第33話 緊急プロトコル
〔これまでのあらすじ〕
オシリスの羊シロ、魔王の娘クロ、誘拐された妻を探すアラクネ族の末裔パウク、死を偽装して自由になった元騎士イグニス、彼を慕う元騎士ヴィトラ、そして2人目のオシリスの羊ミヅイゥ。6人の世界を救う旅は続く。
リュポクスの海にて魚人族の王の娘を救ったシロは御礼に魚人族の宮殿、水渧宮に招待されたのであった。
「あぁ、クロ様。お部屋にもいらっしゃいませんでした」
ヴィトラ、イグニス、そしてクロのいる部屋にアミラルネの従者であるヒナが駆け入る。
「王女様もでございます。お二人でお出かけになられたのならよろしいのですが…」
「アミラルネが浜でいじめられていた時、彼女はどうしてあそこにいたの?」
「それが、よもや外界にいらっしゃったとはつゆ知らずでございます。確か人にお呼ばれになったとおっしゃって出ていかれたと記憶しております」
「人に呼ばれた…」
部屋の外を「急げ」「急げ」と叫ぶ者が通り過ぎていく。
「だいぶ騒がしいな。こういう時こそ落ち着かないと」
イグニスが外を見て言う。
「いえ…この事を知るのは現状我々だけのはずですが」
4人は顔を見合わせて廊下を行く人の流れに加わる。
水晶の大広間に人だかりができている。
「ガバァ…ッ…」
顔の間から奥を覗くと、王が倒れて血を吐いていた。
「「「大王様!」」」
「医者を呼べ医者を!」
「今呼んでる。それより道を開けろ!」
男達の怒号が飛び交う。魚人族という種の長の突然の体調不良。皆不安に駆られていた。
医者が到着する。
「このままではよくない。すぐに医務室へ」
王が担架に乗せられて運ばれていく。
「とりあえず王女様とシロ様のことはご内密に。我々で解決しましょう。混乱を増すわけにはいきません」
クロ、ヴィトラ、イグニスの3人は頷いた。
――ドオオオオオオオオン
ほぼ同時に水渧宮は轟音を立てて揺れた。
「一体何が!?」
建物内に警告音が鳴り響く。
『緊急事態発生!居住サイト・シータにて耐水シールド破損。並びに漏水を確認。担当者は至急現場に急行せよ』
「ヒナさん、居住サイトって?」
「水渧宮は言わば大王様の御所でございます。一般市民が住むのがその名の通り居住サイトです」
「魔王城と城下町ってことね」
「関係性はそのようなものですが…魔王城?」
「「ブフッ」」
イグニスとヴィトラが同時に吹いた。クロの顔がカァと赤くなる。
「た、例えの話よ。分かりやすかったでしょ」
「そうねクロ。で、どうやらマズい状況のようね」
「すでにタスクフォースが出動しているはずです。大王様のことも我々には手出しできない」
「とにかく俺達はシロとアミラルネさんを探せってことか」
「ええ。まだ探していない部屋をしらみつぶしに手分けして見ていきましょう」
「水渧宮は東西に伸びています。私とクロ様は東から、ヴィトラ様とイグニス様は西から見て回ってもらっていいですか?」
クロ、ヴィトラ、イグニスの3人は返事をする代わりに頷いた。
「一度、お茶をお召しになった部屋で落ち合いましょう。それでは」
クロとヒナは廊下の東へ、ヴィトラとイグニスは西へと駆け出した。
「イグニス、何かおかしくない?」
「ああ。やっぱりそうか。俺も妙な違和感があったんだ。何というか、偶然にしては出来過ぎているというか」
「そうね。突然王が病に伏せ、街の機能が損傷し、シロと王女が行方知らず。果たしてこれを偶然で片づけていいのかしら」
結局、西館でシロとアミラルネは見つからなかった。2人は指定された部屋に向かった。
「まだクロ達は来てないみたいだな」
「そうね。少し待ちましょう」
一方、クロとヒナも東館の部屋でシロとアミラルネを発見することは叶わなかった。
「クロ様、私は念のため王族専用の部屋を見て参ります。先にお部屋に向かわれていてもよろしいですか?情報の交換をお願いします」
「分かりました。先行って待ってます!」
「よろしくお願いいたします」
ヒナは丁寧に一礼すると、そばの階段を上がっていった。クロは部屋に向かった。
この騒動の渦中、ミヅイゥとパウクは未だカニを捕まえていたのであった。
「ミヅイゥ、そろそろいいだろう。何やら外が騒がしい。様子を見に行こう」
床が張られておらず、海底をそのまま使用したこの部屋は、常時締め切られているのでパウクにはすぐそばで起きている事態を何も把握していなかった。
「いやだ!こんなんじゃシロはびっくりしない。もっとめずらしいカニが必要!」
「そんなこと言ったって、カニにそうそう種類なんてものも…」
「うおっ!?」
「どうしたミヅイゥ!」
「言ってたらきたぞ。こ…これは…青いカニだ!」
ミヅイゥは見つけたカニを鷲掴み、頭上に掲げた。
「おお。拙者も初めて見たぞ。それならシロ殿も喜ぶだろう。それじゃあそろそろ…」
「そうだな。ありがとうパウク」
ミヅイゥは青いカニをポケットに突っ込んだ。
「子供が遠慮することはない」
「ははは、面白いことを言うな!パウク」
――バチン
突然、部屋が真っ暗になった。
「何事だ!?」
「なにも見えないぞパウク!」
