第24話 春の紛い
〔これまでのあらすじ〕
世界の終焉、〈神判の日〉まで残り1年。魔族の娘であるクロは世界を救う鍵となるオシリスの羊という存在の少女シロと出会う。クロを助ける為に騎士を殺したシロは、その罪を償う為にもクロと共に世界を救う旅に出たのであった。
デュアル・パレス春第二大会決勝戦。チャンピオンイグニス・ヴォクユと挑戦者シロの一騎討ちが決着した。
炎が降りた。フィールドには横たわるイグニスの姿があった。
その場に3人の審判が駆け寄る。一瞬の協議の後、同時に旗が上がった。
「白旗三本!イグニス・ヴォクユ完全死亡により勝者は挑戦者シロ!」
マーターの声が響く。
「……イグニスッッ!」
ヴィトラは観客席からフィールド上に飛び降りてイグニスのもとへ駆け寄った。
「そんな…どうして…。起きて、お願い起きてよ、イグニス!」
ヴィトラはイグニスの体を揺さぶる。
「嘘…嘘よ…こんなのって…」
審判が遠のいたことを確認するとシロはヴィトラに耳打ちした。
「嘘なんです」
「え…?」
「イグニスさんを見てください」
ヴィトラは
「
「ドデンは私が引きつけます。だから2人は上手いこと逃げてください。潜性毒なのでバレませんでしたけどパウクさんなら解毒薬を調合できると思います。では、お気をつけて」
シロは背を向けてゲートへと歩いて行く。
「どうしてこんなこと…!」
「イグニスさんは悪い人じゃないですから」
それだけ言うと行ってしまった。入れ替わるように2人の係員がやってきた。
「遺体を回収する」
「もう少し…ここにいさせて」
「ダメだ。さっさとどけ」
ヴィトラを突き放そうとする係員をもう一人が静止した。
「アンタらの事はよく知っている。好きにしろ」
「先輩、いいんですか?」
「いいから戻るぞ。仕事が減るんだから願ったりじゃないか」
「まあ先輩が言うなら」
係員もいなくなった。観客も今頃払い戻しに向かっている。あるいはまた負けたと帰路につく。次第に闘技場から人がいなくなっていった。
一方シロはドデンの部屋へと招かれていた。
――コンコンコン
3回ノックした。
「シロです」
「入れ」
「失礼します」
闘技場の最上階、イグニスの部屋の反対側にあるドデン専用の部屋。
「一回戦でのバルゼンジーク討伐、二回戦でのアリジゴク男の撃破、三回戦での飽和攻撃。そして決勝戦のイグニス殺害。君は実に見事な戦いでオレ様を楽しませてくれた。礼を言うぞ、シロ」
扉の奥にある玉座が回転し一面ガラス張りの窓を向いていたドデンがその姿を見せた。
パンパンに膨れ上がった腕と足、何かが詰まっているかのような腹、横に伸びた耳に3本のツノ。まさにプロリダウシアの権力の頂点を体現しているようだった。
「光栄です」
「アレを持ってこい」
ドデンは召使に命令した。
「かしこまりました」
黒服の召使がダスロとシロを挟んで机を置き、その上に灰色の立方体を置いた。
「これがデュアル・パレスの優勝賞品。願いを叶える魔法の機械。さあチャンピオンシロ、この装置に触れて願いを言うんだ。君は何を望む?」
――と言いつつ、叶えられる願いには制限がある。今までもそれを知らないバカ共が無償でオレ様の駒となってきた。シロ――イグニス・ヴォクユを瞬殺した女。これは高く付くぞ。易々騎士団なんかに売り渡しなどせん。さあ願いを言え!そして永遠に、オレ様の奴隷に成り下がるのだ!!
