第8話 追跡

〔これまでのあらすじ〕

世界の終焉、〈神判の日〉まで残り1年。魔族の娘であるクロは世界を救う鍵となるオシリスの羊という存在の少女シロと出会う。クロを助ける為に騎士を殺したシロは、その罪を償う為にもクロと共に世界を救う旅に出たのであった。


パウクの館を出発してから一日が経過した。マタニラまではまもなくである。

クロとパウクが横並びで歩き、その後ろをシロが追う。

「新しい服が欲しい」

「分かります」

「すまない。拙者の手洗いが至らず」

「え、あれ全部パウクさんがやってくれていたんですか」

「そうだぞ。あの館には拙者とベネムヌトしかおらず、ベネムヌトが全てを拙者に押し付けたからな」

「お屋敷で洗ってもらったはいいものの、蜘蛛の糸に包まれたおかげで服がベタつくのよね」

「すまない。この糸は粘性が強いんだ」

パウクはそう言いながら真っ白い手のひらを閉じたり開いたりした。

「パウクさんはずっとその鎧を着ているのですか?」

シロが何気なく尋ねた。

「ああ。そういえば申していなかったな。ラドロンティ族の襲撃時、ベネムヌトの毒の効果によって拙者の魔法が暴走して、皮膚の全てを糸に覆われたんだ。鏡を見た時はショックだったよ。許せなかったので鎧で隠すことにしたんだ」

パウクはハハハと笑った。


そして三人はマタニラに到着した。

「とりあえずシロの顔が隠れるような服を揃えないと」

クロは後ろを歩くシロを見た。シロの顔にはマンドロスキロンの頭部が被されていた。道中で捕まえたマンドロスキロンの首を落とし、中をくり抜いて急造の被り物に仕立てた。シロが人間だとバレない為の苦肉の策である。幸い皮が萎れ、一見マンドロスキロンに見えないために白い目では見られるが、怪しまれることはなかった。

ちなみにクロは出発前に協力者にかけられた擬態魔法を解除できないのでフードで顔を隠している。この際ベタつきなど文句は言えない。匂いなどを考慮せずともシロの方が悲惨である。

