第21話 開会式

〔これまでのあらすじ〕

世界の終焉、〈神判の日〉まで残り1年。魔族の娘であるクロは世界を救う鍵となるオシリスの羊という存在の少女シロと出会う。クロを助ける為に騎士を殺したシロは、その罪を償う為にもクロと共に世界を救う旅に出たのであった。

オシリスの羊を知る男ツヴェルフのプロリダウシア脱出をかけたデュアル・パレスへの出場を持ちかけられたシロはそれを承諾するのだった。


そしてデュアル・パレス当日。

「レディースアンドジェントルメン。これよりデュアル・パレス春第2大会が始まります。司会はワタクシ、リオンヌ・マーターがお送りしていきます」

観客席からの大歓声。

圧倒的な熱量を控え室で列になり待機しているシロも感じていた。

「それでは選手の入場です」

マーターのアナウンスと共に前方の扉が開かれて闘技場の明かりが入ってくる。

「進め」

係員の指示に従い列が動き出す。

シロはクロとパウクとの会話を思い出した。

それは会場入前の最後の会話であった。

「シロ殿は強くなられた。拙者も全力で応援しておりますぞ!」

「ありがとうございます」

シロは軽く頭を下げた。口元には微かだが笑みがある。

クロはシロの手を取って言った。

「もう何も言わないわ。私はシロを信じる。頑張って」

「はい」

シロは頷いた。

「行ってきます!」

シロはそう言って2人に背を向けると闘者専用の入口に消えたのだった。

パッと視界が明るくなる。瞬きを重ねてはじめに目に入るのは円形の観客席を埋める点の集合。その熱気と盛況をシロは全身で受けた。

シロを含めた闘者らはフィールド上に横30人の5列で並ばされた。

「お集まりの皆さん、ここに今宵の挑戦者たちが整列しております。いよいよゲームマスター・ドデンから開会宣言を頂きます!」

沸き上がる観客席。

「静まれ」

闘技場全体に低い声が響いた。途端に観客席に静寂が訪れる。

「はじめに追加ルールを発表する。今大会から敗者には返済すべき借金の10倍を要求する」

それを聞いた闘者達が一斉に声を上げる。

「ふざけるな!」

「こっちはイグニス・ヴォクユに強制的に参加させられているんだぞ!」

「聞いてないぞ!」

この大会には有志だけでなく、借金を滞納した全ての人間が老若男女関係なく強制的に参加させられている。

「まだオレ様が喋っている」

ドデンがどこにいるのかは分からない。マイクで拡声された声だけが闘技場に鳴っている。

この場にいるほぼ全ての人間がドデンと対面したことはない。ならば分かるはずもない、ドデン・ボーヴォがどのような男か。

「今喋った奴、失格ね」

どこからともなく放たれた矢が闘者に突き刺さっていく。毒矢を浴びた闘者が続々と倒れていく。実に全体の三分の一が失格となった。

一段と観客席は盛り上がった。ここには他人の不幸を見るために金を払う連中も一定数存在する。

シロの隣にいた女も今は気を失っていた。残された闘者は逆らったら即失格だという予感をひしひしと感じていた。

「さて、煩い虫もいなくなったところでゲームの説明を始めようか」


一方、クロ、パウク、そしてツヴェルフは観客席の最前列にいた。そしてクロの横にもう一人。きっかけはシロと別れた直後に遡る。

「まだコソコソつけるつもりかしら?」

「あら、気づいていたのね」

ごった返す人混みの間からヴィトラ・イコゥが姿を現した。

「もう1ヶ月もプロリダウシアにいるのよ?いい加減気づくわ」

「ドデン様直々の特別席に案内してあげる。こっちよ」

ヴィトラは階段を下っていった。

「大丈夫か?」

パウクが耳打ちする。

「とりあえずは従っておきましょう」

という具合であった。

「ドデンとかいう奴、なかなか賢いことするわね。今ので既に現金換算450人分のプラスよ」

「あんなの…どうしようもないわよ…」

ヴィトラはショックを受けているという感じだった。

――ドデンの指示で動いているとはいえ、腹の内までは知らされていないのね。

クロは隣に座る年の近いであろう少女について思案していた。

「デュアル・パレス第一回戦」

かくいうクロもドデンのその声に耳を傾けた。

「バルゼンジーク討伐ゲーム」

――やはりね。

クロはツヴェルフを見た。ツヴェルフは先ほどの脱落に衝撃を受けたまま固まっていた。

「大丈夫よ。おかげで対策は万全だわ」

「クロさん…。ええ、そうでございますね。シロさんはお強いから」

「うむ。その通りだ」

パウクも頷いた。

「第二回戦、運試し鬼ごっこゲーム」

「運試し…」

「鬼ごっこ!?」

パウクとクロは素っ頓狂な声をあげて互いに顔を見合わせた。

「何をしたらこんなふざけた遊びを競技に組み込む思考になるのよ」

「なんだか楽しそうな競技だな」

「それでも油断ならないわよ」

「第三回戦、バトルロワイヤルゲーム」

「バトルロワイヤル…」

腕を組んだパウクが呟いた。

「最後の1人が勝ち残るまで戦い続ける大混戦ね」

「そんなもの今までは一度も…」

ツヴェルフは不安そうにクロを見る。

「つまり今回のデュアル・パレスは」

「ダスロ様が何かを仕掛けてくる可能性がある…」

ヴィトラはそう言った後両手を硬く握って祈った。

――イグニス!


