新たなる火種
スイが捕まり、警察が現場検証を行っている。空を見てみると、オレンジ色に染まっていた。警察と話してわかったが、俺が拘束されてから、丸一日経っていたらしい。
「閉鎖された空間にいると、時間の感覚がわからなくなるな」
信が呟いていると、信の元にルカがやってきた。
「ルカお嬢」
「なに、勝手に捕まっているのよー!」
信が言い切る前に、ルカの右ストレートが、信の顔面を捉えた。
「ぐあ!」
信は、体を浮かせて、地面に倒れた。
どんな力で殴っているんだ。
「お、お嬢様!?」
その場を見ていたサクラは、慌ててルカの動きを止めようとする。
「サクラ、私を止めないで! 猛烈に怒っているんだから!」
ルカは、そう言うと、信の元に一歩ずつ歩みを進めて来る。
「ルカ。そこまでにしたら、いいのですわ」
ルカは近くで、手当てを受けていた静香に止められた。
「静香、そもそもあなたが……」
ルカは、振り向いて、静香に怒鳴ろうとしたが、途中で話すのを辞めた。
さすがのルカお嬢様も、疲れ切っている静香様に向かって、怒鳴れないか。
「静香。怪我はないの?」
ルカは、静香の元に歩み寄る。
「特にないみたいですわ。一日、休めばいつも通りに過ごせてよ」
「そう。それなら良かった」
沈黙が流れる。しばらくすると、携帯の着信音が鳴り響き始める。
「私の携帯からだわ」
ルカが、携帯を取り出して、通話を始める。
「え?」
ルカは、一言、そう呟くと、顔色が、どんどん青くなっていった。
一体、何があったんだ?
「ルカお嬢様。一体どうされたのですか?」
信は、青くなったルカを心配した様子で聞いた。
「私のパパ。行方不明になっちゃった」
ルカは、今にも、消えそうな声で、その言葉を言った。
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沈みかけている夕日。
テンリ財閥の社長である、天理優助は、車の後部座席で夕日を眺めている。
「エイチ。今日の会食は、どこの企業だ」
優助は、助手席に座っているエイチに話しかける。
日本に来てから、会議は少なくなったが、会食が連日のようにある。たまには、使用人が作った料理を食べたいところだが、会社のためだ、わがままを言っているところではない。
「今日は、水井会社の社長と会食が入っております」
「水井……」
優助は、朝から時間が経ち、触ると分かるぐらいのあご髭を触りながら、考える様子を見せる。
どこかで、聞いたことがある会社だな。何をしている会社だっただろうか。
「優助様。どうかいたしましたか?」
優助の考えている様子を察したのか、運転している銀髪メイド、シルが話しかけた。
「あ、いや気にしないでくれ。どこかで、聞いたことがある名前だったと思っただけだ。エイチ、水井会社は、どんな会社だ?」
車内が静まり返る。
「エイチ?」
「あ、すみません。水井会社は、ネットワーク技術を提供している会社だと、聞いています」
連日みんな働かせすぎたか。アカリに関しては、隣で寝ているしな。ローテーションを組んで、順番ずつ休暇を取らせよう。
「インターネット関係の会社が、増えたな」
「最近は、AIの発展もめまぐるしいですからね」
「財閥規模になったからって、油断していると足元をすくわれかねない。気を引き締めていかないとだな」
「はい」
しばらく、車を進めせて行くと、信号に止まった。
「ルカは、元気だろうか」
ルカが思春期になってから、関わることが減った。前に、会ったランチ会の時も数カ月ぶりである家族の時間でもあったんだ。
「仕事量を減らして、子供と遊ぶ時間を増やすか。副社長と同じ位の権限がある役職を新しく一つ作ろう。そうすれば、俺にも時間の余裕が生まれる」
優助は、考えていることを口に出した後、ボーっと外を眺めた。
本当に綺麗な夕日だ。
「優助様! しっかり捕まってください!」
シルの言葉が聞こえた瞬間。後ろから強い衝撃を受けた。
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「ここに、シルさんとアカリさんが」
信とルカ、サクラの三人は、都内の国立病院に来ていた。
日本でも、五本指に入るほどの医療システムを備えた病院だ。一体、優助様達の身に何があったのだ。
「アカリ!」
サクラは、そう言うと、信達より先に病院内に入っていた。
「サクラさん!」
信は、サクラを止めようと呼びかけたが、そのまま病院内に入って行った。
妹のアカリが、余程心配だったんだろう。
「ルカお嬢様。ジジさんは、どこに行ったか、わかりますか?」
信は、辺りを見渡して、ジジの姿を探す。
ここに来る時、車で送ってくれたのに、車ごとジジの姿が見えない。
「ジジは、私が頼み事して、今それをやりに行っているわ」
「頼み事?」
ルカお嬢様は、ジジさんに一体。なんの頼みごとをしたのだろうか。
「それよりも早く。私達も病院内に入るわよ」
ルカが病院内に入って行く。信は、ルカの後について行った。
「シルとアカリがいる病室はここよ」
ルカと信は、病室の前に立って、扉をロックした。
「入るわよ」
病室の中に入ると、ベッドが二つ並べられていた。
銀髪の女性シルと、サクラの妹であるアカリだ。シルは、目を覚ましていたが、アカリは目を瞑っている。
先に来ているはずのサクラさんの姿が見当たらない。どこに行ったんだ?
