第13話 大輪祭
〔これまでのあらすじ〕
世界の終焉、〈神判の日〉まで残り1年。魔族の娘であるクロは世界を救う鍵となるオシリスの羊という存在の少女シロと出会う。クロを助ける為に騎士を殺したシロは、その罪を償う為にもクロと共に世界を救う旅に出たのであった。
セントプリオースにて黙示録の獣に操られた騎士と相対したシロ、クロ、パウク、イグニス、ヴィトラの5人は無事殲滅に成功するも獣に脳を侵されイグニスは逃走。ヴィトラもそれを追って街を離れた。
一等騎士の亡骸が散在する様子を見て町長は戦慄した。
「一体…何があったのだ。君達は…?」
その場から離れる隙もなく、シロ、クロ、パウクの3人はセントプリオースの住人に見つかってしまった。
「まさかこれも全て、アンタらが…?」
神輿を命懸けで守り抜いた男達の間に不信感が募る。
「だったら容赦しねぇぞ」
「全員まとめて晒し首だ」
シロがポシェットに手を掛けた時、男の中の1人が騒ぎ始めた。
「町長!あの方だよ。女神様の遣いは!」
全員の視線がその男に集まる。
「あの方が黒煙を掻き分けて空から舞い降りるのを俺は見た。なあ、この雨もきっと女神様の御力なんだろ!?」
男がシロに問うので今度は視線がシロに向いた。
「確かにこの雨は私のスキルですけど…」
男達が騒つく。その隙に先の男が町長に近づき耳打ちした。
「町長、知っての通りこの街は半壊しちまった。建物は崩れ、街をよく知る騎士は死んだ。残ったのは行き場を失った連中と、この神輿と桜の木だ。今セントプリオースに必要なのは英雄、大きな力だ。ボロボロになった俺達を繋ぐのはそれしかない」
「うむ…」
そこへ周辺の街の騎士隊から、本部の司令を受けた応援が駆けつけた。
「本部付ヴィトラ・イコゥ一等騎士よりこの街への脅威は完全に対処されたとの通達があった。これより我々は事態の収集と被害を受けた者の救助に当たる。この中に担当者がいるならば協力を願いたい」
「それならば私が」
シロを囲む男の一人が挙手をしてリーダー格の騎士に近づいた。男は騎士に把握している街の現状を伝えながら助けを待つ人々のもとへと案内した。
リーダー格の騎士の行動を合図に散らばった騎士の亡骸が手際よく回収されていく。
「そうだ。できるだけ状態を維持したまま運び出せ。上からのお達しだ。慎重にされど素早くとな」
さらに街全体に崩れた家屋の瓦礫撤去作業や避難場所の整備が始まった。
しかしひとつだけ、動き出す周囲の状況から完全に孤立した集団があった。無論シロ、クロ、パウクの3人と町長を始めとした神輿を守り抜いた一行である。
突如町長はシロの前に立ち、片膝をついた。
「巫女様、力をお貸し下さるか」
「え?み、みこ!?」
シロは目を丸くして素っ頓狂な声を上げた。
「
「古って、どういうこと?」
町長の言葉に食いついたのはクロであった。
「この街には何代にも渡って受け継がれてきたものがあります。それがあの桜の御神木とその枝より作られた神輿でございます。我が町長一族の言い伝えではこの神輿は魔族との戦争を乗り切った祝と、過去への反省として始まったとされています。ご存知かと思われますが、セントプリオースは人魔境界線の壁に近い為、かつては魔族軍の攻撃を受けたと言われております。その戦禍を耐え抜いた桜の大木を御神木として崇め、唯一折れてしまった一本の枝から神輿をお作りし、安泰祈願として年に一度、桜が満開となる春先に始まったのが大輪祭の起源だとされています」
「そのお祭りが始まったのはいつだか分かりますか?」
「正確ではありませんが、恐らく400年程前のことかと」
「最終戦争だわ…」
クロは呟いた。微かに聞き取れたシロとパウクは顔を見合わせた。
「そ、それで、そのお祭りと巫女と私にどんな関係があるんですか…?」
腕を組み何やら考え込むクロの横からシロは聞いた。
「言い伝えには続きがあります。セントプリオースが守られた理由。それはあの桜が戦争より遥か昔、天地創造の際に一人の女神によって植えられたものであるとされています。そしてセントプリオースに危機が訪れると、桜の木を守る巫女が現れると。そしてセントプリオースがかつて戦禍に見舞われたのは、女神様を軽視し祭り事を途絶えさせた先祖のせいであると、強く警告されていました。400年前にも巫女様が現れ、当時の長を厳しく叱りつけたそうです。そして神輿の中には当時の巫女様より授けられた宝玉が納められています」
「それで街の火を沈めた私を巫女だと」
「左様でございます。この際真偽の有無は二の次でございます。今のこの街には象徴が必要です。どうか桜の巫女様としてこの街をお助け下さい」
町長は遂に額を地面に擦り付けた。
「この通りでございます」
「わわわ分かりましたから、やりますから、頭を上げて下さい」
シロは慌てて町長を起こした。
「誠にございますか!?」
町長の声が大きくなくなった。
「はい。やります。任せて下さい。私がこの街を救う、桜の巫女です」
シロの一声にその場の全員が釘付けになった。静寂な空気が押し寄せた。
「町長、やりましょう。史上最も盛大な大輪祭を」
先程町長に耳打ちをした青年が周囲に聞こえる声で言い放った。
「ああやるぞ。大輪祭をもって、この街を再建するのだ」
