第14話 イグニス捜索
〔これまでのあらすじ〕
世界の終焉、〈神判の日〉まで残り1年。魔族の娘であるクロは世界を救う鍵となるオシリスの羊という存在の少女シロと出会う。クロを助ける為に騎士を殺したシロは、その罪を償う為にもクロと共に世界を救う旅に出たのであった。
セントプリオースにて黙示録の獣に操られた騎士と相対したシロ、クロ、パウク、イグニス、ヴィトラの5人は無事殲滅に成功するも獣に脳を侵されイグニスは逃走。ヴィトラもそれを追って街を離れた。
人界王都アミール騎士団本部にある団長室にて。そこに2人の男がいた。騎士団長セレスト・ナヴアスと科学者のシャンティーサ・フィコである。
「ヴィトラから報告が来た。"獣"って知ってるか?」
「君のことかい?ガオー」
「ふざけるな。真面目な話をしているんだ」
「私はいつだって真面目さ。古文書に似たような記載があった気がするが」
「獣にイグニスがやられたんだと」
「ほう?」
「どうやら獣は人の頭に侵入し、人をおかしくするらしい。セントプリオースの一件は全てその獣によるものだと」
「なるほど。興味深い。ではその獣とやらを捕まえようではないか」
「馬鹿言え。危険すぎる。可能であれば分離し、できなければイグニスごと消すしかない」
「ダメだ。本当に古文書に出てくる存在ならば古代兵器の知識を有している可能性がある。調査する必要がある」
「俺は団長だ。最高意思決定権を持つ」
「私に逆らえる立場か?私が開発した技術、所望探知のスキル使用者の肉を削って紙と混ぜて作った地図のおかげで、君は全ての団員の位置を把握できているのだぞ。それまでの君はそこそこのギニラルだ。しかし私のおかけでテネラルの能力を得たことで君は団長になったんだ。いいんだぞ?それこそイグニス・ヴォクユに私の技術を提供しても」
「分かった。ではこの件はお前に任せる」
「それでいい。了解です、団長さん」
シャンティーサはわざとらしく敬礼すると地図を開いた。
「幸いイグニス・ヴォクユの発信機は動作したままだ。位置の特定は容易い。ほう、セントプリオース郊外を抜けて、今はハトルバルに向かっているわけか。徐々にここに近づいているな」
「それは阻止せねばならない」
「同感だ。ハトルバル隊の…二等を送り込むか」
「相手はイグニスだぞ?」
「一等を失えば統率を失う。君も痛感しただろう?」
「使い捨てる気か」
「その時はその時だ」
シャンティーサは騎士の名が連ねてあるリストからハトルバルに駐在している二等騎士をピックアップする。
そして地図と同じ紙で作られた司令書に送り先の名前と指示を書いた。
「まずは様子見だ」
夜、喉を鳴らす分厚い雲の下をハトルバルからセントプリオースまでの街道を二等騎士5名が歩いていた。
「本当にイグニス様と戦うのか?」
「別に正面から立ち向えって話じゃない。捕まえればいいんだろ」
「そうだよ。だから捕獲専門の俺達が呼ばれたんだ。前衛の2人が気を引いている隙をつけばいい」
「一対五だ。十分に分はある」
「それに烈火大剣は範囲攻撃に向かない。その点でも有利だ」
――ガサガサ
「なんの音だ?」
街道沿いの雑木林の草木が揺れている。
「風じゃないのか?」
「感じたか?」
「それは…」
――ガサガサ
途端に拿捕のスキルを持つ3人が木々に身を隠した。
「
残る2人がスキルを発動する。イグニスを誘い出す為に。
2人は蠢く影を見た。しかしそれを最後に事切れた。
「アジィ、ミカセラ!」
仲間の死を目の当たりにし、逆に誘き出されてしまったトリアが鎧ごと体を三分割された。
チリトルは逃げ出した。足音が立つこともいとわずにさもそれが正解であるかのように。
キピチャはチリトルの足音が途切れるのを聞いた。キピチャは木の裏にしゃがみ込み、両手で頭を抱えていた。
「あッ…」
キピチャが轟音に顔を上げると、周囲の木々が切り倒されていた。
「そんな…」
背後から胸を貫かれたキピチャは血を吐いて倒れた。
「と、このように連日騎士を送るもめぼしい成果はゼロ。死体が散乱する位置を結んでも何が目的なのか動きはまるで見えない」
シャンティーサはさも当然かのような口ぶりである。
「徐々にハトルバルに近づいているのは確かだが」
「何か手はあるんだろうな?」
「私が出歩く許可が欲しい」
「そんなもの…」
「それとヴィトラ・イコゥと数名の一等騎士の命を差し出す許可を」
シャンティーサは間髪入れずにそう続けた。
「それでイグニスは確実に止まるのだな?」
「ああ。上手くいけばおまけ付きだ」
「許可しよう」
セレストは息を吐いた。
「お久しぶりです、フィコさん」
「ああ。見ないうちに大きくなったね、イコゥ君」
結局イグニスを見つけることのできないまま、ヴィトラはハトルバルまで辿り着いてしまった。2人ははそこで合流した。
「イグニス・ヴォクユは保護できるのでしょうか」
「同郷の君にはやはり心配かね」
「…いえ、バディとしてです」
「その為に私が来た。君も頼りにしているよ、イコゥ君」
「はい。微力ながらもお力添えします」
「ヴォクユ君とはまだ接触していないのだろう?」
ヴィトラは頷いた。
「セントプリオースを出たのはいいものの、闇夜に撒かれてしまいました。それきりです」
「確かセントプリオースでは、一等騎士、隊長、ミスターダスロ、そしてヴォクユ君の順に獣にやられたそうだね?」
「その通りです。それが何か?」
シャンティーサは顎に手でさすった。