シロは立方体に触れた。
「プロリダウシア住民の拘束解除とボーヴォ財団の解体」
――……?バカか?バカだコイツは!そんな要求、通るはずない!これでコイツはオレ様のもの…
「要求ガ承認サレマシタ」
「ナニイイイイイイイイイイッッッ!!!」
ドデンは立ち上がり立方体をふんだくった。
「ふざけているのか?今の要求は却下だ。おいコラ!何とか言いやがれ」
「ドデン・ボーヴォ様ノ全権限抹消完了。変更ニハパスワードガ必要デス」
「おい、パスワードは何だ?」
「頂き物ですので我々には何も…」
「無能がァ!おいテメェ、ふざけるなよ。責任取れェ!」
頭に血が上ったドデンは訳もわからず怒鳴り出した。今はその矛先がシロに向いていた。
「オレ様の貯金の全てとこの街のカス共に貸した金もまとめてテメェが払いやがれ!」
「私には権限がないので無理です。さようなら」
そう言うとドデンに背を向けてドアの前へと歩いた。
「キエエエエエエエエエエエエエエエエエエ」
椅子のそばに飾られている鎧の人形から斧を奪い取るとシロの背中目掛けて振り上げた。
「
シロの指から出た波動によって吹き飛ばされたドデンは椅子に激突し、それでも勢いは止まらず窓に激突し、ガラスが全て割れると飛び出して、フィールドの中央に叩き落とされた。
「ドデン…?」
そのそばにはまだイグニスとヴィトラがいた。
「ずっと…こうしたかった…」
ヴィトラはヨモツを握るとドデンの首に刃を突き立てた。血潮が吹く。剣を抜くとイグニスの肩を組んで歩き出した。
あちこちに穴の空いた闘技場の天井から光が差し込んだ。プロリダウシアを覆う厚い雲が晴れた。初めて太陽が顔を見せた。
「少年、この金を君に託す。体に気をつけて頑張るんだぞ」
パウクはデュアル・パレスでシロに賭けた分の配当金を袋に詰めてレンに渡した。
「もう無駄に苦しむこともない。借金も無くなって、移動制限も撤廃した。この街にも光が戻った」
「パウク兄ちゃん、ありがとう。僕、がんばるよ」
「うむ。タコスッ!」
「本当になんとお礼をしたらいいのか…」
「気にしないでください。お母さん。元々無かった金ですから。お母さんもお体に気をつけて」
「ええ、パウクさんも」
「はい。また会いましょう。その時までさらばだレン」
「おう!」
パウクの突き出した手のひらにレンは応えるように拳をぶつけた。
「ただいま戻ったぞ」
「おかえりなさいパウク。ちょうどこっちも荷造りが終わったところ」
「クロさん、パウクさん、今一度確認しますが、私が落ちた洞窟はここからかなり離れています。それでも…」
「大丈夫よ。その為にプロリダウシアの仕組みまで変えたんだから」
「そうですね。シロさんには頭が上がりません」
「全くよ」
ツヴェルフの家の玄関が開いた。
「ただいま帰りました」
「お帰りなさい、シロ」
クロはシロを抱きしめた。
「よくやったわね。あなたはすごいわ」
「ありがとうございます」
「決勝戦のことは…あまり気に病まないでね…」
「え?あぁ…」
――そういえばネタバラシしたのはヴィトラさんだけだったのか。
「そういえば来客が。皆さん外に出てください」
シロの言う通りにするとそこにいたのは
「ヴィトラ!?」
「信じていいのよね?シロ」
イグニスを肩に担ぐヴィトラの顔は不安そうだった。
シロは頷いてからパウクに向き直った。
「パウクさん、猛毒麻痺の解毒ってできますか?」
「デテリオ族の使う神経毒の魔法か?出来ないこともないがロービの花の薬草が必要だぞ」
「シロ、なんで今そんなこと…」
「私がイグニスさんに使ったスキルです」
今度はヴィトラの目を見た。
「ヴィトラさん、いけます」
ヴィトラはしっかりと頷く。そしてクロとパウクとツヴェルフに頭を下げた。
