救世主
「源財閥は、町工場も傘下に入れているって、前に言ったのは覚えているかしら?」
「確か、食堂で会った時に話していた」
信は、静香に頷いて返事をする。
「実は、青葉財閥とは何十年前から、協同で製品づくりをしていますわ」
青葉財閥。薬品関係の特許を多くとってあり、ドラックストアで手に入る薬は、ほとんどが青葉財閥によって製造されている。業種的に繋がりがなさそうに思えたが、繋がりが合ったのか。
「そこで、問題が起きたのか?」
「そうですわ。最初は、十数年前にある薬品が盗まれましたの、それは、青葉財閥が技術提供して、源財閥の傘下に入っている町工場で作られたもの」
「その薬品は、なんなんだ?」
「それは、さすがに言えませんわ。企業秘密でしてよ」
それも、そうか。今まで、そんな話を聞いたこともなかったから、表には出していない情報だったんだろう。
静香は一度咳ばらいをする。
「その薬品には、性能が良い分、ある欠点がありましたの」
「ある欠点?」
「特定の火薬を混ぜると、大きな爆発が起きるのですわ」
信は、それを聞いて大きく目を開いた。
「それって、テンリ財閥の本社で起きた爆発ですか?」
話の内容を聞いて、信が思い当たる事件は一つしかなかった。
自分が執事になるきっかけを作った事件だ。
「えぇ、そうですわ」
静香は、囁くような小さな声で言った。
あの爆発事件の爆弾に、源財閥で作られた薬品が使われていた。
「そんな、情報初めて聞きました」
信は、あの事件を個人的に詳しく調べていたつもりだった。
あの爆発事件で犠牲になった人は、七歳の女の子。最初は、ガス管が爆発したかと思われていたが、ガス管に付けられていた爆弾が原因だった。指紋も綺麗に拭き取られており、犯人はわからなかった。恐らく、作業員に変装していたと考えられている。
「そうでしょうね。盗まれたのは、事実だったけど爆弾との因果関係は、立証できなかったの。痕跡がなくなるぐらい、跡形もなく爆発していたらしいわ」
警察は、証拠が掴めなくて発表できなかったのか。
「事実かわからなくても、静香様は、あの爆発に、その薬品が関係していると考えているのですね?」
「ほぼ間違いないと思うわ。源財閥の上層部も、そうだと考えている人が大勢いる」
静香は、落ち込んだ様子で言う。
無理もない。親の会社で作られた薬品が、殺人の道具に使われていたのだ。
信は、ここまで話してあることに気づいた。
「静香様。今その話をするってことは、薬品が再び盗まれたのですね」
静香は、頷いた。
「えぇ、そうですわ。あの事件以来、セキュリティも完備して、盗まれないようにしていたわよ。だけど、つい一ヶ月前に、在庫をチェックしたら、保存している数より足りなくなっていた。そして、その数週間後にルカが爆弾で、暗殺されかけたわ」
「なぜ、俺を拘束したんですか?」
「それは簡単ですわ。爆発事件と同じくして、新人の執事が、テンリ財閥に入って来た。そして、嘘をついて源財閥に入ろうとする。犯人が、どこまで情報を握っているか探りに来たと考えたのよ」
そういう考えをしていたのか。
信は、静香の言葉を聞いて納得した。
「静香様が、そう話されたってことは、俺の疑いが晴れたんですか?」
「そうですわね。それに、ルカからも連絡が来たわ。これ以上拘束していると、何して来るかわからない。いらない被害を受けるよりは」
静香が、そこまで言った所で、部屋の中に音楽が鳴り響いた。
「なんだ、この音?」
「私の携帯からですわ」
静香は、そう答えると、携帯を取り出す。
「どうしたかしら?」
静香は、通話を始める。
一体何があったのだろうか?
「どうやら、ルカの怒りを買ってしまったようですわ」
静香は、携帯を耳から離して、微笑みながら言った。
「ルカお嬢様が、何かしたんですか?」
信は、気になった様子で言う。
「ルカは、今私たちの上にいますわ」
「上?」
上ってどういうことだ?
静香は、離していた携帯を、再び耳に添える。
「ビデオ通話にしてくれるかしら?」
静香は、そう言うと携帯の画面を信に見せた。
その携帯の画面には、一台のヘリコプターが映っていた。
『あんた達、よくも私の執事を拘束したわねー!』
ルカの叫び声が、携帯越しから伝わってきた。
「ルカお嬢様」
信は、ルカの名前を言う。
なんで言ってしまったのかはわからない。嬉しさなのか、心配からなのか、色んな感情が心の中で混ざっている。
「空から来るとは思わなかったですわ」
静香の表情からは、怒った様子が感じられなかった。ルカが、何かしら行動をしてくるって覚悟していたのだろう。
信は、ヘリコプターが飛んでいる映像を見てあることを思い出した。
ルカの父である優助も、ヘリコプターで帰って来た時、ルカの名前を呼んでいたな。親子は行動までも似ることがあるのか。
携帯の画面を見ながら、信は感心した。
『信のことを疑う前に、自分達の仲間を疑ってみたら!』
再び、ルカの叫び声が聞こえた。
「ん? 何か、ヘリコプターから出ている?」
白い物が、ヘリコプターから、ばら巻かれていた。
「なにかしら?」
静香は、信の言葉が気になったのか、携帯の画面を見直して、呟いた。
「ちょっと、ヘリから落ちている物、取って来てくれるかしら?」
静香は、通話している相手に指令を出した。
「静香お嬢様! 大変です!」
しばらくすると、静香の使用人だと思われる女性が、部屋に慌てて入って来た。
何か、あったのか?
