追跡

「ぐあ!」


 男の悲鳴が聞こえた。


「総仁か?」


 信が、顔を覗かせると、見張りが二人共いなくなっていた。


「お待たせ致しました」


 総仁が、信とジジが身を隠していた場所に来る。


「今の悲鳴は見張りの?」


「はい。これで、見張りは二人共いなくなりました。後は、建物中に入るだけです」


「よし、早く行こう。優助様を助け出すのだ」


「はい」


 ジジは、物陰から出て建物に向かう。信も、その後について行く。


 建物の中に入ると、電気が薄く照らされていた。


 視界は、悪いわけではない。ライトを付けなくても大丈夫そうだ。


「ここからは、ジジが言った作戦で行きます」


 総仁は、ジジに向かって言う。


「うむ。ここからは、優助様が持っていた携帯のGPSを頼りに、目的まで行く」


 ジジは、携帯を取り出して、アプリを開いた。


「ジジさん。このアプリは?」


「これは、携帯から発する電波の一つ、ブルートゥースを利用した追跡装置じゃ。テンリ財閥の開発部門に頼んで、即席で作らせて貰ったのだ」


「さすが、テンリ財閥。こういうアプリなどのインターネット技術を必要とする物は、強いな」


 総仁は、感心したような顔で言う。


「このブルートゥースは、距離が開きすぎると電波が補足できなくなる欠点がある。それでも、強力な電波であるため、近くにいる者を追跡するには、適した電波であると言えるの。優助様が、ブルートゥースを切っていなくて助かった」


