謎の絵③
「古い物ばかりですね」
戸棚の後ろにあった隠し部屋の中は、どれも年代物の書物や骨董品であふれていた。
「隠していた理由が、この年代的価値が高いのもありそうですな。
「す、数百万」
サクラは、骨董品である壺に触れようとしていたみたいで、途中で手を止めて、引っ込めた。
ジジは、隠し部屋を見渡して、書物が並べられている棚の前に立つ。
「ここに並べられている書物は、江戸時代から戦前までの記録で間違いないの」
ジジは、手袋を付けながら、棚を見渡し一八五六年に書かれた書物を探す。
「見つけた。これで、間違いないの」
ジジは、棚の真ん中に辺りにあった、『一八五六年 記録 天理はやと』と書かれた書物を取り出した。
「ふむ。これは……」
一八五六年十月六日
黒船が来航してきて三ヶ月経とうとしている。徳川幕府は、大慌てしているらしい。ちなみに俺も大慌てだ。二十歳になって、老眼で悩む父の変わりに、この記録を付けるようになった最初の年に、この騒ぎだ。おそらくだが、この年に書いた記録は、未来で読まれることになるだろう。
想像しただけで、緊張して体が痒くなってきた。
一八五六年十月七日
妻が目をきらきらさせて、帰って来た。何だか嫌な予感する。とりあえず、いつも通りに、「お帰り」と言った所、「港で面白い見つけたの! 明日連れて来ていい!?」と言われた。
嫌な予感が的中した。妻は、大変好奇心が強い。妻の父親は、学者をしていて、一世紀前に亡くなった
そんな、学者の娘である妻も、好奇心は誰よりも負けない自信があり、今日は、その好奇心に引かれる人を見つけたらしい。
好奇心を刺激された妻を止めるのは、将軍でも困難だろう。
俺は、「明日連れて来ていいよ」と伝えた。
妻は、嬉しそうに飛び跳ねていた。
一八五六年十月八日
早朝から腰を抜かしてしまった。いや、誰であっても腰を抜かすだろう。
妻が連れて来たのは、外国人の女性だった。
しかも、大変美しい方だ。
妻曰く、港で積み荷の記録を取っていたらしい。気になって話かけたのだと言う。
外国人の女性は、気前よく妻の誘いに乗ったらしく、通訳を連れてやってきた。
妻と外国人の女性が話している様子を見ていると、どこか似た雰囲気を感じた。似た者同士は、日本を越えても存在するらしい。
酒蔵を見学したいと言ったので、案内をして一日を終えた。
一八五六年十月九日
再び、あの外国人の女性がやってきた。昨日のお礼をしたいらしい。
俺は、妻と相談して決めようとしたが、妻が「あなたの肖像画が欲しい!」と即断して頼んだ。
外国人の女性は———
ジジは、そこまで記録を読んで、読むのを止めた。
「ジジさん。絵の正体がわかりましたか?」
サクラは、ジジの隣に立って聞く。
「ほっ、ほっ。優助様と、優助様の亡き奥様のことを思い出しました」
「?」
サクラは、不思議そうな顔をして首を傾げた。
先祖様まで、似た性格の女性が好きなんですな。
ジジは、携帯を取り出し、優助に電話をかける。
『ジジ。電話をかけてきたってことは、外国人の女性が描かれてている肖像画についてわかったのか?』
「えぇ、肖像画の女性の正体は、江戸時代に優助様の御先祖様の近くにあった港に立ち寄った外国人の女性ですね」
『ははは。正解だ。てことは、棚の後ろに隠しておいた隠し部屋も見つけたんだな』
優助は、笑いながらジジに聞く。
「はい。優助様、わざわざ棚で一つの部屋を隠さないでも良かったのでは?」
『それだと、味気がないではないか。こういう時に備えて、遊び心を加えた仕掛けを作らないとだな——』
優助様は、子供の言い訳みたいに、長々と話し始めた。
「ほっほっ。遊び心の大切さについては、わかりました。それにしても、優助様?」
『ん? どうした?』
「優助様の好みの女性は、ご先祖様譲りなのですね」
『ははは。俺も、初めて記録を読んだときは、笑ってしまったよ。記録の書き方まで、一緒だとは思わなかった』
「心優しい性格が、天理一族なんですな」
『そう言ってくれると嬉しいよ』
優助様が返事をすると、電話越しに着信音が聞こえて来た。
『おっと、財閥の幹部からの連絡だ。電話を切るよ』
「かしこまりました」
ジジが返事をすると、電話が切れた。
「優助様と連絡していたのですか?」
「そうですぞ」
ジジは、ふとサクラの肩に、ほこりが付いているのに気づいた。
「サクラ殿。肩に、ほこりがついておりますぞ」
「あ、掃除の途中でした! 続きをしてきます!」
サクラは、そう言うと慌ただしく部屋から出て行った。
ジジは、隠し部屋から出て、外国人の女性の絵画を眺める。
「ふむ。実に美しい絵だ」
ジジは、そう言うと、絵画に布を被せた。
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