第12話 共闘

〔これまでのあらすじ〕

世界の終焉、〈神判の日〉まで残り1年。魔族の娘であるクロは世界を救う鍵となるオシリスの羊という存在の少女シロと出会う。クロを助ける為に騎士を殺したシロは、その罪を償う為にもクロと共に世界を救う旅に出たのであった。

セントプリオースにて発生した次々と人が発狂する怪事件、その最中に発生した争いを止めるイグニスとダスロ。

一方で街の火災を鎮火したシロ、クロ、パウクの3人は、危険を知らせる為にイグニスのもとへ戻るヴィトラに遭遇し協力を持ちかけられ、快諾したのであった。


「とりあえずこんなところか」

街中を飛び回り人々の衝突を止めていた2人は、ようやく一息つける状況にあった。

「しかし雨が降るとは運がいい。お陰で火の手も落ち着きつつある。まだこの街も捨てたものではない」

「第一、それをアンタが許さないだろ」

イグニスは額の汗を拭いながらそう言った。

「イグニスー!」

声の方向を見るとヴィトラと謎の3人――以前捕まえ損ねた黒髪と白髪、それに見たこともない鎧を着た騎士――がこちらに走って来ていた。

「イコゥ、状況は?」

ダスロは3人については気にすることもなくヴィトラに聞いた。

「かなり深刻です。一等騎士は皆気が狂ってのたうち回っていました。魔術解析の結果、その人達の脳がぐちゃぐちゃに千切れていることが分かりました」

「君の推測は?」

「脳を喰らう魔物…ということでしょうか。被害者に目立った外傷もなく、どこから脳に侵入したのかが謎ですけど」

「顔に穴はいくらでもある。鼻でも耳でもな」

「確かにそうですけど…。クロは何か分からない?」

「そんな話聞いたことないわね。仮に実在したとして何らかの対抗措置が取られていないのはおかしいわ。例えば封印とか」

「では誰かがその封印を解いたと?」

ダスロは尋ねた。

「もしくは新種の生命体…」

「ちょっと待て!ヴィトラ。何でコイツらがいるんだ」

クロが言いかけると我慢の限界を迎えたイグニスが吠えた。

「見た通りよ。協力してもらっているの」

「だってコイツらは魔族…」

「この雨を降らせたのは彼女達よ。イグニス、信用して」

「まぁ…ヴィトラがそこまで言うなら従うけどよ」

「ということでこれはイグニス。この方は師匠のダスロさん」

「どうも」

「ああ」

「気のない返事ね。それからこちらがクロ、シロ、パウクよ」

「この街と為だから協力するけど、襲われたことは忘れてないからね」

クロはイグニスを睨みつけた。

「ハッ!何か来るぞ!蜘蛛綾取ファデラーノ:四段梯子」

突如パウクが叫ぶと、その場にいた6人を攻撃から糸の壁で防いだ。

「何!?」

パウクが手のひらから糸を切って壁が崩れるとその先に一人の男が立っていた。

「プリチェ・ディスニーク。セントプリオース騎士隊隊長だ」

ダスロはそう言うと目の前の男に呼びかけた。

「久しぶりだな。ディスニーク。単刀直入に問う。この怪事件を起こしたのは貴様か?」

沈黙。雨音だけがそこにあった。

「キラニョチラキンメ!!」

沈黙を破ったのは絶叫であった。

「イグニス!」

「分かってる!」

ダスロに名を呼ばれる前にはイグニスはすでに動いていた。

ディスニークの斬撃を自身の剣で受け止める。その隙にヴィトラがスキルを使う。

魔術解析サピテリア

ヴィトラは敵の一点、頭を凝視する。

「何か分かるか?」

「白い…布のような揺らぎが…あります」

互いに拮抗する双方の剣。しかしディスニークが左手に2本目の剣を握ると、そのままイグニスの腹目掛けて切り掛かった。

