第10話 セントプリオースにて

〔これまでのあらすじ〕

世界の終焉、〈神判の日〉まで残り1年。魔族の娘であるクロは世界を救う鍵となるオシリスの羊という存在の少女シロと出会う。クロを助ける為に騎士を殺したシロは、その罪を償う為にもクロと共に世界を救う旅に出たのであった。


話はシロとクロに逃げられた直後に遡る。

遠征する騎士達の行動を把握する為、騎士団が開発した遠距離連絡用の巻物、それをヴィトラは広げた。

「なんて書く?」

「目標と接触。交戦の末、捕獲に失敗。複数のスキルの使い手の正体は、様々のスキルが書かれた本を使いこなす少女。使用スキルは…」

轟斬撃剣エクセス瞬間移動テレポーテーションね」

「そうだ。あとは白髪のことも書いておけ」

「そうね。肉弾戦を行う魔物。武器は見受けられなかった。魔術解析サピテリアの結果、使用魔法は贄目願就ヴァイシオンと」

「この後はどうするんだ?二人を追うのか?」

「馬鹿言わないで。どこにいるかも分からないんだし、第一見つけたところで捕まえられらの?」

「そうだ。それが問題だ。だから修行する」

「修行?」

「北の地に、炎のスキルの使い手がいる。かなりの熟練者だ。その人に稽古をつけてもらう」

「北って、どこまで行くつもりよ」

「セントプリオース」

「待ってよ北門から人界に入るってこと?」

「問題あるか?」

「本部に戻るのには相当遠回りよ。まあいいわ、帰還命令が出たら切り上げるからね?」

「分かってますよ。それくらい」


その後二人は一週間をかけてセントプリオースに到着した。

「なんだか騒がしいな」

「そろそろお祭りの時期だからかしら」

「祭り?」

「ええ。年に一度の大輪祭。セントプリオースは桜の巨木で有名じゃない」

「そうなのか。知らなかった。そんなことより修行だ。確か街外れの一軒家に住んでるって話だが」

イグニスは住民に聞き込みをし、炎スキルの使い手、ダスロの所在を特定した。

セントプリオースを挟むようにして位置する二つの崖。片方には桜の巨木が生育しており、その反対側にダスロの家はあった。

「一軒家といか…小屋じゃないの」

ヴィトラの言う通り小型の木造の平屋であった。

「ダスロさえいればいい」

イグニスは戸を叩いた。

「誰だ」

太い声がした。

「騎士団のイグニス・ヴォクユだ。ダスロに稽古をつけてもらいに来た」

ガラガラと音を立てて扉が横に開く。

「いかにもワシがダスロだ。貴様がヴォクユか。隠居の身でも噂は聞いている。その貴様が稽古だと?」

「俺はこの前、人生で初めて大敗を喫した。それも少女にだ。俺はまだまだ力不足だ。熟練のアンタからなら何か教わることができると思った」

「なるほど。敗北で向上心をたぎらせたか。よかろう。ワシを認めさせたら稽古をつけてやる」


こうしてダスロの稽古をかけた試験が始まった。

「向こうの崖の桜が見えるな?そこから花びらを一枚取ってこい。くれぐれも散ったものをだぞ。5分以内だ」

「3分で終わらせる」

イグニスは2分で帰ってきた。

「そこの岩を背に乗せて腕立て伏せだ。止まらずに千回」

ダスロは腰の高さまである大きな岩を指差した。

「こんなものどうやって背中に乗せる」

「頭を使え」

イグニスは片手で岩の底に隙間をあけるとうつ伏せのまま身を滑らせた。手を離すと岩の質量が背中にのしかかる。

「グッ…ふッ!」

イグニスはその姿勢から両腕を伸ばした。

「上がりさえすれば…後はッ…」

そのまま一定の間隔で腕を千回曲げ伸ばした。

「ほう。基礎体力はあるみたいだな。出てこい」

イグニスは岩の底から這い出てきた。

「これから日没まで剣を振り続けてもらう。利き腕は?」

「右だ」

「なら左腕だけを使え」

「…は?」

「イコゥ、縛れ」

「はーい」

ダスロに呼ばれたヴィトラは縄でイグニスの右腕と胴体を一体化させた。

「じゃ、頑張ってね」

それからイグニスは八時間剣を振った。

日が暮れると、ダスロも剣を下げて現れた。

「最後に一度だけ手合わせをしよう。もちろん左でな」

中段に構えた二人が向かい合う。

「打ってこい」

ダスロが言った。イグニスは一つ息を吐く。

烈火大剣フレイムバーン

火を噴く刀身の真っ直ぐな突き。ダスロはその攻撃を一振りで払った。イグニスの剣が宙を舞い、遠くに転がった。

「これで貴様は丸腰だ。容易く殺せる。最少年でギニラルになった?騎士団最強?笑わせる。肩書なんぞ戦場ではなんの意味もない。右腕を切り落とされたらどうする。孤立無援の状況で半日も剣を振れないようでどうする」

