第17話 迫る
〔これまでのあらすじ〕
世界の終焉、〈神判の日〉まで残り1年。魔族の娘であるクロは世界を救う鍵となるオシリスの羊という存在の少女シロと出会う。クロを助ける為に騎士を殺したシロは、その罪を償う為にもクロと共に世界を救う旅に出たのであった。
オシリスの羊を知る老人がいるという情報を掴んだ3人は盗賊が出ると噂の道からプロリダウシアを目指すのであった。
ベッヘルムで一晩を明かし、昼前に出発した3人はプロリダウシアに向けて件の道を進んでいた。
草原の広がる道を歩くこと約2時間。まだ怪しい気配はない。太陽もまだ南の空にある。襲われるとしても今ではないと声に出さずともそう考えていた。
シロはいつものようにくだらない話を始めた。
「そういえばパウクさんって何歳なんですか」
「む?」
「昨日自分のことをオジサンって言ってたじゃないですか。それで気になったんですけど」
「ああ。今年で25歳ですな」
「なるほど」
「かく言うシロ殿は」
「レディに年齢を聞くんですか?」
「酒を飲んでいたじゃないか。大丈夫なのか」
「私ももう16ですよ。魔族がどうかは知らないですけど人間はとっくに成人です」
「そうであったか。クロ殿は?」
「シロの2歳上よ」
「どうりで」
「どうりでってどういうことですか」
シロはムッとして言った。
「いえいえ、お気になさらず。16か。懐かしいですな」
「何か思い出でもあったの?パウク」
「うむ。拙者と妻が夫婦になったのも、齢16の時であった」
「意外と早いのね」
「妻の母が死に、アラクネ族は壊滅の危機に瀕していた。身寄りを失った拙者たちは、共に生きていくことを選んだ」
「あの大きなお屋敷で?」
「ハハハ、金だけあっても、廃れるものはありますよ」
「そうね」
クロが頷いた。
「それに
「魔法は遺伝なんですか?」
「遺伝するものもあるっていう答えが正確かしら。研究者じゃないから詳しいことはわからないけど」
「なるほど」
「拙者には妻しかなかった。それも奪われて。でも最近は久しぶりに楽しいんだ。旅に誘ってくれてありがとう。シロ殿、クロ殿」
「…バカ」
パウクの横顔にクロはそれだけ言った。
夜が来た。太陽は地平線に沈み、3人は森の中で一夜を明かす準備をしていた。
シロとクロが火を起こす木や食材を調達しに行っている間にパウクは簡易的な寝床を作っていた。
まず柱となる適当な木を4本選び、外側に糸を一周させて範囲を区切る。
何周か巻いて強度を上げたら、次は向かい合う二辺の糸の外側に糸を一周させる。それを端から端まで、さらにもう一組も糸を張ったらかなり頑丈な床ができる。
続いて同じものを床から2mほどの高さに張り、天井を作る。
最後に天井の上面と床の下面を糸で繋ぎ、四面を一周させれば完成である。
あらかじめ糸の張度を変えておくことで横にかき分けるタイプの入り口も作った。これで一晩は楽勝である。手頃な洞窟などが見つからない時に役立つ、パウクの十八番だ。
「パウクさんお待たせ」
寝床を作り終えてすぐにシロとクロが戻ってきた。
「イノシシがとれたよ」
「丸焼きにするか」
その後、3人は寝床の近くで火を囲んでいた。
「「「いただきます」」」
各々手を合わせると、串に刺さった肉にかぶりついた。
「おいしい」
火は消え、煙も枯れた。辺りを包む漆黒。張り詰める静寂。
その中で何かが揺れた。目標を見定めたそれらは一直線に接近する。
――ガサガサガサガサ
そして四本の柱の周りを回り始める。パウクの作った寝床を囲んだそれらは手に持った長槍の先で次々と床を突いた。
床が開く。
――ドサッ
何かが落下した。それらが近づく。そこにあったのは肉の欠けたイノシシの死骸。
「寝ている子を起こすなよ」
それらは瞬時に声の方向を見上げた。そこには天井に肘を立て左脇腹をつけて寝そべるパウクの姿があった。
「誰だ貴様はッ」
それらは天井のパウクに飛びかかった。パウクは着地すると、落下と同時に一本の糸を下に引いていた。その糸こそ四本の木の上部を繋ぐ根幹の糸。
その糸が引かれると四本の木は上部で凝集した。飛びかかったそれらが押しつぶされる。
「拙者の名か?覚えておくがいい。復讐に燃える男、パウク・メテニユ。闇夜に紛れ強奪を繰り返す悪しきラドロンティ族め、許せんッ!」
「かかれっ」
掛け声とともにラドロンティ族が迫り来る。パウクはラドロンティの連中を一人ずつ糸で木に固定していった。
そのうちの一人の首にさらに糸を巻くと、首の前で交差させ、両端を左右に引っ張った。
「吐けッ。バンゲラはどこだ」
「し…知らない」
パウクは引く力を強める。
「シラを切る気か。ならばそれ相応の罰を」
「バンゲラ様は聡い。人前にお姿を現すことは滅多にない。俺だって見たことないんだ」
「チッ。では誰なら…ッ!」
パウクはすぐさま身を翻し、背後から斧を持って飛びかかってきた相手をかわした。
斧が地面に突き刺さり抜けなくなっていたところに、パウクの蹴りが顔面に入った。同時に周囲の茂みから飛び出すラドロンティの雑兵たち。
「よかろう。ならば炙り出すだけだ」