「これは私の推測なのだが、獣は力に感応している可能性がある。一つ問題点を挙げるとすれば、ミスターダスロからヴォクユ君に乗り移った点が少々不可解ではあるけれども」
「ですがそれが一体…?」
「だから無理言って彼らを連れてきた。一等騎士3名だ」
ヴィトラとシャンティーサの前に3人は一列に並んだ。
「左からデカトル君、エナン君、グドォ君だ」
「
「流石はテネラルだ。この3人は絶対領域の達人だよ。なにせ防御一筋で一等まで上り詰めたからね」
「それでイグニス・ヴォクユの攻撃を受けながら攻撃して、隙を見て捕らえるわけですね。ですがそれなら攻撃人員が必要では?」
「少し違う。諸君、私の指示した技は習得してきただろうね?」
3人は背中に取り付けていた足元から首下まである高さの盾を手に持った。
「盾ですか。でも大きいですね」
「そうだ。この表面に絶対領域を張り巡らすよう訓練してもらった。本作戦において、我々は一切動かない。三方を強固な盾で守り、消耗を狙う」
「三方を?」
「三角形は全ての基本だよ。これは古文書にもある記述だ。さてと、ヴォクユ君が最後に確認された場所まで移動しようか」
イグニスとは同郷と言うより、同じ地に連れてこられたよしみだった。私達は親の借金を返す為にプロリダウシアに連行された。
プロリダウシアは地獄だ。ボーヴォ財団の経営するこの街は、経済の全てが街の中で完結しており、外界との繋がりが完全に絶たれている。稼いだ金も、生活費に充てればほとんどが無くなる。
イグニスは財団のトップであり町長のドデンのお気に入りだった。月当たりの返済の催促の仕事を請け負っていたイグニスが、私の家に来たのが出会いだった。
母が病気をもらって、金が用意できなかったその時の私を、イグニスは自分の金でドデンを丸め込んでくれた。
イグニスは見返りを求めなかった。さらに借金の半分を肩代わりしてくれた。どうしてそこまでしてくれるのかと尋ねたが、適当に流されてしまった。
イグニスは暇になると私の家に遊びに来るようになった。私はせめてもと料理を振る舞った。美味しい美味しいと言って食べてくれるのが嬉しかった。母以外に食べる人はいなかったし、母は私を金づるとしか見ていなかったから。
イグニスは時々、ボロボロになりながら私の家に来ることがあった。大体3ヶ月に1度くらいのペースで。イグニスは仕事と言っていたが、催促日前なのは怪しい。私は後をつけることにした。
イグニスは闘技場の中に入っていった。そこは噂には聞いていたデュアル・パレスの会場。プロリダウシア一番の娯楽で、観客は闘者に金を賭ける。そして一夜にして莫大な金が動く。私はデュアル・パレスなんて、バカバカしくてくだらないと思って避けていた。だから知らなかった。イグニスの本業が、その闘者だったなんて。
今考えれば、スキルも発現したてのイグニスに勝機などこれっぽちもなかった。それでもイグニスは必死だった。優勝して借金を返すんだって本気で思っていたのだろう。だからあんなにボロボロなんだと、私は知った。
私は生まれつき、円を通すと人が視覚から得られるより多くの情報を得ることができた。幼い頃はその違和感が理解できなかった。それが魔術解析の効果だと教わったのは騎士団に入った後のことだった。
親指と人差し指の先を合わせて作った穴から見た景色が違っていたことに気づいたのは確か4歳の頃。私はなんとなく、その力のことを他人に言うのは憚られた。自分の周りに聞いてくれる人がいなかっただけかもしれないけれども。
とにかく、その力がイグニスを助けることになった。
相手のスキルを事前に調べてイグニスに教えた。不公平だのなんだのと言っていたが、初めて優勝して以来、従う他なかった。
デュアル・パレスの決勝は文字通り命懸けだ。前回大会の優勝者と、勝ち上がった挑戦者のどちらかが死ぬまで試合は続く。私の分の借金まで肩代わりしたイグニスは、死ぬ訳にはいかないと言っていた。
連勝を重ねるごとに、観客の賭け金は跳ね上がり、イグニスへの報酬も増えた。イグニスは烈火大剣を磨き、私は魔術解析の練度を高めた。
ある時、デュアル・パレスを見た団長からイグニスに入団の依頼が来た。イグニスは私の同行を条件に承諾し、ドデンは騎士団に対する派遣料とデュアル・パレスへの参加を条件に私達の出プロリダウシアを許可した。
こうして私達は檻から出ることができた。でも私達は運命共同体。今も鎖は繋がれたまま。
――だからお願い。戻ってきて、イグニス!
正面からの攻撃をエナンは盾で受け止めた。刃が空気を切り裂き、押しのけられた空気により土煙が立つ。
シャンティーサが手に持つガス灯を掲げる。前方の男の影が伸びる。
「イグニス!」
男は斜めに立ち、左半身だけを5人に向けていた。ヴィトラは男の名を呼んだ。眼鏡のレンズ越しに見るイグニスは、騎士の証である鎧を脱ぎ捨て、腕や足、口元からも黒いオーラを放っていた。
「
とてもイグニスとは思えない、低く絞り出したような声が技名を口上した。
途端に鈍い金属音が響いた。ジグザグに歪んだ2本の刃が再びエナンの盾を擦った。
Vの字に斬り込まれた双剣をイグニスは両足でさらに押し込んだ。しかし無駄と判断するとそのまま蹴り飛ばし、足先で弧を描きながら着地した。
「オマエ…
白目を剥いたイグニスがそう言って5人を見つめた。
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