第6話 なぞの館となぞの鎧

〔これまでのあらすじ〕

世界の終焉、〈神判の日〉まで残り1年。魔族の娘であるクロは世界を救う鍵となるオシリスの羊という存在の少女シロと出会う。クロを助ける為に騎士を殺したシロは、その罪を償う為にもクロと共に世界を救う旅に出たのであった。


シロとクロを捕えるために騎士団から送り込まれた刺客、イグニスとヴィトラから逃れる為、瞬間移動テレポーテーションのスキルによって転送されてから2日が経過した。

太陽を頼りにひたすら人界の首都のある東に進んでいた二人だったが、まさに今突然の大雨にやられていた。

「ととと、とりあえずどこかで雨宿りしましょう!」

「見て!あそこに館があるわ!少しだけ雨宿りさせてもらいましょう!」

二人は館へ走った。館の周りを取り囲む柵があったが、門の扉が外れていた。二人はそこから中へ入った。左右に水の止まった噴水のある庭を横切り、門から玄関までの一直線の石畳の道を通る。

玄関の前に着くと、屋根の下で水気を払う。

「ひー、それにしても突然だったわね」

「本当ですよ。なんだかついてないですね」

「…やっぱり、一声掛けておくべきかしら。この館の持ち主に」

「クロさんが行くならついていきます」

「わかった」

二人は玄関の扉に向き直った。クロがドアノッカーの金具を手に取る。

――コンコンコン

「すみません。少し雨宿りさせていただきたいのですが…」

クロが声を張り上げて言うも反応はない。

――コンコンコン

「すみません。誰かいらっしゃいますか?」

やはり反応はない。

「開けてみますか?」

シロがそう言った時だった。左右の扉が内側に開き、目の前に鎧が現れた。

「どちら様でしょうか?」

鎧は喋った。

「あ、あの、私達旅をしていて、突然の大雨で少しばかり雨宿りをさせていただきたいのですが。玄関先でいいので、一応挨拶だけでもと…」

「なるほど。主人に確認して参ります」

鎧は扉を閉めた。

「今の人、騎士でしょうか」

「それにしては見慣れない鎧だったわよね」

「特注だったりして。どうしましょう。ここは騎士の家かもしれません。私達捕まっちゃうかも」

「シロ、落ち着いて。挨拶するだけよ。それに雨なんてすぐ止むわ。とにかく怪しまれないようにだけ注意して」

「わかりました」

再び玄関の扉が開いた。

「雨に濡れてお冷えになったことでしょう。風呂にでも入って温まっていけとのことです」

「そんな、私たちは大丈夫です。本当に、この屋根下にいさせていただければそれでいいので…!」

「主人が歓迎するようにと仰っていましたので。遠慮することはございません。それではご案内致します」

そう言って鎧は部屋の奥へと歩き出した。二人は顔を見合わせると意を決して中へ入った。

「「お邪魔します」」

鎧に続いて歩き出すと、扉が勢いよく閉まった。

室内には廊下が左右に一つずつと正面に一つ。正面の廊下を中心にして両側に階段があった。三階建てだろうか、高い天井から大きなシャンデリアがぶら下がっている。壁にも均等にランタンが吊るされているが、室内はなんだか薄暗い。窓に雨が当たるパシャパシャという音が雰囲気を出していた。

鎧は左側の廊下を進んだ。

「こちらの棟はお客様専用となっております。お風呂はこの先の突き当たりを右へ。お部屋は二階にございます」

鎧が左手側にある階段を登る。

「こちらでございます」

二階に上がり4つ目の扉の先がシロとクロの部屋だった。

「このお部屋の反対側が食堂となっております。お食事の用意ができ次第お呼び致します。寝室はお隣に。お手洗はそちらの扉の奥にございます。また各所にございますのでこの棟の中でしたらどこでも自由にお使い頂いて結構でございます。浴室の隣に衣装室がございます。こちらもご自由にお使いください。ご用命がございましたら扉のそばのボタンを押してください。すぐに参ります。それではごゆっくりお寛ぎください」

鎧が部屋を後にした。クロは部屋を見渡した。向かい合うように四つずつの椅子が並べられた大きなテーブルや、パチパチと音を立てて燃える暖炉の前に三人掛けのソファがあった。