ダスロは先にヴィトラを牽制した。

「あれくらいなんてことはない」

イグニスは刃の上下を反転させると刃先で2本目の剣を受け止めた。

「俺がどれだけダスロと手合わせしたと思ってるんだアアアアアア」

そのまま両手で剣を大きく振る。ディスニークを跳ね飛ばす。

烈火大剣フレイムバーン

イグニスは地面を蹴り灼熱に燃える刃をディスニークに叩きつける。ディスニークは2本の剣をバツの字に重ねて中央でイグニスの剣を捉えた。

――コイツ、動きがダスロに似ている?イグニスはそう感じた。――なら。

ガラ空きの腹を蹴りつける。案の定、ディスニークは背後に飛んだ。

――ドンッ

そこへ、何者かが急接近した。イグニスは寸でのところで気づき、攻撃を避けた。

「なんだなんだ!?続々と現れるぞ!」

パウクがこっそり張っていた糸を伝い大勢の気配を感じ取った。

「セントプリオース騎士隊一等騎士集団のおでましだ」

ヴィトラは瞬時に魔術解析の対象を変更する。

「やっぱり脳が崩れてる。ディスニークに遠隔で操られているの?」

「奴を潰せば分かる。イグニス、交代だ。ディスニークはワシが相手になろう」

「了解した」

ダスロは腕をクロスさせると腰に下げた2本の剣を抜いた。

「ワシの教えを受けながら、悪に落ちたかディスニーク。成敗してくれようぞ。烈炎双剣デュアルフレイム

ダスロは高速でディスニークに近づくと躊躇なく弟子の両腕を叩き切った。

「その頭、燃やし尽くしてやる」

炎を纏った双剣をディスニークの頭頂にめり込ませる。両目を潰してそのまま口元まで落ちた刃から吹き出す炎がディスニークの頭を焼く。

「ギイイイイイイイイイイイヤアアアアアアアアアアアア」

ディスニークが汚い断末魔を上げた。


「私達も戦うわよ。シロ!パウク!」

「はい!」

「がってん承知!」

「敵は合計15体。連携攻撃に気をつけて!それと相手は動く屍よ。遠慮せずにやっちゃって!」

テネラルのヴィトラは指示を出した。

「蜘蛛綾取:ちょうちょ」

パウクの手から飛び立った蝶が敵の鎧に付着し破裂する。破裂した糸は広がりその敵をにした。

クロは騎士の間合いに正面から突っ込むと、剣を上下に振りきるよりも早く右足を軸に正面を90度右に変え、一瞬静止すると逆向きに体を回転させ、左手の甲で騎士の耳を叩いた。叩く直前に加えられた力をもろに喰らった騎士の頭は震え、脳震盪を起こして気絶した。

「えーと、範囲攻撃範囲攻撃…」

シロはパラパラとページをめくる。迫り来る騎士達をクロとパウクが対処していた。

「あった。母なる大地よ災いを撥ね退ける壁となれ。土壁隆起セログレンド

シロの虹彩の縁が赤く輝いた。騎士の真下の地面が舗装された石畳を破壊しながら盛り上がり、高い壁となった。壁が瞬時に消えることで騎士はなす術なく落下した。

「ギイイイイイイイイイイイヤアアアアアアアアアアアア」

ディスニークの断末魔を聞いたシロがその方向を見た時、ダスロの頭上を浮遊する魔物を見た。

――あれは…黙示録の獣…。

「ヴィトラさん!ダスロさんの周りを"見て"!獣がいる!」

「ダメ。もやのようなものが揺れているのは分かるけど姿が捉えられない…!」

――そんな。どうして?

「言っただろ。頭の中はイメージだって。あの獣はシロのイメージの姿さ。当然シロにしか知覚できない」

崖の上の桜の樹の枝から目下の戦闘を眺めるキュビネは呟いた。無論その声がシロに届くはずもない。

「烈火大剣」

イグニスが剣をぶつけ合うその横から別の騎士が迫っていた。

「イグニス、右!」

――ッッ!

