第32話 ようこそ!水渧宮へ
〔これまでのあらすじ〕
オシリスの羊シロ、魔王の娘クロ、誘拐された妻を探すアラクネ族の末裔パウク、死を偽装して自由になった元騎士イグニス、彼を慕う元騎士ヴィトラ、そして2人目のオシリスの羊ミヅイゥ。6人の世界を救う旅は続く。
リュポクスの海にて魚人族の王の娘を救ったシロは御礼に魚人族の宮殿、水渧宮に招待されたのであった。
「どういうことだ?」
セレスト・ナヴアスは地図上のリュポクスを睨みつけた。
――イグニス・ヴォクユとヴィトラ・イコゥの反応が消えた?
確かに2人の名を示す赤い点は地図上に存在していなかった。
セレストはシャンティーサに指示書にてこのことを伝達する。指示書はシャンティーサの開発した、遠距離での瞬時の文通が可能な特別な紙で作られている。
しかし1日経っても2日経っても、返事が帰ってくることはなかった。
――一週間ほど前から忽然と姿を消したシャンティーサ。そして次はイグニス・ヴォクユとヴィトラ・イコゥ。これには何か関係があるのか?一体……
「どういうことだ?」
ぐっしょりになった服を着替えるとアミラルネについて6人は建物の奥へと進んでいく。
宮殿の中は不思議なもので、足のある6人は床を歩くが、足のないアミラルネはヒレ左右にを動かして進んでいる。物体はまるでそこが水中ではないかのように振る舞う。つまりそこには重力があった。
瑪瑙の天井に珊瑚の柱、廊下には瑠璃が敷き詰めてあった。キョロキョロと見回しながら歩くと、どこからともなくたのしげな楽の音が聞こえてきた。
そして水晶の壁に様々な宝石が散りばめられた大広間に通されるとそこには王座があった。
「お父様、連れて参りました」
「うむ」
王冠を被った魚人族の王はシロを見つめる。すると険しい顔から一転、にこやかに笑って口を開いた。
「よくぞおいでくださいました。この度は娘が本当にお世話になったそうで。なんと御礼申し上げたらよいのか」
「あ、いえそんな。人間の子供に虐められていたのを助けただけですから」
「貴方も人間でしょうに。我々のような者にまで手を差し伸べるとはなんと心の広い方だ。お連れ様ももちろん歓迎いたしますぞ。お食事の用意ができてますから、どうぞお召し上がりになって。それからはアミラルネを従者に付けますから、心ゆくまでこの水渧宮を堪能してくださいませ」
「ありがとうございます」
6人は頭を下げた。
「さあ救世主様!堅苦しいことはお止めにしてお食事にしましょう。案内いたしますわ」
大広間を抜けて隣接する宴会場に通される。
そこには横に長いテーブルの上に刺身に塩焼きに干物に煮付けと他にも豪華な魚料理が様々並んでいた。
ウルフとの戦闘の前から何も食べていなかった6人はそのもてなしを十二分に堪能した。
「救世主様、お口を開けて。はい、あーん」
シロの向かいに座ったアミラルネは恥ずかしげもなく箸でつまんだ魚の唐揚げをシロの顔の前に差し出した。
「あ、ああ…んっ!」
目を左右に動かしながら恐るおそる開いたシロの口にずむっと唐揚げを突っ込まれた。
「どう?」
「あ、ひゃい。もぐもぐ…すごくおいひいです!」
アミラルネの顔がぱぁと明るくなる。
「まだまだあるからたくさん食べてくださいね!」
ご馳走がすむと、アミラルネの案内で宮殿中を見て回ることになった。
どの部屋も煌びやかな宝石で飾られた優雅な造りをしていた。
「こちらの部屋では海底にいながらに海を眺めることができますわ」
ガラスのような透明な建材で造られたその部屋はどこを見ても一面に魚が泳いでいた。
「素敵な部屋ね」とヴィトラは言った。
アミラルネの案内は続く。また別の部屋に入った。
「こちらの部屋では床を取り付けていないため、海底を直にお楽しみいただくことができますわ」
「ねぇ、シロ」
ミヅイゥがシロの服の裾を引っ張った。
「どうしたの?」
「じゃーん見て。カニ」
「へあ、すごいね」
