第22話 ようこそ冒険者ギルドへ
ソファの上で目を覚ました。
ギルド内の一室だろうか。机を挟んで正面にあるソファにはミーシャが座ってた。
「あ、起きましたね。お身体は大丈夫ですか?」
最初会った人とは違うギルド職員が俺の顔を覗き込んだ。
「あぁ、どれくらい寝てた?」
「二十分くらいですかね? ギルドマスターも丁度手が空いた所なので案内しますね」
そういえばこの世界での時間や曜日の数え方は日本と同じらしい。おまけに四季もある。でも時間の流れ方が地球と同じかはわからない。異世界の一日が地球の十日だったりしたら、俺は急いで帰らないと家族の方が先に寿命を迎えてしまう。
「こちらへどうぞ」
俺とミーシャは職員に促されるまま隣の部屋へ移動する。
広い室内には机に突っ伏したガイストと最初に会った受付嬢がいた。
「ハゲた頭をこっちに向けるなよ。ハゲが感染したらどうすんだよ」
「しねぇよ! なんでどいつもこいつも俺に冷たいんだよ! おいミリーナ! なんでお前もお茶を俺の分だけ用意しないんだよ!」
「すみません、シェリー先輩の指示なので……では私は失礼します」
「よくわからないけど大変だな」
「ほとんどお前のせいだよ! フィオナのばーさんに連絡とってやったってのにひでぇ対応だ……」
「フィオナって名前なのか。てかどうやって?」
てかばーさんってほど年寄りなのか? ゴブ太は美女って言ってたけどな。
連絡方法を訊ねた俺に、受付嬢が水晶のようなものを見せてくれた。
「あ、そういえば私も自己紹介がまだでしたね。私はシェリーです。ガイストさんは先ほどこの通信用魔道具でフィオナ先生に連絡を取りました。どこにでもある物ではありませんが、ここリベルタの冒険者ギルドはフィオナ先生と縁があるので、こうした連絡が可能でした」
なるほど、電話だな。水晶っていうのが異世界っぽくていいね。
「それで、フィオナ先生から言伝を預かっています。『賢い君なら凡ゆる危険を想像した筈だ。だがそれを覚悟してでも私に頼りたい事があるのだろう。安心してシャミスタの冒険者ギルドを訪れるといい、私は君に協力する。もしも私を信じられないなら、小鬼族の友人を信じてここまで来てくれればいい。今まで通りにな』だそうです」
「ははは……」
思わず笑いが溢れた。
俺が不安を抱いてる事も、それを差し引いてでも会う価値があるという打算も、全部お見通しってことだ。おまけにゴブ太との関係まで。
それでも協力してくれると言ってくれたんだ、シャミスタって街に行くのは決定だな。
「ところでリュートさん。ガイストさんはフィオナ先生を、ばーさん、なんて呼んでますが、そんな事はありませんからね! 確かに何年も前から生きていると言われても納得出来る程の知識量ですし、神秘的な魅力も秘めてますが、肌はきめ細やかでスベスベですし、凛としたお声はいつまでも聞いていたいし……」
「え? あ、あぁわかったわかった。フィオナは美人なんだな」
「そうです! わかってくだされば良いのです。ガイストさんのせいで変な先入観を持たれては困りますからね」
なんだこいつ。仕事出来る系お姉さんかと思ってたけど、推しキャラの魅力をわかり合おうとする腐女子に見えて来たぞ。
……いやまぁ、そんな事はどうでもいいか。
それよりさっきのシェリーの発言だと――
「なぁリュート。お前は一体誰なら信頼出来るんだ? フィオナを頼ってるのかと思いきや何かを警戒してるらしいしよぉ、俺にはフィオナと会った事があるように見せかけて実際には会っていなかった。お前の言動は常に何かを隠そうとしているように見える」
やっぱり俺がフィオナと会ったことがないのは既に知っていたか。
でも、他には何も聞いてなさそうだな。多分伝言や俺の事を説明する時に聞いた言葉で想像しているに過ぎない。現に、俺がフィオナに対して何を警戒しているのかガイストはわかっていない。
これはどう考えるべきか。
フィオナの単なる善意か? 俺が事情を隠したがっている事を悟ってその意思を汲んでくれたのだろうか。
或いは、フィオナがガイストを信用していないのか?
