真犯人

「優助様は、この工場の二階だ」


 総仁が、先頭になって工場の二階に移動する。


 総仁が男を尋問した結果、『優助様は、工場二階で幽閉されている』、『工場二階にいる敵の数は三人』という二つの情報が聞きだせた。


「ジジさん。優助様が、ここにいて良かったですね」


「うむ。総仁殿が、尋問をしてくれたおかげで、手間が省けた」


 信達、三人は優助が囚われている場所に進んで行く。


「敵の姿が見えませんね」


「信も気づいたか、俺も怪しいと思った所だ。なぜ、見当たらない」


 信の疑問に、総仁も共感した。


「もしかして、潜入しているのがばれている?」


「その可能性もある。だが、ここまで来て、引き返すこともできない。救出する人物が目と鼻の先に来ているんだ」


「うむ。総仁殿の言う通りじゃ。ここまで来たら、進むしかない」


 ジジも難しそうな顔をして言う。


「ジジ、信。目的地が見えて来たぞ」


 総仁が指さす方向には、大きな扉が見えた。


 元々、工場のラインを見るために作った管制室だと、尋問された男が言っていた。あそこに、優助様がいる。


「また、上から見ましょうか?」


「そうしたいとこだが……」


 ジジは、黙り込む。


「雰囲気がおかしい。ここは、下手にばらつかないで、まとまって集団で行動した方が良いと思う」


 総仁は、ジジと信の方を見て言う。


「総仁殿の言う通りだ。わしも、まとまって行動した方が良いと思うぞ」


「わかりました」


 もしかしたら、罠が仕掛けられているかもしれない。いつも以上に、覚悟して進んだ方が良さそうだ。


 信が、心の中で決心している内に、扉の前まで辿り着いた。


「二人共、準備は良いな?」


 ジジは、信と総仁の方を向いて聞く。


「大丈夫です」


「いつでも開いていいぞ」


 信と総仁は、返事をした。


「では、開けるぞ」


 ジジは、扉をゆっくり開けた。




「優助様!」


 ジジは、部屋の中の様子を見て、叫んで入って行った。信も部屋の中を見ると、薄暗い部屋の中央に椅子で縛り付けられている優助の姿があった。


「優助様!」


 信も、急いで優助の元に駆けつける。


 意識はあるみたいだ。口にタオルが挟まれている。


「優助殿、今すぐ外しますぞ」


 ジジは、そう言うと優助が咥えさせられていたタオルを外した。


「三人供、気を付けろ囲まれているぞ!」


 タオルが外された瞬間。優助が必死な様子で忠告した。


 そして、同じタイミングで部屋も明るくなる。


「見事。見事。ここまで来た」


 男の声が聞こえ、拍手が部屋中に鳴り響いた。


 この声は、聞き覚えがある。


「ふむ。優助様が誘拐された時から、疑問に思っていたことと言えば本音だ」


 ジジは、冷静な表情で声が聞こえる方向を見る。


「さすがです。ジジ様」


「それはそうだろう。アカリとシルは、その場に取り残されていたんだ。それなのに、主だけは誘拐されていた」


 そうだ、あの時誘拐されていたのは、もう一人いた。


「エイチ。主は、スイと共謀していたのか」


 暗闇から現れたのは、優助の執事であった、エイチの姿だった。


「ジジ様。そうです。お嬢様に送り付けた爆弾は、私が送りつけた物。材料はスイに盗ませましたけどね」


 エイチは、そう言うと付けていた眼鏡を外す。


「エイチさん。なんで?」


 信は、ショックを受けていた。


 一回しか会わなかったが、先輩執事として仲良くしたかった。


「さて、どうして私は裏切ったのでしょう?」


「わしが、調べた時、主の情報に危険性は感じなかった。情報を消したのか?」


 ジジは、にらみつけるようにして、エイチに聞く。


「いえいえ、私の経歴はジジ様が調べた通りです。経歴だけ見れば、直接的な被害はありません」


「なら、どうして?」


 信は、悲しい気持ちを抑えながら、エイチに聞く。


「私の母は、再婚しているんです。十年前にね」


「主、苗字を変えていたのか」


 ジジは、何かに気づいたかのように言う。


「えぇ、ジジ様が調べていたのは、家族構成と、父と母の職業経歴。結婚歴と元婚約者については調べていませんでしたね。まぁ、そこまでの情報になると、本人の同意と元役所まで行く必要があるので調べる事はできませんが」


