第32話 嫌味

 

 早朝、俺は再び東門にやって来た。

 昨日より早い時間に来たが、既に待っていたマナが丘の上で手を振っている。


「ししょうー! あのね、お姉ちゃんが平原のホーンブルを倒したら冒険者になっていいって言ってたの!」


 そういえば昨日お姉さんと話すって言ってたけど……こんな幼い子に魔物と戦わせるって言うのか?


「えっと……本当にそう言ったのか?」


「うん! 『そんなに冒険者になりたいなら、ホーンブルくらい一人で倒して見せなさいよ。ま、今のあなたじゃ無理だけどね。でも学園に通えばこれくらい……』って言ってたよ!」


「おい待て! お前お姉さんの話全部聞いてないじゃないか! 今の言い方だと、無理難題を押し付けて諦めさせようとしてただろ!」


「えー? でも学園に行かなくても魔物を倒せるって事を教えてあげればいいんだよね? こういうの、しょーめーって言うんだよ!」


 あれ? この子は賢いと思っていたけど、年相応にアホなのかもしれない。

 やる気があるのはいい事だが、しかしなぁ……。

 アランに話を聞いた限り、今の時代なら冒険者の待遇は悪く無いらしい。とはいえ、冒険者が危険で血生臭い職であることには変わりないのだ。


「でもな、マナ。魔物と戦うのは本当に危険な事だ。怪我をしたら本当に痛いし、命を落とすかもしれない。仮に自分が助かったとしても、自分の目の前で仲間が死ぬかもしれない。冒険者っていうのは皆が思ってる程明るい仕事じゃないんだぞ」


 諭すように伝えると、マナも言われた事を理解した様子で、真剣な表情に変わる。


「うん。マナは魔物と戦ったことがないから、何も知らない。だからししょーが心配するのはわかるよ。でも、何も知らないままじゃヤダよ。お父さんもお母さんも冒険者だった。けど、マナが何も知らない間に二人とも死んじゃった。だから、マナは知りたいよ。お父さんお母さんがどんな世界で生きてたのか。それに、お姉ちゃんも。マナが知らない場所でお姉ちゃんに死んで欲しくないから、強くなるよ」


 やっぱりこの前話した時と同じ様に、芯の強さを見せてくれた。

 才能があって、覚悟があって、守りたい人がいる。

 ならば俺が止めるべきじゃない。

 羽ばたこうとするこの子を応援するべきだ。


「よし! 魔導書は持って来たか? 今日は四大属性全てを無詠唱で使えるようになろう。それだけじゃない。実践を意識して、敵と対峙していても魔法を使えるくらいに練度を高めるんだ。それと、魔法も大事だが、いざとなったら自分の身体が頼りになる。魔法を使えない状況も考えて、体力トレーニングは必須だな。特に、逃げ足は速ければ速い程良い。マナ、今のお前には出来ないことが多く、身に付けるべき技能が多い。だけど努力は身を結ぶ。自分で決めた道ならば突き進むのみだ!」


「はいししょう!」



 ⭐︎



 思いの外訓練が長引いてしまった。

 急いでホテルまで帰ると、アランとミーシャが外で待っていた。


「わ、悪い……遅くなった……」


 時間厳守の国日本で暮らしていただけあって、人を待たせると罪悪感がのしかかってくる。


「気にしないで。でも明日からは僕らもトレーニングに混ぜてもらっていいかな?」


「魔法の練習だし、二人にはあまり関係ないぞ」


「そっか……なら自主トレに励もうかな」


 話しながらレストランに向かい、朝食にする。


「ところで、ホーンブルってどんな魔物なんだ?」


「ん? 唐突だね。四足歩行の牛型の魔物で、成体の大きさは昨日のキングウルフより一回り小さいかな。でも、不格好なほど大きく鋭い角がキングウルフにはない脅威となる。ギルドは個体のホーンブルをDランクに分類していて、『これをソロで倒せれば冒険者の仲間入り』って言う文言は、結構昔から言われてるね」


 新人冒険者の登竜門みたいなものか?

 だからマナのお姉さんはあんなこと言ったのか。


「強いか?」


「そうだね……マルス達が三人で戦えば安定して勝てるだろうね。でも彼らじゃあソロだと難しいかもしれない。ホーンブルの脅威は角と言ったけど、脚力も凄まじいんだ。もし後ろ蹴りに巻き込まれでもしたら、ただでは済まないよ。けど、ハッキリ言ってリュートやミーシャの相手ではないかな」


