二種目目『ご主人様救出作戦』

 速い!


 信は、寸前のとこで避けた。


 最初のパンチで、ある程度の速さがわかれば、後は簡単だ。


 信は次々と、パンチングマシンのパンチを避ける。


「あの執事。すごいぞ」


「かっこいいわ」


 信とパンチングマシンの周りに、人が集まって来た。


 少しでも気を抜けば、パンチングマシンのパンチをくらってしまう。


 信は、周りを気にする余裕がなかった。ただひたすら、目の前のパンチングマシンに集中する。


「ひゅー! さすが、ルカのとこの執事だ」


 虎丸は、口笛を吹いて興奮していた。


 今何発避けたんだ?


 信は、数える暇がなかった。


「しまった!」


 両足がつっかえてしまい、バランスを崩してしまった。


 信はかろうじて、一発目は避けられたが、次のパンチは避けられず、腕でガードをしてしまう。


「終了!」


 虎丸は、声を出して言うと、パンチングマシンの動きは止まった。


「はぁ、はぁ。点数は、何点でしたか?」


 信は、測定していた白衣を着ている人物の方を向いて聞く。


「信様」


 信の鼓動は高まる。


「百四十五点です!」


『おー!』


 辺りは、歓喜に沸いた。


「すごいぞ、ルカのとこの執事!」


「さすがだ!」


 周りにいた執事や、ルカと同じ学科の生徒に話しかけられる。


「よし、残るは数人だな。終わったら、次の種目に移るぞ!」


 虎丸が次の予定を教えている中、信はルカの元に歩き出していた。


「ただいま、戻りました」


 信は、ルカに向かって頭を下げる。


「その、お疲れ様」


 ルカは、顔を赤らめながら言った。


「足が引っかからなければ、もう少し避けられました。申し訳ございません」


「大丈夫よ。上出来だわ」


『おおおお!』


 信の後ろから、大きな歓声が聞こえた。


「なんだ!?」


 信は、慌てて振り向くと、再びパンチングマシンの周りに人が集まっていた。


「スイ様。百四十五点!」


 信と同じ点数を取った人物が現れた。


「俺と同じ点数だ」


 信は、思ったことを、そのまま口に出して言った。


「一体どこの主よ」


「ふふふ。私よ」


 ルカの前に、一人の女性が現れた。巫女装束に扇子。源静香だ。


「あんた、静かにしていると思ったら、なにしていたのよ?」


「みんなの実力が、どんなものか見学していたわ」


「話しかけて来たってことは、実力がわかったのかしら?」


「えぇ、ある程度はわかったわ。信!」


 静香は、そこまで言うと信のことを扇子で指す。


「はい?」


「私の執事のライバルは、あなたよ」


「へぇー、宣戦布告ね。面白いじゃないの」


 ルカは、笑みを浮かべて静香の方を見る。


「ふふ。まぁ、最終的に勝つのは私の執事で間違いないわ」


「いいえ。勝つのは、私の執事よ」


 ルカと静香は、お互いにライバル視し合う。


 最終的に競うのは、俺なんだけどな。


 信は、この状況を苦笑いして見るしかなかった。


「君が、僕と同点数をとった信だね?」


 ルカと静香の会話を聞いていると、一人の黒ジャージを着た執事が現れる。


「そうだが、誰だ?」


 信は、この執事に見覚えがなかった。


 黒縁の眼鏡に高い鼻、一瞬外国人かと思ったが、それ以外の顔のパーツは日本人に見える。


「僕は、静香お嬢様の執事である、スイです」


 この執事が、スイか。


 どこか優しい雰囲気がある人だ。


「信だ。よろしく頼む」


「えぇ、よろしくお願いします」


 信とスイは、お互い握手を交わした。




「続いての競技はこちらだ!」


 虎丸が言うと、白衣を着た人たちが銃を持って現れる。


 本物じゃないよな?


「虎丸。次は何をするのよ?」


「次は『ご主人様救出作戦』だ」


 内容を聞いて、辺りはざわめきだす。


「それって、競技なのかしら?」


「ルカ言っただろう。今回は、『執事対抗戦』。執事に必要な素質が試される試験だ。さっきは、危険察知した時に必要な能力である。瞬発力と動体視力を試験した。次は、的確な判断能力と主人に対する忠誠心を確かめる時だ」


 虎丸は、胸を張って言う。


「言いたいことはわかったわ。具体的には、どんなことをするのよ?」


「まず、俺と同じ学科の人は、あそこにある椅子に座ってもらう」


 虎丸は、そう言うと体育館の奥にあるポツンと置かれた椅子を指さした。


「この大学の体育館は、他の大学と違い直径五十メートルと長めに作られている。執事には、この五十メートルの距離を妨害から身をかわしながら走り抜けて、主人を助ける。わかりやすいだろ?」