対処しきれない。そう思った時、騎士はあらぬ方向へと飛ばされた。

「腕が鈍ってるんじゃないの?イグニス」

騎士はクロの蹴りにより飛ばされたのであった。

イグニスは前方の騎士を押し退けるとクロの脇腹を突いた。クロの首を真一文字に切ろうとする剣先を受け止める。

「こっちのセリフだ。クロ」

クロは真後ろの騎士の首根っこを掴むと、投げの姿勢で騎士の背中を地面に叩きつけた。

「危ないだろ!?頭上にかかと落とし喰らうとこだったぞ」

「ちゃんと避けると思っていたわよ。ッ!シロが危ないから行くわね。気をつけるのよ」

クロは助走をつけると飛び上がり、シロに襲いかかる騎士を上空から蹴り飛ばした。

「パウク、私が引き付けるから援護よろしく!」

「心得た」

クロが騎士の前を走り回り一箇所へと誘導する。

「蜘蛛綾取」

集められた騎士の足を糸で地面に固定する。

「シロ!今よ!」

「我が示す方向に土をも抉る衝撃を与えん。一点爆発エントーチカ

シロの虹彩の縁が赤く輝く。シロはパウクに足止めされた騎士の地面を指差した。次の瞬間、その場所だけに大爆発が起きた。半径1m程度の半球型の地面が吹き飛び、舞い上がった土塊が降ってきた。

