第28話 追う者

〔これまでのあらすじ〕

オシリスの羊シロ、魔王の娘クロ、誘拐された妻を探すアラクネ族の末裔パウク、死を偽装して自由になった元騎士イグニス、彼を慕う元騎士ヴィトラ。5人の世界を救う旅は続く。

2人目のオシリスの羊ミヅイゥを発見したシロだったが、突如発動した瞬間移動のスキルによって6人はリュポクス郊外に飛ばされたのであった。


『クロ、いいかい。この世界は次の冬で終わる。それを防ぐことができるのは3人のオシリスの羊だけ。私は人生の半分を旅に費やした。でも見つからなかった。魔界に羊はいない。希望は人界にある。できれば私が完遂させたかった。不安の種を後世に残したくはなかった。すまないクロや。でもこれはお前にしかできないことだ。…母親としての私の務めは、血を継ぐ元気な男の子を産むことだけだった。そうして産まれたのが、お前の父親だ。初めて顔を見たのは、産んだ直後。そして二回目は、王位を継承した時。本当は私が、あの子を育てなければいけなかった。人族に寄り添い、迫りくる終わりの未来から共に希望を手にすること。これは369年の間世界の半分を治めた者の使命。最終戦争を生き延びた全ての知恵ある者、既文明種オーダーの使命。それを自覚し行動できる子に。私が育てなければいけなかったんだ。…クロ、お前がなるんだ。私の使命を、王の使命を、生命の使命を受け継ぐ者に。オシリスの羊を見つけてくれ。そして世界を終末から救うんだ。魔族と人族、どちらかだけが生きれる世界など間違っている。魔族も人族も平等な世界、争うことなく手を取り合う世界。それを成せるのはクロ、お前だけだ。お前が、世界を救え』

世界を救う鍵となる存在、オシリスの羊。おばあちゃんは人生の半分を費やして魔界中を探しあぐねいた。そんなオシリスの羊が私の前に2人もいると知ったら、あの人はどう思うだろうか。そして知っていたのだろうか、オシリスの羊が、皆シロのような人間ではないことに。どう思うだろうか。私がオシリスの羊と対峙していると知ったら。

「シロを…返しなさい」

「いや。シロはわたしだけのおともだち」

小柄でシロよりも背丈の低いミヅイゥだが、シロの肩に手を回して自分にグッと近づけて押さえている。

「ミヅイゥ落ち着いて。クロさんは悪い人じゃないよ。パウクさんもイグニスさんもヴィトラさんも!みんな私の友達だから」

「ちがう。シロのともだちはわたし。わたしだけなの!」

シロの肩の上から顔を出すミヅイゥは大きな声を出した。

「違うよミヅイゥ。みんなもあなたの友達」

「わたしにはシロだけいればいいの!」

「どうしてそんな悲しいこと言うの?」

「うるさい!こうなったらもう一回…」

ミヅイゥは歯を食いしばった。しかし2度目の瞬間移動テレポーテーションは発動しなかった。

「…どうして?」

「今よ!パウク!」

パウクはミヅイゥめがけて糸を放つと糸で縛ってシロの頭上に持ち上げた。

「きゃあ!」

クロが近づきシロの手をとるとパウクはミヅイゥを下ろして拘束した。

「すまない。君に逃げられては困るのでこうさせてもらう。拙者としても早く解いてあげたいのだが…」

ミヅイゥはパウクをキッと睨んだ。

「すまない…」

パウクはしゅんとしてしまった。

ヴィトラはイグニスのそばから遠巻きにミヅイゥを見ている。

シロとクロはミヅイゥの前に立った。

長く伸びた黒髪は腰まであり座っていると髪先は地面に倒れていた。

ミヅイゥのエメラルドグリーンに輝く瞳がクロを見上げる。

「ミヅイゥ、私とも友達にならない?」

「どうして?」

「どうして…。あなたが必要だからよ」

クロはキッパリと言った。

「どうして?」

「本当のことを言うとね、私にとって友達かはあまり関係ないの。私はあなたにオシリスの羊として世界を救う手伝いをしてほしいの」

「なんで…」

ミヅイゥの言葉を遮ってクロは続けた。

「図々しいことはわかってる。でも誰かがやらなくちゃいけないの」

「だったらそんなこと放り出して、誰かに任せればいいじゃない!」

被されたことが不満だったのかミヅイゥも負けじと反論する。

「…そうやって先人たちが目を背けてきたツケが回ってきたのよ。人王も魔王も混乱を避けるためとか言い訳して責任から逃れて!だから私がやらなくちゃいけないの。魔王の娘である私が」

