第21話 ガイスト

 

「ゲホッ、ゴッホ! ぢぎしょう、喉が焼げだ」


 ペッと口から血を吐く。こんなにボロボロになるのはいつぶりだ?

 手に持った盾には大きなヒビが入っている。上位竜のブレスすら防いだこの盾が、こんな子どもに傷付けられるなんて思いもしなかった。

 いや、それより今の気迫はなんだったんだ。ビビってスキルぶっ放しちまうなんて情けねぇ。リュートの鬼気迫る程の執念、一体何がこいつをここまで突き動かす?

 リュートの元にミーシャが駆け寄って無事を確認している。俺がスキル撃ったにも関わらず、大きな怪我はないみたいだ。

 足音が聞こえて振り返ると、俺の方にも赤髪の少女が近寄って来た。


「ちょっとガイスト。アンタ大丈夫なの?」


「お、なんだレイラの嬢ちゃん。心配してくれてんのか?」


「違うわよ。そいつ一体何者なの?」


 違うのかよ……。しかし何者か。それは俺にもわからないが――


「気になるなら、なんでお前は戦わなかったんだ? あの場でコイツに怒って手をあげたのはキースやその他数人程度だろう。他の奴……例えばカリスやミスティナはコイツと手合わせしたい一心で乱闘に参加したはずだ。それに混ざればよかったじゃねぇか」


 俺の意地悪な質問にレイラ嬢は苦虫を噛み潰したような顔をする。


「コイツと戦った所で報酬が得られるわけでもないし、怪我でもしたら仕事に支障をきたす。そんな無駄な事しないわよ」


「無駄か? でも昔のお前さんは無駄なことが大好きだったよな。知らない場所への冒険、強い相手との戦い。レイラ嬢、自分のやりたい事から目を背けるなよ。俺が知ってるお前は、もっとたくさんの世界を知りたがってるはずだ」


「余計なお世話ね」


 そう言いながら去っていく少女の背中を見送る。受付嬢のシェリーがレイラ嬢とすれ違ってやってきた。


「近頃の子ども達は、本当に色んなものを抱えてますね。レイラさんは家族を守る責任感が強すぎて、些か現実主義的になってしまいましたし。最近では危険度が低くて時間効率の良い仕事しか受けてくれません……」


「そうだな……まぁ、今はこっちのガキ達の事だ」


 そう言いながらシェリーが持って来たポーションを受け取ろうとするが、避けられた。


「まさかガイストさん、このポーションが自分のだと勘違いしてます? そんな筈ないですよね? 自分で決めたルールを破って大暴れしたんですから、自分の傷くらい自分で治しますよね?」


