第36話 救世主

〔これまでのあらすじ〕

オシリスの羊シロ、魔王の娘クロ、誘拐された妻を探すアラクネ族の末裔パウク、死を偽装して自由になった元騎士イグニス、彼を慕う元騎士ヴィトラ、そして2人目のオシリスの羊ミヅイゥ。6人の世界を救う旅は続く。

リュポクスの海にて魚人族の王の娘を救ったシロは御礼に魚人族の宮殿、水渧宮に招待されたのであった。


三叉戟ネイトスは格子を突き破りアミラルネの手に渡った。

「それは…?」

言われるがまま牢の奥でアミラルネを見ていたシロが尋ねる。

「これは三叉戟。王の証。チニォユ族最強の武器」

そう言うと天井に戟を突き上げた。ヴァルツェオン全体に高電圧の電流が流れて全ての機器がショートする。


シロとアミラルネのいる牢の直上にあるヴァルツェオンのコックピットは騒然としていた。

「ボス!やられました。何も動きません」

「これが三叉戟の力か。…チニォユの小娘め!」


アミラルネは振り返りシロに手を差し伸べた。

「妾の手を取って。行きましょう。シロ」

シロは頷くとアミラルネの手を取った。

三叉戟により2人の体が浮く。そのまま牢を抜け出すと上昇し前後反転。ヴァルツェオンに向き直った。

アミラルネが右手に握る戟を縦に一振りするとヴァルツェオンは真っ二つに切断された。砲門のガスボンベに亀裂が走り大爆発する。

それを見届けたアミラルネはシロを建物の屋上に降ろす。

「残りを片付けてくる。シロ、ここで見ていて」

そう言うとアミラルネは通りにいるアドフの兵士の頭上に立つ。

「奴を殺せば勝利は目前だ!撃ち方始メエエエッッ!」

ヴァルツェオンの残骸からアドフ族のボスと呼ばれた男、アーデルが号令をかける。

アミラルネへの発砲が始まる。

三叉戟ネイトス完全解放オールリミッターバースト

三叉の戟先から耐水シールドの上端まで放電する。

アミラルネの生体パーツに流れる血は三叉戟に王の証を示し、その効力により機械パーツと連結している神経回路に電気が走る。

アミラルネの意識は光の速さで身体中を駆け巡る。

戟先がアドフの兵士に向けられる。放たれた閃光が彼らの身を焼く。

シロはその姿を屋上で見届けていた。

――アミラルネさん…。

また一人アドフ族の兵士が死ぬ。

シロはアミラルネの信じる正義を知っていた。それが自らの正義と違うことを知っていた。そしてシロはそれを止める力を持ちえなかった。

「あはははははは。あははははは!」

アミラルネは恍惚な表情を浮かべて笑う。

「今の妾なら何でも出来る。死ね!死ぬがいい。アドフのカス共が!」

また一人死ぬ。

――アミラルネさん…!

