第31話 お似合いの彼ら

 

「話は聞いたぜ、まずは礼を言う。“羽獣の羽根”を助けてくれてありがとな」


 ギルドに戻ると、ガイストがそう言って出迎えてくれた。その横でマルス達も頭を下げている。

 うじゅうのはねってなんだよ。そんな疑問を浮かべると、隣のアランが「マルス達のパーティ名だよ」と小声で教えてくれた。


「疲れてるところ悪いが、キングウルフは持ち帰っているか?」


「ええ、隣の解体場で出しますね」


 そう言って食堂とは反対側の壁に向かうアラン。

 壁の色と同色で見えにくい扉があり、そこを通ると血生臭い工房のような場所に出た。

 腕の太い職人に案内され、大きな作業台の上にアランがキングウルフを出す。

 隣で見ていたガイストが「やっぱりか……」と呟いた。


「フォレストウルフってのは狼系の魔物の中でも弱い方だ。そんな奴らから上位系のキングウルフが生まれるとは思えない。だから他所から来た個体だと予想していたんだが、どうやらそれは的中したようだぜ。通常個体より幾分か強かっただろうな」


 何故見ただけでわかるのだろうか。そう思っているとアランが説明してくれた。


「体毛、ですね。確かに黒くて針金のように硬い体毛は、火山地帯に生息するウルフの特長です。それに、この鋭利すぎる爪は、長い間硬い敵と戦ってきたからこそ発達したもの……」


「その通りだ。ここまで成長した奴に遭遇するなんて、お前らはよっぽど不運だったな。まぁ、推奨区域を超える冒険をしたんだから自業自得とも言えるか」


 確かにミスをしたのはマルス達だ。

 でも中部から少し進んだだけで強敵が出るなら、もう少し推奨ランクを上げるべきではないか?


「納得いかねぇ、って顔してるな。でもよ、これが冒険者なんだよ。フィオナのばーさんも昔言ってたぜ。『見落とされるくらい低確率で起こる事故は、往々にして大きな災に繋がる』ってな。今回起こった珍しい事故は、災に繋がる前にお前らが片付けてくれた。本当に感謝してるぜ」


 だがガイストが言っている通り、今回強敵に遭遇したのは珍しいケースだったのだろう。だとしたら、低確率で起こる事故の為に推奨ランクの見直しを行うのは賢いとは言えない。

 だから不運だったとまとめるしかないのだろう。難しいものだな。


「お前って考え事してる時はとことん無口だよな……そういう所フィオナばーさんに似てるぜ」


「それより報酬は?」


「帰ってきて第一声がそれかよ」


 ガイストが顔を顰める横でアランがボックスからオークを出して行く。


「流石アランの坊ちゃんだな。急所を一突きの死体ばかりだ。血抜きもちゃんとしてあるし、こりゃ美味そうだ」


 解体場の職人達が寄って来た。オークの死体を見て「美味そうだ」なんて感想は出てこないだろ……。こいつらはサイコパスか?


「いえ、その辺の綺麗な死体はリュートがやったものです」


「へぇ、噂の東方の兄ちゃんだな」


 職人達は好奇の目で見てくる。居心地が悪くて「さっさと仕事しろ」と言うと、笑いながら作業に戻って行った。


 俺達はギルドに戻り、受付で依頼達成の報酬を受け取る。


「まずは依頼達成報酬の金貨一枚。それから、先ほどのオークの査定結果がでました。オークが十四体とオークジェネラル、こちらが金貨二枚です」


 おぉ、これがBランクの報酬か。コツコツ続けていけば、いつかアイテムボックスも買えそうだな。


「それから、ウルフの牙と爪……キングウルフに関しては潰れた頭部以外は全て素材が使えるので、これらを合わせて金貨三枚。更に突発で発生した事故を解決して頂いたので、ギルドから謝礼の金貨一枚です。三人分で分けますか?」


 どうやらマルス達はウルフを一体も倒せていなかったので、報酬を辞退したらしい。だから俺達で山分けだ。

 それにしても、依頼になっていない強敵討伐でも謝礼という形で報酬が支払われるんだな。中々ホワイトカラーな職場じゃないか。


「そう言えばこのパーティの報酬の分配方法を聞いてなかったね」


「あぁ、半分はパーティ資金、もう半分を均等に分ける、って考えていたんだけど、問題ないか?」


「最も一般的な分配法だね。わかった、今回の報酬からそうしよう」


 俺の決め事が一般的な方法だと知ってホッとしてると、ガイストが驚いたように口を挟んだ。


「お、おいおい。お前らパーティを組む事が決まったのか?」


 その言葉に反応した周囲の冒険者達も寄ってくる。


「あ、言い忘れてましたね。僕もリュートとミーシャのパーティに入れて貰う事になりました」


「ほぉ、そいつはよか――うわっ!」


「ちょっとアランー、今はパーティ組むつもりないって言ってたじゃない!」

「そうだそうだ! なら俺たちのパーティに入らないか? なんなら三人とも歓迎するぜ!」


 ガイストを押し除けてアランに詰め寄る冒険者達。

 煩わしいので報酬を分けてくれたシェリーから自分達の分とパーティ資金を受け取り、アランを置いてミーシャと共に外に出た。



「あ、ま、待ってくれアニキ!」


 ホテルに帰ろうと歩き出すが、マルス達に呼び止められる。


「あの、本当にありがとう。俺、もう二度とコイツらに会えないんじゃないかって、怖くて……。あそこで会えたのがアニキ達でホントに、本当によかった。何か、お礼をしたいんだけど……」


「……」


「あ、アニキ?」


「いや、面白い冗談を言おうとしたけど何も思い付かなかった」


 俺がそう言うと、三人はずっこける仕草をした。このノリは異世界にも存在するのか!


