第5話 激突

〔これまでのあらすじ〕

世界の終焉、〈神判の日〉まで残り1年。魔族の娘であるクロは世界を救う鍵となるオシリスの羊という存在の少女シロと出会う。クロを助ける為に騎士を殺したシロは、その罪を償う為にもクロと共に世界を救う旅に出たのであった。


赤い短髪で腰に剣をさげているのは騎士団最強の男、イグニス・ヴォクユ。彼は最少年でギニラルとなった。一等騎士となった者に許される二つの道。それがギニラルとテネラル。階級を駆け上がった今のイグニスは並の騎士隊分の戦力を有する。

そして彼は先の戦争を見越しての調査の任で魔界内にいた。

「イグニス、団長から連絡が来た。追加任務だそうよ」

そう言ったのは肩の下まで伸びた青い髪に丸眼鏡が特徴の女、ヴィトラ・イコゥ。彼女もまた腕利きのテネラルであった。テネラルは騎士の司令塔である。主な役割は索敵と解析、そして命令。情報の伝達なども行う。

イグニスとヴィトラ。このタッグは二人だけで充分に一つの騎士隊が完成していた。

「捕獲命令ですって。二人の少女の」

「は?少女の捕獲なんて、迷子でも探すのか?」

イグニスは顔をしかめる。

「どうやら違うらしいわ。そのうち一人は魔族ですって」

「その魔族を捕まえろと?」

「それも違う。捕まえるのは人間の方。複数のスキルの使い手だから注意しろって」

「馬鹿言え。スキルの複数使用?はっ、そんなことできるわけねーだろ。仮にできたとして、なんで騎士団の息がかかってねーんだよ」

「そんなこと私も知らないわよ」

「とりあえず分かった。一応任務だしな。その二人の特徴は?」

「共に長髪で一人が黒、もう一人が白。背丈は人並み。それくらいね…」

「まあ魔界を人がうろついていたらすぐ分かるだろうしな」

「そうね」

ヴィトラは指令書を畳んだ。


「おい、あれ」

二人が森を抜けた時、イグニスが道の先を指差した。そこには白髪と黒髪の少女が並んで歩いていた。

イグニスとヴィトラは木の影に隠れ、少女らが通り過ぎるのを待つ。

「黒髪の方は短いぞ」

「変装でしょ」

か?」

「待って。まだ遠い」

ヴィトラのスキル、魔術分析サピテリアは対象の情報を知ることができる。テネラルの最低条件が相手のスキルを特定すること。しかし練度を上げれば身長、体重、血圧、心拍数など全てを知ることができる。

