第20話 試験
幅の広い階段を降りると、そこには闘技場のような広い部屋があった。ご丁寧に観客席まである。
「なぁ、なんでこんな見せ物みたいになってんだよ。ここ訓練場とかじゃないのか?」
「バカ、見せ物にしてんだよ。特に俺が戦うってなると、皆んな観にくるな。やっぱり冒険者ってのは強者の戦いを見て学ぶのも大事なんだ。はぁ、仕事に行っちまってる奴らが可哀想だ。こんな面白い試験を見逃すなんてな」
なんだか自慢に聞こえなくもないが、この男が強者というのは事実なんだろう。だとしたら、俺は相当頑張らないと迷宮に入る資格を得られないかもしれない。
「なぁリュート。お前は迷宮に潜る以外に、やりたい事とかないのか? 俺には本当にあの迷宮に潜る意味がわからん」
闘技場の真ん中で、向かい合って話す。
別にわからなくていい。ただ許可を出せばいいだけなのに、ずいぶんお節介な奴だ。
あ、でもやりたい事、というか、やるべき事はもう一つあったな。
「そうだ、人探しをしてるんだけど、アンタならデコが広いから知ってるかもな。名前はわからないんだけど、めちゃくちゃ強い研究者知らないか?」
「おい待て! デコが広いのは関係ねぇだろ! しかも名前くらい聞いておけよ……」
俺はゴブ太が研究者に言われた言葉を、自分が聞いたかのように話す。今ゴブ太の話をしてもややこしくなるだけだからな。
「私の名前? 君は私の名前を知らないことで今まで不便に思った事はあるか? 名前というのは記号に過ぎない。他者を交えて話す場合は記号があった方が区別しやすいが、ここには私と君しかいない。無意味な事を知りたがるようになったな」
研究者の真似をしていたゴブ太の真似をすると、ガイストはポカンと口を開けた。
「もしかして知ってるのか? 白銀の髪と黄金色の瞳の、絶世の美女だ」
そこまで言うと、ガイストは禿げた頭を右手で押さえ首を振った。
「お前は面倒事ばっかり持ってきやがる。俺はあの人が苦手なんだよ……そもそも、お前が会いたがったとしてもあの人が会ってくれるかわからないぜ?」
おぉ、なんて幸運! 早速一つ目の目的を達成出来そうだ。しかし会ってくれるかわからないか。やっぱり有名で忙しい人だったりするのだろうか?
仕方ない、少し賭けにでるか。
「会ってくれると思う。その人も俺を探している筈だからな」
俺の言葉にガイストは疑問を浮かべたようだ。
よかった、こいつはマギアテイカーの事情を聞いていないらしい。
多分頭のキレる研究者なら、過去にゴブ太に話した「マギアテイカーを探している」という言葉を覚えていて、それと俺の言葉を結びつけてくれると思う。
ただ、そうなった場合心配なのは、彼女がマギアテイカーを保護すると言ったのが嘘で、誘き出して殺そうとしていた場合だ。だから俺は自分の事を隠して研究者に会いたいと思っていたのだが、それは望みすぎだったな。
研究者をいい人だといったゴブ太の感覚を信じるしかないだろう。
「ふぅん? ま、試験が終わったら連絡取ってやるよ。だが向こうさんが応えてくれるかは……運次第って所だな。さ、始めるか」
そう言って大盾を構えるガイストを見て顔を顰めた。
奴は武器も持ってないし、上半身はタンクトップ一枚。防御性など皆無だろう。
「なんだ? 俺の格好が気になるか? 大型の魔物と戦う時はともかく、対人戦では動きやすいこの格好が好きなんだよ。武器もこの盾一つで今までやってきた。お前の方こそそんな格好で良いのか? 武器なら貸し出せるが、使うか?」
闘技場の端を指差すガイスト。さっきの受付嬢が荷台に槍や剣など、色んな武器を乗せて立っている。
「いや、武器の扱いは慣れてない。このまま行く」
「なら来いよ。全力でな」
その言葉を聞いてから俺は両手を前に出した。
無数の火の弾丸と、土の弾丸をガイスト目掛けて放つ。まずは小手調べだ。
「複数属性の無詠唱魔法か! 大したもんだが、効かなきゃ意味ないぜ!」
笑いながら盾で魔法を弾きつつ、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
アイツの身体の殆どを隠している大盾が厄介だな。あれは多分ただの盾じゃない。
俺は弾丸を止めてから、全力で風魔法を放った。なんの変哲もないただの風だ。
だが思いっきり力を込めたこの風なら、いくら筋骨隆々の大男でも吹き飛ばせるはず。
しかし――
「ハハハ! そよ風が気持ちいいなぁ!」
ガイストは吹き飛ばされるどころか、風などなかったかのように平然と歩いている。
