第26話 久方振りの

〔これまでのあらすじ〕

オシリスの羊シロ、魔王の娘クロ、誘拐された妻を探すアラクネ族の末裔パウク、死を偽装して自由になった元騎士イグニス、彼を慕う元騎士ヴィトラ。5人の世界を救う旅は続く。


再び、王都アミール騎士団本部。

「それで、マギアスとやらを使って何をする気だ」

「さらなる知識を得たい。もっと言えば私が望むものは復元のスキルだ」

「自然発現が限りなく低いと噂の?」

「そうだ。千切れた腕から肉体を再生させ、刃折れの剣から鉄を生成する、あらゆるものを復元することのできるスキルだ」

「それが世界を救うことに繋がると?」

「もちろん。それにしてもセレスト、デュアル・パレスでイグニスを負かした闘者の名前、知っているか?」

「さあ?」

セレストは肩をすかせた。

「シロだ」

「プロリダウシアにいたと?バカバカしい。騎士団の目を掻い潜って人界内部に侵入できるとでも?たまたま名前が同じだっただけだろ。それに偽名も使わずに堂々と…」

「ベッヘルム」

「は?」

「あそこには魔物との衝突で一時期街の警備が疎かになっていたな」

「1ヶ月も前の話だぞ。それにベッヘルムからプロリダウシアに行くまでにその倍はかかる。時間的に不可能だ」

「いや、わずか1日足らずで行く方法が一つだけある」

「なんだと?」

「回り道をせずとも直進すればよいのだ」

「本気で言っているのか?商人殺しのあの森を?」

「シロはイグニスを殺している。よもや殺されているのは…」

「分かった。プロリダウシアに騎士を送る」

「ああ、よろしく頼むよ」

シャンティーサ・フィコは団長室を後にした。

「もしもし?私だ。出発の準備をしておけ」

『直ちに』



かつてツヴェルフが落ちたというオシリスの羊を語る棺のある炭鉱、それは南部凸状領地にあるキリスティナという街に存在する、とツヴェルフは言う。

大陸の北側にあるプロリダウシアからは真反対と言える位置にあった。

追われ身であるシロとクロ、魔族であるパウク、そして死んだはずのイグニスとアミールの騎士団本部への帰還命令を無視しているヴィトラという絶対に騎士団に見つかってはならない彼らは、多少の無理を承知でなるべく街に寄ることなく人里離れた道を進んだ。

騎士団中枢にも顔の効いたイグニスとヴィトラのおかげで、安全な街をあらかじめ選定することができ、一度の問題ドンパチも起こすことなく一行は34日かけてキリスティナに到着した。

「ようやく…帰ってこれました…。ただいま帰りました」

キリスティナを前にしたツヴェルフは涙を堪えて声を絞り出した。

「クロさん、知り合いのやっている宿があります。安く泊まれるよう交渉してみます」

「色々ありがとうございますツヴェルフさん」

「いえいえ、あなた方のおかげで帰ってこれたのですから安いものです」

腰の曲がったツヴェルフにはとてつもない疲労があったであろうことは皆感じていた。しかしツヴェルフは絶対に帰ってくるという意志を曲げることはなかった。

夕暮れ間際にキリスティナへと到着した一行は、一晩をツヴェルフの紹介した宿で越して炭鉱へと出発することにした。

ツヴェルフの知り合いの営む宿はとても優良だった。ツヴェルフとの再会を果たした亭主は一行を歓迎した。

特にここ数日は歩きっぱなしだった5人は食欲を満たした後に泥のように眠った。



気がつくとシロは草原にいた。

「シロ、行きましょう」

前を走る誰かに手を引かれ、シロも足を動かす。

前を走る誰かはとても幼く見えた。背丈は低く伸びた後ろ髪が腰まで垂れていた。

風が吹き黒髪がなびく。

『あなた、誰?』

喉を震わせたはずが、声が出ない。

『どこに行くの?それにここはどこ?』

――そんな。どういうこと?

「2人が待ってるわ」

『2人?2人って誰のこと?』

目の前の少女は振り向くこともなく走り続ける。

『あっ』

足のもつれたシロが転倒する。少女は気にする素振りも見せず、走っていく。

――待って、おいていかないで!

シロが体を起こしたその瞬間、草原が真っ赤に燃えあがった。

――え?

