執事対抗戦が始まる前日

「ほっ、ほっ。それは災難でしたな」


 今日の出来事を、屋敷内にあるリビングでジジに報告すると、ジジは笑顔になっていた。


「あの後、午後の授業もずっと機嫌が悪かったです」


「信くん。お疲れ様」


 サクラは、飲み物が入ったカップを信に渡した。


「ありがとうございます」


 屋敷にサクラさんがいるだけで、元気づけられる。天使が存在しているなら、サクラさんのような人なんだろうな。


「ジジさん。源静香が言っていたことは、本当だと思いますか?」


「ふむ」


 ジジは、顎に手をやり考える様子を見せる。


「確かに、インターネットが発展すると、仕事がなくなる業種が現れるのは事実」


 ジジは、そう言うと懐から一枚の紙を取り出して渡す。


「これは?」


「これは、お嬢様が在籍している学科の名簿。昨日、優助様に言われて気になったので、私の方でも調べておいたのです」


 ジジは、そう言うと、その紙を信に渡す。


 開いてみると、その紙には生徒の名前と、その横に家族の職種が書かれていた。


「す、すごいね」


 サクラは、気になったのか信の持っている紙を覗き込んで、感想を言った。


「芸能人に、医師、弁護士、会社経営者、さすがあの大学に通っている生徒だけあって、家族の経歴が凄いな」


 どこの欄を見ても、一流の職種ばかりだ。今日一日、こんな所に混ざっていたのか。


「あの大学に通っている生徒の親は、最低でも年収が数千万だと思われます。経営が危なかったりしていたら、そもそも大学から『招待状が来ない』と考えるのがよろしいでしょう」


「てことは」


「あの大学の生徒内で、お嬢様を暗殺しないといけないほど、切羽が詰まっている者はいないというのが、私の考えですな」


 ジジの言う事には一理ある。


 確かに、暗殺しないといけないぐらい切羽が詰まっている生徒は見当たらなかった気がする。


「優助様の読みが外れたのか」


「いいえ、それも考えづらい」


 信は、ジジの方向を向く。


「どういうことですか?」


「優助様が一代で、財閥まで会社を成長させたのは、天性と言っても良い程の直感の良さがあります。その直感が外れるのは、数十年間テンリ財閥で執事をしてきた私としては、考えづらいのです」


 信は、もう一度ジジが渡した紙を見る。


「振り出しに戻りましたが、もう少し調べてみたいと思います」


「はい、よろしくお願いします」


 ジジは、そう言うと部屋を出て行った。


 部屋には、信とサクラの二人だけになった。


「サクラさん」


「なに?」


「犯人は、どんな人だと思いますか?」


 信が、そう聞くと、サクラは難しそうな顔をした。


「爆弾を作って来たから、機械と爆弾に詳しい人とか?」


「てことは、機械製造会社か、化学に詳しい会社か」


「そんな、深く考えないで! 思いついたことを言っただけだから!」


 信が独り言を呟き始めると、サクラは慌てて止め始めた。


「賑やかなとこ悪いけど、信はいるかしら?」


 ルカが扉を開いて入って来た。


「ルカお嬢様。どうかいたしましたか?」


「信。前回の爆発で、怪我とかはしてなかったわよね?」


「はい。していませんが」


 信は、首を傾げながら言う。


 今になって、なんで怪我のことを気にし始めるんだ?


「良かったわ。明日のやつには出られそうね」


「明日?」


 信は、首を傾げた。


「明日、うちらの学科で、昼休みと三限の空きコマを使って『執事対抗戦』を始めることになったのよ」


 胸張って言うルカに、信とサクラは、再び首を傾げた。




 次の日。二限の授業が終わり、昼休みになると、信とルカは体育館にいた。


 体育館の中には、黒いジャージに着替えた男性と私服の男女が入り乱れている。


「ルカお嬢様。このジャージは?」


 信は、ルカに黒のジャージを渡されて、着ていた。


「これは、今回の『執事対抗戦』のために、黒田虎丸が用意したものよ」


 信は、それを聞いて自分が着ているジャージを再び見る。


 とても動きやすいジャージだ。着心地も良い。


 確か黒田財閥は、日本政府の下儲け会社から成長した財閥だ。今は、鉄道会社や海運や航空会社などを経営している。ジャージを作るイメージがない。


「ははは! 驚いたか、ルカの執事よ!」


 信は、後ろを振り向くと、虎丸が笑いながら近づいて来ていた。


「黒田様」


「虎丸って呼んでくれい!」


「虎丸様。このジャージは、わざわざ取り寄せたんですか?」


「そうだとも! このジャージは、我が財閥でスポーツ連合と協同研究して作ったジャージだ!」


 そんな、貴重そうなジャージをわざわざ、この日のために持って来たのか。


「確か、あんたの黒田財閥って、最近スポーツ業界にも手を伸ばしているって聞いたわ。まさか、虎丸が旗振り役なの?」


「そうだとも! 親父に『息子よ! 誕生日プレゼント何が良い!』って聞かれたから、『黒田財閥を、スポーツ業界に進出させたい!』って頼んだ!」


 誕生日プレゼントに、スポーツ業界の参入って、どんな誕生日プレゼントなんだ。


 信の頭の中は、虎丸が言っていることに理解するので、精一杯だった。


「虎丸……相変わらず滅茶苦茶な男ね。一応聞くけど、お父さんは何て返事したの?」


「俺の親父は、『おもしろい!』って返事して、次の日には作戦チーム発足させてくれたぞ!」


「子が子なら、親も親ね」


 ルカは、頭を抱える素振りをして言った。


「虎丸様。そんな貴重なジャージを使って良いんですか?」


「大丈夫だとも! それに、今回貸した理由は、データの収集も兼ねているからな!」


 虎丸が、そう言うと、複数の白衣を着た男女が体育館内に入って来て、カメラを設置し始める。


「やけに気前が、良いって思ったら、データを取る目的もあったのね」


「ははは! 美味い話には裏があるからな!」


 虎丸は、腰に手を当てて笑いながら言った。


 虎丸。勢いに身を任せていそうで、しっかり計画的に行動をしている。したたかな男だ。


「肝に銘じておくわ」


 ルカは、素っ気ない返事で答える。


 白衣を着た人達は、カメラを設置終えると、紙を取り出して、周りを見渡し始めた。


「準備が出来たみたいだな。さぁ、昼休みと三限の空きコマを使った、『執事対抗戦』を始めよう!」


 虎丸は、そう言うと体育館内にいる、同じ学科の生徒と使用人を集めた。

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