第3話 弱肉強食の世界で
〔これまでのあらすじ〕
世界の終焉、〈神判の日〉まで残り1年。魔族の娘であるクロは世界を救う鍵となるオシリスの羊という存在の少女シロと出会う。クロを助ける為に騎士を殺したシロは、その罪を償う為にもクロと共に世界を救う旅に出たのであった。
二人は家からの一本道を歩いていた。
「とりあえずは必需品を集めないとね。食べ物とか」
「え、私に会う前まではどうしていたんですか?」
「その時はまだ人魔境界線の向こう側だったから、身分さえ打ち明ければ助けてくれたのよ」
「あぁ、なるほど…って、え?そんな遠くから飛ばされてきたんですか?」
「先導石がそんな優秀なわけないじゃない。反応があったのはシロの近くよ。この道も通ったし」
「あ、そうなんですね。でもなんでキタブ堂の方向に?街に出た方が情報とか、集められやすかったんじゃないですか?」
「その時はお腹空いてて。手頃な人がいたら食べちゃいそうだったから」
シロは身構えた。
「冗談よ。それに、万が一人を食べることがあったとしても、オシリスの羊を食べるほど馬鹿じゃないわ」
「人には殺しをするなとか言うくせに、よくそんなこと言えますね」
「あなたたち人族も牛や豚を殺して食べるでしょ?それと同じよ」
やはり"血"なのだなとシロは思った。
「でも実際お腹は空いてるわね」
「私もです。この先のレニカの街で休憩したりなんだりしましょう。私がよくお使いに来ているところですから、何でも分かりますよ」
「そう。じゃあ任せるわ」
そして二人はレニカの街に到着した。
「なんだか暗いところね」
クロの言う通り、通りにもあまり人の往来はなく、全体的に閑散としていた。
「いつ魔族が襲いに来るか分からないですから、住民も気が立っているんですよ。ところで何を食べたいですか?」
「そうね、やっぱりお肉食べたいけど、売ってたりするの?」
「肉ですか。まぁあることはありますけど…」
「…?じゃあそれにするわ」
「分かりました。こっちです」
二人は路地の中の一軒の店に入った。
その店は酒場だった。ガタイのいい野郎共が日が落ちる前から酒をかっくらっていた。
二人はちょうど空いていた二人の用のテーブル席に腰掛けた。
「すいませーん」
シロが店員を呼ぶ。
「注文は?」
体中傷だらけの店員が紙と筆を持ってやってきた。
「ノームの盛り合わせとゴブリン酒二つずつ。以上で」
店員はメモを取ると何も言わずに厨房に消えた。
「変わった名前の品ね。魔族がそこまで恨まれてるなんて」
「…?変わっているっていうかそのままですけど」
「そのままって?」
「いやだから、ノームの肉の盛り合わせとゴブリンをアルコールに漬けて熟成させて作る酒ですよ」
「え、な、え…え?魔物を食べるの?」
「まぁ魔物だって人を食べるじゃないですか。それにわざわざ養殖とかはしないですよ?生け取りにできた個体だけを使ってますから。ここは騎士御用達の酒場なんです。以前ファミアさんに連れて来られたんですけど、味は絶品ですよ」
「そう…」
クロは俯いた。
「そろそろ宿も取らないとですね。先に行けばよかったかな」
シロが一人で呟いていると、カウンター席に座っていた男が大声を上げた。
「アイツらだ!騎士殺し!」
シロは声の方を見ると、男と目が合い、指先が自分に向いていることに気づいた。
「あっ…」
シロの顔面から一気に血の気が引いた。店中から、シロを睨みつける強い眼力を感じた。
クロは立ち上がり、テーブルの上に銀貨2枚を叩きつけるとシロの手を取った。
「行くわよ!」
シロも立ち上がり、店の入口へと走る。だが二人は背後からそれぞれ髪を掴まれると、両側へと投げ飛ばされた。
壁に激突し、テーブルの上に落ちる。飛び跳ねた料理が服にシミを作った。
「白い髪の方は魔族だ。気をつけろ」
男が再び叫んだ。
クロは二人の男に両手足を掴まれる。
「どうする?殺っちまうか?」
そう言ってもう一人の男が肉を切り分ける為のナイフを手に取った。
「やめて!殺したのは私よ!その子は関係ない!」
テーブルの上に首を男の太い腕で拘束されたシロは叫んだ。
