第24話 ショッピング

 

 俺は田舎生まれ田舎育ちで、おまけに引きこもり気味。都会など縁遠い存在だったし、偶に出掛ける事があっても駅前のショッピングモールや、夕飯の為にスーパーに寄るくらいしかしなかった。

 だからだろうか。

 この複合店舗がとても都会的かつ先進的に思えてワクワクしてるのは!


「ここ三階建なのか? 土地も広いし、商品数多いな! 休日ショッピングモールに入り浸ってるリア充達を見て正気を疑った事もあったけど、ここなら一日いても飽きないな!」


 一階は階層全体が鍛冶屋の様で、奥に作業場があるのに売り場もかなり広く、いろんな種類の武器や防具が並んでいる。二階は衣服屋で、魔法使いが着るローブから、普段着や肌着まで売ってるらしい。そして三階には魔道具屋と冒険雑貨屋。ここも覗いてみるつもりだが、ゴブ太のポーチに入ってる物がどれも使えるので、急いで何かを買う必要はない。


「そういえばミーシャが使ってたミノタウロスの斧は迷宮に置いてきちゃったんだよな……武器は何が使いたい?」


 まずは一階をまわる。

 冒険者に教えてもらった通り値段が最初から表示されているが、俺には読めない。なのでミーシャに読み上げてもらっている。

 一番安いのが石の槌で、銀貨八枚。でも正直、これくらいなら俺の地属性魔法でも作れるような……。

 一般的な剣だと、金貨一枚は軽く超えてくる。白っぽくて光沢のある綺麗な刀身のやつだと金貨七十枚だ。何かいい素材でも使っているのだろうか?

 ともかく、金が足りない。

 こんな事なら、コーネルからもっとぶんどるべきだったか? いや、流石に命の恩人にそんな事は出来ないよな。


「リューが偶に作る、棍棒とか槍とか。あと、土の塊が沢山あったら戦いやすい」


「え? でもあまり綺麗に作れないぞ?」


 もしかしてお金を使わせないように気を遣ってくれてるのだろうか? 


「壊れてもいい武器が沢山ある方がいい」


 そういう事なら、後で張り切って作るとするか。


「だとしたら武器を入れておく空間拡張のポーチが必要だよな。俺も武器や鎧は必要ないし、二、三階を見るか」


 ミーシャも動きを邪魔しない服がいいと言っていたので、全部上で揃いそうだ。

 でも武器ってやっぱり憧れるよな。お金が貯まったら買ってみようかしら。


 二階に上がると、スタッフに見つかって営業スマイルで話しかけられた。


「いらっしゃいませ。どういった品物をお探しで?」


「俺とこの子用に耐久性のある服を何着か。魔力の通りが良い素材が好ましいな」


「えっと、お客様が着てる服は普段着のようですが、袖が焦げ落ちてますよね……? 普段からその服で冒険を?」


 スタッフが俺の格好を見てから言う。まぁ、そういうことにしとくか。

 あと、自分に合った装備が欲しいので、どういう戦い方をするのかも伝えておこう。


「そうだな。魔力を通せば頑丈さを増すからな、こうやって炎の魔法を食らってもある程度は弾くんだ。焼け焦げたのは、相手が強かったせいだな」


 説明しながら右手で火を出して自分の服に触れる。

 店員は終始驚いた表情をしていたが、やがて納得してから「こちらのお嬢さんも同じような服をお探しで?」と確認する。


「わたしも練習中だけど、こんなに上手くは出来ない」


「でしたら、少し頑強めの服を探して参ります」


 そう言って店員は奥へと消えていく。

 ミーシャも魔力量は多い方だしそのうち出来るようになると思うが、丈夫な装備をつけておいた方が安心出来るし、良い物を期待しよう。


 暫く店内をまわってると、さっきの店員が戻ってきた。


「お待たせしました。まずはお客様にはこちら、フレイムウルフとスノーベアの毛皮を織り交ぜて作られたシャツとパンツ、それから鎮静効果のあるクンイコットンで作られたケープです。微力とは言え、魔力の巡りを安定化させる効果があります」