イグニスは歯を食いしばった。

「案ずるな。ワシの全てを叩き込んでやる。変わるぞ。イグニス・ヴォクユ」


ダスロの朝は早い。日の昇る前からイグニスは叩き起こされた。

「貴様は昨日何故自分が負けたか分かっているか?」

「何時間も体を動かしていたからだろう。疲れていたからだ」

「正解であり不正解だな。厳密には疲れる動きをしていたからだ」

「どういうことだ?」

「剣を振る時に腕の力を抜けという話はされただろうが、それではまだ甘い。剣とは腕で振るものではない。体で振るものだ」

イグニスが文句を言おうとしてすぐにダスロに遮られた。

「体験すれば分かる。今日は一日中打ち合うぞ」

突然ダスロが斬り掛かってきた。イグニスは慌てて刃を立てて斬撃を受け止める。

「そして一瞬たりとも気を抜いてはいけない。例え相手の頭をかち割った後でもな。このくらい基本のはずだが?」

ダスロの時代と比べ、新兵が前線に送られることが増えた昨今では技さえ確立すれば一丁前という指導のもと行われ、基本が疎かになっていることも否めなくはない。しかしそんな騎士団の事情などイグニスが知る由もまた、ない。

訓練時代のイグニスにあったのは賞賛と嫉妬。人よりも早く自らのスキルを習得した優越感。褒められ持ち上げられ、いつの間にか人類最強などという尾ひれがついた。

そんなイグニスにとってはダスロの叱責をただただ耐えるしかなかった。

「貴様の技、烈火大剣は文字通り剣を起点に火を放つ。ワシの技もそうだ。して炎属性のスキルの使い手と言えど、火を自然生成させたりましてや口から拭くなどできうる芸当ではない」

「何が言いたい」

「それだけ剣が大切と言うことよ。ほれ、ぼさっとせずに続けるぞ」

それから12日が経過した。



セントプリオースは朝を迎えた。

「おはようございます。パウクさん」

「うむ。元気になったようだな。許せるッ!」

三人は朝食の席に着いた。

「さてと、今日は街に出ましょう。色々調達する物があるし。人界の地図とか」

「あの、ずっと言おうと思っていたんですけど、クロさんの左目、やっぱりお医者様に診てもらった方がいいですよ」

「左目?」

パウクが尋ねる。クロは渋々垂れた前髪を持ち上げた。虹彩の縁が赤く染まっている。まるで赤いリングを目に埋め込まれているかのようだった。

「ある時からこうなってたの。シロと旅を始めた直後だったんだけどね」

「私が毒にやられてクロさんが薬草を採りに行った後ですよね」

「そう。目が覚めたらこうなってた」

「なるほど。確かに心配になる見た目だな。文字通り」

ということで3人はまず町医者に向かった。

「ふむ。私のスキルでは何も感応しませんな。お話を聞く限り確かに突発的で怪しいですが…。痛みや違和感はないのですよね?」

「はい。何もないです」

「でしたら一旦…様子見でもいいと思いますね。時々いるんですよ。瞳の色が変わるって人は。色素の量の変化に起因するんですけどね」

「じゃあそれってことなんですか?」

シロが医者に尋ねた。

「その可能性が高いかと。現状治療法や薬などはないので様子見、痛みが酷い場合は細菌の侵入が考えられ、最悪の場合は目の摘出となりますね」

「目の摘出…ッ!」

パウクは言葉だけで震え上がった。

「気になるようでしたら中央の病院に紹介状を出しますけれども、いかがされます?」

「今はまだ大丈夫です」

結局クロの症状がはっきりすることはなく、恐らく色素量の変化による虹彩の色変わりであり異変が出るまでは様子見ということになった。

「クロ殿がいいならいいが、無理は良くないぞ」

「そうですよ。何かあったら言ってくださいね」

「分かってるわよ。二人とも心配ありがとうね」

その後3人は物資の調達に向かった。

クロとパウクの言う通り、魔族の人界の知識は皆無に等しかった。以前までの記憶を失い、以降はレニカの街を出たことのないシロにとっても同様と言えた。故にオシリスの羊を探す為にもラドロンティ族を追跡する為にも人界の地図が必要不可欠なのである。