裸足のシロだが熱も痛みも感じない。

突如、背後で大爆発が起きた。シロはその場でしゃがみ込んだ。

頭を押さえた手の甲にポタポタと鉄臭い黒色の液体が垂れる。やがてその液体は雨となってシロの体に打ち付けた。

――どうなっているの?もうイヤ…。

シロはふらつきつつ立ち上がった。天を見上げて叫ぶ。

「助けて!クロさん!!」


「…シロ?」

となりのベットで眠っていたクロがシロのベッドに両腕を立てて体重を乗せる。

「どうかした?」

「いえ…ちょっと、怖い夢を見てしまって」

「そう。でももう大丈夫よ」

そう言ってクロはシロの頭を撫でた。

「はい…その、ありがとうございます…」

クロは体を曲げて後ろを確認してからシロの左手を握った。

「ヴィトラは起きていないみたいだから、私たちも寝ましょう。ずっとこうしててあげるから。ほら、私がそばにいる。これで怖くないでしょ?」

「安心…します」

「よかった。おやすみシロ」

クロはシロと手を繋いだまま自分のベットに戻った。

「おやすみなさい」

シロも目をつぶると絡まった指先にギュっと力を込めた。

「オシリスの羊に感応して開いたか。まったく、貴方も酷なことをさせるよ」

シロの眠る部屋の真上のレンガ屋根に立つ羊のぬいぐるみであるキュビネの呟きが夜風に溶けた。



夜は明け、5人はツヴェルフに連れられて例の炭鉱へと向かった。

「こちらになります」

かつての鉱山地帯の中腹でツヴェルフは足を止めた。

「今は閉山になっているそうです。かなりの危険が予想されますが…」

「ええ、覚悟の上です。ツヴェルフさん、ここまでありがとうございました」

クロはツヴェルフと向かい合った。

「そんな…私目も入ります」

「それには及びませんよ。ご自分で危険とおっしゃったじゃないですか」

「ですが…」

「いいんです。ここからは私たちの問題です。キリスティナまで長い間本当にありがとうございました」

「お礼を言うのはこちらの方です。クロさん、シロさん、パウクさん、私を救ってくれてありがとうございます」

「ほら、シロ殿」

パウクが軽く背中を押した。

「は、はい。ツヴェルフさん、ありがとうございました」

シロはツヴェルフの手を取ると握手した。

「これも全てオシリスの羊様のお導き。感謝致します」

ツヴェルフは両膝をつき、シロの手を頭上に掲げた。

「ツヴェルフさん、立ってください!」

「いえいえ、これは失礼致しました」

ツヴェルフは立ち上がり、シロは手を放して微笑んだ。ツヴェルフはそれに深い一礼を返した。

「クロさん、本当によろしいのですか?」

シロの隣に立つクロに目線を向ける。

「大丈夫です。街にはあなたを待つ方々がいるでしょう」

「わかりました。ではお言葉に甘えることにしましょう」

それまでクロの隣で縮こまっていたヴィトラが声をかけた。

「ツヴェルフさん、プロリダウシアでの非礼、今一度お詫びさせてください」

ヴィトラは頭を下げた。

「俺も、命令とはいえ脅すようなことをして悪かった。この通りだ」

イグニスも続いた。

「ヴィトラさん、イグニスさん…」

ツヴェルフは意表をつかれたようで目を丸くした後すぐに微笑んだ。

「あなた方を恨んだことはありません。ですがもし罪の意識を感じていらっしゃるのなら、どうかお仲間を大切にしてください」

「わかりました」

「ああ、約束する」

二人の返答を聞くと優しく頷いた。

「それではみなさん、長い間お世話になりました。あなた方のことは一生涯忘れることはないでしょう。善なる者にご武運を」

ツヴェルフは故郷の街へと帰っていった。5人はその背中が見えなくなるまで見届けた。

「さて、そろそろ私たちも行きましょうか」

振り返り、入り口の大穴に目を向ける。

「この先に二人目のオシリスの羊が…」

「まだ確定してるわけじゃないんだろ?」

ヴィトラの呟きにイグニスが答える。

「シロ、何か感じる?」

「いえ、特には」

シロは首を横に振った。

「荷物は持っていくのか?」

パウクが尋ねる。

「そうね。ツヴェルフさんが言うには棺に触れた瞬間この入り口に転送されたそうだわ」

「転送先がこことは限らないってことか?」

「ええ。イグニスの言う通りよ。覚えてる?あなた達の前から姿を消した時のこと」

「シロの使った瞬間移動テレポーテーションのスキルね。確かに状況は似ているかしら」

「ここまで背負ってきたわけだし苦じゃないがな」

パウクはリュックを背負い直した。

「それじゃあ行きましょうか」

5人は意を決して炭鉱の中へと入っていった。

クロはツヴェルフからもらった手書きの地図を取り出し、パウクがランプに火を灯した。

坑内を見渡す。地盤の支持材に使われる坑木がところどころ朽ちて崩れている。

「今にも…って感じだな」

「ちょっとイグニス!怖いこと言わないでよ」

「す、すまん」

「とりあえず奥に進むわよ」

地図を睨みつつクロが歩き出した。

閉山された坑道の中は当然暗くパウクの照らすランプの光だけが頼りだった。それでも5人はツヴェルフの記した地図の最奥部に到達した。