「これ…やっぱり罠なんじゃ…」

シロがそうこぼした。

「招き入れてもらった手前、下手な真似はできないわよ。それに…」

クロは窓の外を見た。

「この雨じゃ結局、行く当てもないもの。雨が止むまではご厄介になりましょう」

「…わかりました」

「とりあえず、お風呂入ろっか」


――ガチャ

部屋の扉が開いた。

「シロー?上がったわよ」

そう言ってクロが帰ってきた。暖炉の前で縮こまっていたシロが立ち上がる。

「わかりました。…って、なんですかその格好」

長袖の上衣に腰がキュッと締まり足先まで隠れる長い裾のスカートの濃い緑色のドレス。

「どう?似合う?」

クロがその場でひらひらと舞う。

「そりゃ似合ってますけど…。どうしたんですか」

「衣装室で借りたのよ。ちなみに、こんなのばっかよ」

「ふぇ…ドレスなんて着たことないですよお」

「ふふん、この第一王女に任せなさい」


とりあえずのドレスの選別はクロに託し、シロは脱衣所で着ていた服を脱いだ。雨に濡れてぐちょぐちょしていて気持ち悪かったので妙な開放感があった。

横開きの扉を開け、風呂場に入る。シャワーが十数台、その奥に3つの大きな湯船があった。

――これで客用だなんて…。

シロは隅の鏡の前にバスチェアを置いた。そこにはシャンプーかボディーソープかのいい匂いがかすかに残っていた。

――クロさんもここを使ったのか。

シロは反対側に移動した。

一通り体を綺麗にすると、早速真ん中の湯船に浸かった。

「はぁ、あったかい」

思わず声が漏れた。


「ええ…赤はちょっと派手じゃないですかね…」

「そう?これくらい普通だとおもうけど」

やはり感性に磨きがかかっているなとシロはしみじみ思った。

「それにシロ可愛いからこういうの似合うと思ったんだけどな」

「え…かっ!?いやいやいや!そんなことないですよ」

シロは首を横にブンブンと振りドレスを選別する手を早めた。

「あ、これがいいです。これにします」

シロが手に取ったのは紺色のドレス。胸元の3つの白いボタンと外側に寝ている白い襟とのコントラストがおしゃれであった。

「いいんじゃない?早速着てみましょ」


――コンコンコン

シロとクロが部屋に戻りしばらくしていると扉が3回ノックされた。

「はい?」

クロが応答する。

「お食事の用意ができました」

鎧の声がした。

「あ、はーい」

クロが扉を開けると、鎧が勢いよく中に入り、後手ですばやく扉を閉めた。

「時間がないので手短に。私はメテニユと申します。貴方方は?」

「私がクロで、こっちが――」

「シロです」

「クロ殿、シロ殿、貴方方はお強いですか?」

「「?」」

シロとクロが顔を見合わせる。

「失礼致しました。向かいの食堂にて食事の用意があります。それでは」

「ちょ待…」

自らをメテニユと名乗った鎧はそそくさと部屋から出ていった。

「何だったのでしょうか」

「さぁ、こっちが聞きたいわよ。次会った時に問い詰めましょう」

「そうですね」

二人が食堂に向かうと、料理の並ぶ大テーブルの端にメテニユは直立していた。

「メテニユさん」

二人は側まで駆け寄る。

「さっきのは一体どういうことですか?」

「はて、何のことでございましょうか。料理が冷める前にどうぞお召し上がりください」

そう言われると二人は渋々席についた。

「「いただきます」」


豪勢な肉料理に舌鼓を打つのも程々に、二人は部屋に戻った。常備されていたポットと茶葉でシロが紅茶を入れたため、柔らかい匂いが広がっていた。

「あのメテニユって人、変ですって」

「確かにそうよね。食堂では人が違っていたっていうか…。いや、違っていたのは食事前の時だけか。いつもは声に生気がないというか、どこか冷たい感じがするのに、あの時だけは何やら捲し立てるような、感情的な声と圧だったわよね」

「それに確か、時間がないとか言ってましたよね」

「そうだったわね。時間…。なんの時間かしら」

「やっぱり変ですよ、この館」

「そうね。それは同感だわ。でもだからこそ慎重な行動が必要よ。この家の誰かにでも怪しまれたら、それこそどうなるか分からないわ」

「そうですけど…」

結局、二人の中で明確な結論が出るわけでもなく、とりあえずは様子を見るが、いつでも脱出する用意はしておこうとなり、早めに寝ることにした。

扉一枚で直結している寝室にある2つのキングサイズのベットでそれぞれ眠りについた。


――カチャ

『うっ、うっ、どうしよう…お姉ちゃん』

『ああもう、泣かないの。ほら、私のをあげるから』

――カチャ

『…!いいの?お姉ちゃん』

――カチャ

『――が泣いている方が私は――』

――カチャ

『それに、全ては二人ででしょ?』

――カチャ

丑三つ時、シロは目を覚ました。

――今のは…夢?それにしても変な夢ね。

――カチャ

――いや、この音は、この音だけは夢じゃない。鎧の…メテニユの足音…?こんな真夜中に?やっぱり怪しい。

シロは隣のベットですやすや眠るクロを見た。

――私が調査しないと。

シロは寝巻きの上にカーディガンを羽織ると、静かに扉を開け廊下に出た。

シロから見て右側から音が段々遠ざかっていく。

――こっちは…階段?

忍足で進み階段を降りる。

一階に降りるとまた足音が大きくなった。どうやら正解のようだ。シロは再び音を追う。

辿り着いたのは、館に入った後、最初に使った扉。玄関から入って左手側の棟の入口の扉。メテニユに開けるなと言われた扉。

――ちょっと覗くだけだから、いいよね。

シロはドアノブに手を掛け、時計回りにゆっくりと回す。回しきったところで扉を手前に静かに引いた。そしてわずかな隙間に右目を当てて中の様子を見る。

――これは…。

そこにあったのは張り巡らされた蜘蛛の糸。その糸は、中央の廊下に向かってどんどんと太く密になっていた。

そして廊下の口に置かれた、三体の甲冑。シロはあることに気づいた。

――1つ足りない?

甲冑は廊下の左側に2体、右側に1体置かれていた。こういう物は大抵、対象に置かれるものである。

――カチャ

鎧の足音が、シロの背後から聞こえた。

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