まぁ考えても仕方ない。どちらにせよ俺は地球の事も、自分の本当の固有魔法の事も話すつもりはない。どちらも聞き手次第では大問題に発展するからだ。
「はぁ……話すつもりはないって顔だな。まぁお前さん達が悪い奴じゃないってのは戦ってみてわかった。リュートもミーシャも人を害する奴らの戦い方じゃない。必死に生きようと足掻き続ける奴の戦い方だ。一体どこでそんな経験を積むことになったのか気になるが、話したくない奴から無理に聞くのはマナー違反か」
少し肩をすくめてからガイストは続ける。
「じゃあ先に試験結果から伝える。今回の試験はギルドマスターが直々に行う特別試験だったからな、通常はFランクスタートだが、実力に応じて高ランクからスタートできる。まずミーシャ。お前はソロだとDランクからスタートだ。でもお前の固有魔法ならパーティを組めばより強い魔物にも対応出来る。どっかのパーティに所属するのをお勧めするぜ。同じDランク帯の奴らと組めば、パーティランクCくらい容易に到達出来るだろうな」
どんどん話が進んでいく。Fが一番下で、ミーシャの実力でDか。俺が寝てる間にどんな戦いを繰り広げたのだろうか。
「んで、リュート。お前さんは特級冒険者として俺が指定した依頼をいくつか受けてもらう。その途中でシャミスタの冒険者ギルドへ向かわせるつもりだし、最終的には災禍の迷宮に入れる様にSランクにしてやる」
いくつか気になる事があるな。騙されないようにちゃんと聞いておかねば。
「特級ってなんだ? 俺のSランクはソロでって事でいいんだよな? それと、迷宮に入れるようになるまでどれくらい時間がかかる?」
「質問が多いな。一から説明するから待て。まず特級ってのは、まぁ特別措置みたいなもんか。俺がギルドマスターになって二十年経つが、初めて特級にしたくらいだしな。
特級冒険者ってのは、簡単に言ってしまえば特級を与えたギルドマスター直属の騎士みたいなもんか。悪く言えば、お前は俺専用の小間使いだ。お前は俺が指定した依頼を受け、完璧に遂行しなければいけない」
「なんだそれ。自由が売りの冒険者とは思えないな。お前の奴隷になるつもりはないぞ」
そうは言ってみるが、一考の余地はある。
ガイストは冒険者からの信頼も厚いようだし、悪い奴ではなさそうだ。深く事情を聞いてこないのも助かるし、特級として信頼を積めばあの迷宮に入れるなら悪い提案じゃない。
ただ、それまでに掛かる時間や、他の条件次第では受け入れることは出来ない。
「あぁ、俺も自由都市に住んでるくらいだしな、あまり束縛するのは好きじゃない。俺がお前を特級冒険者にしようとしてるのは、訓練の延長みたいなもんだ。戦闘能力に関して言えばお前はソロランクA以上だと断言出来る。まぁ依頼達成なんかの実績がないからBランクにするけどな。んぁ、そう言えばSランクが最高だが、それは流石にわかるよな? ともかく、それくらい戦闘能力が高くても災禍の迷宮じゃ通用しないかもしれないんだよ。だから俺はお前を鍛えるためにも、お前のことをもっと知るためにも、特級冒険者として繋がりをもっておきたい。これが本音だ」
確かにガイストの言う通り、あの迷宮には俺じゃ太刀打ち出来ない魔物が沢山いる。そういう奴らは危機感知で避けながら進んでいたが、最後に遭ったキメラのように、危機感知が反応しない化物もいる。次入ったらどれくらい生きていられるかわからない。
「それと、最初の質問に答えなきゃな。お前には特級として色んな場所で依頼を受けてもらうが、その途中でフィオナがいるシャミスタにも行ってもらう。んで、最後にここに帰ってきたら、俺がお前達をパーティランクSと認め、災禍の迷宮の探索を許可する。ここまでに掛かる時間は一年くらいじゃねぇかな」
「一年!? しかも待てよ、俺はソロで潜るって言っただろ!」
思わず机を叩いて立ち上がる。
あまりにも時間がかかりすぎだ。
早く帰って家族を安心させてあげたいのに。