「ルカお嬢様」
シルは、体のいたる所を包帯で巻かれていた。弱弱しい声で、ルカに話しかける。
シルは、無理やり体を起き上がらせようとした。
「無理に体を起こさなくていいわ。ゆっくり休んでちょうだい」
ルカは、起き上がろうとしたシルを引き止める。
「すみません」
シルは、体を動かすのを止めて、横になったまま返事をした。
「アカリの方は、容態はどうなの?」
ルカは、アカリの方に顔を向ける。
「複数の骨が骨折しているものの、命には別条ないそうです。シートベルトをしていたので、車外に放り出されずに済んだのが、大きいようです。ただ、昏睡状態が続いていて、目が覚めていません」
「そう。シル、怪我の状態はどうかしら?」
「私も何箇所か骨折しているものの、大丈夫です。治療とリハビリに専念していれば、後遺症の心配もないと言われました」
「それなら、良かったわ」
命に別状はないと言っても、痛々しすぎる。包帯を巻かれている所を見ると、自分の所も痛く感じて来た。
「早速で悪いけど、何があったか、教えてくれるかしら」
「わかりました」
病室内に沈黙が流れる。
「事件が起きたのは、優助様の会食場所に向かう途中でした。私が運転をして、エイチは助手席で優助様のスケジュールと、外部から送られてきたメールの返信。アスカは、『休憩して良い』と伝えた所、すぐに後部座席で寝ていました」
「アスカの隣に、パパが乗っていたのね」
「はい。それで、会食会場の近くにある十字路で信号が変わるのを待っていた所、黒いトラックが、ブレーキを踏まずに、そのまま後ろから追突。私が気づいたころには、優助様とエイチは、行方不明になっていました」
「誘拐されたってこと?」
「その可能性が高いです。今警察が、調査をしている所です」
ルカお嬢様の暗殺未遂の次は、優助様が誘拐された。スイは、捕まっている。だとすると、一緒に行動していた共犯の可能性が高い。
信が頭の中で考えていると、部屋のロック音が聞こえた。
「失礼します」
部屋の中に入って来たのは、スーツを着た三人の男。
「あなた達は、誰かしら?」
ルカは、不審者を見るような目で、男達を見る。
「申し遅れました。私達は警察です」
男は、そう言うと警察手帳を見せる。
「警察が、何しに来たのかしら?」
「事故後、天理優助様の身に何が起きたのか、わかりましたので報告をしに来ました」
病室にいた、みんなが警察官の方を見る。
「一体、パパに何が起きたの? 早く教えて!」
ルカは、必死な様子で、警察官に迫った。
「優助様の娘さんでしたか。おい、早く見せてやれ」
「はっ!」
喋っていた警官の隣にいた、警官が持っている黒のバックを開き、ノートパソコンを取り出した。
「これから、パソコンに流す映像を見てください」
ルカと信は、ノートパソコンの映像が見えるまで、近づく。
一体。何が映っているんだ?
「これは、事件が起きる直前の映像です」
パソコンを持って来た男が、そう言うと映像が再生された。
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