「どうしたの、そんなに慌てて?」
「テンリ財閥のルカお嬢様が、ばらまいた紙にこんなことが!」
部屋に入って来た女性は、半分に折りたためられていた紙を一枚、静香に渡した。静香は、その紙を広げる。
あの紙に何か書いてあるのか、ルカは何をばらまいたんだ?
「スイは、どこにいますの!?」
静香は、いきなり声を荒げた。
「静香お嬢様。それが、スイさんの姿が見当たらなくて……」
女性は、困惑した表情で答える。
「静香様。一体、なにが書いてあったのですか?」
気になった信は、静香に聞く。
「信さん! あなたをここから出しますわ。事態が変わりましたよ!」
静香は、信が見えるように紙を置くと、使用人と共に部屋から出て行った。
「一体何が?」
信は、ガラス越しに、その紙を覗いて見る。
写真一枚が貼られており、その写真にはスイの姿と一人の男性が映っていた。この男性どこかで見た記憶がある。
信が考えていると、突然機械音が響き渡る。
「ガラスが」
信が出られないように張られていた強化ガラスが下がっていく。
「お待たせしたのですわ」
静香と使用人の女性が部屋に入って来た。
「静香様。この写真は一体。スイと話している男は誰ですか?」
「そうですわ。信さんは、知らなくて当たり前。この写真の男は、今朝死体となって見つかった、ルカを爆殺しようとした犯人ですわよ」
信は、ルカを爆弾から守った日のことを思い出した。
そうだ、この男。屋敷の近くで、ぶつかった男だ。死体で見つかった、死んでいたのか?
「信さん。こちらも返しますわ」
静香が、信の携帯を信に渡した。
「ありがとうございます」
信は、携帯を開くと、凄い量の着信件数が溜まっていた。
ほとんどが、ルカお嬢様からの着信だ。
信が、どうしようか迷っていると、再び着信音が鳴った。
「ジジさん?」
携帯の画面には、『ジジさん』と書かれた文字が見えた。
「もしもし、信です」
信は、静香にも話の内容が聞こえるようにスピーカーにした。
『ほっ、ほっ。無事に解放されたようですな。ルカお嬢様がまいた紙のおかげですな』
「この紙にある写真は、ジジさんが見つけたんですか?」
『そうですぞ。先週、信殿に「わしも、それまでに、このスイっていう執事の情報を集めておこう」と言ったので、遅れながら、しっかりと約束を果たしましたぞ』
「あ、ありがとうございます。だけど、こんな写真を見つけて来るなんて思わなかったです」
この写真がなかったら、俺の拘束が解かれるのは、もっと後だっただろう。
『わしの運が良かったのですな。信殿も気づいておるかもしれませんが、ルカお嬢様に爆弾を送った配達人が死体で見つかりましたぞ』
「ついさっき、聞きました」
『テンリ財閥も、屋敷周辺の防犯カメラや、警察の協力を煽って探していての。配達員が死体となって見つかった、周辺のカメラに映っていたのだ』
ジジは、自慢げな口調で信に言った。
警察を動かすほど、テンリ財閥の力は強いのか。それよりも、その話を聞くと、一つ疑問が浮かぶ。
「死体があった周辺に映っていたことは、スイさんは容疑者の候補なんですか?」
『そういうことになるの。まだ、警察は発表をしていないが、他殺の可能性が高いって聞いておるぞ』
信は、辺りを見渡した。
もしかしたら、まだこの周辺にいるかもしれない。
「情報提供を感謝しますわ」
『この声は、源財閥の令嬢である静香お嬢様』
「そうですわ。スイは、まだこの源財閥の本社にいると思いますの。必ず捕まえますわ」
静香は、そう言うと、携帯を取り出して、通話を始めた。
「もしもし、鎌倉城の出入り口を全て封鎖してくれる? えぇ、スイが裏切り者の可能性が出て来ましたわ。武器とか隠し持っている可能性が高いから気をつけて、お父様にも連絡をお願いいたしますわ」
静香は、そこまで言うと耳から携帯を離した。
「信さん」
「はい。なんでしょうか?」
「スイを捕まえるために、力を貸してほしいですわ」
「もちろんです。協力します」
信は、自分の携帯に視線を移す。
「ジジさん。話を聞きましたか?」
『しっかりと、聞きましたぞ。話を聞く限り、スイ殿もまだ源財閥の本社にいると。いつ何が起きるかわかりませんな。充分に気を付けるのですぞ』
「わかりました」
『では、そろそろ電話を切らせていただきますぞ。また、なにかあったら連絡を』
「はい。ありがとうございます」
信が返事すると、ジジからの通話が切れた。
「信さん。移動しますわ。まずは、スイの居場所を探しに監視室へ行きますわよ」
「はい、行きましょう」
信と静香は、部屋を出て行った。
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