「おいおい、まさか冒険者になればすぐに潜れるとでも思ってたのか? 確かに簡単な迷宮ならEランクから開放されている所もあるが、災禍の迷宮に関して言えば別格だ。あそこはパーティランクSが必須条件なんだ。ソロで潜ることは想定していない。いいか、迷宮の管理者はその難易度に合った入場資格を設定しないといけないんだ。じゃないと無理な探索をして死亡する冒険者が多発する。それは俺の信用にも関わる事だし、何より俺は自分の判断ミスで冒険者達を死なせたくない」
隣に座っているミーシャが俺の手を掴んだ。
それに引っ張られるようにして再びソファに腰掛ける。
「……だったら、俺は冒険者にならなくてもいい。アンタが協力してくれれば俺は迷宮の入口を管理してる衛兵の目を掻い潜って中に入る事が出来る。その後の事は誰も知る由はない。冒険者とは無関係な一般人がいなくなったことなんて、記録に残らなければ、誰かが責任を負う事も――」
「馬鹿野郎っ!」
今度はガイストが俺の言葉を遮り立ち上がった。
胸ぐらを掴まれ怒鳴られる。
「その考え方を今すぐやめろ! 自分一人いなくなった所で何も問題は無いと思ってるその澄ましたツラが気に食わねぇんだよ! なぁリュート! お前は隣で俯いてる子の目を見て、もう一度同じ事が言えるのか!?」
大人に本気で怒られたのはいつぶりだろうか。
学校の教師達は俺を腫物の様に扱って関わろうとしなかったし、親は怒るよりも心配ばかりしていた。
だからだろうか。ガイストの言ってる言葉がガツンと胸に響いた。
ガイストが手を離し、俺は隣の子を見た。
帰る事を焦るあまり、自分のことばかり考えてしまっていた。
この子は俺が遠い所へ帰ると知っているが、だからと言って俺が死ぬ事を悲しまないわけじゃない。
自分の居場所に帰るための別れと死に別れが、同義なはずないのだから。
「わたしは、最初は父さんの真似して冒険者になるつもりだった。でも、リューに出会って、何度も助けてもらって、わたしもこの人の事助けられるくらい強くなりたいって、本気でそう思った。だから、これが今のわたしの目標。リュー、わたしを仲間にして。この前はリューの足引っ張りたくないって思ったけど、今は違う。Sランクパーティになるまでに絶対に強くなるから、一緒に迷宮に行こう」
顔を上げたミーシャの強い眼差しを見て、迷いが生まれた。
絶対に一人で行くんだと決めていたのに、この幼い子に頼ってしまいそうになる。
「リュート。まだ迷ってんなら、とりあえず特級冒険者として活動する一年だけミーシャと一緒にパーティを組んでみたらどうだ? 迷宮に入る実力を心配してんなら、特級冒険者として活動する間に迷いを解消していけばいい。俺も無茶な依頼は渡さねぇから安心しろ。んで、全部終わってここに帰ってきた時、その時に一緒に迷宮に潜るかどうか決めればいい。まぁ、お前が相変わらずソロに拘るなら、お前が勇者を超えるくらい強くなるまでこき使い続けるけどな」
少しの間ミーシャと依頼を受けるつもりだったし、その期間が一年に伸びるくらいなら、この提案は受けるべきか。
「……わかった、そうするよ。ミーシャもそれでいいか?」
俺の質問に頷くミーシャ。
この子は俺の足を引っ張らないように強くなると言ったが、俺も仲間を守れるくらい強くならなくてはいけない。
「それにしても、パーティを組んでも一年は掛かるのか?」
「普通はもっとかかるんだよアホ。お前ソロに拘ってたけど、俺は十四の頃に冒険者になって、ソロランクSになったのは三十過ぎた辺りだぜ。パーティランクにしても、そう簡単に上がるもんじゃない。ともかく、俺はお前の為に特級冒険者になる事を提案してやったんだから感謝しろよな」
Sランクになるまで十五年以上もかかるのか……。
それを聞くと、一年で迷宮に潜れる様になるってのは色々配慮してくれてるんだと思う。
これはもう受け入れるしかないな。