「えへへ、そうだろ。おい、パウク、イグニス。もっとカニをつかまえるぞ。わたしに手伝え!」
「「はいよろこんで」」
男2人はミヅイゥの下でカニ探しを始めた。
「まぁ、3人のことは放っておいて次にいきましょう。パウク、頼んだわよ」
「許せる!」
4人はさらに水渧宮を巡り、静かな部屋に腰をおろして茶をすすった。
「アミラルネ、私達まで招待してくれてありがとう」
「いえいえ。救世主様のご友人とあらば喜んで招待致しますわ」
「ところで、少し話は変わるのだけれど、アミラルネはオシリスの羊って聞いたことある?」
「いえ、そのようなものは初耳ですわ。申し訳ありません」
「そう。全然大丈夫よ。変なこと聞いてごめんなさいね。…でもまさか人界の海の底に住む魔族がいたとはね」
「妾のご先祖は最終戦争を機にこちらに移り住んだと伝えられています。何より海は繋がっておりますから」
「それもそうね。不思議なことではないわ」
クロが茶をすする。
「救世主様」
アミラルネが耳打ちした。
「私の部屋に行きましょう」
シロは正面を向いていた首を曲げ、アミラルネの顔を見た。アミラルネはニコッと笑った。
「クロ様ヴィトラ様、妾達は少々お暇致しますわ。こちらでゆっくりなさるでも、宮殿を見回るでもご自由に御なられてください。何かあれば部屋の外に待機させています使用人のヒナまでお伝えください。それではごゆっくり」
「あの、クロさん、ちょっと行ってきます」
「ええ」
シロとアミラルネは部屋を後にした。
「はぁ」
クロがため息をつく。
「どうしたの?」
ヴィトラが心配そうに尋ねる。
「いえ、何でもない。ごめん。気にしないで」
「そう。…私ももう少し宮殿を見てこようかしら」
「分かった。私はここにいるから」
「おっけー」
ヴィトラも部屋を後にした。クロだけが残った。
「はぁ」
クロは先程のシロの言葉を思い出す。
『あの、クロさん、ちょっと行ってきます』
――顔、見れなかった。とてもじゃないけど。でも、どうして?どうして私は今、こんなに最悪な気分なの?
靴を脱ぎ椅子の上に足裏を乗せ膝を曲げてすねを抱え顔をうずめる。
――私はシロにどうあってほしいの?世界が救えればそれでおしまい?
「…それは嫌だな」
クロは顔を上げてハッとした。
「はぁ」
そしてまた顔をうずめるのだった。
――カチャ。
「どうですか救世主様。妾の部屋は」
「あ、え、はい、素敵だなと」
天蓋付きのベットに垂れるカーテンとその同じ模様のカーテンが壁を彩っている。他にも小さな机と椅子、棚が並んでいる。
「救世主様、そこのベッドに腰掛けてくださいまし」
シロが言われた通りにすると、ぱたりとアミラルネに押し倒される。
そのままアミラルネはシロの耳の横に手を突き立てる。
「ちょ、ちょっと、近いですって…」
シロの声がしぼんでいく。アミラルネはシロの上に体を乗せ、ゆっくりと肘を曲げていく。
「逃しませんよ。救世主様」
お互いの額が触れ合う。ひんやりとしているとシロは思った。
「お慕いしていますわ」
そう囁くと目を閉じて唇を尖らす。
「いや、あの、あぁ…」
シロは思わず首を曲げた。アミラルネの唇が左頬に優しく触れる。
「あら、可愛いお方。お恥ずかしくて?」
アミラルネが顔を話す。
「く、クロさんがいるので!」
シロは横目でアミラルネを見た。
「ん?お友達でしょう?」
「そうですけど、アミラルネだって友達です」
「そう言っていただけるのは嬉しいですが、やはり悲しいですわね」
「本で読んだことがありますけど、き、キスはだめです。愛し合う者どうしでないと…」
「妾は救世主様を心から愛していますわ」
「でも私は…その、愛とかよく分からないし、だから…だめ、で、いいですか?」
「…ええ。不躾な真似をお許し下さいまし。申し訳ありません救世主様。妾の部屋、好きに使って構いませんから」
アミラルネは体を離して部屋から出ていこうとする。
