第34話 フェイク

〔これまでのあらすじ〕

オシリスの羊シロ、魔王の娘クロ、誘拐された妻を探すアラクネ族の末裔パウク、死を偽装して自由になった元騎士イグニス、彼を慕う元騎士ヴィトラ、そして2人目のオシリスの羊ミヅイゥ。6人の世界を救う旅は続く。

リュポクスの海にて魚人族の王の娘を救ったシロは御礼に魚人族の宮殿、水渧宮に招待されたのであった。


居住サイト・シータ。耐水シールド破損エリア。

警報を受けすぐさま酸素ボンベを担いだタスクフォースが現着した。地面から1m程の高さに穴が開いていた。しかし幸いにも開いた穴は頭一つ分ほどの大きさであり、そこから内部に水がドバドバと溢れているが迅速に対処すればそれほど危険な事態ではなかった。

「プロトコル通りに対処しよう。三段階式止水装置の用意だ」

六角形の板を敗れた穴に当てがう。そして六角形の中心を押し込む。

「吸着完了。段階フィルターを下ろす」

三段階式止水装置は突発的な断水による破裂を抑えるために3枚のフィルターを下ろすことにより緩やかに処置を行うことができる。

フィルターに開いた穴の数が減ることで漏れ出る水の量が弱まる。そして最後の一枚を下ろそうとした時だった。フィルムが裂け、そのまま亀裂が広がった。

人1人分程の穴が開き、再び水が溢れ出す。同時に武装した男達がその穴から居住サイトに侵入した。

――ドンッドンッドンッ

タスクフォースの隊員の胸に穴が開く。

「お…お前らは…」

「死ね。チニォユのクズ共が」

「かっ…」

――バシャン

隊員らはその場に倒れた。水飛沫が跳ねる。

「侵入成功。フェーズ2へ移行する」



パウクとミヅイゥは天井の低い牢屋の中にいた。

「パウク、カニがしゃべった。助けてくれだそうだ」

「ム?」

「だから、ほら」

ミヅイゥは手のひらのカニをパウクに見せる。

「どうもカニです。よろしくお願いします」

「あ、これはご丁寧にどうも。拙者はパウク・メテニユ、そっちの少女はミヅイゥという者です。…じゃなくて。あなたは一体?」

「身の危険を察知し、生体データを移すことでカニの姿になった王女様にお仕えする1人です。元の名をヒナと言います」

「ヒナさん…。一体いつからカニの姿に?」

「短くはないと思います。正確な時間感覚ではありませんが1週間ほどかと。ようやく誰かに見つけてもらえて助かりました」

「なるほど。それは拙者達が捕まっていることと何か関係があるのでしょうか」

「恐らく。ところで、あなた達は?」

「ああ、王女アミラルネ様の招待により水渧宮にやって来た旅人ですよ」

「左様でございましたか。このような事態に巻き込んでしまったことお詫び申し上げます」

「いえいえ、乗りかかった船ですから。それで助けてくれとは?」

「私めのような側近を狙い、外部の存在をも捕獲する。その主犯格に心当たりがあります」

「と言うと?」

「魚人族はかねてより2つの部族に別れていました。私めや大王様、王女様のようなチニォユ族とアドフ族という全く別の部族に。チニォユ族とアドフ族は長いこと戦争を続けていました。そしてその勝者が」

