事件の結末

 その後、二つの倉庫に訪れたがどれも無人で、スイが隠れている気配はなかった。


「静香様。ここにも、いませんでした」


「わかりましたわ。次が、最後の倉庫になりますわ」


 次の倉庫にいなければ、スイは違うとこに隠れているのだろう。


 信と静香達は、通路を更に歩いて行く。


「ここが、最後の倉庫になりますわ」


 信は、扉の取っ手に手をかける。


「いきます」


 信は、そう言うと扉を勢いよく開いた。


 攻撃を仕掛けて来る気配はなし、人の気配も感じられない。


「中を確認します」


 信は、丁寧に倉庫の出入り口左右をクリアリングしてから、中を照らした。


 スイの姿は見当たらない。人が隠れられるような場所もなかった。


「痕跡がないかを探します」


「わかったわ」


 信は、倉庫の中に入り、スイが残した痕跡がないかを調べた。


 最後の倉庫だから、入念に調べてみたが、痕跡もないか。数年間は、人が入った感じもしない。


「静香様。痕跡も確認できませんでした」


 信は、静香に向けて首を横に振った。


「わかりましたわ」


 静香が、そう返事をした時、「ガシャン!」と、金属音がした。


 何の音だ?


「え?」


 信が言葉に出すよりも早く、静香が反応して後ろを振り返った。


 なんだか、嫌な予感がする。


 信は、直感で静香の元に向かおうとしたが、静香のすぐ前で、人影が落ちて来た。


「きゃあ!?」


 落ちて来た人影の正体はスイだった。


 なんで、上から現れたんだ。ここは、地下だぞ。隠れる場所なんて……。


「おっと、動かないでください。テンリ財閥の執事」


 スイは、信が辿り着くよりも早く、静香を人質にとった。静香の周りにいた使用人も動きが止まる。


 静香の首に刃物が当てられている。下手に動けないな。


「スイさん。静香様を離してください」


「さすがにそれは、できない相談だよ」


 スイは、普段と話している口調を変えずに話す。


 前は、口調を聞いて優しい人だと思っていた。だけど、今になってこの口調をされると不気味だ。


「スイ。あなたが、犯人ですの?」


 静香は、人質にされながらも、スイに話しかけた。


「そうだよ。静香お嬢様。テンリ財閥の令嬢であるルカ様に、爆弾を送りつけたのも僕だね」


 スイは、淡々と話す。


 スイが、ルカお嬢様を殺害しようとした犯人。


 信は、一歩近づこうと足を進めようとする。


「おっと。動いちゃダメだ」


 スイは、静香の首に刃物を近づける。


「くっ」


 人数では、圧倒的にこちらが勝っているのに、初手の奇襲で逆転された。


「目的は、なんだ?」


 信は、その場でスイに質問をした。


「復讐だよ。調べているんだよね?」


「あぁ、スイの両親が経営していた会社は、近代化の波に飲み込まれて倒産した。でも、両親は健在なんだろ? なぜ、殺す必要がある」


 会社の倒産で、恨むのはわかるが、殺したからって、何も変わらない。


「はぁ。ちゃんと、調べたの?」


 スイは、ため息交じりに言った。


「何か、見落としがあったのか?」


「僕の両親は、確かに会社の社長だった。だけど、会社の株を持っていたのは、僕が大好きだった、おじいちゃんだよ」


 スイの祖父が、会社の株主。そこまでの情報は、載っていなかった。


「僕のおじいちゃんは、僕の両親の分の借金を全部背負い込んで、自殺したんだ」


 スイの言葉を聞いて、静香は目を丸くして、驚いた表情を見せる。


「スイのおじい様は、事故で亡くなったって聞きましたわ」


「それは、表向きの理由ですよ。静香お嬢様。本当は、事故に見せかけた自殺です。保険金で、負債を返すためにね」


 スイの表情は、優しいが言葉は、どこか暗く感じた。


「さて、僕には助けが来る。それまで、静香お嬢様は、人質になってもらうよ」


 スイは、そう言うと移動し始めた。信は、それに合わせて距離を保ちつつ見失わないようについて行った。


「ついて来るのはいいけど、これ以上近づいたら静香お嬢様の命はないからね?」


 スイは、再び静香の首に刃物を近づける。


「わかった」


 信は、部屋を出た所で、床に落ちている物が目に入った。


 この蓋。


 信は部屋から出た所で、金属製の蓋が落ちているのを見つけた。


「ダクトに潜んでいたのか」


 上を向くと、ダクトの蓋が無くなっている。


「うん。そうだよ。隠れるの、しんどかったー。空気が悪いんだもん」


