第5話 セーフエリア

 

 夢を見ていた。

 たまに見る、過去の夢だ。


「竜斗くん、放課後、勉強教えてほしいな。私の家来ない?」

「竜斗は俺たちとサッカーやるんだよ! 邪魔すんなブス!」


 小学生の頃、俺は男女問わず人気があった。勉強も運動も他人よりずっと得意で、いつも誰かしらに頼られていた。

 だけど当時の俺は幼くて、自分が他人にどう思われているかなんて考えていなかった。自分の行動を、誰がどう思うかなんて想像もした事がなかった。


「今日は忙しいから後でな。あ、たける待って! 俺やっとあの装備作れたんだよ。今日もウチでゲームやろうよ」


「え、ぼ、僕? わ、わかった!」


 ただ自分の好きなことを、好きな人とやっていた。

 この時周りの人間がどんな目で健のことを見ていたのか、俺はこれっぽっちも知らずに――




「――リュート! 気が付いたか? よかった、本当に、焦った」


 胸が苦しいのは、気を失う前の苦痛が原因か、今見た夢が原因か。


「……ここは?」


 目を開いた時に驚いた。さっきまで地下迷宮にいたのに、今目の前には青い空が広がっている。

 身体を起こすと、自分が草原に寝転んでいたことに気が付いた。向こうには木々もあり、穏やかな風も吹いている。


安全階層セーフエリアだ。どの迷宮にも、こういう場所がある。まだ迷宮の中だけど、ここは魔素濃度が外より薄いから、魔物は入ってこない。迷宮の魔物は、魔素濃度が薄い所を、嫌うから」


「ここまで運んでくれてありがとな。俺はどれくらい寝てた?」


「大丈夫だ。さっきの階段を上ったら、ここだった。運が良かったな。寝てたのは一時間くらいだと、思う。」


 一時間も寝てたのか……。

 それにしても良い場所だな、ここは。空気も綺麗で風が草木を揺らす音が心地良い。

 青い空も……ん? 空と思ったが、よく見るとあれは苔なのか? 天井にみっしりと生えている。


「リュート、本当に優しいんだな。魔物を殺すのが辛かったんだろ? 無理させて、すまん」


 あ、そうだ。あの時の感覚について思い出した。


「いや、確かに命を奪うストレスで吐いたってのもあると思うんだけど、あの時、身体が何かおかしかったんだ。全身が熱くて、痛くて、気持ち悪くて。もしかして俺、呪われたりしたのかな?」


「呪い? サンドウルフに、そんな能力は無い……リュート、今、動けるか? 少し、オデの手に、打ち込んできてくれ。思い当たる事が、ある」


 先に説明して欲しいとは思ったが、言われた通りにする。ゴブ太も俺という未知の存在を知る為に、探り探りなのだろう。


「全力で、来い。オデの心配は、いらない」


 言いながらゴブ太は自分の腕を魔法の土で覆った。あれ、硬くないよな? 殴ったら俺の手の骨折れたりしないよな?

 とにかく、格闘技の経験はないが、実践を意識して殴りかかる。


「っ!?」


 最初の一発目でゴブ太は大きくのけぞった。

 なんだ? 想像以上にパワーが出たぞ。


「だ、大丈夫か?」


 ゴブ太は呆然と自分の腕を見ていた。

 その腕を覆っていた土にはヒビが入っていた。 


「大丈夫だ。リュート、お前、魔力が無い、平和な世界から来たって言ったな? 嘘じゃない、よな?」


「嘘なんてつかないさ! 正直、俺も今驚いてる。思ったより力が入ったというか、なんというか……ゴブ太、心当たりの方はどうだ?」


 ゴブ太は顎に手を当てて考えていたが、ポツリポツリと話し始めた。


「昨日、魔法を受け継ぐ魔法について、話したよな? あれは、固有魔法だから誰にでも当てはまる話じゃない。でも、生命を奪う時、誰にでも当てはまる現象が、起きる。それが、魂の成長だ」


 確か研究者が探してるって言う魔法の話だな。でも、魂の成長ってなんだ? ゲームのレベルアップみたいなものか?


