第29話 ウルフ・パニック

〔これまでのあらすじ〕

オシリスの羊シロ、魔王の娘クロ、誘拐された妻を探すアラクネ族の末裔パウク、死を偽装して自由になった元騎士イグニス、彼を慕う元騎士ヴィトラ、そして2人目のオシリスの羊ミヅイゥ。6人の世界を救う旅は続く。

リュポクス郊外にてウルフと名乗る男の襲撃にあった6人はその捕獲に成功するものの、突如発生した爆発に巻き込まれたのであった。


――ドォォォォォォォン

6人はよろよろと立ち上がる。

「今度はなんだ?」

砂埃の切れ間からウルフの姿が見えた。

「そんな!確かに捕まえたはず…」

シロが鎖の先を確認すると、そこにはしっかりとウルフが繋がれていた。

「どういうこと?」

「無事か、ガンマ」

「無事だ。ベータ」

2人のウルフが互いを呼び合う。

「目標を確認した」

「了解した。他は任せろ」

ウルフ・ベータと呼ばれた男がいくつもの手榴弾を6人のもとに投げつける。

それらをパウクが糸で包んで無力化する。そのまま糸をウルフ・ベータに向けて飛ばすと自らを糸先に引きつけた。

「イグニス殿!」

「なんだ!?」

「もう一体を…!」

「そういうことか。シロ、押さえてろよ」

振り返ってウルフ・ガンマの前で再びイグニスが抜刀する。

「とりあえず手足だけでも無くしちまえば…。烈炎双剣デュアルフレイム

――ガキンッ

その一閃は同時に4本の鎖を砕きイグニスの腹に届いた。

「なッ…」

既の所で腹の前にヨモツを立てなければイグニスは斬撃を受けているところだった。

気にせずマガツで敵の首を狙うが、スーツにより防がれてしまう。

「流石は騎士団最強の男、イグニス・ヴォクユだ」

大剣を構えていたのは3人目のウルフ。ウルフ・アルファであった。

鎖の切られたウルフ・ガンマがアルファの隣で剣を構える。

「目標を確認した」

「了解した。他は任せろ」

イグニスに向けて刃先を見せたウルフ・アルファが搭載された銃口から閃光弾を放つと同時にウルフ・ガンマが上空に飛びイグニスの背後に回った。

そこにはクロ・ヴィトラ・ミヅイゥ・シロがいた。

背後に気を取られたイグニスにウルフ・アルファが襲いかかる。ヨモツとマガツの2本の剣があるとはいえ、ウルフ三人衆の使う大剣の攻撃はあまりにも重く、一方の剣で受けてもう一方で反撃というように容易に受け返せるものでもなかった。

そして斬撃の合間に投げ込まれる爆弾。イグニスはそれを剣で弾くことで被弾を避けていた。


一方イグニスを飛び越えたウルフ・ガンマがシロ達に迫る。

ヴィトラが常に背中に携えている弓を取り出し、ウルフ・ガンマを牽制しつつ後ろに下がる。

――敵の目的は何?私達がミヅイゥと接触したことと何か関係が?まさか、コイツらもオシリスの羊を狙って?

3人のオシリスの羊を集めれば願いが叶う。限られた者しか知らぬ神との契約ではあるが、もしも悪用されれば、絶大な力を手にすることもできる。クロがそれを危惧するのも当然の事だった。

――ならば。

「シロ、ミヅイゥ、あなた達は出来るだけ戦わないで。あの3人から逃げることだけを考えて」

「でもクロさん…」

「大丈夫。私だって戦えるんだから」

シロは頷いた。

「分かりました。お願いします」

そしてミヅイゥの手を取る。

「任せて。ヴィトラ、援護よろしく」

クロが右足を踏み込むと両腕と両足の力を解放する。

魔王一族は元々二足歩行の種であるが、それでも人界での調査の為に協力者に擬態の魔法をかけられたクロ。常に魔法が解けぬよう緊張を張り巡らせておく必要があるが、逆にそれを解放することで魔族の力を引き出すことができる。