パウクは2本の腕で雑兵たちを木に貼り付けていく。
「ここにバンゲラの情報を知る者がいれば名乗り出ろ。貴様らの首に糸が巻き付いてあることを忘れるなよ」
恐ろしく速い糸の揺れ。しかしパウクは正面からの一閃を見切り避けた。糸を飛ばしたはずだったが、相手はすでに木の枝の上にいた。
「バンゲラ様の名を容易く口に出すな」
闇の中で正確な姿は見えない。しかし声は女だった。
「貴様は何か知っていそうだな。捻り潰して答えてもらおう」
パウクは手のひらの間の糸を縦に伸ばした。
「蜘蛛綾取:糸刀」
柄を握ると、パウクは糸製の剣を振った。ブンという音と共に空気を切る。
左手から糸を放ち枝に絡めると糸の巻きつけざまに枝上の女に接近して切り掛かった。しかしすでに女とパウクの位置が入れ替わっていた。
――速いッ。
糸で足を止めようとも接着する前に逃げられる。女は周囲の木々を飛び回って避けていた。木を垂直に登り、蹴り付けてバク転しながら飛び、別の木に乗り移る。
――地形の把握は向こうのほうが上か。
女を追おうと糸を出した時、突然パウクの眼前に女の刃が迫った。
「フグッ」
パウクはすくい上げるように糸刀で下から女の刃を叩く。受けれたのも束の間、刃はすでに胴に狙いをつけていた。パウクは刀を立て、その先を地面に向ける。
――ガチン
音を立て刃が擦れる。女の剣ごと刃先を空に向け直すと、どちらからともなく連続した打ち込みが始まった。
――カン、カン、カン、カン、カン
パウクからの二連続面を受け、一回転して間合いをとりつつガラ空きの左脇腹を狙う。見切ったパウクも刃を受け止めて再び刃を立て、体勢を戻した。
振り、受け、弾き返し、打つ。鍔迫り合いが続いた。
「バンゲラはどこだ。拙者の妻をどこにやった」
「アラクネの女か。あはは、今はどこにいるんだろうな」
「貴様ァァァッッ!」
怒りのパウクがさらに速く刀を振る。そして突然地面を蹴り後ろに飛んだ。同時に女の頭上の枝に左手で糸を放ち、後方の枝を越えるとその枝に糸を引っかけて方向転換。両足を伸ばしたパウクは勢いのまま女を正面から蹴りつけた。
蹴飛ばされた女は糸で手足を地面に固定された。
「観念しろ。知っていることを吐け」
「死んでも吐かんぞ…!」
「そうか」
パウクはそれだけ言った。
――誰も争いで死なせずに、誰も争いで死なない世界を作る。クロ殿の大義は素晴らしいと思う。拙者もそれに倣いたい。けれども…死をもって罪を償わせる他ない時がある。ラドロンティ族は誰一人として許さん。
「蜘蛛綾取:打ち上げ花火」
パウクは右手に花を作った。
女の四肢が糸に引っ張られて体が星型に広がる。さらに別の糸に押されて下方に圧力がかけられる。
パウクは花から一本の糸を垂らした。
同時に女を固定している糸の圧力がなくなり、弾性力によって弾かれた糸はその瞬間に木から解け、女の体は木々のさらに上空へと打ち上げられた。
――ドシャッ
女の体が最高地点まで達した時、四肢に繋がっていた糸が四方向に引っ張られ、女の四肢は血飛沫の花火と共にもがれた。
「来たわ。合図よ!」
クロはシロに囁いた。
「唯一の万物に新たな浮行能を与えん。
シロの虹彩の縁が赤く輝く。
シロとクロの跨っている2mほどの打ち枝が地面を離れた。
「行きます!」
シロが枝の先を倒すと勢いよく前方に動いた。
ベッヘルムからプロリダウシアへの一本道。しかしその実はラドロンティ族に命を奪われる危険な道。
クロは森に入る前のパウクとの会話を思い出した。
『早めの夕飯を済ませたらそこからは別行動だ。シロ殿とクロ殿は真っ先にプロリダウシアに向かってくれ』
『そんな、パウクさんはどうするんですか?』
『恐らくラドロンティ族は森の至る所に潜伏しているだろう。2人が襲われないよう、拙者が奴らを引きつける』
『できるのね?』
『必ずや。拙者が合図を出すまでは待機して合図と共に出発してほしい』
『でもパウクさんが…』
『安心してくだされシロ殿。拙者もすぐに後を追ってプロリダウシアに向かいますから』
『…パウクさんがそう言うなら、信じます』
『ありがとう』
シロとクロの間を何かが通り過ぎた。
「シロ!攻撃されてる」
「速度上げます!」
クロはシロの背中にギュッと抱きついた。
「へあっ!?」
驚いたシロは腕に力が入り、枝の先を強く押してしまった。2人を乗せる枝の速度が格段に上がる。
――ドドドドッッ
同時に後方から連続した破裂音が聞こえた。そしてクロは、破裂音の方向へ向かおうと木々を飛び交うラドロンティ族の姿を見た。
女を殺したパウクはすでに囲まれている気配を感じていた。
「これは殺人罪が適用されるぞ。貴様は何者だ」
姿は見せず、声だけが聞こえる。
「何?殺人罪だと?どの口が言いやがる。ラドロンティのクズ共が罪を語るな。拙者の名か?パウク・メテニユ。情け無用の男だ」
パウクが糸束を引くと、ラドロンティの花火が大量に打ち上げられた。
「この森のラドロンティ族は拙者が殲滅する」
〈神判の日〉まで残り318日
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