 パーティランクDになったマルス達でもソロじゃキツいのか……。

 マナにはかなり頑張ってもらわないといけないな。


「ところで、今日も依頼を終えたらお昼はリュートが作るのかい?」


 期待するような眼差しでアランに質問される。その隣ではミーシャも目を輝かせている。

 朝食中に昼飯の話かよ、と思ったが、自分の作った物が喜ばれるのは嬉しい。


「仕方ない。市場で何か買ってからギルドに向かうか」


 そう言うと、二人とも満足そうに頷いた。


 ⭐︎


 買い物を終えてギルドに到着した俺たちは、三人で依頼ボードまで歩く。

 そして、ギルドに来たら絡まれるのはもう恒例行事となりつつある。


「へぇ、新星のアランが新入りの奇人と組むって本当だったのね。何か弱みを握られて脅されているのかしら?」


 柱に寄りかかっていた赤髪の少女レイラが、嫌味ったらしく呟いた。

 その言葉に立ち止まったアランは微笑む。


「孤高のレイラじゃないか。君が僕のことを認識してくれているなんて光栄だね。以前話しかけた時は無視された気がするけど、そんな君が僕を心配してくれるなんて、一体どういう風の吹き回しかな?」


 柔和な笑みを浮かべてはいるが、アランの言葉には怒りがこもっていた。まるでレイラの嫌味をそのまま突き返したみたいだ。

 レイラは小さく舌打ちした後、背中を向けて立ち去ろうとした。


「一応言っておくけど」


 レイラの背中を呼び止めるようにアランが声を上げる。


「僕が頼み込む形でリュートのパーティに入ったんだ。自分を変える為に、このチャンスを逃してはならないと思った。まだ一日しか一緒に過ごしていないけど、僕は彼と一緒なら強くなれると確信しているよ」


 アランの言葉を聞き終えたレイラはそのまま立ち去った。

 アランは俺を過大評価してくれたけど、もしかして奇人と言われてた俺を庇ってくれたのか?


「なんか気を遣わせてしまったな」


「ううん。君が悪く言われるのが嫌だったから、僕が勝手に怒っただけさ。それに、彼女も変わろうとしている。僕はそれを応援する為に本音を伝えた」


 変わろうとしてる?

 今までのレイラを知らないからなんの事かわからないけど、いがみ合ってるわけじゃないのかな。


「しかし彼女も不器用だね……」


 顎に手を当てて考え込むアランを置いてボードを見に行く。

 ミーシャに確認して貰うが、一日で終わりそうな報酬の美味い依頼は無かった。

 その事を嘆くと、放置していたアランが歩いて来た。


「リュートは一日で終わる依頼しか受けたくないの? 遠出して二、三泊するのも良いと思うし、護衛依頼も依頼主によっては優良な仕事だと思うよ」


「いや、この街にいる間は毎朝やる事があるんだよ。それが済んだら遠出も問題無い」


 少なくともマナがホーンブルを倒せる様になるまで面倒を見ようと思っている。

 あの子が勝手に俺を師匠と呼び出した事で始まった関係だが、俺の方も精霊魔法を学ばせてもらってるし、恩は返さないとな。


「あ、そういえば薬草とかポーションについて知りたかったんだ。薬草採取の依頼はないか?」


「へぇ、勉強熱心だね。それなら常設依頼を見るといいよ。どの薬草が必要とされているか記されているから。もちろん、依頼にない素材でも買取はしてくれるけどね」


「言い忘れてたけど、俺は文字が読めないんだ……」


 俺が言うと、アランは心底驚いたような表情をした。


「えっと、まさか君は、東方の言語しか使わないような場所から来たのかい? いや、今時そんな場所があるのだろうか」


 そういえば、この世界の共通言語はエルゼア語ってゴブ太は言ってたっけ。

 今俺がいる大陸がエルゼア大陸で、ずっと昔からこの大陸の言葉が世界中で使われているとかなんとか。

 皆んな同じ言葉を使ってるって聞いて驚いたけど、言葉の壁が無いのは素晴らしい事だ。

 とは言え今のアランの話だと、大昔は東方の言語とか、他の国の言語は別にあったようだ。


「いや、閉鎖的な田舎だから文字を学ぶ機会がなかったんだ。もし可能だったら教えてくれないか? 授業料は払うぞ」


 アランは暫く考え込んだ後、恐る恐るといった様子で質問した。


「リュート、僕は君の話し方や言葉遣いを見て、高水準の知識教育を受けているのだと思い込んでいたんだけど、これは僕の勘違いだったのかな? いや、君の事を探るつもりはないよ。ただ、君に物事を説明する際、どこからどこまでを話せば良いのか迷ってしまうんだ」


 無知を晒し過ぎてしまっただろうか?