「私達は服を見るけど、どうする?」

「では拙者はそこの飲み屋にいるとしよう。用事が済んだら来てくれ」

「了解」

シロとクロは早速服屋に向かった。


――カランカラン

扉についた鈴の音が客の入店を告げる。

「いらっしゃい」

店の奥から声を掛けたのは背の低い老婆。しかし侮るなかれ、彼女もトロールである。

木造の古風な造りであるが、隅々まで清掃が行き届いている。そもそも魔界では王宮や軍施設を除きほとんどが木造か石造建築である。

「アンタら小さいね。小さい奴の服はこっちだよ」

「トロールには言われたくないわね」

「ヒヒヒヒヒ、それもそうわい」

二人は店主の指差した棚の前に立つ。

「これとか良さそうね」

クロがベージュのフード付きトレンチコートを広げながら言う。

「これ、試着できるかしら」

「試着室は会計の横だよ」

そう言って店主はバックヤードに消えた。

「シロ、先いっておいで」

「はい。あの、じゃあこれお願いします」

シロはクロにポシェットを渡し、コートを受け取ると試着室に入った。

「着替えたら出ておいで」

カーテンの外からクロの声がする。

「はーい」

シロは確かにそう返事したはずだったのだが、待てども待てどもなかなか出てこない。体感2分は待っている。

「シロ?どう?」

反応がない。クロはまさかと思いカーテンを開ける。

そこにシロの姿はなかった。クロは試着室に入り三方の壁を触る。

「特に変なところは…上か」

クロが見上げると、天井が抜けている。青空が見えた。

クロは急いで外に出て、店の裏手に回る。

「ヒャーヒャヒャヒャヒャヒャ。人間わい人間わい。久しぶりの人間わい。ヒャヒャヒャヒャヒャ」

トロールの笑い声が聞こえる。

「待て!」

クロはその笑い声を追う。遠くに姿は見えるが、追いつけない。恐ろしいほどすばしっこかった。

クロはトロールが森に入るのを目撃したのを最後に見失ってしまった。ひとまずパウクのもとに戻ることにした。


一方その頃、パウクは飲み屋のカウンター席にいた。昼間から酒を飲む訳にもいかず、ましてや何も頼まない訳にもいかないので、ジュースで喉を潤していた。

ふと隣の席の男二人組の会話が耳に入る。

「聞いたか、ラドロンティの残党共に近くでまた襲われたって」

「マジかよ。今じゃ境界線を飛び越えて人界に入ったって噂だろ?とっとと失せて欲しいよな」

パウクは酒瓶を注文すると横の席に卓上をスライドさせて寄越した。二人組がパウクを見る。

「詳しくその話、聞かせてもらえないかな。それは情報提供料」

「別に構わねぇが、アンタ見ない顔だな」

「それを言うなら顔じゃなくて鎧だろ」

パウクが訂正した。

「それもそうだ。ハーハハハハ。コイツ気に入った」

「それで鎧のあんちゃん、何を聞きたいんだって?」

「今、ラドロンティ族の話をしていたよな?」

「ああ。そうだよ」

「知ってることを全て教えてくれ」

二人組は一瞬顔を見合わせた。そしてパウクに向き直り口を開く。

「ラドロンティ族って言ったらこの辺じゃ名の知れた盗賊よ。この街も何度襲われたことか」

「なるほど。だから軍人がうろついている訳だな」

「ほう。アンタ目が冴えてるな。その通り」

「魔王様はマタニラに軍を派遣して下さったのさ。それ以降、奴らの襲撃はめっきり減ったよ」

「でもその残党がまだ悪さをしやがって、迷惑してるって話だ」

「なるほど。ではバンゲラという名を聞いたことはあるか?」

二人組は再び顔を見合わせる。

「あれだろ。リーダーの」

「だよな。マークのモチーフにもなってる」

「マーク?」

パウクが聞くと、男の一人が紙の切れ端と鉛筆を取り出し、3本の角の生えた牛の顔を描いた。

「ラドロンティ族のマークだ。右の角が1本、左が2本。これは4本角のバンゲラを慕って、あえて1本折ってるわけだ。奴らが悪事を働く時、必ずこのマークを残す」

「見せつけてるんだよ。自分達の力を過信してる証拠だ。ただまあ、これで捕まらないんだからタチが悪い。煽られているだけだからな」

「で、このマタニラを追われたラドロンティ族はどこへ?」

「人界だよ」

「人界?」

「ああそうだ」

「人界といえど、騎士がいるだろう。それこそ魔物退治の専門家たちが」

「壁の向こうのことは詳しく知らねぇよ。でもある時この先にある壁の一部が壊されているたんだ。そこに3本角の牛のマークが」

「それはいつだ?」

「いつだったけかな。少なくとも1年は経ってると思うが」

そこで店の扉が勢いよく開かれる。

「らっしゃい」

「パウク!」

店員の声を退けるほどの声量でクロに名を叫ばれたパウクは何かあったのだと察した。

「そうか、助かった。ありがとう。ところでその紙を貰っても?」

男はパウクの前に紙を置いた。

あんちゃんが何すんのかは知らんが、まあ気ぃつけな」

「酒ありがとうよ」

パウクは自分のジュースを一気に飲み干した。

「感謝する」

パウクはそう言い残すとクロと共に店を出た。


クロとパウクは森に向かって走っていた。

「トロールの店主に捕まったのよ。試着室の中で」

「なんとも姑息な手段。許せんッ!」

「と言ってもこの広い森のどこを探せばいいのよ」

「トロールは木の根の穴から地中に進入する。そこが奴らの根城だ」

「どうするの?」

「任せろ」

パウクはそう言うと手のひらを重ねた。

「魔術、蜘蛛綾取ファデラーノ:あみ」

自らの糸を使っての網を作った。パウクの両手から大量の糸が飛び出し、木の根に網を張っていく。

二人は一本の木の前に立ち止まった。

「あとはこうして糸を垂らせば」

パウクは一本の長い糸を根の穴に差し込んだ。奥へとどんどん伸びていく。

「シロ殿を食べるなら必ずトロールが集まるはずだ。今、糸でトロールの集合地を探している」

「やるわね、パウク」

「そんなこともない。クロ殿がベネムヌトに使ったあの技、あれは魔王様の御業だろう?君は魔王の娘ということか?」

「鋭いわね。あなたオシリスの羊って聞いたことあるかしら」

「…無いな。残念ながら」

「そう。ならいいのよ」

「む、見つけたぞ」

二人は糸が反応したところに急いだ。

「この下だ。離れていろ」

「え?」

「蜘蛛綾取:ほうき」

パウクが箒を作ると、巨大な箒が真下の土砂を払い飛ばした。

「全く、箒はシャベルじゃないのよ?」

「気にするな。見つけたぞ」

パウクの目線の先には、台の上に縛られ、トロールの振るナイフに怯えるシロがいた。

「ダレヤネーン!!」

パウクに気づいた店主のトロールが叫んだ。

「100m先の糸の揺れをも感じる男、パウク・メテニユ」

パウクは右手で糸を伸ばすとシロを巻きつけ、抱き寄せた。

「無事か!」

「パウクさん。ありがとうございます」

「さてと」

クロはトロールの根城に飛び降りた。

「どう落とし前をつけるつもりかしら?」


――カランカラン

扉についた鈴の音が客の退店を告げる。

「あ…ありがとうございました…」

トロールの店主は店の外まで三人を見送った。

シロとクロはお揃いで新たなコートを購入し、さらに荷物を持ち運ぶリュックサックも追加で購入した。もちろん無料で。

「あとは市場で仲間のトロールが経営してる店から食料を調達しましょう」


諸々の買い物を済ませ、三人はマタニラを後にした。

「あの…クロさん…」

ベージュのコートを羽織ったシロは先を行くクロの背中に話しかけた。クロのコートはグレーである。

「すいませんでした」

クロは振り返りじっとシロの目を見た。

「バカ。あなたはオシリスの羊なのよ?もう少しそのことを自覚しなさい」

そう言って再び背を向けて歩き出す。シロはうつむいたまま続いた。

「それでクロ殿、そのオシリスの羊というのは?」

クロの隣を歩くパウクは尋ねた。

「この世界に平和をもたらす希望。あと1年で世界は終わる。それまでに3人の羊を揃えて神に世界を作り変えてもらう必要がある」

「なるほど。でも本当なのか?あと1年なんて」

「ほんと滅入っちゃうわよね。これまで誰も世界を救おうとしなかったなんて」

「確かに変化は何よりも恐ろしいことだからな」

「そういえばパウク、あなたもこっちでいいの?私達は人界に向かうのよ」

「ああ。マタニラでラドロンティ族の情報を得た。奴らは今、人界に潜伏しているようだ」

「そう。じゃあもう少し一緒なのね」

「うむ。よろしく頼む」

――…バカ……。

シロはフードをさらに目深に被った。クロの背中がフードで隠れた。


〈神判の日〉まで残り351日

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