シロは階段に向かって走り出した。


三叉戟を手放して落下したフェイクをパウクは糸の網でで受け止めた。

「わたし…は…」

「悪いが拘束させてもらう」

「あなたは…ふっ、私の罠を抜け出したのね。殺さなくて…いいの?」

パウクはフェイクを糸で縛った。

「どうやら君達魚人族は命の価値を軽視しているようだ。そんなに簡単に奪っていいものではないのだよ」

「この糸…あなたアラクネ族ね。簡単に無くなるわよ。命なんてものは」

「うむ…。知っているさ。拙者だって経験はある」

パウクはラドロンティ族の森での戦いを思い出した。

「だからせめて、生きてもいい命は奪いたくない」

「私はチニォユ族の人を殺したのに?」

「そうよ」

そこにクロとミヅイゥとヒナがやってきた。

「チニォユ族とアドフ族はまだやり直せる」

クロはキッパリと言い切った。

「何を根拠に?」

「あなた達は同じ魚人族じゃない。例え体の造りが違うとしても、考え方が違うとしても、それで十分でしょう?」

「じゃあ…」

フェイクは呟くように言った。

「お願い。兄さんを、アーデルを助けて」

「お兄さんを?」

「そう。あの人がアドフの王。今はヴァルツェオンの中にいる」

「ヴァルツェオンって、あの巨大な?」

フェイクは頷いた。

「おおい!逃げろ!このままじゃ巻き込まれる!」

通りの奥からイグニスとヴィトラが走ってやってきた。その背後では未だ閃光が煌めいていた。

「クロ。さっきの機械の中にシロが!」

「そんな。だって…爆発したじゃない」

「ふん、何が十分よ。今でもチニォユの王女様は私達の仲間を殺しているじゃない」

「私達の目的は三叉戟の奪還と再収納だった。それはまだ変わってない。アミラルネをやめさせないと。パウク、イグニス、まだいける?」

「やるしかないだろ。な?」

「うむ。拙者はもう一度糸で奪えるかやってみる」

「分かった。じゃあ俺はアミラルネさんを誘導する。パウクはどこか別の場所から狙ってくれ」

「心得た」

「さて、ヴィトラ。私たちはヴァルツェオンまで走るわよ」

フェイクが目を丸くする。

「アーデルがいれば魚人族での会談ができるのよね?」

「は、はい。必ず」

フェイクは再び頷いた。

「だったらやってやろうじゃないの」

一方でアミラルネは戟の先に光の玉を生成していた。

「一度全てをバラバラにする。そして妾が作り直す」

アミラルネがアドフ族の兵士目掛けて光球を放とうとした時だった。シロが兵士の前で両腕を広げて立ち塞がったのは。

「アミラルネさん!もうやめて!」

「シロ…」

アミラルネの両目から涙が溢れる。

「たすけて」

「もちろん!」

アミラルネがシロ目掛けて光球を放つ。

「シロ!」

クロがその名を叫ぶ。

轟斬撃剣エクセスッッ!」

シロは両手で柄を握り締め剣を振り下ろす。光球を縦に真っ二つに割った。

三叉戟を持ったアミラルネがシロの前に降り立つ。アミラルネは戟を振った。シロはそれを剣で受け止める。

「アミラルネさん!もういいよ」

シロが語りかける。アミラルネは肘を曲げて反対側から斬りかかる。シロはその攻撃も受け止める。

「もうあなたが戦う必要はない。苦しむ必要もない」

「イヤアアアアアア…。アドフハ…コロサナイト!!」

アミラルネは振り技と突きを繰り返す。シロは振り技を受け止め突きを避けた。

「アミラルネさん」

突きの瞬間、戟を左手で掴むと力いっぱい引いた。

剣を振り払い、右手でアミラルネの背中を支えると左手でそのまま三叉戟を奪った。

シロは三叉戟をその場にそっと置く。

「シロ…ごめん」

シロは倒れるアミラルネを抱きしめる。

「ありがとうでいいよ」

「…ありがとう」

クロ、パウク、イグニス、ヴィトラ、ミヅイゥ、ヒナ、フェイクの7人はシロとアミラルネの対決を見届けていた。

「シロ…よかった」

クロはほっと息を吐く。

「クロ殿、アーデル殿を助けにいこう」

「そうね。こっちは私たちで片付けましょう」


アーデルはアドフの兵士らと共にヴァルツェオンの残骸の中から発見された。

「あなたがこの件の首謀者、アーデルね」

「そうだと言ったら?」

「あなたの妹が待っている。大人しく従ってもらおうかしら」

「…分かった」



アドフ族が敗北してから数百年が経ち、ようやく王の血を継ぐ男子が生まれた。それが僕だ。

周りからはいつも救世主と呼ばれていた。お前がアドフを救うんだと、そう望まれてきた。

母は妹を産んで死んだ。僕が3つの時だった。

婿養子だった父に王位継承権はなかった。僕は3歳で王になった。

父は散っていたアドフ族をまとめ上げた立派な兵士だった。数々の勲章を受けても父は常に物腰が低かった。

父は僕の憧れだった。でも僕には父の血を引くことができなかった。技能試験のあの日の父の一瞬の落胆の顔を僕は見逃さなかった。僕にはそれが忘れられなかった。

僕は救世主でもなんでもなかった。ただ女王の息子として生まれただけの他に何の取り柄もない男だった。

しかしようやく一つになったアドフ族には象徴が必要だった。僕はその象徴の役を押し付けられたにすぎなかった。僕は象徴になるしかなかった。誰しも本心を隠して生きるものだ。そう納得するしかなかった。

王として父を戦地に向かわせた。帰ってくると、周りの大人の言う通りに褒美を与えた。

屈辱だった。旧来の憧れだった父に敬われることは。

そして父も死んだ。僕は王であり兵の頭となった。

ろくな戦果も残せなかった僕は宣言するしかなかった。チニォユ族を殲滅すると。

そう宣言しろと、言われた。

チニォユ族とアドフ族の歴史は長い。元々は魚人族という一つの種だった。ある時魚人族の住む海で大量絶滅が起こった。その原因が魔王によるものだという噂がまことしやかに囁かれた。