シロは口の中にパイを詰められ、男の手で口を塞がれた。
「その辺にしておけ」
カウンターの端の席に座っていた男が立ち上がった。
「「「隊長」」」
「いらっしゃったのですか」
「まあな。とりあえずはその二人を気絶させろ」
「「へい」」
クロとシロを押さえていた騎士が頭を持ち上げ、テーブルに後頭部を叩きつけた。二人は気を失った。
「さて、テリルの旦那」
レニカ騎士隊隊長カピタノは、騒ぎを起こした木こりの男テリルの横に座った。
「マスター、彼に一杯」
「はいよ」
カピタノは一度グラスを傾けると口を開いた。
「詳しく話を聞かせてもらおうか?」
「あ、ああ。今日は仕事の依頼を受けて丘の奥にまで出向いたんだ。その帰り道の途中で警戒弾の煙幕を見た。様子を見に行ってみたら、そこにいる女二人と六人の騎士が何やら言い争っていた。騎士達はその白髪の女を連行しようとしていた。それに黒髪の女が抵抗した。そしたらどうだい、白髪の女がスキルで騎士達を撃ち抜いちまった。アンタらも聞いただろ、昼過ぎの轟音を。ありゃ、あの女のせいよ」
言い終えると、テリルは出された酒を飲み干した。
「なるほど」
カピタノは話を聞いていた騎士達の方を見た。
「白髪の女は拘束後本部に送る。見たところ、擬態の魔術を使う個体だろう。これはかなり珍しい。黒髪の女は牢に監禁だ。目が覚め次第、尋問を行う。ここに二等の者は…いた。アシミラ、君が輸送の指揮を取れ」
「承知しました」
カピタノは自身の右手側にいる騎士を指差した。
「ここにいる者だけで片付けるぞ。お前達は俺に続け」
続いて左手側を指差す。
「お前達はアシミラの指示に従え。では各自、行動開始」
「「「ハッ」」」
「ランボラとロボルは車の手配だ。女を運ぶぞ」
アシミラはすぐさま命令を下し始めた。
カピタノはマスターに向き直る。
「すまない、迷惑をかけたな。これで勘弁してくれ」
カピタノは金貨三枚をそっと置いた。
「ごちそうさん」
シロは目を覚ますと牢の中にいた。首輪がはめられ、そこから伸びる鎖の先端は壁に固定されていた。
シロは頭をおさえた。まだ痛みが続いていた。そしてポシェットが無くなっていることに気づいた。
「お目覚めかな。小さな犯罪者よ」
シロは声のする方に向いた。鉄格子の先に、カピタノがいた。
「私はカピタノ。レニカ騎士団の団長をしている。要件は一つ。君に聞きたいことがある」
「なんですか、要件って」
シロはカピタノの目を睨んだ。
「そんな目で見ないでくれよ。君が私の部下を殺したんじゃないか。6人も」
「それは…」
「事実なんだな?」
「……」
「お前は人を6人殺した。そうだな?」
カピタノは鉄格子を握りしめ、顔面を押し付けて問いただした。
「…はい」
シロはゆっくりと頷いた。
「何故、そんなことをした?」
「その…えっと、友達…を助ける為です」
「魔族の友達か?」
「……」
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったな。君、名前は?」
「シロです」
「シロ…なんだ?」
「それだけです。苗字はありません」
「そうか。シロ。教えてくれ。これは秩序と安全に関わることなんだ。君の友達は、魔族か?」
「……」
「だんまりか。なるほど、では本人に直接聞くほかあるまいな」
「なっ、一体何を?」
「それは言えん。まあ口を割らないなら、いわゆる拷問ってやつを施さなくちゃならんが」
「拷問…」
果たしてクロは耐えられるだろうか。
そんな考えが脳裏に浮かんだ。シロは続けて考えた。
耐えることができればそれでいいのか?苦しめていいのか?しかしクロの秘密を勝手にバラしてもいいのか?
「分かった。最後の選択肢をあげよう。君を尋問の標的にする。それでどうだ?」
それなら、私が耐えればいいだけの話。シロはそう思った。
「分かりました」
「よろしい。トルトラルの薬を持ってこい」
カピタノは大声を上げた。
馬車の車輪が小石に乗り上げた衝撃でクロは目を覚ました。
「ここは…」
暗い。とにかく何も見えない。そして手足を拘束されている。床が酷く揺れている。私は連れ去られた?
