第23話 宴会

 

 廊下に出た途端、冒険者達の笑い声や話し声が聞こえてきた。部屋の中では全く聞こえなかったが、防音の魔法でも掛かっていたのだろうか?

 ミーシャに案内してもらいながら一階に降りる。俺は寝たまま運ばれていたからどの扉を開けばいいか知らない。

 受付がある大部屋に出ると、喫食していた冒険者達がこちらを向いた。


「お、主役が来たぞ!」

「お前のお陰で今日の酒代はタダだ!」

「さっきは殴りかかってごめんな!」

「アニキ! 俺を弟子にしてくれ!」


 新鮮な感じだった。

 どこに行っても厄介者でしかなかった俺がこんな陽キャ達に受け入れられるなんて。そしてそれはミーシャも同じようだ。


「ミーシャちゃんはやっぱり牛乳が好きなの?」

「ココアもあるよー!」


 ミーシャの種族は牛乳が好きってのが常識なのだろうか。覚えておこう。


 俺たちは案内されるがままに席につき、テーブルにはどんどん料理が運ばれてくる。厨房では白い服の食堂スタッフと、桃色の制服のギルド職員が一緒に働いている。ギルド職員のせいで忙しくなったみたいなとこあるし、手伝っているのだろうか。


「な、なぁ、その、あんちゃん。さっきはすまなかった。お前達があんなに強いって知らなかったんだ。また才能に恵まれたガキが無謀な事しないかって心配でさ」


 バツの悪そうな顔でキースが謝る。


「私はただ貴方とやり合ってみたくて乱闘に参加しただけだし、謝罪はしないよー! あ、ミスティナって呼んでね、よろしく!」


 短剣使いのミスティナがカラカラと笑う。


「アニキ! アンタとギルドマスターの戦いを見て感動したよ! 俺はマルスだ! こっちが仲間のミーナとテッドだ!」


俺より二つくらい若い三人組が寄ってくる。乱闘に参加しなかった奴らだな。


「リュート……君の名は覚えたよ。僕の槍を粉砕した悪魔め。僕はゲイルだ」


 股間を潰されて唸っていた雰囲気イケメンのゲイルが、俺と距離を空けたまま自己紹介をする。トラウマを植え付けてしまったかな?


「リュート殿、ミーシャ殿! 先ほどは失礼した、これは改めて詫びの品だ。我ら獣人族の味覚からすれば、そこらの物より品質の良い店の物だ」


 そう言ってカリスは袋に入った干し肉をくれた。冒険のお供に丁度良いな。


「ありがとうカリス! 俺に殴りかかってきた奴は沢山いるが、詫びの品をくれたのはお前だけだよ!」


「ぎくっ……」


 乱闘に参加してた冒険者達が居心地の悪そうな顔をする中、ミスティナだけは我関せずといった風に俺たちと同じテーブルについて食事を始めた。こいつの神経はトゥーレの木(世界一太い木)並に図太いな。


「それと、紹介する。彼らは俺の仲間で、左からテリィ、シア、グリンだ! 彼らにも貴殿達の強さを見てもらいたい故、時間がある時に共に冒険に行けたら幸いだ!」


 カリスが紹介したのは皆獣人で、今朝はいなかった奴らだ。左からたぬき女、うさぎ女、クマ男だ。


「カリス、わたしはやっぱりリューとパーティ組む。誘ってくれてありがと」


 さっき決まったことをいち早く伝えるミーシャ。しっかりした子だ。


「うむ。そうなるだろうと思っていた、気にするな! しかしパーティが違くとも俺たちは既に友人だ! 困った事があればいつでも頼れ!」


 ミーシャは少しポカンとした後「ありがと」と呟いた。


「さぁさ、リュートちゃん達も早く食べましょ! それとも私が食べさせてあげよっか?」


 フォークを持って騒ぐミスティナ。


「寝言は死んでから言え」


 適当にあしらってから俺も運ばれた料理に手をつける。

 手の込んだ料理より、ただ焼いただけの肉とかサラダとか、素材を味わう料理が多いようだ。

 ミーシャはカリスの仲間のテリィやシアにチヤホヤされている。「白猫族ってホント綺麗だよねぇ」なんて話してる辺り、獣人からの人気は高いようだ。

 そういえば、あいつはもういないんだな。


「なぁに? 誰か探してるの?」


「いや、赤髪の少女は仕事にでも行ったのか?」


「ちょっとー! 隣にこんな美人がいるのに別の女の事考えてるわけ?」


「え? ミーシャは美人って言うより可愛い系だろ」


「こっちよ! 私よ! 言わせるんじゃないわよ!」


 確かにミスティナは黙っていれば美人かもしれないが、うるさすぎて話にならん。

 隣のテーブルでチラチラとこちらを見ているキースと目があった。彼は嬉しそうな顔で話し出す。構ってほしかったのか?


