第2章 夏
第25話 事後処理
〔これまでのあらすじ〕
オシリスの羊シロ、魔王の娘クロ、誘拐された妻を探すアラクネ族の末裔パウク、死を偽装して自由になった元騎士イグニス、彼を慕う元騎士ヴィトラ。5人の世界を救う旅は続く。
「まずは情報を整理しようか」
人界王都アミールにある騎士団本部。その団長室に騎士団長セレスト・ナヴアスと科学者シャンティーサ・フィコがいた。
「プロリダウシアの賭け闘技デュアル・パレス決勝戦。そこでチャンピオンのイグニス・ヴォクユが敗れた。つまり彼は死んだということだ」
「そうだな。しかし…」
「そうしかし、私の開発した発信機が依然動作している」
「死ぬとシグナルは消えるんだろ?」
「そうだ。反応が共にあるヴィトラ・イコゥに死体を持ち歩く趣味があったとしても、シグナルが検知できるのはおかしい」
「生きているというわけか」
「どうするんだい?団長として。この行動は謀反とも見れるが」
「放置でいい。今まで通り団内には死亡したと伝えておけ。こちらに剣を向けるまでは放任しておく」
「泳がせて様子を見るか。いいだろう。ではイグニス・ヴォクユの話は終わりだ。問題はもう一つ。シロについてだ」
「手配中の少女か」
「ようやくレニカの街から一連の報告書が提出された。中でも私が気になったのはシロが使用したとされるスキル。
「それはどういうスキルなんだ?」
「シロの持つ魔導書とも呼ぶべき本、仮にマギアスと呼称しようか。おそらくはこのマギアスがスキルの発動元だという認識はもういいだろう。識本創造はマギアスを操るスキルと言えよう」
シャンティーサはセレストを見た。
「なんだその顔は」
セレストは目を細めた。
「私はマギアスが欲しい」
「は?」
「手に入れなくてはいけないのだ。私ノ目的ノ為ニ」
「またそれだ。そろそろ教えてくれないか。貴様の目的はなんなんだ」
「もちろん、世界を救うことだよ」
シロ、クロ、パウク、イグニス、ヴィトラ、そして2人目のオシリスの羊の居場所を知るという老人ツヴェルフの6人はプロリダウシアとベッヘルムを繋ぐ一本道を逸れて人界を南下していた。
「まずは情報を整理しましょう」
そう言い出したのはヴィトラ。
「クロの目的は3人のオシリスの羊を集めて、1年後の〈神判の日〉までに迫り来る終末から世界の行く末を変えなきゃいけないのね」
「そうよ」
クロは頷いた。
「そしてそのオシリスの羊の一人がシロ」
「そうです」
シロも頷いた。
「ツヴェルフはその2人目の居場所を知っていると」
「厳密には以前洞窟の奥で見つけた棺がその名を信じよとおっしゃっていたのです」
「とにかく何かしらの手がかりがあるということね。それでその場所が?」
「私がプロリダウシアに来る前に働いていました、キリスティナの鉱山になります」
「かなり距離があるけど…まぁ行くしかないわよね」
「「もちろん」」
「よ」クロが言った。
「です」シロが言った。
「で、あなたは一体何者なのパウク?」
「拙者か?お答えしよう!ラドロンティ退治の専門家、パウク・メテニユ」
「パウクは私たちがたまたま魔界で立ち寄った館の主人なの。でも盗賊一族のラドロンティ族の襲撃に遭って奥さんがバンゲラという男に誘拐され、館にはベネムヌトという奴に住み着かれてこき使われていたのよ。それを私とシロで助けて、パウクはラドロンティ族、そしてバンゲラを探すために行動を共にしているの」
「妻を攫った連中には相応の報いが必要だからな!」
「あなた達のことも教えてくれる?」
クロが尋ねた。
