第31話 人の子・海の子・魔族の子
〔これまでのあらすじ〕
オシリスの羊シロ、魔王の娘クロ、誘拐された妻を探すアラクネ族の末裔パウク、死を偽装して自由になった元騎士イグニス、彼を慕う元騎士ヴィトラ、そして2人目のオシリスの羊ミヅイゥ。6人の世界を救う旅は続く。
リュポクス郊外にて謎の集団の襲撃にあったシロは、シロのスキルの発動に必要なスキルの本を奪われてしまったのであった。
「シャンティーサ・フィコ。現在獣を保持している可能性が最も高い男だ」
「獣…。獣がシロの本を望んだと?一体何を企んでいるの…」
「それは…俺も…」
「ええ。そうよね。獣の目的は不明ということで結論が出ているんだし、今考えることではないわね。今は…」
一同はシロを見た。シロは立ち尽くしたまま茫然と右の手のひらを見つめていた。
「シロ…?」
「あ、はい。あ、あ、そうです!クロさん、怪我してますよね。いしゃ、お医者様に診てもらいましょう。回復のスキルは以前使ってしまって…。と、とりあえず近くの街を探しますね」
シロはガサゴソとポシェットの中で手をかき回して地図を引っ張り出した。
「えと、えっと、あ、リュポクスって街がここからだと一番近いようです」
シロが広げた地図をミヅイゥ以外が覗き込む。
「海浜都市リュポクス。南部凸状領地の南東の縁の街ね」
「ここって、駐留の騎士は?」
「いても数人だ。凸状領地は人魔境界線付近じゃないと大抵は騎士が配置されない。凸状領地の内側が攻められるようじゃ、人界を守る方が先決だからな」
「なら行けそうね。行きましょう。シロ、道案内頼める?」
「あ、は、はい」
「シロ、おちついて」
ミヅイゥが後ろからシロに抱きついた。
「あ、ありがとう」
2人の様子を見ていたクロは腹を手でさすった。
「止血はされているので傷は直に治ります。ただ、一つ不思議なのがこれだけ深く切れているのにすぐに血が止まったことです。あなたもしかして…」
クロは初老の医師の目を見つめた。
「回復のスキルの使い手ですか?」
「え!?あ、あー!違います違います。ただの旅人ですから。ええ、もう元気ですから。どうもありがとうございました」
クロは一礼するとダッシュで診察室を後にした。
特に負傷の酷かったクロとイグニスは合流すると、すでにシロ、パウク、ヴィトラ、ミヅイゥが取った宿に向かった。
「怪しまれなかったか?」
「なんとかね。そっちは正体に気づかれなかったの?」
「多分な。名前だけ広まって、見た目じゃ気づかれないこともよくあったからな」
「そう」
2人の間に暫しの沈黙が流れる。
「…最後にシロの本を奪ったアイツ、また来ると思うか?」
「どうかしら。次があれば、必ず取り返すけどね。でも本当に、あなたの言うような人がシロの本を狙っていたのだとしたら、可能性は低くならない?」
「だよな。そうなんだよ。大丈夫か?シロ」
「あれはあの子の武器だったからね。あなたが剣を失くすのと同じことよ」
「まあでも、クロはシロをボディーガードとして雇ってるわけじゃないんだろ?」
「そうよ。シロはオシリスの羊。あの子の存在そのものが重要なの。これから私たちはシロにミヅイゥ、2人を守りながらの戦いになるわ」
「ああ。分かってる」
――コンコンコン
部屋の扉が3回叩かれる。
「あ、帰ってきたみたいですね」
シロが扉を開ける。
「ただいま」
「おかえりなさい!クロさん」
「体は平気なの?」ヴィトラが聞く。
「ええ。心配ありがとう」
「この部屋クッキーあるぞ!」
女子陣が泊まるのは大部屋、男2人は小部屋である。
「覚悟はしていたが…狭いな」
ベットが二つあり、壁につけられた机とそれに付随する椅子が一脚あるだけであり、それだけで面積の大半は占められていた。
「ベッドで眠れるだけよかろう」
「だな」
イグニスとヴィトラがリュポクスを見回りに行っている間、シロはぼんやりと窓の外を眺めていた。パウクとミヅイゥは隣室であやとりで遊んでいた。
「ここからは海は見えないわね」
