発覚
『信様。いらっしゃいませ!』
二の丸に入ると、五人の和服を着た女性が、出迎えてくれた。
「まずは、お茶の時間ですわ」
静香が、そう言って案内したのは、中庭に池がある庭園だった。
「美しい場所ですね。松の木と池の組み合わせは、とても合います」
信は、これ以上「すごい」って言葉だけでは、終わらせてはいけないと思い、それっぽいコメントをした。
「ほほ」
静香は、その言葉を聞いて笑う。
「おかしかったですか?」
「えぇ、とても。そんな頑張らなくて、よろしくても」
静香が、微笑みながら言っている間に、二の丸に入った時に出迎えてくれた女性の一人が、お茶と和菓子を持って来た。
「お待たせ致しました。静岡県産の茶と、三色の大福になります」
黒い木の皿に乗せられた、白、緑、桃色、三つの大福の上には白い粉がまぶされている。
「三色団子ではなく、三色大福なのですね」
「えぇ、源財閥の専属和菓子職人が考案した大福になりますわ」
信は、素手で緑色の大福を掴もうとする。
「信さん。ここは、お客様をもてなすところ。素手で食べてはいけませんわ」
信は、つい自分が家にいた時と、同じように食べようとしていたことに気づいた。
「すまない」
ここは、源財閥の本社だ。こういうマナーは、しっかりしとかないと。
信は、心の中で呟いて気を引き締めた。
「この、黒文字を使ってください」
静香から、先端が二つに分かれている、木で作られたフォークみたいのを渡された。
「黒文字?」
信にとって、初めて聞く単語だった。
「和菓子を食べる時に使う道具の一つですわ。こうやって食べるのですわよ」
静香はそう言うと、黒文字を使って大福を半分に分け、片方に刺して食べた。
「わかりました」
信も、見よう見真似で大福を半分に分けて、食べてみる。
固すぎず、柔らかすぎない生地に、程よい甘さのあんこ。こんなに美味しい大福を食べたのは、初めてだ。
「とても美味しいです」
「良かったですわ」
静香は、涼しそうな笑顔で言った。
信と静香は、風景を楽しみながら和菓子とお茶をすすった。
「では、昼食の時間としましょう」
静香に、そう言われて案内されたのは、和室だった。
「洋食ですと、前菜など分けられて運び込まれますが、和食は一枚のおぼんの上に、まとめて出されますわ」
和服を着た女性が、信の前に食事を出す。
「懐石料理ですね」
「さすが信さん。首席で、卒業しているだけありますわ」
懐石料理は、日本料理の一つだ。元々、茶道で出されていた食事が始まりだったと聞いている。
料理を見てみると、汁物にご飯、副菜が三つ。一汁三菜の形式だな。
「冷めない内に、食べてくださいませ」
静香に言われ、懐石料理を食べ始める。
静香の方を見てみると、静香も料理を食べ始めた。
「静香さん」
信は食事をしながら、静香に話しかけた。
「はい、なんでしょうか?」
「ルカお女様には、どんな印象を持っていますか?」
静香が動かしていた箸が止まる。
ここから、本題に踏み込んだ方が良い。まずは、ルカお嬢様に敵対的な意志があるのかを確認したい。
信は、そう思って話に踏み込んだ。
「そうですわね。正直に言いますと、嫉妬の対象ですわ」
静香は、そう言って再び箸を動かし始めた。
表情は、静かな表情をしていた。その仕草一つ一つが、様になっている。
嫉妬の対象か。それだけだと判断は、できない。
「なんで、嫉妬しているんですか?」
「当たり前でしょう。私が小学生の時は、三大財閥の一つ源財閥の令嬢として、いろんな企業に良くしてもらっていたのですわ」
静香は、最後の語尾に力を入れて、話した。
「それが、アイティー革命というのが起きて、全てが変わりましたわ。天に昇る龍が如くに勢いが増すテンリ財閥に、今までの顧客は源財閥ではなく、テンリ財閥を優先して交流するようになった」
信は、食事をする箸を止めて、静香の方を見る。
「言っておきますけど、テンリ財閥からは、直接の被害は受けてないですわ。恨みではなく、嫉妬だということを、お忘れなく」
静香の話す口は、止まらなかった。
