第30話 夢に近づく

〔これまでのあらすじ〕

オシリスの羊シロ、魔王の娘クロ、誘拐された妻を探すアラクネ族の末裔パウク、死を偽装して自由になった元騎士イグニス、彼を慕う元騎士ヴィトラ、そして2人目のオシリスの羊ミヅイゥ。6人の世界を救う旅は続く。


太陽暦スォース2日。

人界王都アミール。騎士団本部。

「シャンティーサ、イグニス・ヴォクユへの対抗策の開発をお願いしたい」

「イグニス・ヴォクユ?騎士団最強と呼ばれる男。今騎士団で最もホットな男だろう?どうしてまた」

「だからだ」

「と言うと?」

「何らかの事情により敵対した場合に備えてだ」

「あー、確か彼には既に事情があるんだっけか」

「ボーヴォ財団との契約だ。大金を叩いてイグニス・ヴォクユを借りている。予てから武器供与の関係があるボーヴォ財団だからこその契約だが、それは向こうも同じだろう。こちらが金を払わなくなった場合、契約破棄で終わらない可能性がある」

「全く、君の心配性もここまで来るとキチガイだね。よもや自分の複製を作れとは言わないよな?」

「まだ俺は死なない」

「そうかそうか。まぁ君と私の仲だ。対イグニス・ヴォクユの件は任せてくれたまえ。団長さん」

「よろしく頼む」



太陽暦スォース11日。

寮に繋がる廊下に設置されたベンチに座っていたシャンティーサ・フィコに会釈をして通り過ぎようとしたロゼットが彼に呼び止められた。

「ロゼット・プロパニア少尉」

「はッ」

ロゼットは立ち止まりシャンティーサに敬礼した。

「掛けたまえ。少し話をしよう」

「いえ。私目はこちらで結構であります」

「遠慮はいいから。隣に座りなさい」

「ですが…」

「座れ」

「はッ。失礼致します」

ロゼットはシャンティーサの隣に背筋を伸ばして座った。

「最近どうかね」

「最近でありますか」

「うむ。訓練の程は」

「はッ。順調であります」

「確か君のスキルは励起剱斬ギアトロスだったかな?」

「仰る通りです」

「スキルは上手く使えているかい?」

「そうですね…。自分自身、まだスキルを完全に活かしきれていないと思っています。また、動作に無駄があるのは理解しているのですが、どうしても体が追いつかないと言いますか…」

「なるほど。私は団長と話していたのだがね」

「はい」

「君にはいずれ左官、将官と出世してもらいたいのだよ」

「団長が仰っていたのでありますか!?」

「ああ。だから私としても君を全面的にバックアップしたいと思っている。どうかな、強くなりたいかい?」

「もちろんであります!私目は強くなって…」

「よかった。じゃあ承諾ということで」

シャンティーサはロゼットの首の動脈に注射器の針を突き刺した。

「な、なに…を…」

「眠れ」

ロゼットは頭が垂れるとそのまま前へとベンチから落ちた。


「お、目が覚めたかな。おはよう!ロゼット君」

ロゼットは手足と腹を円形の金属テーブルに拘束され、仰角60度で固定されていた。

「くそ、取れないッ。フィコさん!一体どういうことですか!?何ですかコレ。外してくださいよ」

「まあまあ、落ち着きたまえよ。今から君は強くなるんだから」

「…強く?」

「見たまえ。この注射器の中にはは筋量増増ハルペルーテのスキル使用者の血液が入っている。面白いスキルだよね。滅多に見つかることのない貴重なスキルだよ。今からこの血液を君の体に注入する」

そう言うとシャンティーサは、ロゼットの両腕両足のそばに蝶番で繋がれた18本の針が規則正しく並んだプレス器を指差した。

「私がプレス器を押してあげるから。君は大人しくしているだけでいい」

シャンティーサはプレス器に触れると蝶番を動かしてゆっくりと針をロゼットの皮膚に突き刺していった。

「ガッ…あ、ああ…」

「大丈夫大丈夫。これで君は強くなるんだから」

四箇所全ての注射が終わった。その間ロゼットは力のない悲鳴を漏らしていた。

「これで肉体の方はひとまず様子見だ。次は頭を弄ろうかな」

「あた…ま…?」

シャンティーサは別室から液体に浮かんだ楕円状の固形物の入った瓶を持ち上げてロゼットに見せた。

「じゃーん。これは脳と言ってね、人の頭の中身だよ」

「は……なに、を…」

「今から君の頭を開いて脳を取り出して、この瓶の中身と入れ替えま〜す」

「え…え…い、いやだ。いやだ!」

「今更遅いよ。強くなりたいんだろう」

瓶を置いたシャンティーサはメスを手に取った。

「大丈夫。綺麗にくっつけるスキルがあるから。傷は残らないし正常に機能するさ」

「いやだ。嫌だ!たすけ…誰か助けて!誰か!」

「叫んでも無駄だよ。この部屋には音無不聴コシデナを施してあるからね。部屋の中の音は誰にも聞こえないよ」

「そんな…ぼくは…」

「それじゃあ始めていくよ」

シャンティーサはロゼットの額にメスを突き立てた。

「嫌だ!嫌だ!助けて!あああああああ!」

両目から大粒の涙を溢し、鼻からは無色の液体を垂れ流し、呼吸は早まる一方である。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」