「どうだ?」

シロとクロがすぐそこまで迫る。まだ気付かれてはいない。

「どういうこと…何か、ぼやけている」

「なんだそれ」

「とにかくまだ時間が必要」

シロとクロがそばを通り過ぎる。

イグニスがヴィトラを見る。ヴィトラは目を離さず首を横に振る。シロとクロの背中が遠ざかる。

「攻撃系か?今はそれさえ分かればいい」

「いや、それは違う。そういうパターンには見えない」

「ならいい。後ろから奇襲する」

そう言うとイグニスが地面を蹴る。


「だから私は言ったんですよ。それは違うって」

「そうなのね。…シロ!」

クロはシロの頭と背中に手を回し抱き寄せ、左に飛んだ。

「ほう。避けたか」

イグニスは抜いた剣先をシロとクロに向けた。

「あの…ちょ、クロさん…」

「ええ。騎士ね。あなた、誰!」

シロを抱きしめる力が強まる。互いの胸が沈み込む。

「も、もういいですから…離して…」

「あっ、ごめんなさい、つい」

イグニスが再び斬りかかる。シロとクロが左右に飛び退く。

「俺はイグニス。お前らを捕らえよとの命令だ。抵抗しなければ、俺が剣を振る必要もない。そうあって欲しいが」

「それは無理な話ね」

「だろうな」

クロが動いた。振り上げた拳は当たらず、そのまま地面にめり込んだ。周囲に亀裂が走る。

イグニスはヴィトラのそばに着地した。

「分かったか?」

「白い方は。使用魔法は贄目願就ヴァイシオン。こんな魔法初めてよ。でも、使うことはなさそうね」

「なぜ?」

「目を犠牲にする必要があるからよ」

――でも、髪に隠れて直接は確認できないとはいえ、すでに左目が発動しているのが少し妙ね。

ヴィトラはそう思った。

「黒い方は?」

「やっぱりが掛かっていて見えない」

「要は何も使えないってことだな。分かった。お前は黒い方を押さえておけ」

「そう言うと思ったわ」

「おい白い髪」

イグニスが声を荒げた。

「これが最後の忠告だ。大人しく同行願おうか」

「任意同行かしら?それなら拒否するわ」

クロはきっぱりと言った。

「強制だ」

イグニスはそう言うとグリップの先端を右手で下から持ち、根本を左手で上から握った。右肩をクロに向け、その方向に顔を向ける。

烈火大剣フレイムバーン

炎に包まれた刃を突き出す。そして素早く両手をクロスさせ、刃先を地面に向けると下から上へ斬り掛かった。高速の突き技を避けようとしたクロに、振り上げられた刃から飛び出した炎が直撃する。

「クロさん!」

「残念でした」

「なっ…!」

クロに気を取られていたシロは背後から迫ったヴィトラに捕まった。脇下に両腕を通され、押さえつけられる。そして鉄製の猿ぐつわを咥えさせられ、バンドを後頭部で固定される。