 素材の名前を言われても全然わからないが、俺が今着てる服に似た物を用意してくれたようだ。伸縮性もあるし、軽くて魔力の通りが良い。

 ケープっていうのはこの小さくて青いマントみたいな物か? これがあるだけで途端に旅人っぽくなるのが不思議だ。


「お客様には頑丈さと動きやすさのバランスを考えて選びました。急所部分にはレザー加工が施されているので、万が一でもある程度の攻撃は耐えられるかと思います。ですが鎧ほどの防御力は期待しないようお願いします」


 女の子の服はよくわからないけど、いくつか重ね着をするみたいで大変そうだ。でもとても丈夫そうだし、ミーシャも気に入ったみたいだ。


 その後俺達は試着を済ませ、似た服や肌着を何着か買ってから三階に上がった。全部合わせても金貨二枚でお釣りが来たため、もう少し余裕がある。



「一番安い物で金貨三枚からですね。容量はだいたいこの棚が二つ入る程度、その場合の重さは……持っていただいた方がわかりやすいですね」


 魔法鞄が並ぶ棚の前で暇そうな店員に説明を求めたところ、俺が持ってるポーチの常識とは明らかに違う説明がされた。

 容量が少なすぎるのはまだいいとして、重さってなんだ? 物を入れたら重くなるのか? ゴブ太のポーチはいくら物を入れても重さは変わらないぞ。

 そんな事を考えてるうちに店員が店に並んでるのと同じリュックを持って来た。一番安いのがこれらしい。

 受け取ってみると、確かに重い。五キロくらいだろうか。でも中にこの棚二つ分の荷物が入ってると考えれば軽いのか?

 いやでも、ゴブ太のポーチはもっと沢山入ってるのに五百グラムもしないぞ?


「大体今感じている重さの五十倍の荷物が入ってます。いかがでしょう?」


 えぇ、これはどうなんだ? 不良品なのか? それともこれが普通なのか?

 店員の表情を見る。人を騙すような顔はしてない。強いて言うなら、早く決めてくれないかなー、みたいな怠そうな表情だ。

 そういえばゴブ太はこのポーチを研究者が作った物だと言ってたな。だとすると研究者のポーチが常識はずれの可能性が高い。凄い人らしいしな、チート錬金術みたいな事してるのかもしれない。

 よし、そう考えたら安心して金が払える。


「ミーシャ、これでいいか?」


「え? う、うん。いいの?」


「子どもが遠慮するもんじゃないよっ!」


 昔家の近所に住んでた世話焼きのおばさんの真似をして水色のリュックを買う。

 その後も暫く店内をまわってみたが、火を起こす魔道具とか、魔石をセットすると水が出てくる水筒とか、便利だけど俺には必要のない物ばかりだった為、特に何も買わずに店を出た。

 因みに、冒険雑貨の方はテントや調理器具などがあったが、テントは土でかまくらを作ればいいし、調理器具もある程度揃っているため、今回は見送った。


「さて、俺は少し試したい事があるから街の外に出て来るよ。ミーシャは部屋で待っててくれ」


 ホテルまで戻ってミーシャを見送り、俺は一人街の外へ向かった。

 周囲を囲う高い壁は魔物対策だろうか。東西南北の四ヶ所にある門のうち、一番近い南の門を通る。貰ったばかりのギルドカードを見せて、訓練のために少し出る事を伝えると、すんなり外へ出られた。