 エイチは、笑みを浮かべながら言った。


「主の本当の名前は、なんて言う?」


「私の本当の苗字は、多田エイチ。私の父、多田ハジメは、十五年前の爆発事件の際、ビルの清掃をしていた男です」


 ジジは、それを聞いて、目を丸くし驚いた。


 ジジさん。知っているのか?


「エイチ。それは、本当なのか?」


「えぇ」


「ジジさん。エイチの父親のことを知っているのですか?」


「もちろんだ。忘れる事もない。エイチの父親の名前は、多田ケンジ。当時、テンリ財閥の本社で清掃員として雇われていた男だ」


「私の父親の名前も知っているんですね」


「あぁ。信も聞いていると思うが、ルカお嬢様の姉は、爆発事故で亡くなった。その時に第一容疑者として名が上がったのは、その時間に同じ階層で清掃をしていた、多田ケンジだ」


 全部が繋がった気がした。


「犯人は、多田ケンジさんだったんですか?」


「そんな訳ない。父さんは、優しい人だった。そんな子供を殺すような真似は、しなかったよ」


「じゃあ、エイトの父さんは、無実だったのに、容疑者リストに入っていたんですか?」


「うむ。そういうことになる。優助様は、自分の娘を亡くしたことで、錯乱しており、事実を解明する前に、容疑者リストに入った従業員達をみんな解雇したんだ」


「そういうことだ。みんな、前に出て来い!」


 エイチの呼びかけで、黒の覆面をしている人が、四人出て来る。


「この人たちは……」


「まさか、エイチ。貴様!?」


 ジジは、何かに気づいたようだ。


「……」


 優助は、無言で現れた覆面を被った人達を見る。


「みんな。覆面を取ってやれ」


「くっ! やはりそうか」


 覆面を取ると、若くても三十代後半から六十代までの男女が顔を見せた。


「君たちは……」


 優助も、気づいたようで、途中言葉を失う。


「優助様お久しぶりです。テンリ財閥の本社で、元設備管理士をやっていた上原です」


「久しぶりです。テンリ財閥の元営業職をやっていた笹川です。十五年前の当時、定期報告で、テンリ財閥の本社に訪れていました」


 その後も、残った二人も自己紹介をする。


 みんな、テンリ財閥の元関係者だ。


「上原、笹川、工藤、平川。四人供、十五年前の事件で、容疑者リストに乗り、解雇された人達だ」


 ジジは、険しい顔をして言う。


「そうだ。ここにいる仲間全員。十五年前の事件に巻き込まれて、職を失った男達だ! 今とは違い。転職も一般的ではなかった。その時期に、いきなり無職になり、人生を大きく捻じ曲げられた人達だ!」


 エイチは、力説するように言う。


「みんな、すまない」


 優助は、うなだれるように誤った。


「優助様。今頃謝っても遅いですよ。私は、あの事件に巻き込まれただけではなく、解雇もされました。そして、妻とも離婚。子供は連れていかれて、今では独り身です」


「私も、当時四十代後半でした。高齢にさしかかっていた私を雇ってくれるとこは、どこにもなく。今は生活保護で暮らしています」


 思わず耳を背けたくなるようなことが話されていく。


 みんな事件の被害者なんだ。


「すまない。俺が情けないばかりに……」


 優助は、苦しそうな声を出して謝る。


「なぜ、エイチの父親は来ていないのだ? なぜ、この被害者たちの所に、父親ではなくて、エイチがいる?」


 ジジは、エイチの方を向いて聞く。


「私の父親は、事件があった一ヶ月後に、自分から命を絶ちました」


「なっ……!? そんな報告聞いてない」


 ジジは、信じられない様子で言った。


「そんな」


 優助も知らなかったらしく、驚いた様子を見せた。


「ちょうど、父が死んだ日に、使用されていた爆弾の材料が、源財閥から盗まれたのが判明したのです。メディアは、既に容疑者リストから外された父の死を報道せず、爆弾の材料の入手経路について報道した。父の命は、メディアから見ても爆弾以下だったのです」