太陽暦パオヒ5日。

「大進化シリーズ識別名称コードネーム:ウルフ・アルファ・ベータ・ガンマ。通称、ウルフパック。以下、提供者ケニーラ・ベリー、使用スキル焔爆炎火エンシュート。クレルド・クレバル、使用スキル重力軽兎グラビット。アントラ・エレス、使用スキル剣戟特化セイバル。受容者ロゼット・プロパニア、キレロア・ガロンテナ、リケア・クア。イグニス・ヴォクユ対策の筆頭戦士だ。これでよろしいかな?団長」

「ああ。結構だ。しかし、提供者と受容者というのは何だ?」

「それは…大人の秘密というやつだよ」

シャンティーサはニッコリと笑った。



太陽暦チベ6日。

『大進化シリーズ。貴様ガ従エルノハ改造人間ノ集団カ』

「私自身のスキルのせいか、幼い頃から他人のスキルに、そしてスキルと使用者の相互関係にばかり興味があった。火属性のスキルの使い手の肉は焼肉の味がするのか、水属性のスキルの使い手は普通の人間と比べて体内の水分量に違いはあるのか。日常にスキル発現者がそう多くいるわけではない。せいぜい徴兵から逃げる奴か、退役軍人くらいだった。だから騎士団は実験材料の宝庫だった。様々な実験を経て私はあることを発見した」

『ナンダ?』

「獣よ、スキルの発現元はなんだと思う?」

『サァ?我ハスキルノ存在シナイ時代ノ覇者ダゾ?』

「そうだった。君はいわゆる旧世界の住人だったね。人族がスキルを獲得する前の世界。最終戦争前の世界だろう?」

『我ガ封印サレタ後ノ戦争ノ話ハ知ラン。ダガ魔法ハ魔族ノモノダッタ』

「君はどうして封印されたんだい?」

『我ハ自ラノ世界ヲ望ンダ。魔王ハ我ヲ拒ンダ。モウ少シデ魔王ノ力ヲ掌握出来タノダ。ダガソレハ阻マレテシマッタ』

「…話が逸れたね。スキルの発言元は脳だよ」

『ホウ』

「でもそれは限定的ではないんだ。スキルの練度が上がるほど、そのスキル使用者の細胞がスキルに適応しようと変化する。細胞生成のソースコードが書き換わるんだ。だから私は所望探知の使い手である熟練のテネラルの肉片を紙に混ぜることで追跡可能な地図の発明に成功した」