「よし、この辺ならいいかな」


 暫く歩いて街から離れ、森の入口辺りで足を止める。流石に奥に入るのは危険だろう。周囲に人がいない事を確認し、ポーチから丸薬を出した。

 袋にはビー玉サイズの深緑色の丸薬が二十個くらい入ってる。

 一つ取り出して口に近づけると、僅かに危機感知が発動する。でもこれは毒の時とは違う。どちらかと言えば、強い魔物に遭遇した時に感じる身の危険と似たようなものだ。

 エモは魔力を暴走させる薬だと言っていたが、魔法使いはみんなこれを飲んで魔力操作能力を鍛えるのだろうか。

 だとしたら俺も遅れちゃいられない。思い切って口に含む。

 強い苦味が広がり、直ぐに水で流し込む。

 その途端、身体中の血液がドクンと脈打つ感覚に襲われた。

 続けて全身の痛み。

 今まで正常に血管の中を巡っていた血液が、管を破って抜け出そうと暴れているような。


「ぐぅう、あ、あぁあっ!」


 地面に蹲り、痛み、苦しみにもがく。

 草を握った右手からは炎が迸り、即座にそれを焦がした。

 身体の熱さを冷やそうと胸を抑えた左手が、俺の胴体を凍り付かせ、その勢いを殺せず背中から氷の棘が生える。


 くそ、おちつけ、意識を集中しろ。


 そうだ、精神的に不安定な時期にやらされた瞑想を思い出せ。

 一般的な瞑想は呼吸に意識を集中して行うが、地面を歩く足に意識を集中する歩行瞑想など、他にもやり方はある。

 ならこの異世界で俺がやることは、自分の魔力に意識を集中させる事だろう。

 痛い、苦しい、逃げ出したい。

 そんな雑念が浮かんできて思考が逸らされるが、それを否定してはいけない。自分が今苦しみを感じている事を俯瞰して理解し、意識が逸れたら戻すというシンプルな行為をただ繰り返す。


 どれくらい時間が経っただろうか。

 俺は自分の魔力が何故暴走しやすいのかようやく理解した。

 魔力とはタンクのような場所からとめどなく溢れ、それが管を伝って全身を巡っているものだ。

 それが正常な動きなのだが、俺の魔力はタンクから大量に溢れている。だから魔力の管――略して魔力管と呼ぼう――を流れる魔力とは別に、体中に魔力が満ち満ちてる。その溢れた魔力が正常な魔力管の流れを無視して動き回るから、魔法が暴走しやすいのだ。

 なら魔力を溢れさせない為にどうするべきか。

 簡単な方法は魔力タンクの容量を増やす事だが、この方法は皆目見当もつかない。

 もう一つの方法は、魔力管を太くする事だ。体を巡る魔力量を増やせば、溢れる魔力の量も減る事になる。そしてこれは、筋肉のように鍛える事が出来そうだ。現に今も、魔力の暴走に伴い魔力管も太くなった気がする。


「驚いた。その日の内に丸薬を使った事もそうだけど、一回目からその力を抑え、更に扱い方を心得るなんてね」


 気が付くと側にはエモがたっていた。

 本当に神出鬼没なんだな。

 周囲の草は多少焦げていたり、木が二、三本倒れてはいたが、それだけだった。エモの言う通り抑える事に成功したようだった。


「逆に言えば、それほどのセンスを持っていながらどうしてその程度の魔力操作能力しかないのか不思議。貴方が使っているのが固有魔法なら、生まれた時からその能力は授かっていた筈。だと言うのに十五年くらい生きているとは思えない程拙い力の使い方。まるで最近魔法が使えるようになったみたい」


 ――っ!!


 声を押し殺すのがやっとだった。

 エモはただの例えで「最近魔法が使えるようになったみたい」と言ったのだろうが、それが正解なだけあって背筋がヒヤリとする。

 いや、しかしだからと言って俺の固有魔法が本当は四大属性魔法ではなく、それを受け取る力だ、なんて発想は出るわけがない。


「まぁ自分が魔法を使えるなんて最近まで知らなかったしな……だから助かったよ、この丸薬は鍛錬にピッタリだ」


 平静を装って答えると、エモは目を丸くする。


「苦しくなかったの? 貴方の魔力量なら相当な負荷がその身にかかっていた筈。だというのに、またその苦しみを味わおうとしてる? そこまでして強くなろうとするのは何故?」


「え? 魔法使いって皆んなこれを飲んで修行するもんじゃないのか?」


 俺も普通に驚いて質問を返してしまうと、呆れた表情を返された。


「貴方は騙されやすいね。これは魔力増強薬。貴方が無謀な冒険をしようとしてるって知ったから渡した。確かに魔力操作の訓練として使うのは効率的だけど、そんな酔狂な事する人はいない。これを使うのは、ソロ冒険者が魔物に囲まれて絶望的な時。力が暴走しても誰も巻き込まない場面でしか使わないし、コレを使っても劇的に強くなるわけでもないから、ただのお守りみたいなもの」