クロが首を動かすと、喉元に槍先が迫った。
「動くんじゃねぇ。バケモノめ」
「あら、口は塞がなくていいのかしら?」
「必要ない。ここは人界だ。泣きじゃくったって助けはこねぇよ」
別の声。ここに二人いることは確定した。
「私をどうするつもり?」
「それは上次第だ。俺達は運ぶまでが任務」
「どこへ?」
「地獄だよ」
三人目。人界に来る前に色々と本で読んだが、馬車の大きさ的に三人が限度だろう。声の方向から大体の位置を掴んだ。
クロは口をモグモグさせると、犬歯が伸び槍の柄と穂の境目を噛み砕いた。同時に指の力を緩め、伸びた爪で手を縛る縄を切った。
そしてただの木の棒となった柄を引くと、騎士がクロの上に覆い被さるように倒れた。その騎士の腹に左拳を押し込むと騎士は腹を抱えて苦しんだ。
クロは気づいた。騎士は鎧を着ていなかった。
「警戒する必要もなかったわね」
クロは柄を頭頂の方にいるであろう騎士の方向へ突いた。
柄の先は騎士の胸に命中し、そのまま壁まで押しつけた。
次の瞬間、柄を握っていない左手で体を浮かせ、足先から襲いかかる騎士を両足で蹴り飛ばした。
「ふう」
クロは一息つくと足首を縛る縄を爪で切った。そしてその間に起き上がった騎士の額を柄の先で鋭く突いた。騎士は倒れた。
後頭部を打って流血した騎士がいたのか、車内に血の匂いが漂い始めた。突然、クロのお腹が鳴った。クロはお腹を抱えた。床にボタボタと唾液が垂れた。
クロは一日何も食べていなかった。人族の血の匂いがクロの本能を刺激した。
「フーッ、フーッ、フーッ」
段々と息が荒くなっていく。シロに殺しを咎めた自分が、その殺しをするのか?クロの理性と本能が戦っていた。
「これを飲んだ者は自意識を保てなくなり、命令に従順になる」
シロは液状のトルトラルの薬を飲まされた。シロは次第に頭がぼんやりしていく感覚に陥った。
「答えろ。クロは魔族か?」
シロは歯を食いしばった。
「答えろ。クロは魔族か?」
カピタノは繰り返した。
「答えろ。クロは魔族か?」
口の力が緩む。半開きの状態になった。目がトロンとなる。
「答えろ。クロは魔族か?」
「…はい」
「使用する魔法は?」
「…私のポシェットの…中の…紅色の表紙の本に」
「書いてあるのか?」
「はい」
「こいつの荷物を持ってこい」
カピタノは傍の騎士に命じた。ポシェットはすぐに用意された。
「紅色の本…これか?」
カピタノは本をシロに見せた。シロは頷いた。
「後ろから16ページ目…」
カピタノはそのページを開いた。
「なんて書いてあるんだ」
「見せて…下さい」
カピタノはページを見せた。シロは一つの呪文を唱えた。
「磁力よ…我が意
虹彩の縁が赤く輝く。シロがスキルを発動すると、カピタノは鉄格子に叩きつけられた。
「貴様…何を…」
「これは私が望む物に引力と斥力を与えるスキルです。例えばこのように」
シロが手を伸ばすと、シロのポシェットを持っていた兵士が廊下へと飛ばされ、逆にポシェットがシロの手元に寄ってきた。そして首輪を縦に指でなぞると輪の両側に斥力が働き、シロの首から外れた。シロは牢から脱出した。立ち塞がる騎士も、飛んでくる矢も全て斥力により弾き飛ばされた。
レニカ騎士団本部を抜け出したシロは再び本を取り出した。日はすでに落ち、辺りは真っ暗である。月明かりの下でページをめくる。
「我が欲すものよ。位置を示せ。
虹彩の縁が赤く輝く。石畳の路上に矢印が浮かび上がる。シロはさらにページをめくる。
「同時使用したことないけど大丈夫かな…。とにかくやってみよう。我が脚は稲妻が火を打つが如く。
虹彩の縁が赤く輝く。シロは目に映る赤い矢印に従い、地面を蹴った。一秒間に約10m進んだ。
クロは座り込み、槍の柄を真一文字に咥えていた。そしてシロのことを考え続けていた。
シロ…お願い…来て。私は…もう…。
「クロさーん」
微かだが、確かに聞こえた。自分の名を呼ぶシロの声が。
「やっ」
シロは馬車の荷車に後方から飛びかかった。加工され強度が増しているとはいえ、木造の扉は簡単に破れた。
上手く着地できず、荷車の床を転がるシロ。
「あはは…なんかカッコつかないですね。クロさん。助けに来ましたよ」
「シロ…」
クロは立ち上がり、手を差し伸べた。シロはその手を掴んで立ち上がった。クロはその拍子にシロを抱きしめた。
「ありがとう」
「この人たち…」
シロは気絶した騎士を見つけた。
「危うく食べちゃうところだったよ」
「私も誰も殺していません。とっとと離れた方が良さそうですね」
シロはクロを背負った。
「しっかり掴まってて下さいね」
シロは馬車と反対方向に走り出した。
「あのね…シロ…」
クロはか細くシロの名を呼んだ。
「どうしました?」
「私ね…人を、食べたことがないの」
「え?」
「家族は並べられた肉を美味しそうに貪っていたのに、私にはこれが人の肉だと思うと、どうしても食べられなかったのよ」
「なら…なおのこと食べる前に助けられてよかったです」
シロは前を見ながら言った。
「一度魔界に入りましょう。今はそっちの方が安全だわ」
「私、食べられませんかね」
「安心しなさい。私は魔王の娘よ」
シロは人魔境界線を飛び越えた。
「とりあえず、どこかで休憩しましょう。洞窟とかあればいいんですけど」
二人は山道を進み、途中で見つけた崖の窪みの中へ入った。
少し進んだところで行き止まりになっており、そこでシロはクロを下ろした。幸いにも魔族はいなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「ごめんねシロ。今何か食べる物を採ってくるから」
「シロさん」
シロはクロの袖を摘んだ。
「どうしたの?」
「約束しましょう。この先、人も魔物も食べないって。奪っていい命なんて、ないんですもん…ね…」
「そうね。シロ。そうしましょう」
シロは右手の小指を差し出した。
「約束の印です。指切りって言うんですよ」
「知ってるわ」
二人の小指が交わった。
シロは笑った。そして倒れた。
「シロ!?」
クロは慌てて背中に手を回し、シロを抱き起こした。
「シロ!しっかりして!シロ!」
〈神判の日〉まで残り364日
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