「チニォユ族と」

「左様でございます。今から六百年程前の話です」

「600?クロ殿の言う最終戦争よりも…」

「最終戦争?すみません、そのことは存じませんがともかく最後の大戦の後、アドフ族は長いこと消息を絶っておりました。しかしこの現場を見るに、奴等の仕業だと…」

「待って下さい。そんな昔の因縁話をどうしてすぐに持ち出すんですか」

「これは代々言い伝えられてきたことなのです。アドフに気をつけろと。特に我々のような王室に関わる者には入念に」

「分かりました。とりあえずそうだと仮定して話を進めましょう。ではアドフ族の目的とは?」

「大王様の持つ武具、三叉戟ネイトスを手にすることです」

「三叉戟…?」

「この武具を手にした者は水渧宮並びにチニォユ族居住エリアの全てのシステムを掌握することができます。それはつまり実質的な全権掌握を意味します」

「チニォユ族の支配。復讐か」

「そうです。だからこんなところから一刻も早く抜け出さないといけません」

「うむ。と言っても…」

パウクは目の前の鉄格子を見て言った。

「これを突破しない限りは」

「パウク、糸刀は?」ミヅイゥが助言する。

蜘蛛綾取ファデラーノ:糸刀」

ガンッと大きな音が響くがそれだけで鉄格子はびくともしない。

「ダメだ」

「ちぇ。この棒め。こんなもの、こうやって、横にひっぱれば…くそ、ひらけ〜」

ミヅイゥが両手で格子を掴み左右に開こうと引っ張る。

「それだ。ミヅイゥ離れていろ」

パウクは格子の間に糸で繭を作った。さらに糸を供給して眉を大きくしていく。

僅かにだがギシギシと格子が左右に広がっていく。

「蜘蛛綾取:糸弾」

パウクのあやとりが完成すると糸の繭はパンッと弾けた。

仕上げにパウクが手で穴をさらに広げる。

「うむ。これで通れるぞ」


「パウク、ミヅイゥ!」

牢の前を見覚えのある2人が通った。

「クロ殿!それにイグニス殿とヴィトラ殿も」

「あなた達も捕まっていたのね。でもどうやって?イグニスでも斬れなかったのに」

「お任せあれ」

パウクは再び繭で格子を歪めた。

「クロ殿、チニォユ族が危ない。大王の持つ三叉戟を回収する必要がある。行こう」

「分かった」

ミヅイゥを先頭に一行は走り出す。

「ところでその情報はどこから?」

「私です。ヒナと申します」

ミヅイゥの手の上のカニが喋った。

「ヒナ…さん…?」

クロが立ち止まる。

「どうした?」パウクは振り返って尋ねる。

「急がないと!今頃偽物のヒナさんが!」


チニォユ族の王は医務室の中の寝台の上に全身に管を取り付けられた状態で横たわっていた。

「大王様…!」

「こひゅー」

王は口のチューブを片手で外す。

「ああ、ヒナか」

王の声は酷くかすれている。

「すみません。遅れてしまい」

「いや、いい。お前には、アミラルネを頼んでいる」

「はい。只今安全な場所に匿っております」

「そうか。よかった。礼を言う」

「して大王様、緊急事態であります。三叉戟の場所をお教えください。私めが保護致します」

「お前には、無理だ」

「では王女様ならばできますか」

「ああ」

「私めが王女様に場所をお教えします。三叉戟はどちらに?」

「それは…言えん…」

「…チッ。ここまでか」

ヒナの声質が変わる。

「敵地で術を使うのは躊躇うのだがな、仕方あるまい。心身掌握レヴソーマ

ヒナが王に向かって手を伸ばす。

「かァッ!やはり、貴様…ッ!」

「今更気づいたって遅いわよ。だ・い・お・う・さ・ま。さあ、三叉戟の場所を教えなさい」

あやかしが効くと思うか。半分が機械の身であるワタシに!」

「あらあら残念。もうあなたの娘で実証済みよ」

「あ…アミラルネに何を!」

「さっきも言ったでしょ。安全な場所に匿っているって。それにあなたの今の状態が、魔術が効く何よりの証拠じゃない」

「アミラルネを…どこにやった…!」

「水渧宮にはいない。でもここよりは安全よ。直に崩壊するこの場所よりはね」

「チニォユ族を馬鹿にするなァッッ!」

王は全身の管が破れるのも構わず、寝台の上に隠してあった剣を握りしめてヒナに斬り掛かる。

「あら、今のが本気だとお思いで?」

ヒナの波動により王は寝台の縁に叩きつけられる。

「さあ教えなさい。三叉戟はどこにある?」

「はぁはァ…ハァ…ウオオオオオオオオ」


――バンッ

外側から勢いよく扉が開かれる。

「大王様…!」

クロ、ヴィトラ、イグニス、パウク、ミヅイゥそしてその手に乗るヒナが医務室に入る。

「その…声は…」

地面に座り込み寝台に背を預ける王は微かに扉の方に顔を向けた。

全員がそばに駆け寄る。

「寝台にお乗せしますね。イグニス」

「ああ」