「待って!その、私たち友達だからさ、シロって呼んでよ」
アミラルネは振り返る。すぐに笑顔になる。
「シロー!」
名を呼び、突然抱きついた。そのまま2人ともベッドに体重をあずける。
「ちょ、びっくりするって」
横に並ぶ2人が互いに顔を向け合い目があう。
えへへと笑った。
「こんなところにいたのか。なーに黄昏ちゃってんだよ」
海を眺めるヴィトラの横にイグニスも座り込んだ。
「海の中から海を見るなんて、なんだか変な感じだな」
「そうね。ミヅイゥは?」
「パウクと遊んでるよ。大分懐いたみたいだな」
「そう。パウクはきっといいお父さんになるわね」
「だな。面倒見がいい」
「ええ」
2人とも黙って目の前を通り過ぎる魚たちを眺めていた。
「でもまあ、魚人族の宮殿にいるなんて理解を超えて笑えてくるな」
「そうね。普通ならあり得ないことよね」
「シロとクロを追い始めてからそんなことばっかりだ。考えてみれば、本当に殺意を抱いていた相手に……」
そこまで言ってイグニスが黙り込む。
「そうだ…!」
「イグニス?」
「あ、いや、なんでもない。ちょっと思い出しただけだ。それで俺が言いたいのはそういうことじゃなくてだな、なんて言うか…俺は今、こうして行動を共にしているわけで…」
イグニスはヴィトラの顔を見つめた。
「どうしてヴィトラはあの時俺についていくって言ってくれたんだ?」
「え?」
ヴィトラは目を見開く。
「え、じゃないよ。俺は真面目に聞いているんだぞ。ヴィトラだけなら騎士団に残る選択もできたんだ。あそこならヴィトラがもう苦労することはない。幸せになれたんじゃないか?わざわざ俺に、ついてこなくたって」
ヴィトラは口をぽかんとあけて聞いていた。
「わ…私が幸せじゃないなんて、いつ言った?」
「え?」
「え、じゃないわよ。私は真面目に聞いているのよ。あなたは私といて、少しでも不幸を感じたことがあったの?」
「いや…そういうわけじゃ…俺は無いけど、ヴィトラは…」
「私だってあるわけないじゃない!プロリダウシアで助けてくれたあの日から、自分を不幸だと思ったことなんて一度もないわ」
「そう…なのか。なら、いいんだが」
「そうよ。私は少しでもあなたと一緒にいたくて…」
「どうしてそこまで…?」
「分からないの?」
ヴィトラが口調を荒げる。
「じゃああなたはどうして私を助けてくれたのよ。私達の分の借金を見返りも無しに払うなんて!」
「それは…ヴィトラが可哀想だったからだ。あんな状態なんて貧しくなるだけだ。俺はドデンとの繋がりもあったから、何か力になれないかなって。その、辛い思いをするのは男だけでいいというか…」
「そう。じゃあ別に誰でもよかったのね」
ヴィトラは冷えた声で言うと立ち上がってその場を去ろうとした。
「ちが…そういうわけじゃ…あーもう、なんでこういう時は伝わらないんだよ。だあ待てって」
イグニスはヴィトラの手を取った。イグニスに振り返るヴィトラの目には涙があった。
「つまりだな、俺が言いたいのは…いつもありがとうってことだよ」
「はぁ!?」
「はぁ!?はないだろ。人がせっかく日々の感謝を伝えてるっていうのに。…その、バディがヴィトラでよかったってずっと思ってたよ。今もそうだ」
「ふ、ふーん。そうなんだ」
ヴィトラはイグニスから顔を背ける。
「そんな風に思っていただけていたとはね」
右手で涙を拭う。左手はまだイグニスに預けていた。
「ありがとう」
イグニスに再び振り返ってニッと笑った。
「あ!こんなところにいたのね」
2人は驚いて肩をびくつかせ、すぐに手を離して声の方を見た。
「クロ?」
「どうしたのよ、そんなに慌てて」
そこには膝に手をついて息を整えるクロの姿があった。
「大変なの。シロがいない!」
「「え?」」
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