『大進化シリーズハソノ最タル例トイウ訳カ』

「そうだね。脳を分割してくっつけることでスキルの多使用化を可能にした傑作だよ。特にウルフは苦労したさ。三等分した脳をまた別の意味で容器からだに移したんだから」

『今ノ時代ハコンナ事ガ当然ノヨウニ行ワレテイルノカ』

「いいや、まぁ私だからできることだね。イカれている自覚はあるよ。でもね、いつの時代もイカれた奴が歴史を作るんだ。私もそうなりたい」

『歴史ヲ作ルカ』

――コンコンコン

シャンティーサの部屋の戸がノックされた。

「噂をすればかな。入りたまえ」

「只今帰還致しました」

「君だけが帰ってきたということは、ウルフは死んだのか。対イグニス・ヴォクユ用に調整した筈だが。上手くいかないのは世の常だね」

「ウルフは死にました。そしてこちらが目標物です」

男は机の上にマギアスを置いた。

「素晴らしい!よくやったぞ識別名称コードネーム:カメレオン」

「は、光栄でございます」

「下がっていいぞ」

「承知しました」

カメレオンはシャンティーサの部屋を後にした。

「さて…」

シャンティーサはマギアスを手に取った。

「魔術の叡智の結晶に触れようか」

シャンティーサがマギアスを開いた。そしてパラパラとページをめくっていく。

「やはり私の見立て通りだ。スキルが羅列している。だが妙だな。この空白は何だ?スキルの間が空いている行もあれば詰まっている行もある」

彼は顎をなぞった。

「ふむ。よもや…いや、試せば分かるか。識術創造サピクレド毛玉遊戯パルヴァール

シャンティーサは手のひらで顔程の大きさの毛玉を受け止めた。

『フン、可笑シナスキルダ』

「まぁ見ていろ」

シャンティーサは毛玉には目もくれずマギアスを見つめていた。開かれているページの毛玉遊戯の文字が光を放って消えていく。

「やはりな」

そう言うとさらにページをめくっていく。

「このマギアスは完全ではない。ここに載っているスキルは一度しか使えないという制約があるわけだ」

シャンティーサはマギアスを閉じた。

「私の求めるスキルはここにはない。…だが折角だから、マギアスのスキルは全て奪わせてもらおうか」



シャンティーサは赤く染まった空を見上げていた。

「獣よ、まだそこにいるのか?」

返事はない。

「これは何だ」

「君の望む未来だよ」

シャンティーサは獣とは別の声を聞いた。

「そうか。これが。素晴らしいな」と、空高く立ち昇る灰色の巨大な雲を指差して言った。

「私は大義を成ったのか?」

「いいや、まだだ。これは可能性の一つに過ぎない」

「可能性か。それがあるだけで高揚するのだよ科学者は」

「科学者シャンティーサ・フィコ。君はマギアスを手にした」

「そうだ」

「それは君の手にあるべき物ではない」

「何故だ」

「あれはシロの物だからだ」

「貴様、シロの遣いか?」

「いや…まあ、そうとも言えるね。間違ってはいない」

「私はあの書物に残されていた全てのスキルを発動させて奪った。それでも取り返そうとするだから、まだ何かが隠されているのかい?」

「いいや、もうあれはただの紙束だ。でもあれはシロの物だ。返して欲しい」

「まだ信用できないな。マギアスを調べる必要がある」

「そんなことをしても時間の無駄だよ。君にはやることがあるんだろう?」

「そうだが」

「ボクがその手伝いをしてあげるよ」

「何?」

「交渉だ。君がボクにマギアスを手渡す代わりに、ボクが装置の設計図を君にあげよう」

「何の装置だ」

「今君の脳内で見せている物だよ」

「これは…そうか、回り道をしろと」

「でも成功すれば確実な道だ。復元のスキルを探すよりもね」

「一理ある」

「これなら獣も満足だろう。君たち2人にとって美味しい話だと思うよ」

「分かった。交渉しよう」

「ありがとう。君が賢くて助かるよ」

突如としてシャンティーサの前に炎の輪が出現し、輪の中から黒い腕が伸びてきた。

「さあボクの手を取って」

「待て、まだ貴様の名を聞いていない」

「名前?ボクはキュビネだ」

「ほう」

シャンティーサは黒い手と握手を交わした。

「交渉成立だ」

黒い腕は輪の中に消えると、炎の輪は草原にポトリと落ちた。火は勢いよく広がり草原がメラメラと燃え始める。シャンティーサは熱と痛みを感じた。

「ははははは。そうかキュビネ。これは代償か。しかし私は受け入れるぞ。理想な為ならば、どんなことでも!」



太陽暦チベ15日。

シャンティーサは自身の研究室で目を覚ました。

――夢か?

試しに裾をまくって足を見た時に思わず「なっ」という声が漏れた。シャンティーサの両足は黒く焼け焦げていたのだ。

しかし彼の脳内にはある設計図が保存されていた。

思わず机の上に目を向ける。そこに置いてあったはずのマギアスは跡形もなく消えていた。

――夢に最も近い現実というわけか。

「獣よ」

『ナンダ』

「きゅ…名前が思い出せない。夢を覚えているか?」

『ナンノ話ダ』

「いや、いい。可笑しな夢を見たんだ」

早速シャンティーサは脳内の設計図を紙に写す作業に取り掛かった。



太陽暦チベ17日。

その日、シャンティーサは騎士団本部にいた。

「パラダイムシフト計画概略要綱だと?」

「そうだ。王立騎士団団長セレスト・ナヴアスへシャンティーサ・フィコから直々に承認を要求する」

「こんな大金を使って一体何をするつもりなんだ」

「全てその紙に書いてある」

「違う、俺はそういうことを言いたいんじゃない。こんな塔を造って、何になるかと聞いているんだ。こんな計画が成功したとしてどうなる」

「何度も言っているだろう。私は世界を救いたいんだ。計画が成功すればどうなるかだと?もちろん…」

シャンティーサは一息置いてから言った。

「平和が訪れる」

――黙示録ヘルガ訪レル。



太陽暦チベ23日。

レニカの街郊外、地下。そこにシャンティーサが調査に赴いていた。

「これがパラダイムシフト計画を発動させる最大の要因。かつて人族と魔族の間で起きたという最終戦争で使用された古代兵器。動作原理そのものが現代の技術では復元できないブラックボックス。私の解読した古文書によれば人はこの兵器に神を表す名を付けてこう呼んだと言う。終末兵器オシリス」

『パラダイムシフト計画ノ根幹ヲ担イ、黙示録ヲ開ク鍵トナル存在ガ、ウプ・レンピット』

「そうだ。時空間位相逆行装置ウプ・レンピットの完成を以て終末兵器オシリスの復元を行う。マギアスを手放した等価交換条件。まもなく私達の目的は達成されるのだ。友よ」

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