「まあ、お前らが立派になって稼げるようになったら、高い酒でも奢ってもらおうかな」


 酒に興味は無いけど、カッコいい冒険者風のセリフを言ってみた。


「わかったぜ! 必ずビッグになるから、期待しててくれよ!」


 意気込むマルス達に背を向けてそのまま帰路についた。


 ⭐︎


「あ、おかえりなさいお二人とも」


 アニスの挨拶はいつの間にか簡略化されている。最初は上品なホテルマンっぽく「おかえりなさいませ」なんて微笑んでいたのに。まぁ今の方が気楽で助かるけど。


「き、君たちに置いて行かれるのはこれで二回目だね……」


 エントランスに遅れて入って来たのはアランだった。

 そういえば同じホテルに滞在してるんだったな。だからと言って帰り道まで行動を共にしなくてもいいだろう。


「あれ? 皆さんはいつの間に知り合ったのですか?」


 合流した俺たちを見てアニスが意外そうな顔をした。

 更に奥から数人のスタッフが顔を覗かせた。あいつらは昨日もアランに群がっていた奴らだな。


「パーティに入れて欲しいと、僕からお願いしたんです。彼らは、冒険者登録をしたその日にギルドマスターに認められる程の強者ですから」


「やっぱりリュート様もお強いんですね!」


 アランの言葉に反応した取り巻き達。


「怪我をして運び込まれた時から只者じゃないと思ってましたぁ」

「お二人ならお似合いというか、最強のコンビです!」

「怪我をして運び込まれた……?」


 盛り上がるスタッフ達の言葉にアランが疑問を口にした。

 チッ、こいつら人の情報をペラペラ話しやがって。

 しかもコイツらの眼中には俺とアランしかないみたいだ。ミーシャを差し置いて俺とアランをコンビと呼ぶ辺り、人の気持ちをまるで考えられていない。

 アニスも同じ事を思ったのか、大きくため息を吐いていた。


「あ、アラン様はご存知ではないのです? リュート様、先日背中に――」


「貴女達、いい加減に――」


 彼女達のやり取りに背を向けて階段を登る。


「やっぱアイツとパーティ組んだのは間違いだったか……」


 ボソッと呟くと隣で聞いていたミーシャから「どうして?」と純粋な疑問が返ってきた。


「アイツがいるだけで周囲の喧しさが数十倍に膨れ上がるんだぞ」


「……それは多分、アランがいなくなっても変わらないよ」


「え?」


「皆んなリューに興味を持ってた。でも、リューは……なんて言うか、隙がない? だから、話しかけづらかった。そこに話しやすいアランが出て来たから、皆んなアランをきっかけに近付いて来ただけだと思う」


 つまりアランがいなくても遅かれ早かれこうなってたってことか?


「リューは沢山の人に好かれるんだと思う。なのに、どうしてそれを拒むの?」


 もしかしたらこの子は想像以上に周囲の感情に敏感で、勘が鋭いのかもしれない。


「ただうるさいのが好きじゃないだけさ」


 だからこうやって誤魔化してもきっと信じていないんだろうな。


 ⭐︎


 シャワーを浴びてから一階のレストランに降りる。

 シャワーがあるだけ素晴らしい事だと思うが、どこかに温泉とかないのかな。毎日ちゃんと湯船に浸かっていたあの頃が懐かしい。


「リュートさん、アラン様があちらでお待ちです。それから、先ほどは未熟なスタッフ達が無礼を働き申し訳ありませんでした」


「本当だよ! 滅茶苦茶失礼な奴らだね!」


 クレーマーみたいにプリプリ怒ってみせると、アニスは引き攣った表情をしていた。

 そんな彼女に案内されるまま席に向かうと、私服に着替えたアランがいた。

 上品さで言えばコーネルより数段上だな。俺は別のテーブルで食事をしよう。


「ちょ、ちょっと。人の顔を見て知らない人のフリするのはやめてよ。もしかして僕、相当嫌われてる?」


「今更気付いたのか?」


 そう言うと、アランは口をあんぐりと開けた。

「半分冗談だよ」と言いながら席に着くと、スタッフが飲み物を持って来た。

 いつもは纏めて料理を持って来ていたが、どうかしたのだろうか。


「君達とゆっくり話したいから、コース料理に変更してもらったよ。追加料金は払っておいたから気にしないで」


 どうやらアランの粋な計らいらしい。


「そう言えば、ガイストさんが正式に発表してたよ。リュートを特級冒険者に認めるって。冒険者達はただただ感心してたよ。ガイストさんにここまで認められる人なんて初めて見た、ってね」