「クロさん…」

シロはクロのことをまじまじと見つめた。

「あなた…魔王の娘なの?」

ミヅイゥがキョトンとした顔でクロを見る。

「え、ええ。そうだけど。棺の前でも言った気がするのだけど」

「…?じゃあクッキーいっぱい食べれる?」

「え、クッキー?」

「そう。わたしクッキーだいすき!」

「いや、まぁ、ええ。好きなだけ食べてもらっていいけど」

「ほんとう!?世界救ったら、クッキーいっぱい!?」

「もちろん。それはもういっぱいよ」

「やったー!じゃあ協力する。やくそくだよ!」

ミヅイゥは立ち上がると小指を立てた。

「分かったわ。約束ね」

クロは自らの小指を絡めると縦に振った。

「よかったですね!クロさん!」

「ええ、まあね」

「ははははは。そうかそうか。クッキーか。では拙者も解かないとな」

パウクはミヅイゥに巻きつけていた糸をほどいた。

「え!?クッキー?俺も食べたい」

イグニスが上半身を起こすとキョロキョロと首を横に振った。

「ばか、あんたのは無いわよ」

そう言うとヴィトラはイグニスに抱きついた。

「心配かけさせないでよね」

「悪かったよ。ありがとうな、ヴィトラ」

「これで一件落着だな!クロ殿」

「そうね。〈神判の日〉まではまだ半年と2ヶ月。この時点で2人のオシリスの羊を見つけられているのはだいぶ大きいわ」

「〈神判の日〉…?」

パウクが聞き返した。

「あら、言ってなかったかしら。次の春の始まりの日。言い伝えでは再び神が降臨する日よ」

「神か…」

「ところでさ、ここどこよ?」

――カチン……ドォォォォン

突如6人のいるその場で大爆発が起きた。

「皆殿大丈夫か!?」

「俺とヴィトラは無事だ!」

イグニスはヴィトラを庇い爆風を背中で受けた。

「イグニス!?」

「いいから。それより爆心はそっちの方に見えたが…」

「パウクが爆発物を糸で投げ飛ばしてくれたおかげでギリギリ無事よ」

土煙の中からクロの声がした。

イグニスが剣を振り下ろして風を発生させ土煙を吹き飛ばした。

6人は一箇所に集まりパウクとイグニスが前に出た。

「騎士か!?」

「何もしていないのに。どうして見つかったの?」

――ボンッ

「上だ!」

パウクが上空の爆発物を糸で重ねて巻きつけて封じ込める。それをヴィトラがキャッチした。

「何これ。こんな武器見たことない」

「どういうこと?騎士の仕業じゃないってこと?」

「まだなんとも。新兵器かも」

突然の閃光。

蜘蛛綾取ファデラーノ

パウクは閃光の方向に糸の壁を建てる。

「…ッ!囮だ。イグニス!」

烈炎双剣デュアルフレイムッ」

閃光の影の奥から迫り来るギザ刃をイグニスが2本の剣で押さえる。

「む。イグニス・ヴォクユ。発見」

「わざわざご苦労様」

剣で敵の武器を弾くと相手は後ろに飛んだ。

そこには縦にも横にも太い大男がいた。大男は左手に回転する円形のギザギザの刃がついたガントレットを装着し、腰にはヴィトラがキャッチした物と同じ爆弾を複数ぶら下げ、右手には大剣を携えていた。

