スイの実力

「さすが、静香の所にいる執事だ」


 スイは、柵をなんなく越え、ハードルも順調に飛び越えて行く。


「虎丸様。あのエアガンが撃たれるエリアは、どうやって突破するんですか?」


 信は、気になって虎丸に質問をした。


「あそこのエリアは、銃撃エリアの手前に何種類かの盾を置いている。その中から、好きな盾を選んで、体を守りながら突破するんだ」


「銃撃エリアの手前に盾が……」


 虎丸と信が話している間に、スイは銃撃エリアに辿り着いた。


「長方形の盾か、へらへらしている雰囲気を出している割には、堅実な盾を選ぶんだな」


 虎丸は、感心したような言葉で言う。


 スイは、難無く銃撃エリアを進んで行く。


「スイのやつ『気付いている』な」


 気付いている? 一体何に気づいているんだ?


 信は、虎丸が何を言っているのか考えている間にスイは、主人である静香の元に辿り着いていた。


「スイ様。四分三十秒! 百三十点です」


「いきなり、百点代だ」


「すごいわ」


 ルカお嬢様と同じ学科の人達は、点数を聞いてざわめきだす。


「さぁ、次に参加するやつは!」


 虎丸が聞くと、何人もの執事が手を上げ始めた。


「よし、いいだろう。時間も限られているから、五人同時に始めるぞ」


 虎丸は、腕時計を見ながら言う。


 白衣の人は、あらかじめ準備していたのか、素早く追加の四人分である障害物を設置した。


「座っているみんなは、『助けて』って言わなくてもいいぞ」


「ちょっと、虎丸。それって、どういうことかしら!?」


 それを聞いた静香は、虎丸の元に行き、聞きだす。


「よくよく、考えたらさ、時間ないなって気付いたっていうか。ははは」


 虎丸は、苦笑いを浮かべた。


「私にだけ、恥をかかせましたね! 今度、なにか奢ってもらいますわ!」


 静香は、怒った様子で、その場から離れる。


「ははは……何を請求されるんだろう。ま、まぁ、まずは競技を続けよう! では、始めるぞ!」


 虎丸が、そう言うと執事は走る構えを見せた。


「よーい! 初め!」


 虎丸の合図で、五人の執事達は走り始める。


 執事達は、フェンスとハードルは、なんなく越えて行った。やはり、執事として選ばれた男だ。身体能力が平均的に高い。


 執事達は、銃撃エリアに辿り着き盾を構えて進み始めた。


「うわ!?」


 途中まで、順調そうに進んでいた執事達だったが、一人が大きな声をあげると、何人かが転び始めた。


「虎丸、なにが起きているの?」


 気になったルカが虎丸に聞く。


「銃撃エリアの途中には、特別な粉をまぶしているんだ」


「粉?」


「あぁ、泥と同じ働きをする粉でな。しっかり、足に力を入れて踏み込まないと滑る仕組みだ。勢いだけに任せて進むと、あのように転んでしまう」


 さっき、スイが走っていた時に、『気付いている』って言ったのは、これのことか。


「虎丸。実験好きなのはわかるけど、ちゃんとこう言うのは、説明しなさいよ」


 ルカは、そう言うと、自分の後ろを指さした。


 ルカの後ろを見ると、不満げな顔をする学科の人達が、虎丸のことを見ている。


「わ、悪いみんな!」


 虎丸は、慌てて学科の人達に謝った。


「今度、虎丸が何かをするって言いだしたら、私がサポートの回った方が良いわね」


 ルカは、虎丸の対応を見て、呆れたように言った。


「リク様。五分六秒。九十五点!」


「サカ様。五分三十秒。八十五点!」


「ミナト様。四分五十八秒。百点!」


 どんどん、ゴールした人の点数が呼ばれ始めた。


 五人が終わると、また次の五人が競技に参加する。スムーズに競技が進み、最後の五人となった。


「ルカ様行ってきます」


 信は、スタート地点に向かおうとする。


「信。頼んだわ。期待しているわよ」


 ルカは、軽く笑みを浮かべながら、信に言った。


「テンリ財閥の執事。なかなかの好敵手」


 信がスタート地点に向かっていると、隣に虎丸の執事である総仁が並んで来た。


「負けるつもりないですから」


 信は、そう言うとゴーグルをかけた。


「若さがあって、いいですな」


 総仁は、ゴーグルをかけながら笑顔で信に返事をした。


 信と総仁以外の執事三人も、スタート地点に立つ。


「静香! スタートの合図を頼む!」


「私に恥をかかせて、頼み事もするなんて、なんて図々しい人なのかしら。このお礼は大きいですわよ」


 静香は、そう言うと扇子を上に上げる。


「よーい!」


 ちゃんと、やってくれんだ。