「さてとここからが正念場よ。ツヴェルフさんはいったいどうやってオシリスの羊の棺の在り処に辿り着いたのか」

クロは周囲を見回す。行き止まりの看板があり、来た道以外何もない。

「なあ、これってこの先も続いているように見えないか?」

地面に刺さった材木に打ち付けられた看板の奥に身を屈めれば通れそうな道が続いることを見つけたイグニスが言う。ヴィトラが答える。

「あのねイグニス、その先に何もないから行き止まりの看板があるんでしょう?」

「確かにそうか…」

「いや、案外その線もあるかもしれないわよ。ツヴェルフさんはかつての炭鉱の拡張作業の中で穴に落ちたと言っていたから」

「分かった。俺がちょっくら見て来るよ」

そう言ってイグニスは明かりもなしに看板の奥へと行ってしまった。

「一人で大丈夫かしら」と心配するヴィトラ。

「彼なら火を起こせるから平気だろう。それに向こうではぐれたりなんだりするよりは一人の方が都合がいい」とパウクは言った。

案の定、3分も経たないうちにイグニスが現れ、「ついてきてくれ」と言った。

パウクの鎧が壁に擦れて鋭い音を立てるも4人はイグニスについていった。少し進むと、また天井が広くなりドーム状の部屋のような場所に出た。

全員がその場所に出るとこれ以上進むなとイグニスが手で静止した。そして先頭を行くときにパウクからランタンを借りたイグニスはその火を掲げて「やっぱり」と言った。

5人の立つ先にさらに地下へと続く大きな穴があった。イグニスが小石を拾い穴に投げ入れてみる。底についた音はしなかった。

「かなり深いぞ」

「もしかしてこれが…ツヴェルフさんが落ちた穴?」

「かもしれないわねシロ」

「なるほど、これがあるから行き止まりの看板を立てたわけね。落ちると危ないから」

「多分な」とイグニス。

「もちろん降りるだろう?クロ殿」

「ええ。パウク、糸でどうにかできないかしら?」

「うーむ」

腕を組み唸りながらパウクが考える。

「拙者が降りるなら簡単だが粘性の糸をスルスルと滑ることはできまい。ならばやはり」

「何かいい案があるんですか?」

「ああ、シロ殿。拙者が先に降りるから、後から飛び降りてくれ。それを拙者がキャッチすればいいだろう」

「ええ、大丈夫ですか?」

「なに心配はいらない」

パウクはそう言うと穴の縁にうつ伏せになり底へと糸を垂らし始めた。

「本当に飛び降りるのか?」と一同ざわめくなか、パウクだけが「うむ」と一人納得していた。

「いやいや、何がうむなのよ。ちゃんと説明して」

「穴の底は拙者の糸が届く深さであった。だから今から天井に先端を貼り付け、拙者が先に降りる。底についたら穴を塞ぐように巣を張るからそこに飛び降りてくれ」

「まあパウクの糸のことは信頼しているし、それでいきましょう」

一応の全員の合意の上パウクの言う作戦が実行された。

「準備ができたら合図を送るから持っていてくれ」と2本目の糸の先端をクロに渡し、1本目の糸を天井に貼り付けて糸を伸ばして底へと降りていった。

しばらくするとクロの握る糸の先が軽く引っ張られた。

「来たわ。合図よ」

そのことを報告するとクロは糸をシロに渡して穴の縁に立った。

「ふう」

軽く息を吐くとクロは穴へと落ちていった。

続いてシロも合図を受け取ると糸をヴィトラに渡して落ちていった。

「ああチクショウ、シロも平然と落ちていきやがった。怖くないのかよ」

イグニスがぶつぶつ呟いている。

「ビビってるの?」

「ばっ、…いやまぁ、ちょっとだけ。大体普通ビビるだろ!?底の見えない穴に落ちろだなんて」

「あらあら、あのイグニス様も怖いものがお有りのようで。ビビっててもいいけど合図が来たら降りてくるのよ?はいこれね」

ヴィトラもイグニスに糸を渡すと縁にたった。

「じゃ、先に行くから」

そう言い残すとジャンプして落ちていった。

「くっそ〜おちょくりやがって。大丈夫かよ。怪我してないといいけど…。ああやっぱり怖いなチクショウ」

そしてイグニスにも合図が来た。

「まあ合図が来るってことは上手くいってるってことだよな。ああ、くそ」

縁に立ったイグニスはゴクリと生唾を飲み込んだ。

「俺はイグニス・ヴォクユだ。これくらい、へっちゃらさ」

イグニスは意を決して縁を蹴った。前傾姿勢で落下する。穴はかなり深い。

そして顔からパウクの放射状に張られた糸に柔らかく激突した。糸はイグニスの重さで沈み反動ではねた。

「これで全員だな」

イグニスが糸から離れるとパウクは巣を破った。

「はぁ、はぁ、ここは?」

イグニスは辺りを見回す。そこは壺のように膨らんだ空洞だった。そして先にいるシロとクロとヴィトラが同じ方向を見ていることに気づいた。イグニスも目を凝らす。

落ちてきた穴だけではなく、いくつもの穴が今いる空間に繋がっていた。

穴の奥の空間も天井が高いのだろう。先の見えない鎖が4本垂れ下がっている。そして鎖につながれた長方形状の縦長の物体。

「これが…棺…?」


〈神判の日〉まで残り239日

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