第19話 相見える
〔これまでのあらすじ〕
世界の終焉、〈神判の日〉まで残り1年。魔族の娘であるクロは世界を救う鍵となるオシリスの羊という存在の少女シロと出会う。クロを助ける為に騎士を殺したシロは、その罪を償う為にもクロと共に世界を救う旅に出たのであった。
オシリスの羊を知る男ツヴェルフのプロリダウシア脱出をかけたデュアル・パレスへの出場を持ちかけられたシロはそれを承諾するのだった。
「ふははははははは!いいぞ!それでこそだ。契約成立だ」
イグニスは右剣ヨモツを鞘に収めた。
「行くぞ」
そう言うとイグニスはヴィトラを連れて次の取立てに向かった。
「シロ…」
クロはシロの背後から話しかけた。
「分かってます」
「そのこともだけど…お話があります」
シロは振り返らずに頷いた。
「すみませんツヴェルフさん、少し出ます」
2人も荷物を取ると家を出た。
「歩きながら話しましょう」
「はい」
シロは俯いている。クロも正面だけを見続けている。
「獣の話よ」
「はい」
「どういうこと?」
急にシロが立ち止まったのでクロが2歩前に出てしまった。
「…騙されたんです」
クロは振り返って復唱した。
「騙された?」
「はい。それは神の遣いを自称していました。それが私の力を使って獣の封印を解いたんです」
「そう…。でも騙されたっていうのは」
「…私は…唯一の人に…嫌われたくなかった。嫌われるのが怖かった。だから私のことをどう思っているのか知りたかった…です」
――ファミアさんのことね…。やっぱり、どこか距離があったのね。それがシロを傷つけていた。
クロは俯くシロに近くとそっと背中に両腕を回した。
「ごめんねシロ。責めるようなことを言ってしまって」
「……」
シロはクロの右肩に顔を埋めて黙っていた。
再びイグニスはドデンと対面していた。
「リストアップされた債務者への取立て完了しました」
「ご苦労。別名あるまで待機していろ」
「主よ、一つ提案がございます」
「…申してみろ」
「債務者ツヴェルフの家にて騎士団が現在手配中の2人組を発見しました。奴らの目的はツヴェルフと共にこの街を出ることにあります。そこで一つ、手配中の内の1人シロをデュアル・パレスに参加させるというのは」
「おーん。いつも言っているよなヴォクユ。まず初めに結論を簡潔に述べろと。で?どうなんだ」
「はい。決勝で私がシロを殺します。そしてその亡骸を主が騎士団に提出すれば」
「この先一枚上手に出られるわけか」
「左様で」
「お前にしては上出来だイグニス。おーん。ただ、問題が二つあるよなあ」
「問題…ですか…」
「やはりそのレベルだったか。一つ目はシロという人間が決勝まで残らない可能性だ」
「その心配はございません。勝ち残りますよ。奴は」
「ほう?妙に自信があるな。では続けよう。もう一つはお前がシロに負ける可能性だ」
「その心配もございません。勝ちますよ。この私が」
「必ずや、殺すんだな?」
「殺します」
「分かった。では貴様如きがオレ様に指図した罰として追加ルールだ。もしも貴様が負けて死んだ場合、ヴィトラ・イコゥとその家族を殺す」
「…ッ!」
「それは…主にとっても損となり得る話かと」
「何を。あんな女、代わりなんていくらでもいるわい」
「承知しました。シロは私が必ず殺します」
片膝立ちでつま先を睨みつけるイグニスはドデンに見つからないように静かに奥歯を噛み締めた。
シロとクロはプロリダウシアの街中に出ていた。
「クロさん、この街何か変じゃないですか」
「そうね。明らかに暗すぎるわ。厚い雲でもあるのかしら」
プロリダウシアの空を覆う黒い霧の影響で街に日の光が届くことはなかった。しかしそのことをこの街に暮らす誰も知らない。もちろんシロとクロも。
「それにしても…今までレニカの街やベッヘルムで閑散とした街を見てきたけど、ここは静けさというよりも妙な薄気味悪さがあるわね」
「ですね」
「あれは…この街の門かしら」
クロの視線の先には街を囲む城壁とその唯一の門が聳え立っていた。
「検問所ですね。騎士は見えませんけど」
「私たちが通ってきた道は抜け道だったのね。まあ抜ける前に命を取られるんじゃどうしようもないか」
「ツヴェルフさんも言ってたようにこの街からは確実に出られないんですね」
「もしかしたら通行証が必要かもしれないし、極力この街の人間に関わるのは避けた方がいいわね。戻りましょう」
「ですね」
2人はツヴェルフの家に戻った。
「デュアル・パレスについて教えて下さい」
「ええ。デュアル・パレスは闇のゲームですよ。これまでも幾たびの人が命を落としてきました。唯一の優勝者が決まるまでゲームは続きます。そして優勝者は前回大会の優勝者とどちらかが死ぬまで闘い合います。その勝者には一つだけ願いを叶える権利が与えられる」
「イグニスの言い分はシロがそれに勝利してツヴェルフさんに行動の自由を与えればいいという訳ね」
「しかしイグニス・ヴォクユは現在21連勝中です。こう言うのもなんですが…彼に勝つには相当な腕利きでもないと…」
「ツヴェルフさん、デュアル・パレスのゲームの内容はどんなものがあるの?」
「全てはゲームマスター・ドデンの気分次第です。ただしよくある内容ならばバルゼンジークの討伐ゲームなどです」
「バルゼンジーク!?」
