第16話 それぞれの決意
〔これまでのあらすじ〕
世界の終焉、〈神判の日〉まで残り1年。魔族の娘であるクロは世界を救う鍵となるオシリスの羊という存在の少女シロと出会う。クロを助ける為に騎士を殺したシロは、その罪を償う為にもクロと共に世界を救う旅に出たのであった。
黙示録の獣による壊滅的被害を受けた街セントプリオースで年に一度行われる大輪祭、その象徴である桜の巫女を任せれたシロは無事成功し、街は復興に向けて大きく動き出したのであった。
大輪祭翌日、支度を整えたシロ、クロ、パウクの3人は結局長々と居座ることになった宿に礼を言い、その場を後にした。
「シロ様、クロ様、パウク様。この度はなんとお礼申し上げたらよいのか。街を守っていただいただけでなく、大輪祭までご協力いただけるとは。この通り感謝の限りであります」
町長がそう言うと、大輪祭実行委員の面々と同時に深々と頭を下げた。
「いいんですよそんな。皆さん頭を上げてください」
「そういう訳にはいきません。せめて我々の誠意だけでも受け取って下さい」
「でも…」
「いいのよ」
何か言いたげなシロをクロが静止した。
「ここは素直に受け取りましょう」
「…わかりました」
一分ほど経って、ようやく男達は頭を上げた。
「今やこの街には何もないですが、それでも精一杯この街で生きていきます。是非またいらしてください」
「はい。必ず」
シロと町長は固く握手を交わした。その後をクロとパウクが続いた。
「それでは、また」
手を振ると3人はセントプリオースを離れた。
次なる目的地はベッヘルム。ここもまた人魔境界線の近くに位置する土地であり、魔王の娘であるクロが未探索の人界においてオシリスの羊を探すには境界線から東に進む必要があるのだが、3人がさらに北に進むのには訳があった。
祭り開催までの間、街の復興作業や祭りの準備に協力していたクロとパウクは、そこでとある噂を聞いた。
――人界都市ベッヘルムにて魔王軍との戦争が始まる。
聞き込むとどうやら境界線付近に魔王軍が集結しているということのようだった。
放ってはおけない。2人の意見にパウクも賛成した。力を貸すと。
ベッヘルムへの道中、セントプリオースにおいての唯一の成果と言っても過言ではない、現在位置のわかる人界の地図が大いに役に立った。流石、値が張るだけのことはあった。
2日かけて、3人はベッヘルムに到着した。噂は真なのか、街の通りにすら人の影はなかった。
3人はとりあえず役所に向かうことにした。中に入り、ようやく人を見かけた。
「見ない顔だな。何のご用で?」
カウンターを挟んで対面している役所の男は明らかに不信感を露わにしていた。
男の質問にはクロが答えた。
「境界線付近に魔王軍の部隊が集結しているとの噂を聞いた。それは本当?」
「それを聞いてどうする?」
「私達が魔王軍を退散させる」
そう豪語するクロの顔は真剣だった。
「付き合ってられないな」
男はクロの言葉を突き放した。
「待って。あなたがこのまま私を信用しなかったら、間違いなく衝突が起きる。でも信用しさえしてくれれば、必ず魔王軍を追い払う。お願い、選んで」
男は親指と人差し指の腹でこめかみを押した。
「70年前の戦争で奪取した北部凸状領地。そこに進軍する為の拠点がかつてのベッヘルムにあった。そしてこれまたそのベッヘルムを潰す為の拠点が、境界線近くに設営されていた。凸状領地からの情報によれば、放棄されたはずのその拠点に1ヶ月前、何やら動きがあったようだ。疎開も始まった。街の周りには本部付の騎士も集結している」
「その魔王軍の拠点にはどうやって行ける?」
「……。行き方は色々あるが、本当に行くのか?」
「あなたの話が本当ならば」
男はため息をついた。
「どこを行くにも騎士団の見張りがある。アンタ、それは騎士の鎧じゃないだろ?」
「そうだ。これは趣味だ」
パウクはキッパリと言った。シロはパウクを見た。
「騎士以外は誰でも襲われる。アンタらに手は…。いや、ひとつだけある。70年前の地下道が残っていればだが」