小さな丸い机を挟んでクロは座った。
「うみ…?ああ、本で読んだことがあります。どこまでも塩水が広がってるっていう」
「そうそう。見たことはない?」
「はい。古本屋とレニカの街を行き来する生活でしたから」
「せっかくだから見に行きましょうか」
「…?はい」
イグニスとヴィトラの帰りを待って、6人は海に出向いた。
「うーみー」イグニスは叫んだ。
「うるさい」ヴィトラは怒った。
「はいすいません」
漁村であるリュポクスだが、港を海岸線沿いに進むと白い砂浜が広がっていた。
「すごい。大きい」
「そうでしょ。これ全部塩水なのよ」
「しおみず?」
「しょっぱいってことだ」
「しょっぱい!それは知ってるぞパウク」
「そうか。ミヅイゥは偉いな」
イグニスはズボンの裾を捲って海に入っていった。
「かー!冷てぇ!」
「パウク、わたしも!」
「うむ。靴は脱ぐんだぞ」
「わかた!」
イグニスに続きミヅイゥもバシャバシャと水飛沫を上げながら海に入った。
「つめてえ!」
シロは砂浜に座ってノートに鉛筆を走らせていた。
「何を書いているの?」そう聞いてクロが隣に座る。
「メモしておこうと思って。すごく綺麗だから、何かに使えるかもって」
「シロの書いている小説に?」
「そうです。絶対どこかに海を登場させようって決めました。結構大事な場面がいい気がします。例えば何か…大切な、約束とか…」
シロは脳内に映像が映し出される。
『二人でって…言ったよね…お姉ちゃん。どうして…?どうして置いていくの?』
両手を見つめる。真っ赤な血。目の前に横たわる体。黒いモヤ。顔が見えない。誰か分からない。
――お姉ちゃん?
「シロ!」
クロの声にシロはビクンと肩を揺らした。
「大丈夫?」
「あ、え、はい。す、すす、すいません。ちょっと、一人に」
シロはノートと鉛筆をポシェットに突っ込むと港と反対方向に海岸線沿いを歩き出した。
――さっきのは…何?前にもこんなこと…確か、ミヅイゥに会う前に。でも何かが違う。お姉ちゃん?私がそう言ったの?分からない。頭が痛い。私に姉が?でももしかしたら、その可能性はあるかもしれない。だって何も、覚えていないのだから。
頭を押さえ俯いて歩くシロだったが、前方の喧騒に顔を上げた。
「やいやい」
白い砂の上に横たわる何かを5人の子供が取り囲み棒でつついたり、石で殴ったりしていたのであった。
「めずらしい魚じゃ」
子供とはいえ同じところを何度も殴られれば痣になる。それは子供だからこその無邪気な暴力性の結果とも言える。
「人のかたちをした魚じゃ」
面倒事は避けようと思ったシロが横を通り過ぎようとした時、いじめられている何かと目が合ってしまった。
――魔物だ。
子供の間から見えるその姿は、半人半魚とでも形容しようか、人間の上半身と魚の下半身を無理矢理くっつけたような見た目をしていた。
その魔物がとても痛々しそうな顔をしてシロを見つめていた。助けてくれと訴える目だった。
シロは顔を逸らした。見なかったことにしようとした。
――でも…。
シロは立ち止まり、ポシェットに手を突っ込んで鉛筆を取り出した。まだスキルは使わない。子供達の背後に近づく。
「君達…な、何…しているの?」
「なんだあ姉ちゃん」
「見たことねえ顔だ」
子供達がシロに振り向き口を尖らす。
「漁師の子供が魚とって悪いのかよ」
「いや…そういうわけじゃ…でも、虐めるのはよくない」
「オラ達が見つけたんだ」
「そうだそうだ。どうしようがオラ達の勝手だ」
5人の子供は口々にそう言いながら魔物を足で蹴ったり踏みつけたりしていた。
「だから…やめてあげなって…はぁ」
シロはため息をつき鉛筆をギュッと握った。
「
鉛筆が剣に変わる。スキルの本を奪われていても、一度使用した能力は健在のようだった。
「ほ、ほら、痛い目見たくなかったら、今すぐ離れて」
シロはわざと口角を上げながら言った。
「いやじゃ、いやじゃ」
「ころされる」
「にげろ、にげろ」
5人の子供はさっさと街の方へ逃げていった。シロは鉛筆をしまった。