クロは地面を蹴ると物凄いスピードでウルフ・ガンマに接近した。そのまま左拳をウルフ・ベータの胸に叩き込む。

大剣が右から腰に迫るとクロは地面を蹴って足先を外側に向けながら180度回転し、ウルフ・ガンマの背後に着地した。続けて右拳を背骨目掛けて叩き込む。

前方ではヴィトラが首を狙って矢を放っていた。

「小賢しい」

ウルフ・ガンマはヴィトラに向かって腰の爆弾を複数個投げ付けると背後に手を伸ばしてクロの腕を掴み、頭上を通して地面に叩きつけた。

「ガハッ…」

「おとなしく死ね」

クロに大剣が振り下ろされる。

――ガンッ

クロは左腕を掲げると大剣を受け止めた。右腕を伸ばしてウルフ・ガンマの腰にある爆弾を奪うと顔に向かって投げつけた。

――パァン

ウルフのスキルに影響されないため威力は衰えるものの、顔面に爆発が直撃したウルフ・ガンマはよろけた。

クロはその隙に立ち上がり左足で腹を蹴り飛ばした。

自らのスキルによって軽量化しているウルフ三人衆はずっしりとした見た目の割に常人と同じ外力の影響を受けるという裏目があった。

「ふん、口程にもないわね」

シロとミヅイゥを目で追うと2人とも無事のようだった。

「クロさん!!後ろ!」

「へ?」

振り返ったクロに閃光弾が炸裂する。そしてウルフ・ガンマの大剣が横腹に迫る。

「あ」


――ガンッ

ウルフ・ベータの大剣とパウクの糸刀がぶつかる。互いの刃が拮抗する。パウクは糸の量を増やして刀の強度を上げていた。

「こちらが手を出したわけでもなく爆弾で攻撃する畜生共が。許せん!」

ジャンプで飛び上がったウルフ・ベータの頭上からの斬撃を刀で受け止める。すぐさまウルフ・ベータは次の型に移る。パウクとの打ち合いが続いた。

――敵のスピードが速い。あやとりをする暇がない。糸刀から術を変えられない。なんとかできるか…?左手の糸だけで。

周りに建物も木すらなかった。パウクは得意の飛び移りながらの戦闘を封じられていた。

――やはり、目を塞ぐしか…!

パウクは手のひらを刃に当てながら接近し、すぐさま左手を伸ばすとウルフ・ベータの両目を狙って糸を2度射出した。

1本目は右目に命中したものの2本目を避けられてしまった。

「小癪なァ!」

ウルフ・ベータは力一杯大剣を振り下ろした。パウクは刀は受けるものの、勢いは止まらず糸刀の刃の半分は地面に埋まった。

パウクはすぐさま糸を切って後退する。ウルフ・ベータがそれを逃すまいと腰の爆弾を投げつけた。

蜘蛛綾取ファデラーノ:糸弾」

パウクの放った糸の玉がウルフ・ベータの爆弾に衝突した時、その爆弾は爆発した。

――これだ。

ウルフ・ベータが大剣を振り上げて迫る。

パウクが腰の爆弾めがけて糸の弾を何発も放った。

――パン、パン、パン、パン

見事炸裂した。よろめいたウルフ・ベータは右目の糸を剥ぎ取る。

「こんなものがなければァ!」

ウルフ・ベータの腰の爆弾は大半が爆風により吹き飛び、遂にストックがなくなった。

続けて足を固定しようと糸を放つ。しかし。

――ヴヴゥン!

左手に取り付けられた回転する刃によって切り刻まれてしまった。

――これでもダメか…!

ウルフ・ベータの斬撃を身を翻して避けると至近距離から再び敵の視界を奪おうと糸を放った。

その時、パウクの目線に立つと、突如目の前に回転する刃が飛び出してきたように見えた。刃は糸を切断し、そのままパウクの鎧、主に顔面と胸元に接触した。

――ガガガガガガガガガガガガ

金属の衝突に火花が散る。追い打ちをかけるように大剣を振り上げ、右から首を狙った。

――ガンッ

大剣は音を立ててぶつかった。パウクの左籠手に。

「万策尽きたか?」

パウク渾身の目潰し。右手の人差し指と中指の先から射出された糸がウルフ・ベータの眼球のレンズにへばりつく。腹を蹴り飛ばし地面に叩きつけると、四肢と腹と首を糸で拘束した。

「1人撃破だ」


――ヴヴヴゥン!

イグニスはウルフ・アルファの左腕に取り付けられた回転する刃を右剣ヨモツで受け止めた。しかし時計回りに高速回転する刃に巻き込まれたヨモツはイグニスの手を離れ、宙を舞って遠くに突き刺さった。

「チッ、ヨモツが」

続けて迫る刃をよけると右手の大剣を左剣マガツで受け止めた。そして目の前に飛び込んでくるのはウルフ・アルファの爆弾。

――捌けねぇ!

――ボンッ

イグニスは背後に吹き飛んだ。すぐさま顔を上げる。

――目が回ってしかたねぇ。グッ!