 ジジは、信と総仁に携帯の画面を見せる。


『ゆうすけのけいたい』


 携帯の画面には、そう書いてあった。


「この携帯がある場所に向かうぞ」


「わかりました」


 信は、頷いて返事をした。




 しばらく、進んで行くとジジは、手で止まるように静止させる。


「建物中も巡回しているの」


 ジジが、小声で言った後、足音が聞こえて来た。


「足音の数から考えて一人。俺が行こうか?」


 総仁は、小声で話した。


「いや、ここは私が行こう」


 ジジは、自分が行くと宣言する。


 総仁と信は、ジジの邪魔にならないよう、後ろに下がった。


 ジジは、警棒を片手に持って待ち構えている。


 少し経つと、信が見える通路に一人の男性の姿が見えた。


「ぐ」


 男が、通路を通ろうとした瞬間、ジジは男の顔面に警棒を当てる。男は、悲鳴にならないような小さな声を出して、倒れ込んだ。


 見ているだけで、顔が痛くなった。


「さすがだな。ジジ」


「これぐらいできなければ、若者に顔向けができないからの」


 ジジは、男を引きずり、近くの部屋の中に隠した。


「先に行こう」


 ジジは、携帯を取り出し、アプリが指めす方角に向かって、進み始める。


 しばらく進むと、ジジは金属の扉の前で止まった。


「ここに、優助様の携帯がある」


「なに?」


 総仁とジジ、信の三人は、扉がある部屋の壁に近づいて、耳を澄ませた。


「はい、俺の勝ちだな!」


「また負けたわー」


 男性二名の声が聞こえた。


「敵は、二人か?」


「直接見てないから、わからぬ。今までの警備状況とか考えると、二人か一人だったの。そう考えると、部屋の中にいるのは二人、多く見ても三人」


「入るタイミングは任せるぜ」


「いや、下手に正面から入るのはまずいかもしれない。優助様の身に、もしものことがあったらいけない」


「じゃあどうする?」


 ジジは、総仁の問いを聞いて、天井を見た。


「上?」


 ジジの目線の先には、換気扇が見える。


「信殿。一つ、お願いを言っていいかの?」


 信は、ジジのお願いに頷きで返した。




「信殿。上手く入れそうかの?」


 信は、近くの部屋に会った脚立を使い、換気扇の中に入ろうとしていた。


 スイのやつ、どうやって中に入ったんだ。思ったより入るの難しいぞ。


 信は、少しずつ体をダクトの中に入れる。


「ぶ、無事に入れました」


 信は、体が完全に中に入ったのを確認してから、ジジと総仁に声をかけた。


「信殿。ここからは、直接話せなくなる。この無線イヤホンを持っておいてくれ、会話する時に使うことになる」


 ジジは、そう言うと、ダクトの中にいる信に無線イヤホンを渡す。信は、そのイヤホンを耳に付けた。


「ありがとうございます」


「つけ終わったようじゃな。信殿。そのまま、真っ直ぐ進むのだ。わしの予想が正しければ、優助様の携帯がある部屋の真上まで行けるはず」


「わかりました」


 信は、ほふく前進で、薄暗いダクトの中を進んで行く。


 思ったより、ダクトの中、移動しやすいな。狭いけど、動けないほどではない。


 進んで行くと、光が差し込む場所が見えた。


「あそこが、優助様の携帯がある部屋か」


 信は、物音を経てないように慎重に動きながら進んで行く。


「てか、トイレに行った、あいつ帰って来るの、遅くないか?」


「どこかで、道くさをしているんだろ。今の俺達ってやることないからな」


 さっき聞いた男達の会話が聞こえて来る。


 ジジの言う通り、あそこが優助様の携帯が、ある部屋で間違いなさそうだ。


 信は、ゆっくりと真上から部屋を見下ろしてみる。


「それよりも、トランプをしているだけで、報酬が貰えるなんて、楽な仕事だと思わないか?」


「おい、その話題はよせ。俺達は、雇われた身で気楽だが、元からいた連中は何か覚悟しているような目つきをしていたぜ。この会話を聞かれたら、消されるかもしれない」


「大げさすぎるぜ。元からいた連中なんて、五人だろ? そんな気にしなくてもいいだろうよ」


 部屋の中は、話している男二人しか見えない。


 優助様は、違う所にいるのか。


 信は、ポケットから携帯を取り出す。


 確か、この無線イヤホンを使えば、通話できるんだよな。


 信は、自分の耳についている無線イヤホンの電源が付いているかを確認する。


「ジジさん。聞こえますか?」


『聞こえるぞ。部屋の様子は、わかったか?』


 イヤホン越しにジジの声が聞こえる。


 良かった。ちゃんと無線イヤホンの電源は付いているみたいだ。


「はい。部屋の中には、男二人しかいません。優助様の姿は、確認できませんでした」


『わかった』


「どうしますか? 自分は元来た道を通って戻ることができます」


『いや、優助様の携帯だけでも回収したい。信殿、上から奇襲をかけることは、できそうか?』


「できます。換気扇の蓋を取るので、少し待ってください」


『わかった。慌てずに、ゆっくりしてくれ』


 信は、ゆっくりと換気扇の蓋を外していく。


 ばれずに、換気扇の蓋が外せそうだ。


 信は、換気扇の蓋を取ることに成功した。


「無事外せました」


『わかった。私の合図で、上から奇襲をかけてほしい』


「狙う相手は?」


『扉から、一番距離があるやつだ』


 てことは、足組んで、椅子に座っているやつか。


「自分は、いつでも準備ができます」


『よし、カウントダウンを始める。ゼロと言ったら、奇襲をかけてくれるかの?』


「わかりました」


 信は、返事を返すと、携帯をポケットにしまう。


『では、行くぞ。三、二、一、零』


 信は、部屋の入り口から一番遠くに座っていた男に、上から奇襲をかける。


「て、てき」


 二人組の男は、混乱する。入り口から遠くに座っていた男は、信の奇襲により気絶してしまう。入口近くに座っていた男は、とっさにナイフを構えた。


「後ろにもいるぞ」


「なっ!?」


 男は、後ろから現れたジジの言葉に、反応し咄嗟にナイフで刺そうとする。


 ジジは、その攻撃を避けて、伸び切った腕を掴み、地面に押し倒した。


「ジジ。やるね」


 近くにいた総仁は、感心したような口ぶりで言う。


 男は、うめき声もあげることができずに気絶した。


「信殿。良い奇襲でしたぞ」


 ジジは、嬉しそうな顔で信に言う。


「ジジさんも、体術すごかったです」


 俺は、ただ上から襲っただけだから、特にすごいことはしていない。


「ほっ、ほっ。若い時は、敵に攻撃される前に、倒していましたの。少し、体がなまっているようじゃ」


「全盛期のジジ、どんだけ、凄かったんだよ」


 総仁は、苦笑いを浮かべながら言う。


「敵も沈静化できた。早速、優助様の携帯を探すことにしよう」


 ジジの言葉に従い、信達は優助の携帯を探し始めた。




「ジジさん。このカバン怪しくないですか?」


 部屋の中を物色していると、ロッカーの中に黒いカバンが置いてあった。


「ふむ、怪しいですな。調べてみよう」


 信は、ジジの言葉を聞いて、黒いカバンをロッカーから出す。


「開けます」


 信は、そう言うとカバンを開けて中身を確認してみた。


 中には財布や、腕時計などが入っている。


「これは、優助様の私物!? よく調べてくれ」


「わ、わかりました」


 信は、カバンの中身を全て取り出す。すると、カバンのポケットから携帯が見つかった。


 ジジは、信から携帯を貰い調べ始める。


「優助様の携帯じゃ」


「てことは、優助様は、この近くに?」


 信の言葉にジジは、頷いた。


「信。ジジ。ここに来てから、結構時間が経っている。そろそろ、怪しまれる頃だ。警戒される前に、ここで伸びている男に、優助様が、どこにいるか聞いてみよう」


 総仁は、そう言うと、ジジが倒した男に視線を移す。

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