 しかしアランとはこれから長い付き合いになる筈。いずれバレる事は今の内に暴露してしまうべきか。


「俺は多分、アランが思ってるよりずっと常識知らずだ。文字は読めないし、この街が地図のどの辺りに存在するのかもわからないし、薬草やポーションの効果も知らない、武器の扱い方もわからない。だからお前らにとって当たり前のことを質問したりするかもしれないけど、その時は……まぁ、丁寧に教えてくれると助かる」


 アランは少しポカンとした後、「正直に話してくれて嬉しいよ」と微笑んだ。


「授業料とかは気にしないで。僕も君から学ぶことは多いわけだし、同じパーティなんだから助け合うのは当然のことさ……それじゃあ早速、薬草採取に向かいながら講義をしようか」



 ⭐︎



 ゲーム好きな俺は、回復薬ポーションと聞いて「なんでも即座に治る薬」を想像していたが、それはあくまで空想の話だと思い知らされた。

 基本的な回復薬の効果は二つ。痛み止めと自己治癒能力の促進だ。

 失った腕が生えてくるわけでもないし、瀕死状態から百パーセント復活なんて事もありえないらしい。

 ただ、凄腕の錬金術師が価値の高い素材を使って回復薬を作れば、質の良いものが出来上がる。上質な回復薬は傷を即座に塞ぎ、失った魔力や体力をある程度回復させることも出来るらしい。


「普通の回復薬の他に魔力回復薬とかもあるんだろ? それと回復薬を混ぜたら上質な回復薬になったりしないのか?」


「一般的に、異なる薬は効果を打ち消し合う。だから上級の回復薬は簡単には作れないし、異なる種類の回復薬を連続で使用する時も、一定時間空けないと効果が出ない事がある。それ故に腕の良い錬金術師は重宝されるんだ」


「自分でも回復薬を作ってみたいと思ってたけど、それは無理なのか……」


「ううん、そうでもないよ。例えばこの……キリク草。これは割とどこでも採取できる下級素材なんだけど、下級だからこそ扱いも容易い。レシピ通りにやれば素人の僕でも下級の回復薬を作れるくらいだよ。まぁ効果は傷の消毒、止血程度なんだけどね」


 平原にて、緑色の大きな葉を持った植物を採取したアランは言う。


「とは言え、特級冒険者として依頼を受ける以上、高額の報酬は約束されたようなものだ。そのお金で錬金術師が作った回復薬を買う方が、自分で作るよりも効率が良いと思うよ」


「そうなのか? それでも一応教えて欲しい。純粋に興味もあるし、回復薬が手に入らない状況もあるかもしれないしな」


 今平原を歩いているだけで、迷宮で見た植物がいくつもあることに気が付いた。

 これらの使用方法を知っていれば、あの日々はもっとマシだったのかもしれない。それを考えれば、たとえ効率が悪くても、自分の力で作れるようになっておくべきだ。


「君は本当に熱心だね。後でレシピをまとめておくけど、その前に文字の勉強が優先だね……あ」


 頭の中で俺の指導方法を考えているであろうアランが遠くを見て止まった。

 その視線の先にはツノの大きな牛がいる。脅威度は低そうな為、気にも留めなかったが、


「もしかしてあれがホーンブルか?」


「うん、今朝話してたから、会えたらいいなと思って平原に来たんだよ。案の定見つけたわけだけど……」


 どうする? と問うような視線を受けられた俺は前に出る。


「個人的な興味で戦ってくる。援護はいらない。二人は薬草採取を続けててくれ」


 了解、と頷く二人を置いて走り出す。

 こちらに気付いたホーンブルが大きなツノで突進して来た。

 俺が知りたいのは一つだけ、今のマナでもこいつに勝てるのかどうか。


「大地の精霊よ、我が身を守る壁を築け! アースウォール!」


 だから今俺が使うのは精霊魔法だけだ。

 マナは無詠唱を習得したが、実戦でそれが出来るかはわからない。だから一応俺も詠唱魔法でこいつに対応してみる。


「グモォォ!」


 土の壁にツノが刺さり、ホーンブルは身動きが取れなくなった。

 下級の地属性魔法でも防げる攻撃だな。


「風の精霊よ、真空の刃となりて飛翔せよ……」


 土の壁を歩いて回り込みながら風属性の詠唱を始める。


「ウィンドカッター!」


 壁に刺さったツノを抜こうとしていたホーンブルは、風の刃を避けることが出来ずにその首を断ち切られた。

 思ったより呆気なく終わってしまった。敵の攻撃パターンを観察したかったのに、突進しか受けていない事に気が付いた。


「昨日とは雰囲気が違ったね。詠唱をしていたし、普通の魔法使いっぽかったよ」


 離れて見ていたアランとミーシャが寄って来る。


「まぁ……今のは普段と違う戦い方だ。昨日のがいつものスタイルだと思ってくれ」


「うん、昨日の方がキレがあったし、戦い慣れたスタイルだってわかるよ。それで、君の好奇心はすんだのかい?」


 さっきの戦いを振り返る。詠唱をしながらでも相手にできる速度、下級魔法で防げる角。

 勇気さえあれば、マナもホーンブルを倒せるって事がわかった。


「あぁ、もう十分だ。少し早いけどそろそろ帰るか」


「おや? 何か忘れてるんじゃないのかい?」


「……昼食だな、作るから待ってろ」


 呆れ気味に言うと、二人は喜んでいた。




 その後、俺は二人と別れて明日のために買い物をしてから帰った。

 そうそう、明朝は予定があるから自由にしていいと伝えないとな。

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