――ガンッ

ウルフ・アルファは止まらない。一方的に攻められるイグニスはマガツだけで攻撃を受け流すことしかできない。しかし大剣と回転する刃の二連撃に加えて放たれる爆弾を喰らっても耐えられるのは彼がイグニス・ヴォクユだからでもある。しかし。

――どうしてだ?まるで俺の動きを知っているかのような、俺に合わせてさらにそれを上回る戦術。騎士団にこんな図体のデケェ奴はいなかった。じゃあ何故俺を知っている。まさかドデンの?いや、俺ですらここがどこだか分からねぇんだ。奴らが追っかけてこれるわけがない。考えろ。クソ、戦いながらじゃ上手く頭が回らない。

ウルフ・アルファが大剣を真一文字に切るとそのまま下から上へ一直線に切り上げた。

後方に下がりつつ避けたイグニスは思い出した。

――この動き、ロゼットに似ている。次は上から来るんだ。

ウルフ・アルファは大剣を振り下ろした。

――そういえば、ロゼットはよく俺を観察していたっけ。だから…。

『僕、ヴォクユさんみたいになりたいっす』

『俺なんて見ても参考になんねぇよ。人に教えられるわけじゃあるまいし』

『いいんです。それでも。僕、憧れなんで!」

『お前、剣振る時に余計な動作が入る時がある。…かも』

斬撃の後に迫る左腕の回転する刃、振り上げられたそれに一瞬の隙を見たイグニスは

烈火大剣フレイムバーン

ウルフ・アルファの左肘を焼き切った。

「アガッア」

「なぁロゼット。お前、結局真似できてねぇじゃんかよ。悪かったな。教えるの下手で」

イグニスはマガツの柄の先をウルフ・アルファの左こめかみに叩き込んだ。

脳が震えたウルフ・アルファはそのまま痺れて気を失った。

「2人目撃破」


「あ」

ピシャッと赤い血が周囲に飛び散る。

「クロさんッ!」

親指と人差し指の間で刃を押さえるクロだったが、すでに横腹には切れ目がついていた。

「鋭い槍よ。一閃、敵を貫け。鋭貫閂槍ライハット

シロの放った槍はウルフ・ガンマの右腕を貫通した。

「ギャッ」

痛みに剣から手を離すウルフ・ガンマだったが、それでも左手の刃でクロの首を落とそうとした。

「ヤアッ!」

咄嗟に大剣を拾ったクロはウルフ・ガンマの左腕を切り上げた。同時にヴィトラの放った矢が両太ももに突き刺さる。ウルフ・ガンマは膝を曲げて倒れ込んだ。

「クロさんッ!」

シロがクロに駆け寄った。

「大丈夫ですか!?」

クロは切られた脇腹を押さえている。

「ああ…血が。早く止めないと」

「落ち着いてシロ。もう止まったから」

「あ、ああ、そうですか。よかった」

その時だった。透明化を解除して姿を現した爬虫類顔の男が舌を伸ばすと、シロの持っていたスキルの本マギアスに巻きつけて奪い取った。

「私の本が!か、返して下さい!」

「ゲヒヒヒヒヒ。目標は達成された」

男は再び透明になるとその場から姿を消したのであった。

「そうか。コイツらの狙いはシロの本だ!パウク、周囲に糸を張り巡らせて!」

「蜘蛛綾取:蜘蛛の巣」

パウクは四方八方に糸を飛ばすが、消えた敵に糸が張り付くことはなかった。

「もう近くにはいない。なんて逃げ足の速い奴だ」

「そう…ありがとう」

「すまない…」

「パウクさんは謝らないで下さい。私の責任ですから…」

「シロ…。うん、今はクヨクヨしている場合じゃないわ。この寝転がっている奴らから情報を得ましょう。きっとシロの本を取り返す手掛かりになるわ」

「…そうですね!」

シロがそばにいたウルフ・ガンマに近づこうとすると…

「「「うぅぅぅ、ううううあああああ」」」

3人のウルフがうめき声をあげながらよろよろと立ち上がった。

「一体何が!?」

「気をつけろ。襲ってくるかも」

ウルフは白目を剥いていて、両手をおかしな方向に広げ、腰を捻じ曲げながら立っている。

「ウウウウウッッ!」

地平線から顔を出した太陽が十字に煌めき辺りを照らす。

――バンッ

脳が爆発したウルフ・アルファ、ベータ、ガンマはその場に倒れた。

パウクがウルフ・ベータに応答を求める。

「ダメだ。死んでいる」

「そんな…。まさか、私が?」

クロが両手を口に当てる。

「いや違う。恐らくコイツらに意識なんかなかったんだ」

そう言ってイグニスは続けた。

「俺はコイツを知っている。ロゼットっていう騎士だったんだ。でもアイツは、こんな体じゃなかった。もっと細くて、見るからに弱っちそうで、でも芯は強い奴だった。こんな事しないなんて言い切れないけど、多分、体を改造させられて頭を弄られたんだ。洗脳ってやつなんじゃないか」

「そんなこと…まぁ、そういうスキルでもあればありえないことでもないけど」

「いいやヴィトラ、一人心当たりがある。彼はスキルなんかなくても、そういう事をするんじゃないのか。そしてシロを、シロの本を探していたことも繋がる」

「まさか!」

「シャンティーサ・フィコ。現在獣を保持している可能性が最も高い男だ」


〈神判の日〉まで残り238日

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