「魂というのは、あくまで呼称だ。そもそも目に見えないもので、存在を証明する事は出来ない。臓器などの器官ではないからな。しかし、あらゆる視点で物事を解析した時、確かに魂と呼ぶに相応しい何かが存在しているのだ。魂の主な役割というのは、魔力に関わる事が多い。心臓が血液を全身に巡らせる様に、魂が魔力を身体中巡らせる。それは生物の生命を奪う度に、僅かずつ成長する。成長すれば、より早く、より強く魔力を操作する事が出来る。筋力と似た様なものだな」


 急に喋り方を変えたゴブ太に「研究者の真似か?」と訊ねると、ドヤ顔で頷いた。


「リュートは、魔力がなかったから、魂の成長に耐えられなかったんじゃないか? でも、無事回復出来たから、魔力が体を巡っている。だから少し、強くなったんだ」


「つまり、この世界の人は魔物を倒せば倒すほど強くなるって事なのか」


 明確なレベルアップはないけど、目に見えない経験値的なものがちゃんと積み重なっていくようだ。

 なら生きる為に沢山殺さないといけないって事になるな。

 少し嫌な気分になる。でも、この世界で生きる以上受け入れるしかない。


「なら、戦闘はできるだけ俺にやらせてくれ。いつまでもゴブ太の足を引っ張りたくないからな」


「気にするな。そうだ、せっかくの安全階層だ、水や食べ物を探そう」


 ここ以外にも草木や水がある場所はあるが、安全階層ならどちらも必ずあるらしい。ここは人が住みやすい環境になってるとか。

 今日一日はここで過ごす事になった。

 俺たちは木の実を集めたり、謎の葉っぱを採取したり(苦いけど食べられるらしい)湖で水を汲んだりしていた。ゴブ太のポーチは容量が大きくて、ゴブ太ですら限界を知らないらしい。

 また、採集途中で上の階への階段も見つけた為、地上へも一歩近付いた。まぁここが何階層かはわからないけど。


「そうだゴブ太。ハサミか、無ければナイフとかある?」

「ナイフなら、あるぞ」


 俺はゴブ太からナイフを受け取り、髪の毛を切り始めた。

 今までロン毛メガネにしていたのは、イカしたオタクファッションで不良のヘイトを買いたかったからだ。

 でもここではどちらも邪魔にしかならない。

 伊達メガネはゴブ太のポーチに入れてもらい、髪の毛は邪魔にならない程度に切り落とす。流石に坊主は嫌だけどね。


「……リュート、貴族だったのか? 綺麗な髪と目をしている」

「ふっ、ルックスを褒められたって簡単にはトキメかないぜ、俺様はな」

「何を言ってるんだ……?」


 冗談はさておき、貴族ってのは否定した方がいいだろう。そんな嘘ついて、後で本物の貴族にバレたら殺されそうだ。身分詐称とかきっと重罪だ。


「俺の住んでる国に貴族制度はないよ。それより、この湖で水浴びしていいか? もう飲み水は確保したよな」


 身体を洗った水を飲むのは嫌だ。とはいえ、そもそもこの湖の水が綺麗だったかどうかもわからないんだけどな。まぁ透明だし問題ないだろ。


 という事で、俺とゴブ太はこの階層で万全の準備を整えてから出発する事にした。

 夜(ゴブ太の体内時計で)になったら天井の苔が青色から紺色に変わった。外の時間とリンクしているのかな? だとしたら、ゴブ太の体内時計は驚くほど正確だ。

 夕飯は火を起こして、干し肉と迷宮の雑草スープを作った。干し肉も火を起こす魔道具も、ゴブ太が研究者に貰ったものらしい。

 迷宮の魔物も偶に肉をドロップするらしいが、欲しい時に手に入るとは限らない為、食糧は計画的に消費するべきだとゴブ太が語っていた。

 俺もしっかり働いてゴブ太に恩を返さないといけない。

 身体に巡る魔力を意識しながらシャドーボクシングをしてみたり、出現する敵を想像しながらイメージトレーニングを行った。ゴブ太は武器を扱わない為、持っていない。だからこの身体だけが頼りだ。

 訓練を終えた後、俺とゴブ太は開放感溢れる草原の上でぐっすり眠った。


 そして翌朝から、本格的な迷宮探索が始まる。

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