青年を始めとして拍手が起こった。その波は次第に広く伝播していった。
しかしそれを遮る者がいた。
「ちょ、ちょっと待てよ。金はどうするんだよ金は。きっと騎士団の奴ら、街の修復に高額な代金を要求するに決まってる」
拍手が途切れる。確かに騎士団の行動は目に見えていた。今までもそうやって力を得てきたことからも明白である。
「あの、お金なら少しありますけど」
「あのな嬢ちゃん、巫女だかなんだか知らないが君のお小遣いじゃどうにもならな…」
シロが目配せをするとクロが保管していた札束を全て取り出した。
「これは…」
男達が札束に魅入る。
「このお金はダスロさんにお礼として頂いたものです。ちょっとだけ手を着けちゃいましたけど、少しでも街の修復費の足しになればいいのですが」
「巫女殿、ダスロったら、あの頑固もんの宝石商だろ?あんた一体何をしたんだい」
「辛そうでしたから病気を治してあげただけです」
「何だって…」
「確かあの人とんだ難病だったんじゃ…」
「唯一嘆くことがあるとすれば、そのダスロが最初の犠牲者となってしまったことだな」
町長はざわめきをまとめるように言った。
「巫女様の御言葉とあらば有り難く使わせてもらおう。皆の者よろしいか?」
今度こそ反論する声は上がらなかった。
祭りの日程は3週間後に決定した。
仮設の避難所は完成し、住民は一旦の安らぎを得て、街の復興作業が始まった。
火事で焼け落ちた家屋の解体から始まり、瓦礫の撤去、道の舗装、建物の再築と進んでいった。
通りに面した建物の組み立てられた支柱には縄が張られ、祭りのために赤色の提灯が下げられた。
日が迫るごとにのぼりもその数を増し、屋台が散見されるようになった。
かなりの被害が出たセントプリオースであったが、それでも住民は祭りへの期待に胸を膨らませていた。
その一方、シロもシロとて祭りの準備に励んでいた。御神木のそばにある神社で行われる女神に捧げる神楽の練習である。巫女衣装に身を通し、桜の枝木を手に舞う。指先まで意識を集中させた一つ一つの手足の動作が特に大事だとシロは神楽の先生に何度も怒られた。
クロとパウクは街に出て住民の手伝いをしていた。見た目の割に物凄い力を発揮させたクロは絶賛され、少し照れた。パウクは持ち前の糸が特に解体や撤去の作業に重宝された。騎士とはまた違った全身鎧の姿は大いに違和感があったが住民は才を買ってパウクを頼った。
そんなこんなであっという間に3週間が過ぎた。
夕刻、日が暮れ始めると街中に張り巡らされた提灯が灯った。代々受け継がれてきた神輿の後ろに、巫女が乗る為に新たに作られた神輿が付いた。
一つの神輿につき12人、計24人の男達の勇ましい掛け声とともに二つの神輿はセントプリオース中を周った。
巫女を一目見ようと街道に押し寄せる人々にシロは手を降るなどして応えた。途中で見つけたクロとパウクには身を乗り出して手を振るものだからクロは呆れつつ笑顔で手を振り返した。パウクは二人の様子に満足するかのように「ハハハ」と笑った。
そして神輿は神社に到着した。
神楽殿まで運ばれたシロはそこで神楽を奉納した。やはり神楽殿の前にも人が押し寄せ、数多の視線にさらされて緊張するシロだったが、雅楽器の音色が流れ出すと後は体に叩き込んだ通りに動いた。
神楽は一時間続き、シロは最後に桜の枝木の花に血を一滴垂らすと、それを本殿に納めた。
これにてシロの関わる一通りの儀式は終了した。
拝殿前では酒が配られ、御神木の下でのどんちゃん騒ぎが今年も始まった。
「シロ殿、シロ殿、御務めご苦労様でした。さあさ、どうぞ一杯」
着替え終わったシロのもとに実行委員会の数名が集った。
「あー、それじゃあ一杯だけ」
シロは町長から杯を貰うとそれを一気に飲み干した。
「なんとお礼申したらよろしいのか…」
「いいですよそんなの。乗り掛かった船なので」
「おかげさまで儀式は完遂されました。祭りは一晩中続きます故どうぞ自由に御過ごしくださいませ」
「分かりました。ありがとうございます」
実行委員会の面々は一礼するとその場を後にした。おそらく彼らにはまだ仕事が残っているのだろう。
「さてと」
シロは振り返って神社と桜の木を一瞥すると、それきり背を向けて歩き出した。
「あれシロ、どうしてここに」
クロは桜の木の向かい側の崖――ダスロの家が、そして今はダスロの墓がある崖――の縁で街の様子を眺めていた。
シロもクロの横に座った。
「儀式も終わったから好きにしていいって町長さんが。かく言うあの方達はまだ忙しそうですけど」
「そう」
「パウクさんは?」
「屋台の手伝い。使用人の時の調理の技術を活かすんだってさ」
「へえ、なんかパウクさんらしいですね」
「私も同じこと思った」
2人は顔を見合わせて笑った。
――ピュ〜〜〜〜ドンッ
桜の大木の上空に、さらに大きな桃色の花が咲いた。
「クロさん。また来ましょう。来年も見れるといいですね」
クロは目を丸くした。
――全く、分かってて言ってるんだかそうじゃないんだか。
クロはなんだかおかしく思えてふふっと笑みが溢れた。
「そうね」
〈神判の日〉まで残り322日
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