クロが大声を上げた。
「そうですけど」
「それがどうしてんですか?」
「バルゼンジークって言ったら指定絶滅危惧種じゃないの。どうして…人界にいるの?」
「そこまでは私にも」
「まぁそうね、その話は一旦置いておきましょう。でもバルゼンジークとなるとかなり大変よね?」
バルゼンジークとは魔界に生息する全長6メートル(頭から尾先まで)の四足獣である。
「はい。毎回そこで闘者は絞られます。その分白熱はするんですけど」
「シロ、これまでに何回連続でスキルを使った?」
「スキルの種類にもよりますけど、攻撃系なら3、4回くらいですかね。意外とすぐに疲れちゃうんですよ」
「そう…」
クロは腕組んだ。
「ツヴェルフさん、何かシロの体力をつける手っ取り早い方法ってありますかね」
「ちょうどいいものがありますよ」
「えーっと…」
「シロ」
「はい」
「特訓するわよ」
「はい…」
一方その頃、ベッヘルムとプロリダウシアを繋ぐ森の中で未だパウクはラドロンティ族との戦闘を続けていた。
「
――ドシャン
打ち上がったラドロンティの体躯は弾けて赤い雨を降らせた。
「はぁ…はぁ…逃さんぞ。一匹たりとも…!」
遠くの糸の揺らぎを感知したパウクが糸を手繰り寄せると引き付けられた男の胸ぐらを掴んだ。
「バンゲラは…どこだッ!」
「し…しらな…ガッ」
パウクは男の背中を地面に叩きつけた。男は動かなくなった。
パウクは糸の揺らぎに集中する。戦いの最中も休むことなく森中に糸を張り巡らせた結果、ラドロンティの森はパウクの巣へと姿を変えようとしていた。
「この距離まで迫れるとは。強いな貴様」
パウクは後方2mに位置する木の枝の上に声をかけた。
「……」
「ダンマリか。糸の気配がない。貴様が最後だな」
「……」
「なあ、バンゲラって知ってるか?」
――ダンッッ
パウクの糸弾が木の根元にめり込むのと、木の上の男が木を蹴って飛びかかるのが同時だった。
「かかったな、蜘蛛綾取」
パウクが手の中に作った花の通りに男の四肢は大の字に固定された。
「:打ち上げ花火」
――ブチン
垂れた糸をパウクが引いた時、引っ張られたその糸が切れてしまった。
――潮時か…ッッ!
糸の張りが緩むと男はまとわりつく糸を切って着地した。
パウクは男に糸を飛ばした。しかし男は右手の刀でそれを断ち切るとじわじわとパウクへと迫っていた。
男に合わせてパウクも徐々に後退する。2人は一定の距離を維持していた。後退する間にも、欠かさず糸を出し続ける。段々と指の間から噴き出す糸の長さも短くなっていた。
連日の戦闘、さらに森全体を囲む探知網の構築で糸の供給に限界がきていた。
本来の蜘蛛は粘液を空気中で固めることで糸を紡ぐが、パウクのようなアラクネ族には2つの腎臓の間にある造糸幹器官でできた粘液が血管を通って手の指の間まで運ばれることで噴出される。
常に糸を出し続けている今のパウクは1分当たりの心拍数が150を超え、ついに心臓がオーバーヒートした。
――ガンッ!
胸と膝をつけるように前に伸びた男の刃先がパウクの鎧に包まれたすねをかすめた。慌てて後ろに下がるパウク。しかしその瞬間、突然にして男が間合いを詰めた。
後方不注意で木に背中を預けてしまったパウク。
寸でのところで頭上の枝に糸を飛ばしてジャンプで男を飛び越えた。
木に刃が刺さった男に背後から殴り掛かろうとするとその木は内側から爆発した。
「爆ぜる妖刀か!」
パウクの右ストレートに対して男は回れ左で刃先を同直線上に180度回転させた。
「
「蜘蛛綾取:糸刀」
両手で端を握った一本の糸。そこに全てを凝集させて強度を上げる。
遠心力を乗せた男の妖刀とパウクに残る糸を重ね合わせた糸刀がぶつかる。互いに拮抗する刀身。しかしこのまま男の刀の勢いを止められればパウクは――
「:蛮爆」
そして妖刀が爆ぜる。パウクの最大硬度の糸刀が断たれた。
刀を振り切り、腕を首の前に通して右手を頭の後ろまで回し再び刀を構える。その間実に0.1秒。
曲がった肘を瞬時に伸ばし手首のスナップを使い、肩から刃先までが一直線になる。
パウクもすかさず腕を伸ばして指先を男の顔面に向ける。狙うは糸のゼロ距離発射で視界を奪うこと。
だがパウクの指の間からもう糸は出なかった。
男の刀身がパウクの首に半分めり込む。
「ウオオオオオオオオオオ」
パウクの咆哮。刀の柄に自らの手を添えると男の腕を引き寄せて一息に首から抜くとバランスを崩した男の手から刀を奪い取った。
傷口から鮮血が噴き出した。
パウクは雄叫びを上げたまま刀を頭上に振り上げ、男の背中に突き刺した。
そこで妖刀が再び爆ぜた。
男の背中に大きな穴が開いた。
飛び散る血肉をいっぱいにパウクは浴びた。
「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ」
過呼吸が止まらない。首の血は未だ溢れ続けていた。
面の下、ただでさえ暗いパウクの視界が揺れる。足の力が抜けてそのまま後ろに倒れた。頭を強打した痛みもない。
パウクはゆっくりと右腕を伸ばした。
「メリーザ…必ず…見つけ出すから…」
空を掴みかけた腕がボトリと落ちた。
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