第18話 邂逅

〔これまでのあらすじ〕

世界の終焉、〈神判の日〉まで残り1年。魔族の娘であるクロは世界を救う鍵となるオシリスの羊という存在の少女シロと出会う。クロを助ける為に騎士を殺したシロは、その罪を償う為にもクロと共に世界を救う旅に出たのであった。

オシリスの羊を知る老人がいるという情報を掴んだ3人は盗賊が出ると噂の道からプロリダウシアを目指すのであった。


プロリダウシア。かつて罪を犯した者を収容する施設があった場所にいつしか建造された街。犯罪者と共に貧困民の受け入れが始まり、罪か借金またはその両方を背負った者の流れ着く地となった。

この街を治めるボーヴォ財団は独自の経済システムを構築しており、借金を街が肩代わりしその代わりにこの街で働くことになる。

罪を犯した場合も懲役補欠金を支払うことで禁固刑が免除されるが、その金を街が肩代わりすることで目先の利益に目が眩んだ人間がやってくる。

無論労働には対価が支払われるが、生き抜く為の最低限度の生活は保障されていないので、基本的に役所の管轄する店に金を落とすこととなる。

原則住民が街を出ることは禁止されており、借金完済と共に行動規制が剥奪される。

完済前に住民が死亡した場合、その家族を強制連行する権利を役所は有する。また、当事者の了解を得ることで家族単位での入植が可能である。

日々労働に明け暮れるプロリダウシアの住民にとっての唯一とも言える楽しみこそが、賭け闘技デュアル・パレスである。

住民は参加費を支払うことで出場が許可され、数ある種目の中で勝ち残った挑戦者が、前期王者との一騎打ちに勝利することで一つだけ願いを叶えることができる。しかし王者は次回大会への参加が必須の為、半強制的に街から出ることは出来ない。

また、闘士にベットすることにより順位に応じた配当金を得ることができる。プロリダウシアからの脱出を夢見る愚か者たちが賭博することで発生する収益の20%がそのまま財団の利益となる。


財団当主でありプロリダウシア最高統治者ドデン・ボーヴォ。その目前に彼の傀儡、イグニス・ヴォクユが跪いていた。

「それで?」

「私が獣に乗っ取られている間に期日が…」

「バカバカしい」

ドデンの図太い声が暗い室内に反響した。

「もう少しまともな嘘を期待していたのだがなヴォクユ。すまない。あの親から賢い子は産まれんな」

「申し訳ございません」

「どう落とし前をつけるつもりだ?」

「直ちに取り立てを行います」

「そうか。そうだなヴォクユ。オレ様には嫌いなものが2つある。1つは野菜だ。うーん、あれを美味いと思う奴の気がしれない。そんなに食べたきゃ一年中雑草でもかじってればいいんだ。だよなあイグニス?」

「仰る通りですございます」

「うーん。そして2つ目は…決められた規則を破る者だ」

ドデンは怒鳴った。

「なにも死ぬまで踊り続けろと言っているのではない。この日まで帰って来いと、この日までに金を納めろと言っているんだよオレ様は!どうしてプロリダウシアの連中は、揃いも揃って簡単な言いつけも守れないクズなのだ!ああ?ふざけるのも大概にしろよ」