「うむ。落ち着くんだミヅイゥ。下手に動くんじゃないぞ」
「わかった!」
「
使い込まれたあやとりの型はパウクに視覚を要求しなかった。
――シュー
音を立てて白濁した煙が部屋に充満する。
「毒ガスの類か!?しまっ…」
「ぱう…」
パウクとミヅイゥはその場で気を失った。
クロは指定された部屋に入った。そこにはすでにヴィトラとイグニスがいた。
「早かったわね。そっちには?」
入るや否やクロは聞いた。
「いなかったわ。ってことは」
「ええ。こっちにもいない。今ヒナさんが2階の王族専用の部屋を見て回ってくれているわ」
「そうか。まぁ座れよ」
椅子に座る3人の視線は机上に集まっていた。流れる沈黙を破ったのはヴィトラだった。
「…クロ、私達何かおかしいと思うの」
「何か?」
「ああそうだ。思わないか?偶然にしちゃ出来過ぎてるって」
「なるほど、そういうことね。確かに裏で何かが動いている可能性は十分にある」
クロは一息置くと自分の考えを話し始めた。
「でもそれは私達に関係ないと思うの。仮にこれが仕組まれたことだとしても、私達はシロとアミラルネを見つけ出すだけ。他は関係ない」
イグニスとヴィトラは互いに顔を見合わせた。そしてクロを見る。
「柄にもない。らしくないぞ」
「そうよ。いつものあなたは助けようって言うはずよ」
「…。彼らは魔族よ。私の力なら従えることができる。状況がどうなろうとね」
「本当にそれだけ?」
ヴィトラは追求した。クロは眉をひそめる。
「なんだか気に食わないのよ。こんなところでコソコソと魔族が生活していることが」
イグニスとヴィトラはさらに驚いた。クロは続ける。
「魔族は魔王の統治下にあるべきよ。独立することは許されないわ」
「まぁ、種族間の考え方の違いだと思っておくぜ」
――バチン
イグニスがそう言うと突然部屋が真っ暗になった。
「なんだ?」
3人は室内を見渡す。
「さっきの事故の影響かしら」
「少し待ってみましょう」
「しかし、火もないのにどうして明るかったんだ?」
――シュー
この部屋にも白濁した煙が充満していく。
「…毒ガスだ!」
3人は瞬時に腕で口を覆う。
「やられた。誰の仕業!?」
「やっぱり裏に何かが!」
「どうにかして…ヒナさんにこの事を…」
しかしそれを吸ってしまったが最後、3人は行動を起こす前に気を失ってしまった。
「クロ、クロ。起きて」
ヴィトラに体を揺らされたクロは目を覚ました。
「ヴィトラ」
「イグニスも無事よ」
「ああ」
「ここは?」
「分からん。でもどっかの牢屋みてぇだ」
3人は鉄格子の中にいた。
「やけに天井が低いわね。もしかして地下かしら」
ヴィトラの言う通り、牢屋の床と天井の幅は2メートルもなかった。
「どうする?クロ」
「どうするも何も決まっているじゃない。随分とこき下ろしてくれたわね。…反撃よ」
ミヅイゥはモゾモゾする腰の違和感で目を覚ました。
「なんだ…?」
ポケットの中で何かが動いている。手を突っ込むと指を挟まれた。
「いてっ!そうだ!」
ミヅイゥは手を広げて先程しまったカニを掴んで取り出した。
「まったく、指を挟むなんてなんてことを。こらっ!」
ミヅイゥはカニを指先でつついた。
「痛ッ。やめてください!」
ミヅイゥの手が止まる。そして考えた。
――カニが…しゃべった?
「お、おい、今やめろってしゃべったか?」
「はい。私が喋りました。突然こんな事を言い出すのもおかしいのですが、急用なのです。助けて下さい」
「助けろって…」
ミヅイゥは近くに見えているパウクをバシバシ叩いて起こした。
「な…どうした?ここは?」
「パウク、カニがしゃべった。助けてくれだそうだ」
「ム?」
シロは目を覚ました。
「ん…ここは…」
暗い。そしてひんやりとしている。
――私、アミラルネの部屋で…。
そばにはそのアミラルネも倒れていた。
「…!アミラルネ!大丈夫?」
体を揺らす。
「……シロ?」
アミラルネも目を覚ました。
「よかった。ここ、どこだか分かる?」
アミラルネも周囲を見回す。
「いえ、見覚えは…ない」
水滴がシロの手の甲に落ちる。
「ひゃっ!」
「シロ!」
「違うよアミラルネ。ただの水滴」
「水滴…」
シロとアミラルネは上を向く。そこには錐の先のように鋭く長く伸びた塊が乱雑に並んでいた。
「鍾乳石…?」
目が慣れてきたシロは塊を見てそう言った。
突如、シロとアミラルネが光に照らされる。2人は反射的に顔を背けた。
「お目覚めかな」
空洞内に男の声が響いた。
「誰!?」
「お前達をここへ連れ去った者だ」
「連れ去り…?ほう、あなた、妾を誰かご存知で?」
「もちろんだとも。チニォユ族の王の娘、アミラルネ」
「あら、知っていてこんなことを?」
「いつまで強気でいられるかなお姫様。まもなくチニォユ族の王は死に、その権威は奪われることになる」
「お父様に何を!」
「ふん、せいぜい身を案じているがよい」
光が消える。それ以降男の声はなかった。
「お父様…」
呟くアミラルネの背にシロは優しく手を添えた。
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