そして魔王は弐天鉾を使って魚人族を滅ぼすつもりだということが判明した。我々魚人族は魔王から弐天鉾を奪う算段を立てた。

計画は成功した。弐天鉾は我らの手に渡った。弐天鉾は強大な力を秘めていた。ある時魚人族の科学者の集団が弐天鉾を研究したいと言い出した。

科学者らは弐天鉾から放たれる無尽蔵のエネルギーの可能性を指摘した。そしてそれを悪用しようとする連中が現れた。それがチニォユ族だ。奴らは弐天鉾をエネルギー源として地上を侵略する兵器の開発を始めた。そのテストタイプ一号がヴァルツェオン。兵器はすでに完成している。その名も大陸蹂躙兵器エレンザヴァルス。

暴虐の限りを尽くさんとするチニォユ族に敵対するために立ち上がったのが、我らアドフ族。

しかし抵抗は無意味だった。圧倒的な戦力を持ったチニォユ族は勝利を得て魚人族そのものを呼称した。アドフ族は遠くの海で離散した。何百年も暗い海の底で争いを続けていた。

父はそんなアドフ族を平定したのだ。

その歴史の中で僕が生まれた。だから僕は救世主にならなくてはいけない。救世主としてアドフ族を、真の魚人族を救わなくちゃいけないんだ。なぜなら僕は救世主になるためだけに生まれてきたのだから…。


「イルマト…」

アーデルは妹の名を呼び、膝から崩れ落ちた。

「兄さん、もういいよ。もう終わりにしよう」

アーデルは項垂れた首を振る。

「ダメだ。僕は救世主にならなくちゃ」

「負けたんだよ。私達は、アドフ族は」

「違う…!まだ負けていない。俺は死んでいない。イルマト、作戦が違うだろう。三叉戟はどうした?何故チニォユの王女が持っているんだ…」

「兄さん…」

イルマトの涙声にアーデルは顔を上げる。

「違う…。すまない。こんなつもりでは。イルマトはよくやった。巻き込んですまない。もう逃げろ。後は俺が」

アーデルは再びうつむく。イルマトはアーデルの肩を掴む。

「もういいんだってば。お兄ちゃん。三叉戟は奪われた。ヴァルツェオンは壊された。もう勝てっこないよ。諦めようよ」

「ダメだ。それだけは許されない。ここで諦めるのは。許してくれない。歴史が。父さんが。また失望されてしまう。父さんに。またあの顔をされてしまう」

「私知ってるよ。お兄ちゃんは優しいから、色々な人のこと考えちゃうんだよね。思ってもいないことまで推測してそうだと決めつけちゃう癖があるよね。私は巻き込まれたなんて思ってない。王の血を継ぐ者としてチニォユ族を滅ぼそうとした。でも負けちゃった。ねぇお兄ちゃん。いつも私のわがままを聞いてくれてありがとう。だから今回も、私のわがままを聞いてくれないかな?」

