの?」


「今から、それを言うみたいよ」


 信は、ママにそう言われるとテレビ画面の方を見る。


「本日。テンリ財閥のビルで爆発が起こりました。この爆発に巻き込まれた七歳の子供が死亡しました」


「なんてこと……」


 ママは、ニュースの内容を見て悲しい顔をする。


「ママ。なんで、悲しそうな顔をしているの?」


「信は、まだ知らなくて良い事よ」


 ママの返事を聞いて、もう一度ニュースの画面を確認する。


「七歳の子供って言っていたけど、なにか悲しいことあったの?」


「そうよ」


 悲しいことが起こると、周りの人も悲しくなるんだ。


 信は、以前ママに車の中で言われた「悲しんでいる人に、手を差し伸べられる男になりなさい」という言葉を思い出した。


「ママ。俺、悲しいことが起こる人を守れるような人になる」


 信が、そう言うとママは、俺のことを抱きしめる。


「偉いわよ信。ママとパパは、自分が信じる道を突き進んで欲しいから、信って名付けたのよ。自分が信じる道をいきなさい。その先に、自分にとっての正解があるから」


「うん」


 信は、ママのことを抱きしめて返事をした。




「母さん。俺は、自分が信じる道を突き進んで、ここまで来たよ」


 信が向く、視線の先には、『執事教育学校卒業式』の文字がある。


「本校を首席で卒業した者には、特別な賞状を送る。今年度の首席卒業者は、春町信!」


「はい!」


 信は、返事をして立ち上がり、壇上へと上がった。

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