 えぇ……異世界は治安が悪いから気を付けようって昨日決めたばかりなのに、もう騙されたじゃん。

 まぁでも、何かを失ったわけでもないし、いいだろう。


「因みに副作用とかはあるのか?」


「魔力の暴走を引き起こす薬、それ以外の何でもない。あと、今回は好奇心で見に来たけど、次からは知らないから、暴走して森を消し飛ばしても責任は取らないよ」


 そう言って去ろうとするエモ。今度こそ呼び止める。


「待ってくれ。いくつか質問していいか?」


「……二つくらいなら」


 うわ、ケチだなこの人。人をオモチャにしたくせに。

 聞きたいことは沢山あるけど……どれにしようか。多分魔法についての事ならエモは相当詳しい。

 魔法について俺が知りたい事……。


「転移魔法って存在しないのか?」


「しない……って言われてるけど、学術都市の魔術研究科の人達は、近頃転移魔法についての研究ばかりしてる。魔法鞄の需要が増えて物流も発展して来たけど、転移魔法が完成すれば、物だけではなく人の行き来まで自由になる。経済的効果についても期待が高いから、帝国はこの研究に莫大な資金を投資している。もしかしたら近い将来完成するかもね」


「研究をしてるって事は、どこかで転移みたいな現象を観測したことがあるって事か?」


「私は体験した事ないから知らないけど、迷宮が生まれた時、その場に在った物質が迷宮の中に落ちて行くって話、聞いたことある? 実際に落ちた人がいるらしいんだけど、その時の感覚がどう考えても落下ではなかったと言ってた。落ちた場所も一階層じゃなくて十五階層だったとか。おかしいでしょ? 床を突き破ったわけじゃないのに、十五階も下にいるなんて。研究者達はここに転移の可能性を見つけたってわけ」


 そうだよな。俺もゴブ太から迷宮に落ちたって話を聞いた時、妙だと思った。あまりにも当然のように話すから、そういうものなのかと納得していたが、やっぱりこれは転移のような現象だったのか。


「今ので二つの質問終わりって事で――」


「そうだ、精霊魔法ってどうやって使えるようになるんだ?」


 すかさず質問をすると、エモは面倒臭そうな顔をした。

 固有魔法は自分の身体から放たれるものだが、精霊魔法は場所を指定してその場に魔法を具現化できる。今日ガイストと戦って思った事だが、これは知能が高い相手なら有効な攻撃手段となる。


「貴方、無意識で精霊魔法使えるようになったみたいだけど、それが普通だと思わないで。そんなこと出来るのは、よっぽど精霊に愛されてる人間だけ」


「それ、ギルドでも愛されてるとか言ってたけど、どういうことなんだ? 俺は精霊に愛されるようなことしてないけど」


「偶にいるの、精霊が好む魔力の人間が。貴方も多分それだと思うんだけど、よくわからない。貴方の魔力って、何か変だから……どういう風に変かって聞かないでね。私にもよくわからないし。だからとりあえず初級魔導書を買って詠唱してみたらいい。本当は魔法学についてある程度知識を得る必要があるけど、貴方なら詠唱だけで発動すると思う。発動しなかったらその属性とは縁がなかったと思って」


 そう言ってエモは背中を向ける。


「そうだ。精霊に愛されてると言えば、この街にもう一人同じ子がいる。朝、東の門を出てすぐの、小高い丘の上に行けば会えると思う」


 その子に会ってどうしろと言うのだろうか。もしかして俺の質問に答えるのが面倒だからその子に押し付けたつもりとか?

 まぁなんにせよエモには世話になったか。


「色々ありがと……」


 お礼を言ってる途中で、いつの間にか姿が見えなくなっていた。

 次会ったら、どうやって姿を消しているのかも聞いてみるか。

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