事故の瞬間

 何もない交差点。そこに、一台の黒い車が、信号で止まる。


「ここに映っている車が、天理優助様が乗っていた車です」


「この車にパパが……」


 ルカは、見入るように映像を見る。


 黒い車は、しばらく停車する。次の瞬間。トラックが、天理優助を乗せた車に後ろから追突した。黒い車は、横転し、車の腹を空に向けて、動かなくなった。


「うっ……」


 ルカは、思わず目を避けて、パソコンから離れてしまった。


 自分の親が、事故に巻き込まれた映像を見せられたんだ。俺も、同じ立場だったら、そうなっている。


「ここからが、重要です。事故の後、トラックの行動をよく見てください」


 信は、映像を見ようとした。


「ま……待って、私も見るわ」


 信の隣に、ルカが戻ってくる。


「ルカお嬢様。大丈夫ですか?」


「大丈夫だわ。平気よ」


 ルカの顔色が白い。無理そうだったら、見るのを止めて後で、また見せてもらおう。


「すみません。続きを、お願いします」


「わかりました」


 警官は、そう返事をすると、再生ボタンを押す。


 トラックが追突した後。黒ずくめの男が二人降りてきた。


「何かを話していますね」


「はい、そうなんです。慌てている様子がありません。まるで、最初から計画をしていたかのようです」


「会話の内容は?」


 信の問いに、警察官は、首を横に振った。


「申し訳ございません。さすがに、会話の内容までは、わかりませんでした」


「わかりました」


 わからないなら仕方ない。映像の続きを見よう。


 トラックに乗っていた男を見ると、携帯と思われるものをポケットから取り出して、誰かと通話を始めた。この男達は、誰に電話しているんだ?


 信は、顔を下に向け、考えようとする。


「ねぇ、信。何台か、車来たわよ」


 ルカが、ノートパソコンの映像を指さした。信は顔を上げて、映像を見ると、トラックの近くに、二台の車が止まった。


 通りがかりの車か?


「降りて来たわ」


 車から降りて来た男達も、服装が黒ずくめだった。そして、天理優助の車に近づいてく。


「私のパパになにするつもり?」


 ルカの言葉が強くなった。


 黒ずくめの男達は、車の中をしきりに観察をする。一通り観察したら、後部座席と前の部分の扉を無理やり、こじ開けた。そして、車の中にいた、二人を車から出した。


「車から、連れ出されているのは、優助様とエイチか?」


「はい。そうだと思われます」


 男達は、二人の男を車の中に入れると、車で立ち去った。去った後、すぐに救急車が辿り着いた。


「事故から、車の中にいた、優助様とエイチ様を連れ去るまでの間は、約二分。」


「たったの二分で誘拐したのか」


 手慣れている男達の犯行だと、信は思った。


 動きに迷いがなに一つなかった。手慣れている感じがする。だけど、ここは日本だ。こんな犯罪に慣れている集団が存在しているのか?


「この男達は、どこに向かったのかわかったの?」


「はい。ここから数キロ先にある駐車場で放置されている車が見つかりました。しかし、車の中には誰もおらず、痕跡も見つけることができませんでした」


 手詰まりって事か。


「どうすればいいだろうか」


 病室内は、静寂に包まれる。


「仕方ないわ。借りを作るのは嫌だけど、わがままも言ってられないわ」


 ルカは、そう言うと携帯を取り出した。


「もしもし、虎丸? ちょっと、力を貸してくれるかしら?」


 ルカが、電話しているのは黒田虎丸? 黒田財閥の一族か。


 病室内にいるみんなが、ルカのことを見ている。


「わかったわ。ちょっと待ってくれる?」


 ルカは、そう言うと警察と信のことを見る。


「これから、大事な話があるから、ここから出てくれるかしら?」


 信は、ルカの命令に頷いた。


「わかりました」


「私達も、そろそろ調査の続きに行かないといけない。優助様の娘さん。お名前を聞いてもよろしいですか?」


「天理ルカよ」


「天理ルカさん。これは、私の名刺です。何かありましたら、この名刺に書いてある電話番号に連絡を、お願いします」


「わかったわ」


 ルカは、警察官から差し出された名刺を受け取った。


「では、私達も部屋を出ましょう」


 信と警察は、病室から出て行った。




 信達が、病室から出ると、医師が回診で、病院内を巡回していた。


 ここにいると、診療の邪魔になるな。


「待合室は、確かあっちだ」


 信は、同じ階にあった待合室へ向かう。信が、警察の方を見ると、警察官は信が進む方向と逆方向に進んでいた。


 警察もどこかに行くみたいだ。時間が経ったら、戻ってくるだろう。


 病院内を進み、待合室に辿り着くと、窓際の席に座るメイド服の女性がいた。


「あれは」


 病院内で、メイド服を着ている女性。思い当たる人物は、一人しかいない。


「サクラさん。大丈夫ですか?」


「信くん」


 目元を赤く腫らした、サクラさんだった。


 俺が、来るまで、ずっと泣いていたようだ。


「アカリさん。命に別条がなくて、良かったですね」


「うん。そうだね」


 サクラは、呟くような小さい声で返事をする。


「警察も動いて、捜査しています」


 サクラは、信の言葉を聞いて、静かに頷いた。


「私。妹のアカリのそばに居なきゃいけないのに、いられなかった。アカリの痛々しい姿を見る事に耐えられなかったの、最低よね」


 サクラは、体を震わせながら言った。


「そんなことありません。それだけ、悲しむことができるのは、アカリさんを大切にしているからだと思います」


「ありがとう」


 サクラは、そう言うと、自分の服の袖で涙を拭った。


「絶対に犯人を捕まえましょう」


「うん。そうだね。アカリの前で、土下座させてあげないと」


 サクラは、笑顔になって言った。


「話しているとこ悪いわ」


 信とサクラが話している所に、ルカがやって来た。


「ルカお嬢様。電話は、終わったのですか?」


 信の問いに、ルカは頷く。


「黒田財閥の力を借りることになったわ。黒田財閥は、日本の交通網を支配していると言っても過言じゃない。黒田財閥の監視システムを利用すれば、パパとエイチがどこに行ったのかわかるわ」


 なるほど。だから、虎丸に連絡をしていたのか。


「警察にも言っといたから、近々黒田財閥に捜査協力を、お願いしに行くと思うわ」


 財閥の力が凄い。


 信は心の中で、感心していた。


「それと、信」


「はい」


「少し来てくれる?」


 ルカは、そう言うと歩き出す。信は、サクラの方を見た。


「私は、もう大丈夫だから言って来て。ありがとうね」


 サクラの言葉を聞いて、信はルカの後に続いて行った。

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