「ぐっ……なんで皆んな俺の扱いが雑なんだよ……てかそいつ見てみろよ。手当が必要なほど怪我してねぇぞ。俺の方が重症だろ」


「あら? 本当ですね。じゃあこれはしまっておきます。あ、ミリーナ。リュートさんを運ぶので手伝って下さい」


 結局ポーションは渡さずにギルド職員達はリュートを運んで行った。ちくしょう。


「さて、待たせたなミーシャ。お前さんの試験だ。どこからでも、何を使ってもいいからかかってこい」


 そう言って闘技場端に置きっぱなしになってる武器を指差す。

 ミーシャは一言「わかった」と言ってからその武器達に手を向けた。


「お、おいおいおい。なんだよその魔法」


 驚くべき事に、ミーシャが手を向けると全ての武器が宙に浮かび上がった。

 そしてこの幼き白猫は掲げた手を振り下ろした。


「っ!?」


 恐ろしい光景だった。

 持ち主のいない槍、剣、斧、槌、色んな武器がひとりでに動き、俺を襲う。

 慌てて盾を構えた。槍を受け止め、刃を受け流し、大きな武器は走って避ける。

 だが所詮こいつも後衛だ。

 瞬時に距離を詰めて手を伸ばす。

 しかし予想以上に早い動きでミーシャは空へ跳んだ。

 それは愚策だぜ。

 リュートみたいに空中でも機動力を失わない技があるなら賢い選択だが、普通は身動き取れない空中に逃げても追い詰められるだけだ。

 俺は盾をフリスビーのように投げてミーシャを撃ち落とそうとする。間違いなく当たる軌道だ。

 だが、アイツは操った大槌を自分の側に近付けて、それを蹴る事で空中での回避を成功させた。


「揃いも揃って面白い奴らだ!」


 空中移動を可能にしたミーシャは盾を失った俺の元に突っ込んでくる。手にはいつの間にか短剣を持っていた。

 意識をミーシャに向けそうになるが、彼女の能力を忘れちゃいけない。


「本命は後ろか!」


 背中に突き刺さろうとしていた槍を躱して持ち手を握る。

 一瞬抵抗があったが、思いの外簡単に奪うことが出来た。

 ミーシャは慌てて俺から離れようとするがもう遅い。

 リーチの長い槍で少女の脇腹に触れ、そのまま振り払うようにして地面に叩きつける。

 すぐに起きあがろうとするが、俺がミーシャの首元に槍先を突きつける方が早い。


「ここまでだ」


 リュートとは違い大人しく、いや、ボーッとしている。


「これが……わたしとリューの差」


 無表情の中に、どことなく悔しげな色を見た気がした。


「お前はリュートと一緒に迷宮に潜りたいのか?」


 俺の質問に彼女は頷いた。

 あの迷宮に一体何があるってんだ? 俺にはちっともわからん。

 しょうがねぇ。フィオナのばぁさんに問いただすか。


「どうすれば強くなれる?」


 ミーシャの縋るような質問。皆強くなろうとしている。こいつだけじゃない。さっきのレイラも、ここにいないアランも、強くなりたくても伸び悩んで停滞している。

 でも、俺は気付いた。

 そんな若者達の中で、誰よりも真剣に強さを求めているのはリュートだ。

 多分俺は、リュートが最後に見せた鬼気迫る表情を一生忘れない。


「お前には尊敬してる奴がいるだろ。そいつの背中を追い続ければいい。あわよくば、いつかその背中を追い越すつもりで行け」


 リュートは一人で進みたがっている。でもそれは、仲間を失う恐怖が理由だろう。ああやってパーティを組みたがらない人間は何人も見て来た。

 しかしアイツにも支えてやれる仲間が必要だ。そしてミーシャには強くなる理由が必要。だから俺は、二人には一緒にいてもらいたいと思う。それがきっとコイツらにとっても良い方向へ進む。

 いや、二人だけじゃないな。アイツらにも声を掛けてみるか。まぁ最終的に決めるのは本人達だけどな。


「ちょっとギルマスー。試験中になに本気になってるの? 私達で決めたルール破って楽しんじゃって……」


 戻って来たシェリーに「ミーシャをリュートの元に案内してくれ」と頼んで俺も闘技場から出ようとするが、観戦していた冒険者達に止められる。


「ん? 無様に気絶させられたミスティナじゃないか……なんて、冗談だ。お前らじゃ太刀打ち出来ないのは当然だ。だから俺がちょっと熱くなっちまったのも許せ」


 短剣使いのミスティナや槍使いのゲルドも本気でかかればもう少し善戦したかもしれないが、それでもリュートには敵わなかっただろう。


「ほれほれ、俺には面倒な用事が出来たんだ。話は後で聞いてやるからどいてくれ」


 わらわらと集まってきた冒険者達をどかして三階の執務室に戻る。

 そこにはシェリーが自分のお茶だけ用意して待っていた。俺は暫く冷たい対応されるんだろうな……。


「あ、ガイストさん。彼らなら隣の休憩室で休んでもらってます。それで、ガイストさん本人が試験監督をしたって事は特別試験だったんですよね? ランクはいくつからスタートしてもらいます?」


「いや、その前にフィオナのばーさんに連絡する」


 一言そう言うと、シェリーは目を輝かせた。こいつはフィオナを敬愛してるからな。あの嫌味な奴のどこがいいんだか。

 シェリーが通信用魔水晶を起動させ、俺がそばの椅子に座る。

 しばらく「ジジジジ」と呼び出し中の音が鳴る。

 やっぱり忙しくて出ないだろうか。そう諦めかけた時に呼び出し音が止んだ。


『なんだ』


「おいフィオナのばーさん! アンタリュートってガキ知ってるだろ? 黒髪黒目の、多分東方の名家出身だろうな。アイツに一体何をした? なんでアイツはあそこまで災禍の迷宮に執着している? あれほどの力もアンタが関わってるって考えたら納得してきたぜ」