「もちろんよ。私とイグニスは親の借金のためにプロリダウシアに連れてこられた。イグニスの両親は若くして亡くなり、私には元々父親がいなかったのだけど、母親も病気をもらって働けなくなった。だから私もイグニスも生きるために働いた。その中で自然とスキルが発現して、デュアル・パレスに出場するようになった。イグニスが初めて優勝した時、私とイグニスが騎士団にスカウトされた。それからは二足のわらじを履きながら、今日までやってきたってわけ」
「俺が知りたいのはそんなことじゃない」
突然声を上げたイグニスは右剣ヨモツを抜刀した。
「俺が知りたいのは獣についてだ。シロ、お前が解き放った獣について知っていることを全て話せ」
「ちょっとイグニス?シロは被害者よ」
クロはシロを庇った。
「シロは13歳までの記憶が無いのよ?目が覚めたら森の中で1人きりだった。その時に騙されて…」
「いいんです、クロさん。私は獣を倒す方法を知っています」
その場にいた全員が驚いた顔でシロを見た。
「獣に実体はありません。だからこちらから干渉することができない。ですが無いならつくればいいのです。獣を動物や魔物の肉体に定着させ、その体ごとバラバラに刻む。これが現状考えられる最善の策です」
「なるほど。ならそれは俺がやる」
「そういえば獣の行方は?」
クロがイグニスに尋ねた。代わりにヴィトラが答える。
「私達が最後に確認したのは、シャンティーサ・フィコという人物に寄生した瞬間よ。この人は騎士団一の科学者で、様々な武器・道具を開発した。普段は王都アミールの本部に在中している」
「王都って、マズイんじゃないの?」
「私がプロリダウシアにいた時限りはそんな話は聞かなかった。あの人のことだから、何か抑える方法でも知っていたのかも」
「イグニス、獣とは何か意思疎通ができたの?」
クロが再び尋ねる。
「ああ、お前のことを言っていたよ。クロ」
イグニスはクロの目を真っ直ぐ見た。
「私…?」
クロはきょとんとしている。
「何故だ?何故獣はお前に執着する?確か力がどうとか言っていたが」
「力?魔王の血の力のこと?」
「「魔王の血!?」」
イグニスとヴィトラが反芻した。
「そうよ。言ってなかったかしら」
「聞いてないわよ。なるほど。それなら合点がいくわ」
「なんの話?」
「あなたの魔法。
「知らない。そんなの。私の…魔法?」
「初めて会った時に
「…クロさん、そういえば左目!」
クロも思い出したかのように左目にかかっている前髪を持ち上げた。
クロの左目の虹彩の縁は赤く染まっていた。
「やっぱり左目が発動しているのね。何に使ったの?」
「…覚えてない」
「ええ?」
「気づいたらこうなってたのよ。ね?」
クロはシロに同意を求めた。シロは頷いた。
「私が熱を出してクロさんが看病してくれて…その後交代でクロさんが眠って…目が覚めたら…それで…たしか…」
――ドサッ
言いかけて突然シロが倒れた。
「シロ!?」
「シロ殿!?」
「シロさん!?」
「シロ!?」
「!」
その場にいる全員がしゃがみ込んでシロに近づいた。
「ひどい熱!」
シロの額に手を当てたクロは言った。
「どこかで休憩させましょう」
「木がないからパウクハウスはまだ無理だぞ」
「向こうに崖があるわ。洞窟があるかも。イグニス、探してきて」
「パウクもお願い」
「おう」
「がってん承知!」
「私は池を探してきます。水が必要でしょう」
「お願いします。ツヴェルフさん」
「とりあえずあそこの木陰に移動させましょう。足の方を持ってくれる?」
「任せて」
クロが脇をおさえヴィトラがふくらはぎを持って2人がかりでシロを木陰まで移動させた。
クロは鞄の上にシロの頭を乗せ、ハンカチを水筒の水で濡らすと絞って額の上に置いた。
「もしかしてずっと我慢していたのかしら」
「全スキル発動待機状態なんてするからよ。勝つためなのは分かるけど、とんでもない無茶だわ」