 スイは、笑顔で答える。


「さぁ、ここからは監視カメラにも映る。源財閥は、もちろん警察も動き出すかな」


 スイは、そう言いながら、階段を上がって行く。


「配達員は、スイが殺したのか?」


「あぁ、そうだよ。足取りが掴まれて、捕まるがわかっていたからね」


 スイ、復讐だけで、そこまで悪に染まったのか。


 スイは、そのまま階段を上がって、外に出た。





 信は、階段を上がりきって周りを見渡してみる。


 警察と源財閥のボディガードが、囲んでいた。監視カメラの映像を見て、連絡受けて待っていたのか。


「これ以上、僕に近づいてはいけないよ。静香お嬢様の命が大切でしょ?」


 スイは、刃物を周りに見せつける。


「スイ。一つ聞いていいかしら?」


「静香お嬢様どうしましたか?」


「ここまで、追い詰められているのに、逃げ切れると思っているのかしら? 日本の警察と源財閥をなめているのではなくて?」


「ちゃんと、助けは来ますよ。なんてったって、自分と同じ境遇の仲間ですから」


 スイと同じ境遇の仲間。てことは、協力者も、テンリ財閥のテクノロジーにやられた人か。


「それに、ちゃんと脱出プランを立てて、それに沿って行動しています」


 スイと静香が話している中、信は周りを見ていた。


 どこか、隙を生み出せるものはないのか。せめて、刃物さえどうにかなれば。


 信は、辺りを見渡していると手を振っている人物を見かけた。信は、その人物のことを、よく見てみる。


 あれは……。サクラさん!?


 手を振っている人物は、ルカの使用人である、サクラだった。


 サクラは、信に向かって、ジェスチャーと口の動きで何かを伝えようとする。信は、口の動きを注意して見る。


『う・え・に・い・る』


 上にいる?


 信は、スイに気づかれないように、サクラが指さす方向を見ると。鎌倉城の近くにあるビルの上に光物が見えた。


 狙撃手か!


 信は、状況を把握した。


 狙撃してスイの動きを止める。そのためには、静香をどうにかして。巻き込まれないようにしなければならない。


「スイ。あなたの仲間は、何人いるのかしら?」


「そんな。簡単に答えられませんよ」


 静香とスイは、会話のやり取りを続けている。


 どうやって、静香に合図を送ればいいんだ。


 信が考えている間に、スイは静香を人質にして少しずつ、移動している。


「あいつら」


 スイの後ろにいる警察が、これ以上行かせないように、盾で行く手を阻んでいる。


 いや、もしかしたら、あの状況を上手く使えば抜け出せるかもしれない。


「ねぇ、そんなことしていいの?」


 スイは、後ろで盾を構えて、立ちふさがっている警察に気づいた。刃物を警察に向けて、威嚇を始める。


 スイの注意が後ろに逸れた、今しかない!


「静香様! しゃがんでください!」


 信の言葉を、静香が聞いた瞬間、勢いよくしゃがんで、スイの拘束から逃れる。


「なに!?」


 スイは、慌てて、しゃがんだ静香を立たせようと手を伸ばす。


 しかし、その手は静香に届く事はなかった。


「がは……!?」


 スイの動きは、止まる。狙撃が、スイの右肩に命中していた。


 今の内に静香様を助けなければ!


 信が動き出そうとした瞬間、信の背後から二人の影が通り過ぎた。


「静香お嬢様! 大丈夫ですか!?」


「今の内に!」


 静香が連れていた二人の執事だ。


 ずっと、助けるタイミングを見定めていたのか。


 静香は、執事に救助され、すぐにスイの元から離れた。


「に……逃がすか……」


 スイは、ナイフを構えようとするが、力が入らないのか、ナイフを自分の足元に落とした。


「か、確保―!」


 警察が、スイに向かって体当たりして、動きを止めさせた。


 終わったのか。


 信は、スイが捕まったのを見て、安心した。


「静香様。大丈夫ですか?」


 信は、静香の元に駆け寄る。


「疲れたぐらいで、怪我はありませんわ」


 静香は、震えた声で言う。顔は、血の気が引き白くなっており、手も震えている。


 数十分とはいえ、刃物を向けられて人質にされていたんだ。疲労感が顔に出ても仕方ないだろう。


 警察は、その後スイを現行犯逮捕して、源財閥の令嬢が人質にとられるという、大事件は、幕を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る