「そしたらアドフはお終いだ。未来がなくなってしまう」

「聞いて。さっきヒナさんが言ってたんだけど、大王ゲガンゲンは和平の道を模索するつもりだって」

「そう…なのか?」

「そうよ。アドフはお終いなんかじゃない。チニォユの仲直りして再び魚人族としてやり直すの。とんでもない快挙だよ。お兄ちゃん。お父さんもお母さんも喜ぶよ」

「そう…なのか?」

アーデルはゆっくりと顔を上げる。

「争いで死ぬ必要なんてない。お兄ちゃんまで私のそばからいなくならないで。一緒に生きようよ」

イルマトがついに涙を流す。つられてアーデルも涙が溢れる。

「ああ、ああ。ごめんなイルマト。生きよう。一緒に生きよう。僕も…生きたい」

――ズシャ

真っ直ぐ飛んだ三叉戟はアーデルとイルマトの胸を貫いた。

「イルマト?イルマトッ…」

それがアーデルの最後の言葉だった。アーデル・アドフ、享年十六。イルマト・アドフ、享年十三。

三叉戟の投げられた先に目をやると、そこには目を覚ましたばかりのアミラルネがいた。

「敵の王は死んだ。これでようやく、長年の因縁に決着がついた」

彼女は王女アミラルネ・チニォユ。彼女の言葉に逆らえる者はいなかった。

クロはゲガンゲンの言葉を思い出した。

――これが…情を捨て、大義を成す者なのね。

シロはアミラルネの背を見つめていた。



その後、生き残ったアドフ族の残党は逮捕された。未だ刑は確定しておらず、牢の中で日々を過ごしていた。

そして水渧宮の街の再建が始まった。

一時危篤状態にまで陥った大王ゲガンゲンだったが、無事に一命を取り留めた。

カニに生体情報をコピーしていたヒナには新たなボディが与えられた。

一連の事態の終結を見届けたシロクロ一行は水渧宮を後にする時がきた。

「シロ。色々ありがとうございました。あなたはやはり魚人族の救世主ですわ」

「いやそんな。むしろ私は何もしてませんし…」

「そう気を落とさないでくださいまし。あなたがいるだけで救われる者もいるのですよ」

「えへへ、ならいいんですけどね」

アミラルネはシロに抱きついた。

「離れるのが寂しいですわ。ずっとここにいてもよろしいのですよ?」

「ありがとうございます。私にもやるべきことがありますから」

「はい。応援していますわ。またいつでもいらしてくださいね」

「はい。必ず!」

シロから離れるとクロと握手を交わす。

「貴方も。いつでもお待ちしていますわ」

「ええ。復興の様子でも見に来るわ」

アミラルネは手を引いてクロを引き寄せると耳元に囁いた。

「シロのこと、どうするのか決心はついた?」

クロは目を丸くする。

「聞いていたの?」

「機械の体を甘く見ちゃダメよ」

「…ゲガンゲンさんの言葉とあなたの姿を見て気づいたの。ぬるいことはしていられないって。私はこの世界を救わなくちゃいけないんだから」

「そう。じゃあ決めたのね」

「ええ。オシリスの羊だろうが何だろうが、大義の為に使えるものは使うまでよ」

「よかった。シロの隣は空けておいてよね」

「まずあなたは魚人族のことを何とかしなさい。これは魔王の娘からの命令よ」

「ええ。承知致しましたわ。魔王様」

「2人で何話してるんですか?」

シロが話しかけるとクロとアミラルネは背筋を伸ばしてニコニコと笑った。

「「秘密」」

「えー教えてくださいよー」

「ミヅイゥさん、本当にお世話になりました。ありがとうございました」

ヒナは深々と頭を下げた。

「うむ。気にするな。たのしかったぞ」

「ええ。私めもでございます。何かあったら是非頼って下さいね。

「ありがとう」

「一件落着…でいいのよね?」

ヴィトラはイグニスとパウクに尋ねる。

「ああ。あれは俺達の問題じゃない」

「拙者達の目的はあくまでシロ殿とアミラルネ殿の救出。そして三叉戟の奪還だった」

「だよな。仕方なかったんだ」

「うむ…」

ヒナと話していたミヅイゥが突如身震いをした。

――なんだ、いまの?

「…?どうかされましたか?」

「いや大丈夫。なんでもない」


「それでは皆様お元気で」

アミラルネとヒナ、そして大勢の腰元が深々と頭を下げた。

シロ、クロ、パウク、イグニス、ヴィトラ、ミヅイゥの6人を乗せた機械式のカメがゆっくりと動きだす。

「また会いましょう~!」

6人は手を振って別れた。

そしてリュポクスの海岸へと戻ってきた。

「なんだかどっと疲れたな」

「そうね。今晩は宿で明かしましょうか」

「待って。そういえばシロ、街の人達に追われていなかった?」

「あ!そうでした。どうしましょう…」

「…パウク」

ミヅイゥがパウクの腕に触れた。

「む?どうしたミヅイゥ」

「…きもちわるい」

「…!」

パウクは5人を糸で繋げた。瞬間、6人はリュポクスの海岸から姿を消した。

次の瞬間、小高い丘の上に6人はいた。

「ミヅイゥのスキルか。急に来たわね」

「おさえられなかった」

「しょうがないわ。みんないるわよね」

クロは辺りを見回す。しっかりと全員がその場にいた。

「どうしたの?」

シロが一点を見つめて固まっている。

「クロさん…あれを」

シロが見つめている先を指差した。

「何…あれ…」

「私この場所知っています。おつかいで通ったことがあって。あそこ、レニカの街ですよ」

シロの指差す先で、空が真っ赤に燃えていた。


〈神判の日〉まで残り186日

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