「レイラの嬢ちゃんなら仕事行ったぜ! ギルドマスターの奢りなんだから今日は食ってけって誘ったんだけどよぉ、話も聞いてくんねぇや。なんだあんちゃん、レイラ嬢が気になってるなら声かけてやろうか?」


 おっさんのいらない気遣いを手で払って断る。


「俺は最初、アイツがガイストより強いんじゃないかって思って気になってたんだ。実際はどうなんだ?」


 そう言うと、周りにいた冒険者達が顔を見合わせてからドッと笑った。


「がはははは! 確かにレイラ嬢はソロでBランクだし、その中でも強者の部類だろう! でもな、ウチのギルドマスターより強い人間なんて俺は見た事ねぇぜ!」


「だよなぁ、あんちゃんはかなり良い所まで行ってたけど、ギルマスより強い奴なんてそうそういるかってんだ」


 まるで当たり前の事を話すようにガイスト最強説が出てくる。だけど壁際のテーブルから俺の意見に理解を示す者が現れた。


「その子の言ってる事、わかるよ。魔力量が見えてるからそう錯覚したんだと思う」


 緑髪青目のボーッとした女。どことなくミーシャに似てる雰囲気だが、彼女は耳が尖ってる。もしかしてエルフってやつ?

 そういえばさっきの乱闘の時もコイツいたな。でも遠くから静観していた。何故か記憶に残りにくいというか、気配がわかりにくいというか……。


「うおっ! エモさんいたのか……」


 周囲の冒険者も同じ感覚みたいだ。だとすると認識阻害みたいな魔法があるのか? それとも、コイツのローブが気配を隠す魔道具だったり?


「でもね、魔力量が全てじゃないの。それを制御、操作出来なきゃ意味がない。逆に言えば、少ない魔力を効率的に使うことの方が重要と言える。それに、戦闘においてはその他の技能も大切だし」


 女は布袋を俺に差し出してきた。


「私はエルフ族のエモ。これは体内の魔力を暴走させる丸薬。魔力制御の練習をする時に飲むといい。でも気を付けて。貴方の魔力が暴走したら周囲は更地になる。必ず何もない場所で訓練して」


「え? くれるのか? ありがとう……でもどうして?」


「代わりに私の質問に答えて。貴方は水属性の応用魔法、氷結魔法のアイスエイジを使った。けど、貴方が使った精霊魔法はその一種類だけ。それ程の才能があるのにどうして他の精霊魔法を使わないの? 固有魔法より便利な面はあるというのに」


 彼女が何を知りたがっているのかわからないし、丸薬をくれたお礼に正直に話すとしよう。


「ただ単に、他の精霊魔法を知らないだけだ。さっきの精霊魔法だって学んだわけじゃなくて、勝手に使えるようになったものだしな」


エモは少し驚いた様に目を丸くしてから、フードを被って踵を返した。


「……随分愛されてるね。答えてくれてありがと、スッキリした」


「え? あ、待て、俺も聞きたい事が――」


 背中を向けるエモを呼び止めようとしたが、いつの間にか姿が見えなくなってしまった。

 エルフってのは目的がある時にしか姿を見せないものなのか? 魔法について聞きたかったのに。


「彼女もBランクのソロ冒険者だよ。魔法使いなのにパーティを組まない変わり者。おまけに神出鬼没だしね」


 ミスティナの説明に納得する。変わり者って言葉がピッタリだな。



 その後しばらく食事を楽しんだ俺とミーシャは、食後のデザートまで食べ終えてから立ち上がった。


「リュート殿、もう行くのか? 折角だから今日一日食べ続けたらどうだ? これから仕事が終わった冒険者達が帰って来て更に賑わうぞ」


 カリスの誘いに首を振る。


「これから装備を買いに行きたいんだ。それで、新米冒険者にオススメの店とか知ってるか?」


「ふむ。それならここから一番近い、北の複合店だろうな。鍛冶屋、衣服屋、魔道具屋、冒険雑貨屋。その四つの店が一つの大きな建物の中に入っているんだ。俺は今でもあそこによく通うぞ」


「確かにあそこはキチンと商品に値段付けて売ってるし、ぼったくられる事もないよな。品質も信用できるし、何も知らない奴でも安心して買い物出来るぜ」


 カリスの説明に賛同する冒険者が多い。


「まぁ、リュートちゃんが目利き出来るようになったら他のお店探せばいいんじゃない? 鍛冶屋なら良いお店知ってるけど、職人さんが気難しいドワーフだからね、今行ってもまともに取り合ってくれないと思う」


 職人気質なドワーフ、定番だな!

 だが、武器の扱い方はわからないし、今のところ買うつもりはない。


「なるほど、参考になったよ」


 俺達は礼を言ってからギルドを出る。

 まだ見ぬ武器や魔道具に期待を馳せながら北へ向かった。

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