ということでセントプリオース最大の書店に入った。

「このお店で1番精度の高くて、できれば全ての街が記された地図が欲しいんですけど」

慎重を期す為、対人はシロの役目である。

「でしたらこちらになりますね」

店員は巻物を持ってきた。

「こちらの商品は測量技師が直々に作られたいわゆる原本となっております。最近は改悪品も目立ちますからね、その点信頼度はピカイチでございます。さらに騎士団の使用する位置特定加工が施されており、地図上にお客様の現在位置を示すこともできます」

価格は紙幣10枚。だいぶ値が張るが許容範囲内ではある。

「それ買います」

シロは丁度の代金を差し出した。


「へぇ、すごい。そんな機能があるのね」

セントプリオースに赤い点が落ちている地図にクロもパウクも興味津々であった。

「少し早いけどお昼にしようか」

昼食後3人はセントプリオースの店を見て回った。そしてシロとクロはオシリスの羊の、パウクはラドロンティ族の聞き込みを行ったが、何の成果も得られなかった。


事件はその日の夜に起きた。

宿から離れた店のテラス席で夕食をとっていたシロ、クロ、パウクの3人は甲高い悲鳴を聞いた。

目を合わせあう。

「ラドロンティ族かもしれん」

「そうね。行ってみましょう」

3人は店を出た。すでに人だかりが出来始めていて現場はすぐに見つかった。

「す、すいません」

人混みを掻き分けると男が倒れているのが見えた。シロは男の名を呼んだ。

「ギルマさん!」

倒れた宝石商の男の手には血のついたナイフが握られ、ぱっくり開いた首から溢れ出る血が地面に広がっていた。

「ナイフを持って…急にお店から飛び出してきたと思ったら…いきなりそれを振り始めて。それで落ち着くように声をかけていたら…奇声を上げながら…いきなり自分の喉に刃を当てて…それから!」

そこまで口にした宝石店の隣の店の店主はわんわん泣き始めた。

「はいはい道を開けて」

ガチャガチャと甲冑の擦れる音が近づいてきた。

「シロ。騎士団だわ。ここまでよ」

街駐在の騎士はその街の治安維持も仕事の一環である。

クロが耳元で囁いた。シロも頷いてクロに続くようにその場を離れた。

――そんなどうして…。ギルマさん。

「おい。落ち着け!どうしたんだ!」

シロがあれこれ考えていると背後からそんな声が聞こえた。直後に悲鳴。シロは振り返ると、逃げ惑う人々の間から剣を振り回す騎士の姿が見えた。

蜘蛛綾取ファデラーノ

すかさずパウクが糸を飛ばしてその騎士を縛る。

「キヤクシコナミトハサノミエナッッッ!!」

縛られた騎士が叫ぶ。縛られているが、イモムシのように体をねじってバタバタと暴れていた。

「ナニョタマテハラフシテテネサニメヒコテルニテ!!!」

「しっかりしろ。おい!しっかりしろ!」

仲間が頭の甲冑を外すと、両目をこぼれ落ちそうな程見開いて鼻水を吹き出させ口をあんぐりと開けた男の顔があった。

「ピョモラテネクシャホネアナホムネラタティサ」

男の目がぐるぐると回る。焦点が定まっていない。息が上がっている。

「ノマッノマッノマッ!」

首の力が抜け、重い頭がぐったりと垂れ下がった。

「おい…死んだ…のか…?…起きろ、おい起きろよ!」

そばの騎士が肩を掴んで大きく揺らす。

「起きろ…起き…くッ………キィィィィィィィィィィィ」

そばにいた騎士は死んだ騎士を両手で殴り始めた。

「クニャ!ロナア!ペメョチョノコッ!」

「おいおいおいおい」

「どうなってんだよこれよ」

現場に駆けつけたセントプリオース駐在の騎士達が明らかな異常事態に焦り始める。

「市民の皆さんは下がって!ここは危険です!」

騎士達が現場を取り囲む。今度こそ3人も宿に戻ることにした。

「ペニャクロッ!コニクロッ!クロッ!クロッ!」

おかしくなった騎士の絶叫が辺りに響いていた。

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