「誰だテメェ。何の用だ」

イグニスが問いただす。

「俺はウルフ。ここにシロはいるか」

「シロだぁ?おいおい、それは今や全騎士が総力を上げて探している脱走犯だろ。なんでこのイグニス・ヴォクユと一緒にいるという考えに至るんだよ。さ、理解したなら他をあたりな」

「ふむ。それは命令にない」

「は?」

ウルフが腰の爆弾を左手で鷲掴み、6人の方向に投げつける。

「触れたら即爆発するぞ。避けろ!」

イグニスとパウクが前へ飛び、シロとミヅイゥが右へ、クロとヴィトラが左へ飛んだ。

――ドンッドンッドン

直撃は喰らわないもののすぐそばでの爆発はやはり熱く痛い。

「うぇーん。わたしもうイヤ〜」

ついにミヅイゥが泣き出した。

「ああえっと、落ち着いてよミヅイゥ。いや泣き止んで?ああ、どうすればいいの…」

「パウク、コイツぁ近接戦だ。2方向から叩く。烈炎双剣」

「合点承知。蜘蛛綾取:糸刀」

「目標は女。男に興味はない」

ウルフが大剣で地面を叩くとそこから発生した風が土煙を舞い上げた。

「ヴィトラ!」

「ごめん今やる。魔術解析サピテリア

ヴィトラが土煙の中を

「中にはいない」

ヴィトラはキョロキョロと周囲を確認する。その間バランスを崩さぬよう腰をクロが支えた。

「…ッ!!上!」

どこにその力があるのか、ウルフはイグニスとパウクの頭上で大剣を振り上げていた。

「拙者の上を取るとはいい度胸だ。お見せしよう」

パウクは糸刀の糸をほど次のを始める。

「蜘蛛綾取:糸弾」

指の間に張った糸を糸を丸めた玉で手前に引く。指の間の糸がゴムのように伸びて弾性エネルギーがチャージされる。

パウクが糸玉を持つ手を離すと伸びた糸が引き戻され、チャージされたエネルギーによって玉が放たれた。

玉が顎に命中したウルフはその衝撃により反り返りつつ落下した。

「着地点を刺す」

ウルフの真下で剣を構えるイグニス。しかしウルフは大剣の先に取り付けられた銃口から閃光弾を発射した。

目が眩んだイグニスは着地したウルフに蹴り飛ばされた。

「そんな馬鹿な!」

魔術解析中のヴィトラが声を上げた。

「奴から複数のスキルが検知されるなんて。どういうこと?」

「複数のスキルですって?」

焔爆炎火エンシュート重力軽兎グラビット剣戟特化セイバル。爆破の火力を上げるスキルと自身の跳躍力を上げるスキル。それに単純な攻撃力を底上げするスキル。こんなの初めて見た。」

――シロとは表記が違うということはその仕組みが異なるということ?

「シロ」

ヴィトラはシロを呼んだ。

「はい!」

「あなた、どうやってたくさんのスキルを使っているの?」

「この本を」

シロはポシェットからスキルの本マギアスを取り出した。

「ここに乗ってる呪文を読むとスキルが発動するんです。例えば…流れる時は水のように、止まる時は氷のように。流時止氷フロスト

制限時間である6.66秒のうちにシロは別のページを開く。

「伸びる鎖を自在に操り我が物とする。雁鎖搦術ガラガラ

地面にできた黒円からそれぞれ伸びた4本の鎖がウルフの手足を拘束する。

そして時は再び動き出す。

「…ッ!奴が!」

イグニスは拘束されたウルフを見て驚いた。

「すごい…」

ヴィトラも感嘆する。

「私が捕まえました。イグニスさん、パウクさん、ケガはありませんか?」

「あ、ああ。特に」

「拙者も問題ない!」

「よかった。クロさん」

「ええ。さてウルフさん。あなたの目的を教えてもらいましょうか?」

「ワォォォォォォォォォン」

突如、ウルフが月の出を迎えた満月の空に向かって吠えた。

「うるさッ。一体なんのつもりだテメェ!」

イグニスがウルフに突っかかろうとした瞬間。

――ドォォォォォォォン

再びその場で大爆発が起きた。

間もなく夜が訪れる。長い夜が。

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