「そんな訳ない」


 優助は、否定するかのように言う。


「そこまで追い詰めたのは、あんただ!」


 エイチの怒鳴り声が響き渡る。


「あんたが、感情に惑わされず、ちゃんと状況を判断していれば。あんたが、テンリ財閥なんか建てなければ!」


 空気が張り詰める。


「待て、エイチ。あんたの父は、冤罪だった。なぜ、手口を十五年前と真似したんだ?」


 ジジは、疑問をエイチにぶつけた。


「優助の家族を亡くした時の気持ちを思い出させるためだ」


「警察ですら、同一犯だと思っていた。なぜ、そこまで手口を真似ることができた?」


「それは、十五年前の爆弾事件を起こした犯人から聞いたからだ」


「み、見つけたのか、犯人を……」


 ジジは、驚いた様子で言う。


「あぁ、見つけた。見つけたのは、偶然だったがな」


「犯人は、この場所にいるのか?」


「いや、犯人は、もう死んでいる」


「誰だったのだ?」


「先日、死体で見つかった。ルカお嬢様に爆弾を送った配達員だ」


 あ、あいつが十五年前の爆弾犯……。十五年前の犯人とすれ違っていたのか。

「スイから『ボマー、という通り名で爆弾を売っている男がいる』って、連絡が来てな。過去に、その男が源財閥の工場で働いているのも確認した。そこからは、同業者と装って仲良くしたら、気前よく話してくれたよ」


「その男を殺したのか?」


「まぁな。俺達は、復讐できる権利があったはずだ」


 エイチは、そう言うと銃を信達に向けて構えた。


「さぁ、お話は終わりだ。俺達の復讐は、そこにいる優助を殺して完了だ。お前達には悪いが、大人しく死んでもらう」


「くっ」


 逃げ道はない。エイチと、その仲間達に囲まれている。


「殺すのは、俺だけでいいだろう。他は、見逃してくれないか?」


 優助は、消えそうな声でエイチに訴えかける。


「いや、ダメだ。俺達の正体を知った以上、見逃すことはできない」


「エイチ。主ら、ここから逃げる用意もあるのか」


 ジジは、優助をかばうように前に立って言う。


「まぁな。ここは、海に囲まれている。逃げる手段は、用意してあるのさ」


 エイチは、ジジに向かって、銃を向ける。


「まずは、ジジから死んでもらおうか」


 エイチは、本気だ。こういう時、どうすればいい。


 なにか、打開策はないのか。


 信は、必死に周りを見る。


「言い残すことはあるか?」


「主らは、財閥をなめすぎじゃ」


「なに?」


 ジジの発言に、エイチは首を傾げた瞬間、大きな音が工場内で鳴り響いた。


「なんだ!?」


 取り囲んでいた男の一人が叫ぶ。


「おい、外を見張りしている連中から連絡は!」


 エイチが慌ただしく他の人に聞く。


「応答がありません!」


 聞かれた男は、焦った様子で言う。


「くそ、使えない奴らめ。そもそも、仕事中に飲酒するような奴は、信用してない」


 エイチは、愚痴を言うように言葉を吐き捨てて行く。


「上原、笹川。外に行って、様子を見てこい」


「はい!」


 男二人が、部屋を出るためにドアを開けた。


「様子を見に行く必要もないわ」


 女性の声が聞こえた。


「この声は……」


 何度も聞いたことがある声。この声は……。


「ルカお嬢様」


 テンリ財閥の令嬢である、天理ルカだった。

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