「言っていることは理解できたわ。それで、どういう妨害があるのかしら?」


「今回は、三つの妨害ゾーンを用意している。一つ目は、三メートルのフェンスだ。特注のフェンスを用意したから、倒壊する恐れがない。全力で登ってくれ」


 虎丸がそう言うと、白衣を着た人達が台車に、フェンスを乗せて運び始めた。


「二つ目は、ハードル越えだ。本当は、空堀を掘って、それをいくつも乗り越えさせたかったが、体育館に穴を開けられない。なので、代わりに、陸上競技のハードル走で使う、ハードルをいくつも越えてもらう」


「なるほどね。ここまでは、よくありそうな展開を使っているわね」


 ルカは、納得したような感じで頷いた。


 よくありそうな展開なのか? ルカは、何を基準にして、「よくありそう」って言っているのだろうか。


「そして、三つ目は、銃撃戦の雨をくぐり抜けてもらう。もちろん、弾はビービー弾だ」


「あるわね、そういう展開」


 あることなのか?


 信は、驚いた表情でルカのことを見た。


 俺が、想像していたよりも、令嬢や、お坊ちゃまは修羅場を経験しているのかもしれない。


「その、銃撃戦を潜り抜けて、主人を助けて終わりだ。点数は、助け出した時の時間で算出される」


 虎丸が、そう言うと、虎丸の近くにいた白衣の人は、点数が書かれた紙を、みんなに渡し始めた。


 百点以上を取るには、五分より早くゴールしないといけないのか。


 最高得点は、四分以下で百六十点。そこから、十秒遅れるごとに点数が十点ずつ下がっていく。五分経つと、九十点になってしまう。


「わかったわ」


 ルカは、点数が書かれた紙を見ながら返事をした。


「今から、設営の時間に入る。五分か十分ぐらいで終わると思うから、しっかり英気を養ってくれ」


 虎丸は、そう言うと障害物を持った白衣の人達と共に、移動をし始める。


 黒ジャージを着た執事と主人は、話し始めた。作戦を考えているのだろう。


「信。今回の種目は、自信ある?」


 ルカは、信に話しかける。


「結果はわかりませんが、全力を尽くします」


「良い心がけね」


「ルカお嬢様。一つ聞きたいことがあります」


「なに?」


「今回の種目で出る。三つの障害物。よくあるシチュエーションなのですか?」


 どうしても、気になってしまった。自分にとっては、初めて聞くシチュエーションだったのだ。


「そんなのは、よくあるでしょ」


 ルカは、当たり前だと言う口ぶりで言う。


「ちなみに、それはどこからの情報ですか?」


「そんなのは、私がよく読んでいる少女漫画……って何を言わせるのよ!」


 話している途中で顔を赤くしたルカは、恥ずかしそうな顔で言った。


 ルカお嬢様。少女漫画とか読むんだ。意外な趣味かもしれない。


 信は、感心していると虎丸が近づいてくる。


「お待たせ! 準備ができたぞ!」


 虎丸の後ろを見てみると、フェンスと、三個のハードルに、エアガンを装備した白衣の人達が立っていた。


「あと、安全上のために、このゴーグルを身に付けてくれ」


 虎丸がそう言うと、総仁が大きな箱を持ってくる。


「エアガンは、目に当たると危ないので、ご了承ください」


 総仁は、そう言うと箱を開く。そうすると、中から大量のゴーグルが出て来た。

 しっかり、安全面も考慮しているんだな。


 信は感心しながら、箱に近づきゴーグルを一つ取り出す。信の行動がきっかけで、黒のジャージを着た執事達がゴーグルを取りに来た。


「みんなに、行き渡ったみたいだな」


 執事達が、ゴーグルを身に付けたのを虎丸は確認した。


「よし! 最初にチャレンヂをするのは、誰だ!?」


「僕が行きましょう」


 この声は、さっき効いた覚えがあるぞ。


 信は、声の方向を向くと静香の隣で、スイが手を上げていた。


「あんたは、静香のとこの執事だな。わかった! 静香、早速だが、あそこの椅子に座ってくれ」


「わかりましたわ」


 静香は、虎丸が指定した椅子に座った。スイも、スタート地点に立つ。


「準備は、いいみたいだな。静香! 助けを求めてくれ。それが、スタート開始の合図になる!」


「そんな茶番も入れるですの!?」


 静香は、驚いた声を出す。


「より、リアル感を出すためだ!」


「わ……わかりましたわ!」


 遠くで見づらいが、声のトーンを聞く限り、恥ずかしそうな声を出している。


「じゃあ、早速助けを求めてくれ!」


 虎丸が、そう言うと体育館内は静寂に包まれる。


「お、お助けー!」


 これ、ご主人様の方がだいぶ恥ずかしいぞ。


 信は、自分も恥ずかしくなっているのに気づいた。


「始まったぞ」


 虎丸の声を聞いて、スイの方を見ると、スイは走り始めていた。

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