「案内して」
「言っとくが御法度なんだぞ。戦争関連の物事に関わるのは。ましてや街の職員がだ」
「それでもあなたはやめないでしょ?」
「はぁ……。ついてこい」
男は役所の中へと進んだ。建物の奥の蔵書庫に入ると、さらに奥の壁に面した棚の前で立ち止まった。4人がここに来るまでに誰一人としてすれ違うことはなかった。
「ここに役所があるのにも理由がある」
男がそう言って目の前の棚を手前に引くと、棚の裏に一枚の扉があった。
「この秘密のトンネルを守る。それがこの役所の真の務め。さあ、進め。俺はここまでだ。仕事があるからな。この道をまっすぐ行けば壁を越えられる。そうすりゃ魔界だ」
「ありがとう」
「礼はいらん。その代わり…頼んだぞ」
クロは役所の男の目をしっかりと見つめて言った。
「任せて」
男は扉を閉めた。地下道が暗闇に包まれる。
「暗がりに光あれ。
シロがスキルを使うと辺りがポッと明るくなった。
「行くわよ」
クロの一声にシロもパウクも頷いた。それを合図に3人は階段を降り始めた。そして先へと続く道を歩き出す。
「クロさん、その…策はあるんですか?」
シロが小声で隣のクロに尋ねた。
「配置替えがされてなければここら一帯は彼の担当だったはずよ」
「彼?」
「まぁ、古くからの知り合いね」
地下道が大きく右に曲がり、道なりに進んでいると目の前に一本の梯子があった。地下道はそこで終わっている。つまりこの梯子が終点ということだった。
「拙者が先に行こう」
シロとクロの後ろを歩いていたパウクが突然声を上げた。
「そうね。よろしく」
2人ともショートパンツだから問題はないと思ったクロだが、無碍にするものでもないので黙っていることにした。
「蓋のようなものがある」
梯子を登り始めて一分程でパウクが何かを見つけた。
「ああ、やはり蓋だ」
硬い石が擦れるような音がしたのち、2番目を行くクロはパウクの鎧のラインから漏れる光の線を見た。
そのうちパウクが地上に出ると眩しい日の光と共に差し伸べられた手が現れた。クロはパウクの手を取って地上に出る。シロも同様に続いた。
3人は木々の鬱蒼とした中に出た。梯子の長さから違和感はあったが、どうやら山の斜面の上に立っているようだった。
「かつてのこの辺りの陣は崖を背にして敷かれたそうよ。その崖の上まで行ってみましょう」
シロとパウクは頷いた。
3人は忍び足で斜面を登った。策があるとは言え魔王軍に見つかるのは厄介であり、騎士が潜伏している可能性もあった。騎士に見つかるのは殊更に面倒くさい。
そして無事に誰にも見つかることなく3人は崖の上に出た。
「思った通りね」
クロが下を覗くとやはりそこに陣が展開されつつあった。
「よし、やるわよ」
「私たちは何を?」
「下がってて。あと失敗しちゃった時のために備えといて」
「わかりました」
シロはポシェットからスキルの本を取り出した。
クロは一度深呼吸をすると最後に思い切り息を吸い込んだ。そして右拳を天に高々と向け、左手の爪で右腕の浮かんだ血管を切った。
傷口から肩に向かって血が流れる。クロは叫んだ。
「我が血に平伏せ」
クロの声に目を向けた魔王軍の連中が、体長が3mをゆうに超える巨漢たちが、すぐさまその場で額を地面に擦り付けた。
「すごい。パウクさっ…!?」
崖下の様子を覗いて振り返ったシロは驚愕した。そこではパウクが両足を地につけ、頭と手のひらを地につけ、クロに平伏していた。
そして崖下から何者かがクロの傍に飛びかかってきた。それは片膝立ちでクロに話しかけた。
「お久しぶりでございます。クロ様」
「よかった。まだあなただったのね。シマホス」
「ええ。なかなか出世できませんな。それで、わざわざ何用で?」
「話があるの。一旦下の連中を休めてきて」
「かしこまりました」
シマホスは崖下へと飛び降りた。
「パウクももういいわよ」
「うむ」
パウクの姿勢がへなへなと崩れた。
「今のは?」
シロが不思議そうに尋ねた。