『……』


「おい聞こえてるよな? アンタまさか人の道理に背く事に手を出したのか?」


「ちょっとガイストさん! フィオナ先生に失礼な物言いはやめて下さい!」


『すまない、呆れて言葉も出なかった。シェリーもそこにいるのか? 一から説明してくれると助かる』


「はい先生! と言っても、十五歳くらいの強い少年が、十歳前後の白猫族の少女を連れて登録に来ただけなんですけどね……。ガイストさんが気にしてるのは彼の強さでしょうか? スキルを使ったガイストさんとやり合ってましたからね。大盾にヒビも入っていましたし。でも最終的にはガイストさんが勝ちましたよ?」


『ならその少年を私と結び付ける理由が無いな。私はリュートという東方人を知らないし、強い子どもなど探せば見つかるものだ。そこに非人道的な実験が絡んでいると結論付けるのは短絡的だ。そして同時に、子ども達の強さに疑念を持っているからこそ生まれる思考でもある。ガイスト、君は次世代を担う若者に希望を持っているからこそ世話焼きなのだと思っていたが、その評価は誤りだったか?』


「ま、待て。シェリーは知らない事だが、リュートはアンタを探してる。そしてまた、アンタも自分を探しているだろう、と言ってた。だから俺は二人が知り合いなんだと思って疑ったんだ。フィオナ、本当にリュートの事知らないのか?」


『私が探している……? もう少し詳しくその少年の事を知りたい』


「そうだな……災禍の迷宮に異様に執着してるけど、見てれは普通のガキだ。いや、冒険者っぽくはないか。綺麗な服と、小洒落た赤いポーチだけ持ってギルドに来たからな、絡まれて当然だ」


『赤いポーチ……そういうことか。詳細を話さなかったのは自分が持つ力の危険性を理解し、私と敵対する事を恐れた所為か。しかしそれを私に悟らせてでも会いたがった理由はなんだ? それは災禍の迷宮に潜りたがる理由にも繋がっているのか?』


「お、おい、何かわかったのか? 何言ってるか相変わらず意味がわからねぇよ」


『その少年、リュートと言ったな。確かに私は彼に会ってお互いの疑問を解消しなければならないようだ。ただ、存外賢い少年のようだから急ぐ必要はない。シェリー、伝言を頼まれてくれ』


 フィオナはシェリーに言伝を頼んで通信を切ろうとする。


「待て待て! アンタの所に向かわせるのはわかったが、迷宮には潜らせていいのか? 下手したら死ぬぞ?」


『ガイスト。リベルタ付近の迷宮の管理権限は現在君にある。災禍の迷宮に関して言えばSランク以上の実力者のみ入る事を許されているが、それも君が決めた事だろう? 私は君の戦闘センスと鑑識眼を信用している。君が決めた事なら私はそれを止めはしない。例え特級ランクを与えて、君の望むままにリュートを動かしても構わないと思っている。ただ、迷宮に潜らせる前に私に会わせてくれ。流石に死体と意思を疎通するすべはもっていないからな』


「不吉な事言うなよ……でもわかった。俺はアイツを死なせたくはないが、アイツの目標も奪いたくない。色々考えてみる」


『あぁ、そうしてくれ。ただ、自らが決めたルールを破る事は信用を失う事に直結する。シェリー。ガイストは試験中にスキルを使ったと言ったな? ギルドマスターの権限でその事実を有耶無耶にする事は可能だろうが、それをすれば冒険者達からの信用を失う。だから本日中はリベルタ冒険者ギルド内の飲食代は全てガイストの財布から支払ってやれ。そしてこの取り決めを冒険者達に公言しろ』


「わかりましたフィオナ先生!」


「ちょ!? アイツらがどんだけ食うと思ってんだよ!? 破算させる気か!?」


『私が言わなければ君に命令出来る者などいないだろうからな。懐の深さで冒険者達からの信用を取り戻すがいい。ではシェリー、言伝の件頼んだぞ』


「はーい!」


 そして一方的に切られる通信。

 くそ、結局何も分からなかった上に、とんでもない懲罰を受ける事になっちまった。


「はぁ、まぁいい。リュートが起きたら呼んでくれ」


 シェリーにそう言ってから俺は机に突っ伏した。

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