「クロが引き付けパウクが捕らえてシロがトドメを刺す。いい連携ね」

ヴィトラは感心した。

その一方でイグニスはダスロの方向を一瞥して驚いた。ダスロが自らの右腕を断ち切る瞬間を目の当たりにしたからだ。

すぐさまダスロのもとへ駆け寄る。

「おいおいアンタ何してるんだよ。遂に頭がイカれちまったか」

「どうやら…そのようだ…」

「は?」

綺麗に切断された右腕の断面からは逆に出血が少なく、中心の骨を取り囲む肉が見えた。

「ディスニークを操っていた魔物が、今ワシの頭にいる」

目線を下げるとふくらはぎは裂かれ、太ももの肉もえぐれていた。

「ワシがこれ以上動くわけにはいかん。使えッ」

ダスロは左手に握る剣をイグニスに投げてよこした。

「でも俺…二刀流の指導なんて…」

「その為の左よ」

ダスロは歯を見せて笑った。イグニスは頷いた。

「オオオオオオオオ」

あらぬ方向を見るダスロが咆哮した。

「キャッ!」

短い悲鳴に目を向けると4人が騎士に捕まっていた。しかし助けに行こうにも、ダスロの咆哮に呼びつけられた残りの騎士達がイグニスを取り囲むように迫っていた。

――ダスロの技は使えない。ならば今使える技を応用するまでだ。二つの烈火大剣を同時に使う。

イグニスは両手を広げると剣先を騎士に向けた。

烈火大剣フレイムバーンダブル

二つの刃が炎に包まれる。イグニスが刃を倒して剣を振ると間合いの外側にいるはずの騎士に炎が届いた。

修行の成果か、イグニスは刃から炎を放つ技を身に付けていた。

「「「ギャアアアアアアアアア」」」

炎上する騎士の体躯が叫んだ。

――一瞬でも気を抜くな。必ず仕留めるんだッ。

イグニスはダスロの教えを反芻した。騎士の側まで突っ込むと三体の首を同時に刎ねた。

そして背後からの斬撃を左手の剣で受け止める。十字に重なる双方の刃。イグニスは擦れる甲高い音を立てながら剣を横向きのまま振った。刃から溢れ出す炎が相手に直撃する。

そして右手の剣を騎士の首に突き刺した。血が噴き出して、引き抜くと騎士は倒れた。

すかさず両腕を伸ばし左右の斬撃を受けると、相手の剣をすくい上げて跳ね飛ばし、武器を失った騎士二人は熱剣で肩から腰まで鎧ごと焼き切られた。

目の前の騎士を排除したイグニスは4人のもとに向かい、それぞれに付いた見張りを瞬時に無力化した。

「イグニス、ダスロさんが!」

剣を鞘にしまう時に聞いたヴィトラの悲鳴のような声でダスロを見ると、すぐさまそばに駆け寄った。

「お前…何やってんだよ…」

イグニスの声が震えている。

そこには自らの首に刃を半分通したまま体を倒しているダスロの姿があった。動脈にまで達した傷口からは鮮血がドクドクと流れ出ていた。

「魔物ガ…ワシを死ナセて…くれナイんダ…」

「も、もう喋んな。とりあえず止血を…」

――どうすればいい?どうすればダスロを。

「イグニス。ワシを…殺せ」

イグニスの思考を読んだかのようにダスロはそれだけを伝えた。

「そんな…そんなのねぇよ!」

――魔物はダスロの頭の中だ。今ダスロの首を落とせば。

「クソ!クソ!クソ!」

イグニスは柄を強く握り締めると、自身の剣を投げ捨ててダスロから受け取った剣を両手で掴んだ。そしてその剣を自分の頭上に振り上げた。

「烈火大剣」

ダスロの口角が微かに上がった。イグニスは燃える刃をダスロの首に落とした。一気に力を込めると刃は地面にぶつかって止まった。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

体の内側から何かが込み上げてくるのを感じていた。すでに両目は決壊していて、涙は雨と共に地面を湿らせた。体がピクリとも動かない。

――これじゃどっちが死んでるのか分からないな。

軽口を叩けるほど思考がクリアな現状が理解できなかった。それとも理解したくないだけなのか。

けれども外界の刺激を受け取る感覚はぼやけている。体は小刻みに震えている。魔物を仕留めてホッとしていいはずなのに。一晩中街を走り回って今すぐにでも体を休めたいはずなのに。

次の瞬間、頭を激痛が駆け抜けてイグニスの飛びかけた意識が現実に引き戻された。

柄から手を離し頭を抱えると横たわるダスロの前に膝をついた。

――なん…だ…。何か…がッ…。

「コイツモ中々ノ力ヲ持ツナ」

イグニスは自分の口から出た言葉が信じられなかった。意図せずに出た言葉、耳で聞くことで初めて認識した。

――お前…誰だ…。

イグニスは脳内の何かに話しかけた。

「我ハ力ヲ求メル者ナリ。マタノ名ヲ、黙示録ノ獣」

イグニスは自身の口から出たそれだけの言葉を聞くと剣を掴んで走り出した。ダスロが身を張って示したように、イグニスも急ぎセントプリオースを脱しようとしていた。


「イグニス…」

その背中をヴィトラは見つめていた。

――追いかけなきゃ。

イグニスが走り出した瞬間だけを見ていたヴィトラは決心した。

「大丈夫?立てそう」

そんなヴィトラにクロが手を貸した。

「ありがとう」

ヴィトラはクロの手を取って立ち上がった。

「私はイグニスを追うわ。騎士団には私から一報入れとくから安心して。あなた達、逃げの身だものね」

そう言ってヴィトラは笑った。

「オシリスの羊についても調べてみる。世界が終わるなんてまだ半信半疑だけど…。また会いましょう」

「そうね」

クロとヴィトラは握手をした。

「こんな事言える義理じゃないかもしれないけど、3人とも元気でね」

ヴィトラは走り出し、立ち止まって一瞬考えた後に3人に手を振ると、それからはイグニスを追って街を出た。



夜が更けて数時間、地面が最も冷える時間に、滅多に手入れもされない小道をイグニスはふらつきながら歩いていた。

「我ヲ宿シナガラ自我ヲ保ツトハ、大シタ精神力ダ」

「うるさい…。俺はまだ死ぬわけには…でもヴィトラを…彼女の仲間を傷つけたくないだけだ」

「オマエハ師ヲ死ニ追イヤッタ我ヲ憎ンデイルノダロウ」

「だったらなんだ」

「皮肉ナ話ダ。眠ッテイタ我ヲコノ世界ニ呼ビ戻シタノハ、他デモナイナノニナ」

「なんだと…そんな…」

イグニスは道の途中に立ち止まると天を仰いだ。ダスロの死を前にして沸々と込み上げてきたものの正体――憎悪の念――が体中を駆け巡った。

「そんな……シロ…この…悪魔がアアアアアアアアアアアア」

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