「魔族は何よりも血統を重んじる。血に序列が刻み込まれているのよ」
「いやまさか、体験したのは始めだ。恐ろしいな。全く体の自由がなかったぞ」
パウクはまだ体を伸ばしていた。
「もう、シャキッとしなさいよ」
「クロ殿やシロ殿に比べれば、拙者はオジサンだからな。ハハハハハ」
そこにシマホスが戻ってきた。
「お待たせ致しました。お出迎えしますよ」
シロがサッとパウクの後ろに隠れる。
「安心してシロ。シマホスは私が小さい時によく面倒を見てもらった人だから」
「おやおや。襲いやしませんよ」
シマホスの言葉にシロは軽く会釈した。
「でもお出迎えは遠慮しておくわ。あんまり長居もしたくないから」
「左様でございますか。では早速本題に入りましょう」
「そうね。三十三部隊司令、シマホスに命じる。今すぐにここから撤退しなさい」
「撤退ですか?」
「そうよ」
「しかしこれは魔王様の命令です。それを反故にするというのは…」
「戦争なんてダメよ。あなたにも何度もその話はしたでしょう?私の旅立ちにも協力してくれたじゃない!」
「決まっていますよ。私の決意は。これは忠告です。今はまだ勝手の家出で済まされている。しかしこれは、真にお父様と対立することになりますよ」
「重々、覚悟の上よ」
「ははは、お節介が過ぎましたかな。立派に成長されたようだ。ならば私も、やれるだけやってみます」
「頼んだわよ、シマホス」
「仰せのままに」
シマホスは再び崖下へと飛んでいった。そしてそのまま戻ることはなく、陣を引き連れて魔界側へと去っていった。
「よし、これで一件落着ね」
撤退の一部始終を見送ったクロは言った。3人も地下道へと戻った。
「動くな」
地下道の途中で3人は役所の男にポンプアクション散弾銃の銃口を向けられていた。
「どうやら本当に奴らは撤収したらしいな。一体何をした。アンタら何者だ?」
「そうね…。世界を救うお尋ね者かしら」
クロは銃口の正面に立った。その場の空気が張り詰める。
「では街の恩人に感謝しないとな。ご馳走しよう」
盛況する飲み屋の中心に3人はいた。
男は「安心しろ、騎士の連中はもうこの街に用はない。ここにいるのはベッヘルムを愛する者だけだ」と言っていた。
どうやらその通りで、ただただ3人は歓迎されていた。
地酒で喉を洗った後は通された一級品に舌鼓を打った。
やんややんやの宴の中、それでも3人は目的を忘れなかった。これだけ人が集まっていればチャンスだ。シロとクロはオシリスの羊の居場所を、パウクはラドロンティ族の行方を尋ねた。
「え?今なんつった。オシリス?」
ベッヘルムでも手応えはないかと諦めかけていた時、人界をまたにかける商人だという男が首を突っ込んできた。
「そうです。オシリスの羊ってご存知ですか?」
「あー、なんか聞いたことあったな。確かそんなことを言う老人がいたんだよ」
「「本当ですか!?」」
シロとクロは両手をついて身を乗り出した。
「ちょっと待てよ、今思い出すから」
商人はこめかみを指で押しながらうんうん唸る。
「どこだったかな。少し前だな。一年くらいだったか。だとすると今まで通ったルートを逆算すると…。あ、そうだ。プロリダウシア!」
シロは地図を広げた。
「ベッヘルムから東に行ったところですかね」
「見せてみろ。そうそうここだ」
商人は地図上のプロリダウシアの文字をトントンと叩いた。
「あら、この先一本道でいけるじゃない」
クロはベッヘルムとプロリダウシアを繋ぐ道を指差した。
「待ちな嬢ちゃん。ここは気の早い商人でも絶対に通らない道だ。プロリダウシアですら治安が悪くて危ないのにこの道はもってのほかだ」
「どうして?」
「盗賊がでるぞ。それも残忍な。ここで奪われるのは物品だけじゃない。命もだ」
シロとクロはパウクを見た。パウクは決起するように言った。
「ならば、行く他あるまい」
〈神判の日〉まで残り319日
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