クロはそっとシロの頭を撫でた。
「今はゆっくり休みなさい」
イグニスとパウクは洞窟を探していた。
「イグニス殿、名前をお忘れになったか?」
「は?なんの?」
「彼女はシロ殿だ。心配している時は名を呼んであげないと」
「別に心配なんてしねーよ。俺を殺した奴が熱で倒れるわけないと驚いただけだ」
「でもこうして協力してくれているじゃないか」
「これはヴィトラに言われて…。お前こそ、妻を探すなら1人の方がいいんじゃないのか?」
「シロ殿とクロ殿には助けてもらった恩があるからな。それだけじゃない。拙者は好きで2人にお供しているんだ。2人には感謝している」
「分かんねぇよ…」
「うむ。少年にはまだ早かったかな?」
「はあ?子供扱いすんな!…おい」
「ああ。何かいるな。魔物か?」
「ここは人界だぞ。まさかドデンの追っ手か?」
「どっちにしろ捕まえたほうがいいな。
「もちろんだ。
崖の上から降ってきた何かをイグニスが炎で炙りパウクが糸で捕らえた。
「ギュルギュルッ!」
「なんだコイツ」
「大きな赤い目、剥き出しの牙、骨と皮だけの痩せた肉体。間違いない、吸血動物チュパカブラだ」
「やはり魔物か。どうして人界に。それもここは境界線からも離れているんだぞ」
「わからない。ただこの先に巣がある可能性がある。チュパカブラは暗闇を好むんだ」
「裏を返せば洞窟があるってことじゃないか。ちょうどいい。探すぞ」
「うむ」
「ギュルギュル…」
パウクが糸を左右に引くと捕まったチュパカブラの首が跳ねた。
「行こう」
「お、おう」
予測通り、先に進むと人が歩いて入れるほどの大きさの洞窟があった。
「かなりの数のチュパカブラがいると思うぞ」
「任せろ。烈炎双剣」
イグニスが右剣ヨモツと左剣マガツを縦に振ると炎の刃が洞窟内を直進した。
「「「ギャアアアアア」」」
洞窟の奥から絶叫が響いた。
「これであらかた片付いたろ。病人を呼んできてくれ」
「あ、ああ」
パウクはシロ達のもとに戻った。
「イグニスが場所を見つけたぞ。こっちだ」
「ありがとう」
クロがシロを背負うと洞窟へと向かった。
洞窟内で横になっていたシロは目を覚ました。
「…クロさん?」
「シロ!気づいたのね。よかったわ」
クロは右手をシロの額に左手を自らの額に当てた。
「熱も下がったかしら。うん。大丈夫そうね」
シロは上半身を起こした。
「すみません。クロさん」
「こういう時はありがとうでいいの」
「ありがとうございます。クロさん」
「ええ。それとお礼ならみんなに言いなさい。色々協力してくれたんだから」
「シロ、目を覚ましたわよ」
ヴィトラが呼びかけると男勢が戻ってきた。
「ヴィトラさん、ツヴェルフさん、パウクさん、イグニスさん、ありがとうございます」
「これで一件落着だな!」
「この洞窟はイグニスが見つけてくれたのよ」
クロが何食わぬ顔で言った。
「ちょ…」
シロはイグニスの目を見つめると「ありがとうございます」と笑って言った。
「おう、まあなんだ、元気になってよかったな」
イグニスは目を逸らした。
「ん?」
「どうかした?ヴィトラ」
「あっいえ、なんでもないわクロ。それよりもう出発するの?」
「そうね。シロ、動けそう?」
「はい。元気いっぱいです!」
「たくさん寝たものね。じゃあ荷物をまとめたら出発しましょうか」
「え、私どれくらい寝てたんですか?」
「んーと、一日中?」
クロがけろっと答えた。
「ええ!?そうなんですか!なんかその…すいません…」
シロは飛び起きた。
「ははは、いいではないか。寝る子は育つ!」
「ほらほら、喋ってないで手を動かす!」
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