やはりあの盾は魔法を無効化している。キメラと対峙した時に魔法がないと俺は無力だと実感したばかりなのに、もう俺の天敵が現れやがった。
いや、でもこれはアイツの能力じゃないと思う。多分盾に触れないと発動できないはず。ならば――
「はぁっ!」
地面を強く踏みつける。魔力が地中を伝い、ガイストの足元から土棘が飛び出る。
「うおっ!? 器用な奴め……」
棘から避けようと飛び上がるガイスト。
空中に逃げた大きな的に手を向けて、一本の炎を放つ。イメージは迷宮で出会ったあの大蛇だ。
ガイストは空中で器用に身を捩り、こちらに盾を向ける。また魔法を無効化するつもりだろうが、炎の蛇は俺の手と繋がっている。未だ俺の手から離れていない魔法なら、容易に形を変える事が出来る。
盾に触れる直前、炎の蛇は八本に分かれた。
その内の二本が左右から、二本が上下から、そして四本が背後からガイストに襲い掛かった。
奴は一瞬狼狽したようだがすぐに対応を決めたようだ。盾を下に向け、その盾にしがみつくように丸くなる。当然背中はガラ空きだ。
下から向かわせていた一本は盾に消されたが、他の七本は全てガイストの背中に直撃した。そのまま燃やし尽くそうと火力を上げるが、炎が広がらない。
原因を探そうとしてハッとした。
魔法は、魔力が少ない敵ほどよく効くものだ。そしてガイストの魔力は平均的。俺より少ないくらいだ。だから本来なら容易く燃やせるはず。
だというのにアイツは炎が燃え広がらないように、背中で防いでいる。どうやっているのか。それは背中だけを身体強化し、魔力をその部分にだけ全力で注ぎ込んでいるんだ。
そうやって局所的に守りを固める事で、大きな力にも耐えられている。
ガイストの緻密な魔力制御能力に、思わず見惚れた。
俺に同じ事が出来るようになるまで、いったいどれ程の訓練が必要になるだろうか。精々全身に魔力を通して身を硬くする事しか出来ない俺には、遥か遠い道のりだろう。
「くっそアチィじゃねぇか!」
地面に激突したガイストは即座に走り出した。
炎の蛇で追い、何度か
「遠くから魔法撃ってくる奴は、近接戦が苦手だよなぁ!」
確かに俺は武術の経験もないし、体格も優れているわけじゃない。
しかし短期間とはいえゴブ太に習った身体の使い方や、ミーシャと組んでからは前衛として戦っていた経験がある。
「おらよ!」
掛け声と共に左手だけで持った盾を横に振るうガイスト。
一歩下がってやり過ごすが、ガイストは俺よりも大きな一歩を踏み込み、右ストレートを繰り出す。
しゃがんで避けると、振りかぶられていた盾が地面に叩きつけられる。低姿勢のままその場から離脱していた俺はガイストの背後に回り込みながら飛び上がり、右手に作った土の棍棒をハゲた後頭部目掛けて振り下ろす。
だが紙一重の所でガイストは横に跳び、振り向きざまに左手の盾で振り払う。
空中にいた俺は慌てて風魔法を使って自分を吹き飛ばす。
天井近くまで飛んだ俺はその場から水魔法を噴射し、闘技場を水浸しにする。
「くそ! 誰が掃除すると思ってやがる!」
ガイストは空中までは追ってこない。風魔法を自在に使う俺相手だと
ならば好都合。
あの時、死にかけた時の感覚を思い出せ。一本の糸を手繰り寄せるような感覚で使った氷の魔法。
多分あれは固有魔法じゃない。精霊魔法だ。
俺がガイストに手を向けると、奴は盾を持ち上げて警戒する。今まで俺の手から魔法を放っていたから当然だろう。
しかし今度は違う。
「アイスエイジ!」
濡れたガイストを中心に闘技場全体が氷に包まれる。
その中心にいたガイストは氷の球体に閉じ込められて狼狽している。盾で内側から氷を破壊しようとしているが、あの盾は触れた魔法の魔力を掻き乱す力しか持っていないようだ。だから魔法で出来上がった物質――土や氷を即座に消すことは出来ない。
着地した俺は凍った地面に両手をついた。アイスエイジは対象、あるいは周囲を凍らせることしかできない。
だからここからは自由に操作できる固有魔法の出番だ。
普段地面を変形させて土の棘を出すように、氷の球体の中に幾本もの氷の棘を作り出して中の獲物を刺す。
「えぐ……」
観客席から誰かの呟きが聞こえた。
確かに側から見れば拷問にも見えるだろう。半透明の氷は少しずつ血の色に染まっている。
しかし手応えでわかる。どれも致命傷には至らない。
ガイストはここでも盾で前面をカバーしながら、側面と背面は魔力を集中させて強化している。
だがこれでいい。
魔力量だけで言えば俺の方が上だ。このままガイストが防御に集中してくれれば、先に力尽きるのは相手側だ。