「あの、大丈…夫…?」
「魔族である妾を助けるとは、なんと有り難きこと。感謝致します」
「ああ、こんなところにいちゃ乾いちゃいますよね」
シロは魔物の背中を抱きかかえると波の中に戻した。
「なんと御礼すればよろしいでしょうか。妾は魚人族の王の娘、アミラルネにあります」
やはり半人半魚。しかしその体表には下半身の鱗が上半身にも広がって鮮やかな模様を形作っていた。
「そうですわ!ぜひ魚人族の宮殿にいらっしゃってください。歓迎いたします」
「ええっと…と、友達が」
「でしたらお友達もお誘いになって。今迎えの者を呼んでまいりますのでこちらでお待ちになられて下さい。救世主様!」
「きゅ、きゅうせいしゅさま!?」
アミラルネは一度水面から飛び跳ねるとそのまま海底へと潜っていってしまった。
シロの足に波が打ち付ける。
「えらいことになってしまった…?」
「シロ」
シロの足跡をなぞりながらクロが歩いてきた。
「何があったの?」
「え…どうして何かあったなんて分かるんですか」
「いや、全部見えてるから」
クロの背後で、少し距離は離れているが、イグニスとミヅイゥが水を掛け合っているのが見える。
「何話してたのかは聞こえなかったけど、急に剣を取り出してたから心配になって」
「あ、すいません」
「別にいいのよ。それよりどうしたの?」
「えっと、魚人族の人が倒れていて街の子供にいじめられていたから脅して助けてあげたんですけど。その魚人族の人が王の娘だったようで宮殿に私達が招待されてしまいまして…ここにいろと」
終盤シロは完全に足元の波を見ながら話していた。
「そう。ちょうどいいんじゃない。行ってみましょうよ。みんなを呼んでくるから」
「はい」
シロは頷いた。
「大丈夫よ1日くらい。それに魚人族がオシリスの羊について何か知っているかもしれないしね」
「あ、あー。そうですよね。あはははは」
「それじゃ呼んでくるわね」
「はい」
クロの背中を見てシロはほっと息を吐くのだった。
シロが5人の様子をぼんやりと見つめていると、何やら街の方から屈強な男たちがぞろぞろとやってきているのを見た。
――まずい。
シロは腕を奥から手前に掻いて早く来いとジェスチャーする。伝わらない。5人と男達を見比べる。明らかに男達の方が速い。
砂浜にやってきた男達を見つけたクロが慌てて駆け出す。
「お待たせ致しました。救世主様」
背後から声がして振り返ると巨大な亀がぬっと顔を出した。
「私の甲羅にお乗り下さい」
「あ、あの、向こう側にいる5人が分かる?」
「ええ」
「あの人達も一緒に連れてってほしいんだけど、あの男達には捕まらないで!」
シロは順に指をさす。
「承知しました。ではお乗りになって」
シロはばしゃばしゃと水飛沫をあげながら甲羅に乗る。
「参ります」
亀はスーっと進み5人に近づく。
「シロ!?」
「早く!甲羅に乗って!」
クロに続きミヅイゥ、ヴィトラ、イグニス、パウクと甲羅に乗る。全員が乗れるほど亀は大きい。
シロは振り返る。町の男達は唖然として亀を見つめる。
亀は沖合へと進みながらゆっくりと深度を増していく。
水面が腰、胸、そして首と迫り上がる。
そしてついに全身が水の中に沈んだ。次第に止めていた息にも限界が来る。
「ガハッ」
ゴポゴポゴポと吐いた空気が気泡となり上昇する。シロは海水をいっぱいに飲み込んだ。
すると不思議なことにシロは再び呼吸をすることができた。
亀はさらに深くへと潜る。海底の崖を超えると底は一気に下がり、その奥に光が見えた。
亀はその光へと一直線に進んでいく。
次第に目が慣れると立派な門が見えた。
亀は門を抜ける。さらに奥に金銀のいらかが高くそびえていた。それはアミラルネの言うような、まさに宮殿。
その入り口の前でアミラルネが大勢の腰元を連れて6人を出迎える。
「ようこそお出で下さいました。魚人族の宮殿、水渧宮へ!」
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