 信は、木を取り直してスタートダッシュの構えをとる。


 ルカが座っている方向を一直線で見る。


「スタートですわ!」


 一気に走りだす。


 最初の障害物は三メートルの柵。


 手足をばらばらに動かさず、右足と右手、左足と左手を交互に動かして、登って行った。


「一つ目」


 柵を越えると、五つのハードルが見えた。


「これも、落ち着いて行けば楽勝」


 信は、次々とハードルを越えていく。


 総仁の方を見ると、同じぐらいのスピードでハードルを越えていた。


「ここまでは、差がないか」


 肝心なのは、銃撃エリアの突破だ。


 信は、丸盾を拾って、それを盾にして銃撃エリアを進んで行く。


 盾に、ビービー弾が当たり、缶を蹴っ飛ばしたような音が聞こえた。


 走っている感覚が変わった。粉がまぶしているポイントか。


「力強く踏みしめて進む!」


 いつもより、足に力を入れて進む。


「突破だ!」


 信は、盾を地面に置きルカの元に辿り着いた。


「タイムは!?」


「信様。四分三十四秒。百三十点です!」


「やったわね! 信!」


 ルカは嬉しそうな顔をして、喜んだ。


「総仁様。四分三十四秒。百三十点です!」


「テンリ財閥の執事と同じでしたか」


 総仁は、軽く笑みを浮かべて、信に言った。


「引き分けだな」


「次の種目では、負けませんぞ」


 総仁と信が、そう話していると、体育館の扉が突然開いた。


「おっしゃ、今日の体育はバスケだ!」


「負けた方、飲み代おごりな?」


「負けるかよー!」


 和気あいあいと話しながら入って来たのは、数十人の男性だった。話内容を聞いた限り、上級生か?


「虎丸どうなっているの?」


 ルカは、不機嫌な目つきをして、虎丸の方を見た。


「ちょっと聞いてくるわ!」


 虎丸は椅子から立ち上がった。


「あれ? なんで、こんな大勢体育館にいるの?」


 体育館に入って来た男性達も異常に気付いたらしく、ざわめき始める。


「ここって、三限使うのか!?」


 虎丸は、口調を変えずに話しかけていく。


「あぁ、毎週この時間、俺等が使う予定だったけど」


 虎丸は、入って来た男達と話し始めた。会話の内容はこちらから、聞こえない。


 しばらくすると、もう一人男性が体育館に入って来た。


「あれ、虎丸じゃん」


「え、兄貴!」


 虎丸は、大きな声で叫ぶと、『兄貴』と呼んだ人物と話し始めた。


「ねぇ、信」


「ルカお嬢様。どうしましたか?」


「今、虎丸『兄貴』って呼ばなかった?」


「呼びました」


「そうだよね」


 ルカは、じーっと虎丸の方を見る。


 しばらく、様子を見ていると虎丸が戻って来た。


「悪い! 待たせた!」


 戻って来た虎丸の表情は、どこか笑顔だった。


「虎丸。今話していたのは、あなたのお兄さん?」


「あぁ! 俺の兄貴だ」


「それで、話はどうなったのよ?」


「みんなごめん! 執事対抗戦はここまでだ」


「まじかよ」


「これから、逆転するとこだったのに……」


 落ち込んでいる声が多い。


「その変わり、黒田財閥から次の空きコマ、高級アイスを奢ることになった!」


『やったー!』


 みんな喜びの声をあげる。


「決着がつけられなくて残念でしたな」


 総仁は、残念そうな声を出して握手を求めて来る。顔は、笑顔だった。


「また、次の機会で」


 信は、総仁と握手をした。


「信。今回競いあったのも、何かの縁だ。わしの名刺を渡そう」


 総仁の胸ポケットから、カードと同じくらいの大きさで名刺をもらった。


 信は、その名刺を見て、ある肩書に目が入った。


「黒田鉄道・副社長?」


「あぁ。私は、執事の傍ら黒田財閥にある一つの会社で副社長を勤めている。今は、執事業務が忙しくて、ただ副社長の椅子に座っている飾りになっているがな」


 総仁は、苦笑いを浮かべながら言った。


 黒田鉄道で働いている社員に申し訳ない気持ちがあるんだろう。


「執事って兼業もできるんですか?」


「できますな。それで言うと、ここにいる執事の半分は兼業しているかもしれぬ」


「そんなに多いんだ」


 信は、周りを見渡しながら言った。


「もしかして!」


「ん?」


 総仁は不思議そうな顔をして、傾げる。


「確かに、これならあり得る」


 信は、そんな総仁を気にせず、自分のひらめきに喜んでいた。

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