「……」

イグニスは黙りこくった。こうなると手をつけられないのはいつものことだった。

「ヴォクユ。仕事だ。デュアル・パレスまでに全ての滞納者の家を回れ。必ずや取り立てるのだ」

「かしこまりました」

「…いいことを思いついたぞ。イグニス。そいつらを今回のデュアル・パレスに全員参加させる」

「ではその旨も伝えて参ります」

「いいから行け!」

イグニスは立ち上がると一礼し顔を上げきらないようにしてそそくさと部屋を後にした。

「どいつもこいつも癪に障る。ヴィトラ!」

「はい」

「仕事だ」

「はい」



ラドロンティ族の潜む森を抜けたシロとクロは、浮遊する枝がバランスを崩したので投げ飛ばされてしまった。

「クロさん、大丈夫ですか?」

「ええ。シロは?」

「大丈夫です」

クロはシロの手をとって立ち上がった。

「ありがと。なんとか抜けられたわね」

「パウクさんも無事でしょうか」

「すぐ追いついてくるわよ。とりあえず私たちはこのままプロリダウシアに向かいましょう」

「そうですね」

シロはポシェットから地図を取り出して開いた。

「この道をまっすぐですね」

「本当にベッヘルムから一本なのね…」


シロとクロが歩き始めてからどのくらい時間が経過しただろうか。見通しがよくなったとは言え空は未だ暗いままである。街まではもう少しというところで、シロの足が止まった。

「クロさん、あれ」

見ると、傾いた荷車の傍で腰の曲がった男が立ち往生していた。

「行ってみましょう」

クロの言葉にシロは頷いた。2人は男に近づいていった。

「どうされたんですか?」

「ああ、なんとお優しい。実は車が壊れてしまって」

男はしゃがれた声を出した。体中ススで汚れていた。

「シロ、直せる?」

クロは初対面の時に見せた完全修復ハイレンのことを言っていた。

「一度使ったスキルはダメです。どうしましょうか」

「そうね…」

クロは荷台の中を覗き込んだ。両手で抱えるのがやっとの膨らんだ袋が6つ。

「この中身は?」

「近くの穴で採れる石炭でさあ。採掘がウチの仕事でしてね。まだ家は先だのにこんなところでおしゃかになっちまうなんて」

「お手伝いします!」

「はえ?」

男は首を傾げた。

「私たちもこの袋を運ぶわ」

「お気持ちは嬉しいですがあっしのことは気にしないでくだされ。お手を煩わせるわけには…」

「手伝わせてください」

「困っているから立ち往生していたのよね?」

「…ではお言葉に甘えて」

図星を指された男が折れた。

「シロ、大丈夫?」

「持て…ます!」

結局シロとクロが一つずつ袋を持ち、2往復半で6袋を男の家に運んだのであった。

「ありがたや…なんとお礼申し上げたらいいのか。すみません、私の家は貧乏でしてこれと言ってお贈りできるものはありませんが…ぜひお茶でも召し上がってください」

少し考えてからクロが言った。

「私たち人を探していて、この街にオシリスの羊について知る男性がいると聞いて来たのだけれど、ご存知?」

「オシリスの…羊ですか…」

男は目を見開いた。

「そうです」

シロは頷いた。

「知っていますとも。私はオシリスの羊様に助けていただいたことがあるのです」

「じゃあ私たちが探している人って…」

「長く生きてきましたが、オシリスの羊を知る人にはついぞ会うことはありませんでした」

「詳しく話を聞かせてもらえる?」

「もちろんでございます。ささ、中へお入りになって」

土壁に藁葺き屋根の小さな一軒家。散乱する物もなく簡素な部屋だった。そこにシロとクロは通された。

「私はツヴェルフと言います。かつては東の方で暮らしておりましたが、訳あってプロリダウシアに越してきました」

「私はクロ」

「シロです」

「私たちは世界を救うためにオシリスの羊を探しているの。その為には情報が必要。それじゃあ、話してもらえる?」

「かしこまりました。少し長くなりますが」

そう前置きして男は話し始めた。

「遠い昔、まだ私が若かった時です。とある炭鉱の中で私は穴に落ちてしまいました。

深い穴でした。底まで落ちて見上げると登るのは不可能に思えました。だから私は他の出口がないかと探してみることにしたのです。

どのくらい歩きましたか、先の方にボウと燃える青白い光が見えたのです。私はその光に向かって一目散に走りました。そして見つけたのです。

そこには鎖で四隅を吊るされた棺がありました。光の正体は棺に埋め込まれたクリスタルでした。私は圧倒されました。鎖はどこから伸びているのだろうと見上げると、先は見えませんでした。