「んん!んんん!」

「イグニス、一人確保よ」

「了解した」

「落ち着いてねお嬢ちゃん。大人しくしていれば痛いようにはしないから」

ヴィトラはシロに話しかけた。シロはポシェットを体の前に動かした。

「全く、服が台無しじゃない」

クロが右手を払うと、風で火が流れた。

「あら、私がピンピンしていて驚いた?」

クロはイグニスに尋ねた。

「別に。今のでやられるとは思っていなかったんで」

「どうかしら。本当は内心焦っているんじゃないの?」

「馬鹿が。そんな低レベルの雑魚相手にこの俺が派遣されるわけないだろ」

「そう。強いのね、あなた」

クロは足を開き、拳を作った左手を軽く前に出し、右拳を胸の前に置いた。

「最強だよ」

イグニスが斬りかかる。クロは左斜め後ろに飛んだ。炎がクロの寸でのところに迫った。

――多少炎に耐性があると言ってもやはり厄介ね。少なくとも間合いの内側には近づかないようにしないと。

イグニスがクロを追いかける。クロは距離を取り、攻撃を避け続ける。

「おいおい、逃げてばかりでいいのかよ。びびってやがるのか?」

イグニスは叫んだ。

――心外ね。どうにか隙を見つけないと。

クロはちらりとシロを見た。

――無事のようね。そうか、背後からなら。

クロは止まった。ギリギリまでイグニスを近づける。

「なんだ?恐怖で足がすくんだか?」

イグニスの刃が動き出した瞬間、クロは勢いよく地面を蹴った。前宙でイグニスの頭上を飛び越え、着地と同時に右足を軸に腰を四分の一ひねり、左足で背後から蹴りつける。

イグニスは左から右に横に斬った刃ごと腰を回転させ、正面にクロをとらえると剣を立たせ、クロの左足を刃で受け止めた。

――いける。このまま押し込めばこの足は真っ二つだ。

イグニスが力を加えた瞬間、クロは両足のタイミングを合わせて蹴った。そのまま側転で着地する。

――クソ、あの攻撃を受け止めるのね。恐ろしい反射神経だわ。意外とこの男、やるわね。

――まさか刃を蹴っても立てるとは。どれだけ頑丈なんだ。確かに並の魔物ではないな。

「どうだ、その左足、痛むんじゃないか?」

「お気遣いどうも。おかげで靴がダメになった、わッ!」

クロがイグニス目掛けて靴を飛ばす。イグニスはいとも簡単に切り裂いた。

二人は互いに息を整えた。

イグニスが再び斬りかかる。

――間合いには入れない。背後もダメ。なら…。

最初の攻撃を避け、イグニスが次に斬りかかる直前、クロは剣とイグニスの間に入った。腹に右拳を押し込む。イグニスは後ろに飛んだ。

――よし、これならダメージが入る。

「うう、いい一発を喰らってしまった」

イグニスは腹をさすりながら言った。

「次で仕留める」

「それはこっちのセリフよ」

イグニスが先に動いた。すかさずクロが近づく。クロの体は剣の内側へと入った。再びクロが右拳を握りしめる。

しかし次の瞬間、イグニスは剣のグリップから手を離し、左手でクロの右手首を掴み、右手でクロの腹を殴った。

「ガッ」

そのまま右肩からクロにぶつかる。クロは倒れ、その上にイグニスが乗る。暴れるクロを押さえ、地面にうつ伏せの状態にさせると、腰の位置にイグニスが座った。

「んんんんっ!」

シロは叫んだ。

「ちょ、動かないで!あなた達はおしまいよ!」

シロはヴィトラの首を両手で掴んで持ち上げ、地面に叩きつけた。シロが力を入れた瞬間、猿ぐつわが噛み砕かれた。

ポシェットから本を取り出し、ページを開きながらクロのもとへ走り出す。

「万物よ凍りつけ。空間よ捻じ曲がれ。テレ…」

イグニスは手刀をクロの首に叩きつけ気絶させると、ヴィトラに目で合図を送った。立ち上がり、剣を拾って構える。

烈火大剣フレイムバーン

シロは急いでページをめくる。

「我が剣よ轟け、敵を討て。轟斬撃剣エクセス

ポシェットから鉛筆を取り出すと、それはみるみる一本の剣となった。シロはグリップを両手で握りしめると頭上に振り上げた。

イグニスは攻撃をやめ、刃を横に伸ばし顔の前に持ち上げた。

ダン!」

シロは力のまま剣を振り下ろす。イグニスは刃でシロの剣を受け止める。

――ガチン

シロのあまりの力に、イグニスの足元の地面が崩れ、ゆっくりと足が沈んでいく。

シロはもう一度剣を振り上げ、全体重を乗せて振り下ろした。

――ガチン

イグニスの足元を中心に半径2メートル以内の地面が衝撃により凹んだ。イグニスは手の力が抜け、剣を足元に落とした。足は地面に埋まって身動きができない。

シロの剣は鉛筆に戻った。

「すいません!今は捕まるわけにはいかないので!」

シロはヴィトラに腹を抱えられぐったりとしているクロのもとへ走る。

「クロさんを返して下さい!」

ヴィトラは弓を構える。

――大丈夫。私も一等騎士なんだから。

ヴィトラの足は震えていた。

「クロさん!」

シロは叫んだ。ヴィトラが矢を放つ。矢はシロの顔の真横を抜けた。

――外したッ…!?

「…シロ…?」

クロは目を覚ますとゆっくりと左腕を前に伸ばした。

シロは右手でクロの腕を掴むと自らの方へと抱き寄せた。ヴィトラの手がクロから離れる。

瞬間移動テレポーテーション!」

最後にシロの声が聞こえると、イグニスとヴィトラの前にシロとクロの姿はなかった。


「イグニス」

ヴィトラは名を呼ぶと右手を差し出した。

「足が埋まっているんでしょ。掴まって」

「あ、ああ…」

イグニスはヴィトラの手を取った。なんとか足が抜けた。

「しかし、ひどい有り様ね」

ヴィトラは周囲の窪みを見回しながら呟いた。

「5、60センチは沈んでいるわよ」

「白い方は、押さえたんだ。勝てたんだよ。なのに何だよ、あの黒い奴。とんでもねぇ力だった。おい…あいつはスキルを使わないんじゃなかったのかよ」

「少なくとも今の私には何も見えなかった。多分、さっきの二つのスキルの発動元はあの本ね」

「とんでもねぇスキルの書かれた本とそれを使いこなす少女。それが複数スキルの使い手の正体…」

「とりあえず、報告しないとね」


シロとクロは森の中の池のほとりに寝転がっていた。

「うぅ…クロさん…?大丈夫ですか…?」

「ええ。なんとかね。お陰で助かったわ。ありがとう、シロ」

「そんなお礼なんて。クロさんが無事でよかったです」

そう言ってシロは手元の本を見つめた。

――正直、呪文を読み上げてからスキルを発動させるのにラグがあっても大丈夫かは賭けだった。そっか、こんなこともできちゃうのか。

「さてと」

クロが立ち上がった。

「ここ…どこ…?」


〈神判の日〉まで残り363日

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