まるで、今まで蓋をしていた感情が爆発したのと同じように感じる。
信は、ただ黙って静香の話を頷きながら聞いていた。
「ここ十年、私は、お父様が必死に知恵を巡らせて、海外に展開したりして、利益を上げようとしているのを見て来ましたわ。それと同時に、デジタル技術に淘汰されていった企業を助けようともしていた。私の執事、スイも、それで助けられた一人ですわ」
「スイさんもですか?」
信は、知っていたが、知らなかった様子で静香に聞いた。
「そうですわ。スイさんの両親は元々印鑑の製造をしていましたの」
「印鑑って、朱印を付けて押すあれか?」
高校の時に、歴史の授業で押した覚えがある。
「えぇ、元々スイさんの両親は、判子を製造していましたが、電子署名をテンリ財閥が普及させた事によって廃業。せめて、息子の食い扶持を繋げるために、私の執事へ推薦させましたの」
淡々と話す静香を見て、信は悟った。
ルカお嬢様を爆殺させようとした事件には、少なくとも静香は関係していない。源財閥が、黒幕って可能性も捨てきれないが、限りなく低いだろう。
信は、落ち着くためにお茶を飲んだ。
「静香さん」
「はい、なんでしょうか?」
「スイさんが、いない所で、そんな話をしていて大丈夫ですか?」
静香は、笑顔で首を傾げた。そして、以前にルカお嬢様に対して見せた、不気味な笑顔で信のことを見た。
突然、全身に寒気を感じた。なにか、やばいことに、なっている。
信は、本能的に逃げようとした。冷静に考える余裕もなく、ただただ生物が本来兼ね備えている危険から逃げるという生存本能に従って、立ち去ろうとする。
「信さん。どこに行きますの?」
静香が、そう言うと、黒のスーツを着た男達が、障子を開けて、部屋を取り囲んでいた。その中には、車を運転していた男と、信の隣に座っていた男も立っている。
考えてみれば、最初から不自然だった。迎えに来た車の中には、執事がいなかった。静香は、『ルカお嬢様の暗殺未遂があったから』と言っていたが、それなら護衛車両つけるなど、もっと警備を厳重にするはずだ。
あの時、一台しか車がなかったのは、信に対して警戒をしていると悟れないようにするためだ。そして、屈強な男を、信の隣とルカお嬢様の隣に座らせることで、不測の事態にも対応できるようにしていた。
「静香さん、最初から、気づいていたのですか?」
「ふふふ。今更気づいたのですわね。最初から、この源財閥を見学にしてきたのが目的ではないと知っていましたわよ」
静香は、扇子で口と鼻を隠して笑った。
この状況で逃げ切れるのか? いや、逃げるしかない。
信は、一か八か、部屋から出ようと試みた。
「な……」
走り出そうとした信だが、次の瞬間には信の視界は地面を向いていた。
体に力が入らない……! なにが起きているんだ!?
何度も体に力を入れて、立ち上がろうとしている信の前に、静香が立つ。
「言ったでしょう。最初から知っていたと」
静香の後ろには、食事として出された懐石料理が見える。
「り、料理に薬を入れたのか?」
「それは、食材に対して失礼ですわ。それに、源財閥で働く料理人の役目は美味しい料理を提供させること。それ以外のことは、させませんこと」
「じゃあ、何に薬を?」
信の視界に映るように、静香はしゃがんだ。
「これですわ」
静香が懐から取り出したのは、大福を食べる時に使った、黒文字という和菓子道具だった。
「信さんに、渡した黒文字にだけ、遅延性の麻痺が出る毒を塗りましたの」
不覚だった。確か、あの時に黒文字を渡したのは、静香からだった。大福をああやって食べるなら、本来、最初から付いているべきものだったのだ。
信は、全く疑わなかった自分を責めた。
「さぁ、一回眠ってしまうけど、しっかりと自白してもらいますわ」
「くっ……!」
信の視界は、どんどん暗くなっていく。
「スイ。この人を空いている部屋に入れなさい」
「かしこまりました」
信は、その言葉を最後に意識がなくなった。
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