なんて考えた矢先、氷の棘がガイストの腕に深く刺さった。
力尽きるにはまだ早い。
という事は、防御を捨てて攻撃に出るつもりだ。
脆くなった所にもう二発ほど攻撃を与え、その後直ぐに氷の壁を作る。今度は俺が防御する番だ。
とにかく硬く、そして複数枚の壁を作ろうとするが、三枚作ったところでガイストの声が聞こえた。
「オーバーヒート」
直後、厚い氷が割れる音が闘技場内に響いた。
ガイストを覆っていた球体の氷が割れ、俺が展開した氷の壁が一枚、二枚と順番に砕け、三枚目はヒビが入り、そこで止まった。
ゆらりと歩いてくるガイストからは、蒸気が立ち上っている。歩くたびに地面の氷が溶ける。
観客席の冒険者がざわつきだした。
「スキルか。アンタ、俺に全力で来いって言ったくせに、自分は今まで舐めプしてたのか? 最初からスキル使ってれば、その傷も負わなかっただろ」
ゴブ太に聞いたことがある。固有魔法が生まれついての能力、先天性のものだとしたら、スキルは後天性の能力、つまり自身の経験や訓練によって身につく特殊な技能だ。
ガイスト程の武人なら使えて当然だな。
「使え……なかったんだ。試験中、監督官はスキルの使用を禁止。それが自分達で決めたルールだからな」
ヒビ割れた最後の壁にガイストが盾で触れると、触れた部分がジュッと音を立てて溶け、支える力を失った壁はゴロゴロと崩れ落ちた。
氷の瓦礫を乗り越えて来たガイストが凶悪な笑みを浮かべた。
「でもよぉ! こんな貴重な機会、ルールなんて構ってられねぇ! お前最高だぜ戦士リュート! この高揚感は何年ぶりだろうな!? 惚れちまいそうだぜ!」
背筋がゾクリとする。
これがアイツの本気か。危機感知が逃げろ逃げろと喚いている。
「この戦闘狂が!」
お互いに走り出す。
間合に入った瞬間、ガイストが盾を前に押し出す。たったそれだけの動きなのに、その場から衝撃波が放たれ、熱風が闘技場を走り抜ける。
すんでの所で躱した俺だが、風に煽られ体勢を崩す。
獣のようなガイストの目が俺を捉える。
「プロミネンス」
スキルだ。考えるより先に風魔法で離脱した。
直後、ガイストを中心に爆発が起こる。
天井まで逃げたにも関わらず、炎が飛んできて腕で庇う。魔力で頑丈にしていた服だが、簡単に袖が焦げ落ちた。
くそ、逃げてばかりじゃジリ貧だ。
ありったけの魔力で土の槍を作る。
だが、ガイストは地上から盾を振って炎を含んだ衝撃波を飛ばして来る。
それらを空中で躱しながら魔力を練り続ける。硬く、強く、鋭く。
仕上げに「アイスエイジ」と唱えて、土の槍を氷で包み、更に強度を増す。
再び衝撃波が飛んできて、それを避けた直後、俺は槍を構えて真っ直ぐガイスト目掛けて降下した。
ガイストが笑うのが見えた。盾を構えて正面から防ぐつもりらしい。
矛先が盾に触れる瞬間、槍を握った両手から風魔法を放つ。盾から発せられる衝撃波を逃すためだ。
案の定俺たちがぶつかった途端、周囲に凄まじい熱風が巻き起こり、観客席から悲鳴が上がる。最前列にいた子ども冒険者達が吹き飛ばされている。
永遠にも感じられる長い一瞬の後、ガイストが持つ盾から「ピシリ」と音が鳴る。目を丸くするガイストだが、それだけだった。
負荷をかけすぎた槍は砕け散り、支えを失った俺の身体はそのまま盾の上へ落ちる。
ガイストは右手で俺を掴んで地面に叩き付け、左手の盾で上から覆い被さるように俺を押さえ付けた。
「はぁ、はぁ……これで、終わりだリュート。なぁ、お前ほどの戦士が無駄死にするなんてもったいない。考え直さないか? 災禍の迷宮に潜る意味なんてないだろ」
終わり? 無駄? 意味がない?
俺はただ家に――家族の元に帰りたいだけだ。
そんなちっぽけな願いすら叶えられずに終わりだなんて認めたくない。
「勝手に……決めつけるな」
沸々と怒りの炎が湧き上がってくる。
頭の中がぐちゃぐちゃで、何に対する怒りなのかもわからない。
俺の願いを無意味と言ったこの男に対してなのか、無様に負けた自分自身に対してなのか、或いは俺をこの世界に落とした理不尽に対してなのか。
両手から迸る炎は俺とガイストを容易く包み込み、闘技場全体にまで燃え広がる。
「俺はまだ、死んでねぇぞ」
「――っ!? インパクト!」
最後に見たのは息を呑むガイストの顔だった。
直後、全身の骨が軋み、身体の中を熱い何かが走り抜けると同時に、俺は意識を失った。
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