円形闘技場の最上階、観客席の一角に設けられた個室のガラス張りの窓からイグニス・ヴォクユは列に並んだ闘者の背中を見下ろしていた。

「勝ち上がってみせろ、シロ」

ここに彼がいることはヴィトラさえ知らない。


「以上だ。ゲームは10分後に開始する」

ドデンはマイクを切った。

そして10分後。

「さあそれでは第一回戦、バルゼンジーク討伐ゲームに参りましょう」

闘技場中央に集まる闘者達。今は列も崩されてバラバラに立っている。

「ルールはシンプル。闘技場内に放たれるバルゼンジークを討伐するだけ。一人で果敢に立ち向かうのもよし、誰かと協力するもよし。討伐後に残った闘者のみが第二回戦に進めるぞ。それではお前ら準備はいいか?」

マーターの問いかけに観客が答える。

「「「イェェェェェェイ」」」

「デュアル・パレス第一回戦バルゼンジーク討伐ゲーム、スタートッッ!」

観客席の下にあるゲート、選手入場口とは真逆のゲートから四足獣バルゼンジークが現れた。

「グルルルルルラアアアアアアア」

係員に槍を突き刺されたバルゼンジークは叫び声を上げ、同じく槍を持つ闘者目掛けて突進した。

「「「おおおおおお」」」

湧き上がる歓声。

砂煙が立ち込める中、シロは上手く初撃を避けた。

――ドォン

止まらないバルザンジークは観客席下に激突した。その衝撃が観客席を揺らす。

頭を振って振り返るバルゼンジーク。野生のバルゼンジークはオスの優劣を頭突きをしあうことで決める。そのため頭頂の皮膚は厚く硬い。一度の突進くらいへっちゃらである。

「ラアアアア」

闘者に狙いを定めて再び迫るバルゼンジーク。

この迫っては避けての過程が何度か繰り返された。

「本当に一度動き出してしまえば動きは単調ね。あの様子だとシロも正面にさえいなければいいことを覚えていると思うわ」

「でも轢き飛ばされて脱落した者もいるぞ?」

「バルゼンジークの標的になってしまった者ですよ。一直線にしか動けませんが、一度狙われると死ぬまで追いかけてきます。体長5mの猛獣が時速20キロの速さでです」

地味な騒乱に痺れを切らしたドデンはアナウンスした。

「これより2体を追加する」

盛り上がる観客席。

一体目と同様に2体のバルゼンジークが檻から解き放たれた。

縦横無尽に駆け回る3体。それだけで闘技場の地面の砂は巻き上がった。

「とっとと討伐しないと巻き込まれるだけで脱落だぞ!」

誰かがそう叫んだ。ドデンの気分次第なので脱落の基準は曖昧だが、気絶して戦闘不能になれば大抵脱落である。

シロの前に2体が迫ったが、難なくそれをかわした。

「おお!」

「練習の成果が出ているわねパウク」

「うむ。拙者も嬉しいな」

シロはバルゼンジーク対策にパウクが両手で適当に放つ糸を避ける練習をしていたのであった。

再びドデンのアナウンスが流れた。

「これよりバルゼンジークを討伐した者に賞金を出す。例え後に脱落しても賞金は有効とする」

闘者達のバルゼンジークを見る目が変わった。

一人の若い男が迫り来るバルゼンジークを避けると左の後ろ足に槍先を突き刺した。

「グルルルルルルルルラアアアアアア」

刺されたバルゼンジークは泣き叫び尻尾を振り回してその若い男を跳ね飛ばした。そのまま痛みで気が立つと頭を左右に振りながら所構わず突進し始めた。

男に続いて槍を刺そうとするも読めない動きに攻撃は難航した。

暴れ狂うバルゼンジークに激突された2体はその報復を始めた。

「グラア」

「グラア」

互いに吠えて威嚇し合う。その隙を闘者達は狙った。しかし足を刺しても腹を刺しても致命傷には至らない。バルゼンジークは倒れない。

霊言呪戒クララカーチオ:解」

ドデンの声がした。3体のバルゼンジークの目が真っ赤に染まる。

「「「ラアアアアアアアア」」」

突然の咆哮。その直後、3体は首を下げて目についた闘者を噛み砕いた。

瞬時に周りを確認したシロは本を開いた。

運力与加メルヒート

腰を捻って槍を引く。そのまま目の先のバルゼンジークめがけて投げ飛ばした。

鋭い一閃。槍は硬い皮膚を2回貫いて空へ抜けた。心臓を破られたバルゼンジークが倒れた。

「シロに加点!」

ドデンの声がした。つられて沸く歓声。クロ、パウク、ツヴェルフもその場で拍手を送った。

――ドンッ

何か相当な質量の物が落ちた音がした。歓声が瞬時に止む。シロが目線だけを向けるとそこには巨大な円柱形があった。

見上げると高さは10m以上ある。そんな物は数秒前までどこを探してもなかった。しかし存在は確定している。何故ならバルゼンジークが押し潰されていとも簡単に絶命したからだ。

「カルブサヒ、グアルダに加点!」

ドデンは2人の名を呼んだ。

――おかしい。

そう思ったシロが辺りを見回すと右奥に、無数の槍に串刺しにされたバルゼンジークの姿があった。

突き刺さった全ての槍が平行に並んでいた。いくら息が合うとしても、そのような事象が可能なのか。否、闘者の数より多い槍の数が証明している。あの槍は一本を除いた全てがコピー。最後のバルゼンジークは128本の槍に貫かれて息絶えたのだった。

こうして第一回戦バルゼンジーク討伐ゲームが終了した。

「第一回戦の脱落者は37人。第二回戦出場者は71人。これより30分間の休憩時間とする」


第二回戦運試し鬼ごっこゲームまで残り30分

〈神判の日〉まで残り275日

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