「お願いします、イグニスの為に解毒薬を作ってください。イグニスが目を覚ましさえすれば私たちはどこか遠くへ消えますから。今更おこがましいことはわかっています。でもイグニスは死んだことになっている。人前になんて出せない。だからどうか…」
「騎士団の連中の為に解毒薬を作るだと…?」
パウクが腕を組み唸り出した。
「ダメかな?パウクさん」
シロが上目遣いで見つめる。
「……」
「果たして…」
「許せるッ!」
「決まりですね」
「ありがとうございます!」
こうして一行はラドロンティ族の潜伏していた森からプロリダウシアを抜け、ベッヘルムへの一本道の途中を北上して進み出したのであった。
血肉で超えたその森はとても通り抜けることができず、そそくさと脇道に逸れたのが真意である。
「ロービの花は日当たりのいい丘の上によく咲きます」
というツヴェルフの言葉に従いなだらかな起伏のある草原に来ていた。
「あった!」
ヴィトラが見つけた赤い花びらのその花の葉をパウクがすり潰し、手持ちの薬と混ぜ合わせたものをイグニスに飲ませた。
「…ここは」
小一時間経ってついに彼は目を覚ました。
「イグニス!」
上半身を起こしたイグニスにそばで見守っていたヴィトラが抱きついた。
「なんだよ…。俺…確か決勝で…シロッ!」
イグニスは目を丸くした。
「どうしてここに」
「落ち着いてイグニス。全てシロのおかげよ。あなたを仮死毒のスキルで眠らせて優勝を捏造し、願いの力でプロリダウシアをドデンから解放した」
「そんな……」
イグニスはガクッと項垂れた。
「いや、そうか。終わったのか」
「ええそうよ。終わったの。私達はもう戦わなくていい」
「…クッ」
イグニスは立ち上がると丘を駆け降りていった。
「ちょっ、待ってよ!」
ヴィトラがその後を追う。イグニスは下りの勢いで転倒してしまった。前から倒れたイグニスは腕に顔を埋めて小刻みに震えている。
「どうして逃げるの」
「分からない…なんでだろう…でも、俺はあそこにはいられない。…そんな気がしたんだ」
「イグニスさん」
逃げた先にシロが追いついた。
「私を捕まえないのですか?」
「…イグニス・ヴォクユは死んだ。今頃団内はこの話で持ちきりだろう。もう騎士じゃないんだ。お前を殺す理由はない」
「でも…私は…」
「確かにお前は獣を解き放った。それでダスロは死んだ。でもお前はプロリダウシアを救った。…お前の罪は消えない」
イグニスはシロに振り返った。
「だからこそ、この世界を救ってくれるって信じてる」
「…じゃあ!」
シロには珍しく大きな声を出した。クロ達がシロに追いついた。
「見ててください。私たちと行きましょう」
「え?」
聞き返したのはイグニス。
「私たちと一緒に、世界を救ってください。お願いします」
シロは頭を下げた。
「どうしてお前は…そこまで…!」
イグニスはヴィトラを見た。
「私はイグニスについていくわ。どこまでもね」
再びうつむくイグニス。しかし今は握りしめた拳を真っ直ぐ見つめていた。
「…わかった。俺も獣には一過言ある。獣を殺すまでだ」
イグニスは立ち上がった。
「それまでは協力する」
シロは顔を上げた。
「ありがとうございます!」
シロはクロを見た。クロも頷いた。
「さて、行きましょう。オシリスの羊を見つけに」
季節は巡りやがて夏が来る。シロとクロの旅は続く。
〈神判の日〉まで残り275日
「ボーヴォ財団が解体しました」
「チッ……これで騎士団への販売ルートがまた一つ減ってしまった。我が甥ながら情けないものよ。ドゥギス、直ちにボーヴォ財団と関連のある契約を全て抹消しろ。一つたりとも証拠を残すな」
「承知しました。バンゲラ様」
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