時間はかかるが、もっと強くなり、帰る方法を見つけ、そして一年後には迷宮に戻って地球に帰るんだ。
「あぁそれと、俺はお前に合いそうな冒険者何人かに声掛けてみる。後でそいつらから話があるかもしれないから、本音で話し合ってくれ。それでお互いが良ければパーティを組むといい」
「はぁ? 俺はミーシャが強い意志を持ってるからパーティを組む事にしたけど、他に誰かを入れる気なんてないぞ。そもそもあの迷宮に入りたがる奴はいないって話だっただろ」
「ま、俺が話したのはあくまで一般的な冒険者の話だ。中にはお前やミーシャみたいな変わり者もいる。とにかく、話くらいはしてやれよな」
ニッと笑うガイストを見て肩をすくめる。
「お前には暫くリベルタで過ごしてもらう。その間は自由に依頼を受けてくれ。ただし、今はランクD以下の依頼限定だ。俺の方でも色々済んだら、正式に特級冒険者として動いてもらう。じゃ、後の説明はシェリーに任せた」
そう言い残してガイストは部屋を出て行く。
ずっと黙っていたシェリーが一口お茶を飲んでから話し始めた。
「後の説明、と言われましても、改めて説明する必要があるのはギルドに所属する上での禁止事項くらいでしょうか。一番守っていただきたいのは、魔物、及び盗賊以外の相手との戦闘禁止って所ですね。冒険者は魔物を倒して平和を守る職業だと考えてもらえれば間違いありませんね。ですので今後は冒険者に絡まれたら訓練の一環として、訓練場か闘技場で戦って下さいね。本当は今日みたいなのは禁止事項なんですから」
盗賊も魔物と同じ扱いって事は、状況次第では殺さなきゃいけないんだよな……。もしも遭遇したら、俺は人を殺せるのだろうか?
嫌な奴に対して死ねばいいと思う事はよくあったが、人を殺した事などないからわからないな。でも仲間を傷付けられるくらいなら、この手を血で染めた方がマシだな。
「それと、こちらがギルドカードです。二人が休まれている間に作らせて貰いました。リュートさんもミーシャさんも個人ランクD以上なので、通行税が免除になりますよ。冒険者の数が増えればその街は魔物の不安が少なくなりますからね、優遇されてるんです」
ミーシャは銅、俺は銀のプレートを渡される。文字が彫ってあるが読めない。
「他に何か気になることなどありますか?」
「ギルドとは関係ない事かもしれないけど、これから装備を買い揃えようと思ってるんだ。新米冒険者におすすめの店はあるか?」
話が終わったようなので今後の予定を話す。するとシェリーは悪い笑みを浮かべた。
「それでしたら、下で宴会をやってると思うので、そこに混ざって色々聞いてみたらいいと思いますー!」
「宴会?」
「はい! ガイストさんがルールを破った罰で、今日一日ギルド内の飲食代は全てガイストさんが払うことになったんです! お二人も是非ガイストさんのお財布を空っぽにしてあげて下さい!」
なんか、あのおっさんが段々気の毒になってきたな。髪の毛は無いし、職員からの当たりはキツいし。
「あ、でもリュートさん。一応言っておきますが、ガイストさんは沢山の人から慕われていますし、尊敬もされています。だからリュートさんが特級冒険者に任命されたのは多くの冒険者にとって羨望する事なんですよ。もちろん、リュートさんが他の人の真似をしてガイストさんを敬う必要はありませんが、それでもどうか覚えておいてください。貴方が誰かを頼りたくなったら、私はガイストさんが適任だと思います……いや、正直に言うとフィオナ先生って言いたくなっていましたが、あの方は忙しいですからね」
「最後ので台無しだよ」
急に真面目な話を始めたと思ったら、ただの推し活だった。
「ささ、では一階に降りて下さい! 皆んな二人のことを待ってますから!」
そうして俺たちは部屋から追い出された。
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