 そう言えばまだ他の奴らに話してなかったのか。

 でもガイストってそんなに尊敬されてるんだな。ただのハゲなのに。

 そんな事を考えていると、スタッフが前菜を持って来た。

 見た感じは単なるサラダなのに、無花果みたいなフルーツが入っていたり、少しクセの強いチーズが混ざっていたり、普段より手が込んでいる。


「……ん? そういえばリベルタは冒険者ギルド本部がある場所だって言ったよな? で、それは二代目勇者が作らせたとも。ってことは、ガイストって勇者の子孫か何かなのか?」


「いや、冒険者ギルドの長は世襲制ってわけじゃないよ……。それに、二代目勇者に子どもがいたなんて話も聞いた事がない。初代の勇者パーティの子孫だってもう生き残っていないしね。魔法使いのリュドミラは邪神討伐の際に命を落とし、拳闘士のガイムは生涯独身を貫いた。剣聖のアルフレッドと神官のリーンには子供がいたんだけどね……。三百年前の邪神襲来の前に皆んな殺されている。恐らく、邪神は勇者の子孫を全て殺してから、最後に剣聖アルフレッドが生まれ育った村を壊滅させたのだろうって言われてるよ」


 何気なく聞いた質問から重たい話が引き出されてしまった。

 しかしこの話は面白い。地球ではラノベの中の話だった英雄譚が、この世界では実話として残されているのだ。オタクな俺が惹かれないわけがない。


「あ、でもガイストさんは勇者の子孫ではないけど偉大な人である事は間違いないよ。彼が十年前、『暁の宴』のパーティリーダーとして暗黒大陸の調査に出向いたのは書籍化されるくらい有名な話だからね」


「暗黒大陸?」


 そう聞いたところでスープが運ばれてくる。

 ジャガイモのポタージュ、いや、ヴィシソワーズって言うんだっけ。母さんに連れて行かれたビストロでも食べた事あるけど、バターのまろやかさとネギの甘みがよく出てて美味しいな。


「うん、ここからずっとずっと西に行くと、最果ての大地っていう荒野があるんだけどね、その荒野を超えた海に、黒い大きな穴が空いているんだ。その穴に飛び込むと、邪神が暮らしていた暗黒大陸という大地が広がっているらしいよ。初代勇者パーティはここに赴いて邪神を倒したんだ。でもガイストさんは、あそこはまるで迷宮のようだった、って言ってたよ。空も海も大地もあるけど、素人でもわかるほど魔素濃度が濃くて、跋扈する魔物の強さも普通じゃないって。もう二度と行きたくないとも言ってたね」


「暁の宴はそんな危ない場所に何を調査しに行ったんだ?」


「そもそもこの調査が行われたのが、三百年前、勇者が邪神の復活を予言したからなんだ。ほら、襲撃に遭ったのは勇者パーティの剣聖アルフレッドが生まれた村だと言ったでしょ? だから二代目勇者は、初代が倒した邪神が復活したんだと考えたんだ。その復讐の為に剣聖の村を襲ったと。そして同じ周期で邪神が復活するなら、三百年間隔で蘇るはず。だからおよそ三百年後に生きている勇気ある者に、暗黒大陸の調査を頼んだってわけさ」


 つまり、六百年前に邪神が一回死んで、三百年前に邪神が死んだのは二回目。そしてそろそろ蘇りそうだから暗黒大陸に調査に行ったのがガイスト達ってわけか。


「邪神は生き返っていたのか?」


「ううん、一ヶ月も暗黒大陸で過ごしていたけど、気配すら無かったって。だから邪神は完全に死んだか、或いはまだ復活の時じゃない。そう言われているけど……これは十年前の話だ。近い内にまたS級冒険者の誰かが調査に行くのかもしれないね」


 うわぁ……頼むから俺が異世界にいる間は寝ててくれよ邪神さん。そして俺が帰った後にガイストとか強いやつらと戦って敗けてくれ。


 その後、白身魚のムニエルが運ばれて来る。

 魚が出て来るって事は、海が近くにあるのか、異世界でも低温で食材を輸送する方法が確立されているのだろうな。

 そんな事を考えていると、アランがずっと黙って食事をしているミーシャを見た。


「ミーシャは普段無口なんだね。それに、殆どの人に対して興味を持っていないようだけど、さっきはどうしてリュートを説得してくれたんだい?」


 フォークとナイフの使い方が難しいのか悪戦苦闘していたミーシャは、一度手を休めてから言った。


「貴方はリューを必要としている。その気持ちはわかるから……。それに、リューも本当は貴方を必要としてるはず。そう思ったから」


 アランは納得したように頷いてから「ありがとう」と微笑んだ。


 その後は軽く話をしながら食事を楽しんだ。

 お互いにホテルの残り宿泊日数が同じ事を知り、期限になったら部屋を同室にしてパーティ資金から支払う事が決まった。

 そして翌日の朝食も共に食べる事を約束してから俺たちは部屋に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る