私はいつしか遥かに天井の高い空間におりました。助かりたい一心で私は棺に祈りました。

「助けれてくれ」と。

額を地面に擦り付けて何度もそうしていると、どこからか声が聞こえてきたのです。

『迷える子羊よ』と。

私は遂に棺がお答えになったのだと思いました。棺は続けてこう仰いました。

『オシリスの羊を信じよ』

私はもう必死でオシリスの羊様に助けを求めました。

「オシリスの羊様、お助け下さい」

すると棺からさらに声がしました。

『棺に触れよ。さすれば道は開ける』

私は言われた通りに棺に近づくと、右手で表面を撫でました。

その瞬間、私は炭鉱に戻っていました。確かにそこにあったはずの穴は、どこにありませんでした。

これが私の知る全てです。何か手がかりにでもなるといいのですが」

「十分過ぎるくらいだわ。その炭鉱まで案内してもらえないかしら?」

「是非とも…と言いたいところなのですが…」

「どうかしたんですか?」

「プロリダウシアに暮らす者は、完済まで出入りを禁止されています」

「そんな…」

「つまりその炭鉱はプロリダウシアの外にあって、プロリダウシアを出れないから案内できないと」

「左様でございます。炭鉱までの道はかなり複雑で、果たしてお二人だけで辿り着けるか…」

――ドンドンドン

突然、玄関の扉が強く叩く音がした。

「来客ですかね?」

「借金取りですよ…」

男は歳からか、もしくは渋々といった感じでゆっくりと腰を上げた。

「無視すればいい」

「とんでもない!命は大事です」

男はそう言うと玄関の扉を開けた。

「何の用かは分かっているな?」

声を聞いたシロとクロが互いに眉をひそめた。

「申し訳ございません、ヴォクユ様!」

その名を聞いた2人は立ち上がり玄関へ向かう。

「八割方揃っておりますので…」

「違うなツヴェルフ。期日までに十割だ」

「やっぱり。イグニス・ヴォクユ」

ツヴェルフの背後から顔を覗かせたクロが名を呼んだ。

「お前はクロ。それに…シロッ!」

イグニスは一歩下がると獣の魔力により刃をジグザグに歪められた双剣ヨモツマガツを引き抜いた。

「獣から聞いたぞ。奴を解放したのはシロ、お前だってな。ここで殺す」

「イグニス、落ち着いて」

イグニスの背後にいた女がイグニスの右手を押さえた。

「ヴィトラ・イコゥ!」

「まさかこんなところで会うとはね、クロ、シロ。どうして…?」

ヴィトラの声には悲哀が混じっていた。

「お願い、ツヴェルフさんを街の外に出させて」

「それは無理なお願いだな」

「あなたに言ってない。ヴィトラに頼んでいる」

「ほお?」

「イグニス、とにかく剣をしまって。騎士としての行動だとしても任務は確保よ」

「チッ」

イグニスは言われた通りヨモツマガツを鞘に収めた。

「クロ、恐らくだけどツヴェルフがオシリスの羊に何か関係があるのね?」

ヴィトラが尋ねた。

「話が早くて助かるわ。その通りよ」

「でもツヴェルフはプロリダウシアの住人。私たちでどうこう出来ないことは分かって」

「そんな…!」

「いいことを思いついたぞ」

右剣ヨモツを引き抜き剣先をシロに向けるとこう続けた。

「シロ、お前がツヴェルフの代わりにデュアル・パレスに出ろ。決勝まで残って俺を殺せば、お前はツヴェルフと共に街を出ることができる」

「負ければ?」

「死ぬだけだ」

シロはイグニスを見据えていた。

「乗っちゃダメよシロ。仮に勝ったとしても彼を殺した罪で現行犯だわ。これは罠よ!」

クロは小声で忠告した。

「でもクロさん…これしか道はない」

シロはクロの顔を見て言った。そしてイグニスに向き直った。

「分かりました。私がデュアル・パレスに出ます」


デュアル・パレスまで残り42日

〈神判の日〉まで残り317日

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