パウクが脇を持ちイグニスが足を支えて王を寝台に乗せた。

「ありがとう…。すまない…」

「お気になさらず。それよりも」

パウクはミヅイゥの手のひらの上のカニを見た。

「大王様、まさかここに私の偽物が?」

「そうだ」

王はか細い声でそれだけ言った。

「三叉戟の在処を?」

「ああ。…アドフだ」

「やはり。ですがあれは王の血を引く者のみが操れる代物では?」

「チニォユもアドフも元を辿れば一つだ。奴がその祖先ならば…」

「では止められるのは大王様と王女様のみ…」

「アミ、ラルネは?」

「それが…恐らくアドフに」

「奴も言っていた。ここには、いないと」

「であればよもや三叉戟を止めることは…」

「私ならできるわ」

全員の注目が一斉にクロに集まる。

「元を辿れば一つ。ならばあなたにも魔王の血が流れているはずです」

「貴方は…」

「クロ・サタナス。魔王の娘です。これで今まで適当な言葉で誤魔化していた魚人族への嫌悪感の正体が掴めました。あなたの言う三叉戟は、16000年程前の失われた神器ロスト・ウェポンの一つ、弐天鉾のことですね?」

「ははは、地上ではそれほどの年月が経ちましたか」

「はい。神話の世界が本当のことだったなんてとっても興味深いです」

王は体を起こし、寝台の縁に座って剣先を床に突き刺すと、その柄を握りしめながらクロに頭を下げた。

「チニォユ族王ゲガンゲンが魚人族を代表して古来の非礼をお詫び申し上げます。そしてどうか、我らチニォユ族にお慈悲を。貴方様の御力をお貸しください」

「顔をあげてください。分かりました。協力しましょう」

「有り難き…幸せ…」

クロはゲガンゲンに笑顔を向けた。

「ヒナさん。作戦を立てましょう」


「三叉戟がケースから抜かれると、一旦水渧宮の電源が落ちる仕組みになっています。タイムリミット、その瞬間を行動開始の合図とします。敵…仮に偽物フェイクと仮称しましょう。フェイクは三叉戟が保管されている最下層に所在が特定されます」

「フェイクは何をするつもりなんだ?」

「最終的には王座の強奪。大王様に放ったフェイクの言葉が本当ならば、水渧宮を壊滅させ、アドフ族の新たな都を作ること。アドフ族にここを壊滅させるだけの兵器があるならば、まずはその発動準備にかかるはず…」

「でもそれならわざわざ三叉戟を強奪する必要はないのでは?チニォユのシステムを掌握できるように改造したのならば」

「はい。反乱防止のために。確かにそうですね」

「反乱防止って…どういうこと?」

「三叉戟を使えば私たちの体内に埋め込まれているチップを制御して操ることができます。まぁ私は本体ではないのでその心配はないんですけど。でも仮にアドフがその手を使うとして、できれば同士討ちは避けたいところです…」

「ならば拙者に任せてくれ。糸で押さえる」

「ありがとうございます。助かります。ではパウクさんは水渧宮を出てもらって、外の警備をお願いします」

「外…そういえばクロ、外って」

「あ。警報が」

「警報?」ヒナが聞き返す。

「そうです。確か…漏水?」

「漏水…」ヒナはゲガンゲンを見た。

「アドフめ。一度で終わらせるつもりか」

「居住エリアはすでに制圧されているかもしれません」

「じゃあ俺も外に行く。三叉戟を取り返しておしまいじゃないだろ」

「そう。最終目標はシロとアミラルネさんの奪還」

「フェイクに居場所を吐かせましょう」

「だったら私と…ヒナさん、同行をお願いしても?」

「もちろんです。ミヅイゥさん…」

「わかってる。いっしょに行く」

「ミヅイゥ。大丈夫か?」パウクが心配そうに尋ねる。

「パウク」

ミヅイゥは名を呼び右手を突き出してピースした。

「まかせろ」

「うむ。許せる」パウクは静かに頷いた。

「じゃあ私は2人についていくわ」ヴィトラが言う。

「ヒナ」ゲガンゲンが呼んだ。

「タスクフォース用の装備をお貸ししろ」

「分かりました」

その時だった。

――バチン

室内が突如真っ暗になった。

「来ました!。皆さん準備は?」

「心配いりませんヒナさん。いつでもできてます」

「では行きましょう。ミヅイゥさん、装備の保管場所まで案内します。よろしくお願いします」

「わかった!」

「それでは大王様、行って参ります」

「ああ。どうかチニォユの未来を頼んだ」

6人は扉のへと向き直る。

「クロ殿、覚えておかれよ」クロは王に振り返った。

「大義を成す者は私情を捨てられる者だ。奴は手強い。心してかかれよ」

「はい。分かりました。…ありがとうございます!」

そう答えるとクロは医務室の扉を閉めた。

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