第19話 偉そうな新入り

 

「さっきの話の続きだけど、冒険者登録について……あ、この紙に個人情報を書けばいいのか?」


受付カウンターに置かれていた紙をミーシャに見せて読み上げてもらう。

名前、年齢、種族など、俺はミーシャの質問に答えながら代筆してもらった。


「あ、ご記入ありがとうございます……って、平然と話を続けないでください! ど、どうしてこんな事に……」


 呆然としていた受付嬢の意識が帰ってきたらしい。床で寝てる冒険者達を見て頭を抱えだした。


「おいおいなんの騒ぎ……ってなんだよこれ。最近噂になってる暗黒大陸からの使者でも攻めてきたか?」


 その時奥のドアからハゲた大男が出てきて、ギルド内の様子を見回す。


「あ、ガイストさん! 実はこちらの方が冒険者登録に来たんですけど……」


 そう言って受付嬢はハゲに説明を始めた。早く登録を済ませたいけど、仕方なく黙っておく。

 彼女はキチンと冒険者が先に手を出した事についても話していたため、俺は口出ししなかった。


「ははは! 坊主、すまなかったな! 俺はここのギルドマスター、ガイストだ。コイツらも悪い奴じゃねぇんだ。許してやってくれ」


「俺はリュート、こっちはミーシャだ。なぁガイスト。新入りにいきなり襲いかかって来るような奴らが悪い奴じゃないって、アンタは本気でそう思ってんのか?」


 ミーシャはもう怖がっていないし、この件については終わりにしてもよかった。だが、ガイストが問題を起こしたくない故に冒険者達を庇っているのだとしたら、俺はコイツを軽蔑する。そんなの、イジメを見て見ぬふりしたあげく事実を揉み消した教師達と同じだから。


「いや、逆だな。俺はコイツらを悪い奴じゃないと信じているからこそ、いきなり襲いかかったのが不自然に思えるんだ。お前さんがコイツらを威嚇して焚き付けたって言われた方が納得するぜ」


 俺が威圧の魔法を使った所をガイストは見てない筈だが、これは勘で言ってるのか? それとも本当に冒険者達を信じているのか?


「リュートさん、お怒りになる気持ちはわかりますが、どうか許してあげてください。リュートさんに最初に絡んでいたあの人はキースさんと言いますが、彼は新しく登録する冒険者が無謀な冒険をしないように、ああやって覚悟を試すようなことをしているんです。普段はあんなに暴力的ではありません」


 まぁ、確かに客観的に見れば俺が被害者だが、実際には俺が焚き付けて返り討ちにしたんだ、非があるのはどちらかと言えば俺か。それに、彼らが本当に冒険者達を信用しているのもわかった。


「わかった、今回の事は許そう。で、俺たちも同じように信用してもらうためには、冒険者になればいいのか?」


「ありがとうございます」と頭を下げる受付嬢と、ニヤリと笑うガイスト。


「そいつも逆だな。信用があるから冒険者になれるんだ。坊主は何か勘違いしているのかもしれないが、冒険者ってのは誰でもなれるようなもんじゃねぇ。強さはもちろん、依頼内容を正確に理解する知力、仕事を最後までやり通す責任感、依頼主と会う仕事の場合は円滑なコミュニケーション能力が求められるし、必要な能力をあげればキリがない。うっかり変な奴を採用したせいでギルドの評判を下げたくないからな、冒険者登録には試験が必要だ。普段なら一週間おきにまとめて試験を行なっているが、まぁ今は暇だし、教官もそこでのびてるしな、俺がお前らをみてやるよ」


 教官、と言った時にガイストは股間をおさえている槍使いと、短剣を持って気絶している女を見た。あいつら重要な役職だったのか? 他の冒険者に混じって新入りイジメんなよ。


「っと、その前に冒険者になりたい理由から聞かねぇとな。稼ぐためってんならそれでいいけど、リュートは災禍の迷宮に興味があるんだって? でもあそこが危険な割にロクなもんドロップしないって知ってるだろ? 今では研究者達しか出入りしなくなったし、冒険者はその護衛でしか入らないような場所だ。何が目的だ?」


 災禍の迷宮って呼ばれてたのか。それにしてもドロップ品しょぼいと思ってたけど、やっぱりあれは普通じゃなかったんだな。ゴブ太に魔道具の類も落ちるって聞いた時にはワクワクしたが、結局一度もそれらを見た事はなかった。

 となると、確かにあの迷宮に潜る理由がないな。異世界に繋がってる可能性があるなんて言えないし、ここは――


「そこに迷宮があるから」


 キメ顔で呟くと、「はぁ?」とガイストは顔を顰めた。


「他にも迷宮はあるだろ。なら別の、もっと初級の所から挑戦しろよ」


 正論を叩きつけられた。


「いやほら、未知の迷宮ってロマンがあるだろ? 冒険者として謎を解明したいと言うか、ほら、俺って天才だから知的好奇心が疼いちゃうんだよなぁー!」


 もうめちゃくちゃだった。でもこれでいいのかもしれない。

 まともな人間は、危険なだけで得られる物がない災禍の迷宮には潜らない。

 でも、異常者なら常人がやりたがらないような事をやりたがるものだ。

 よし。今日から俺は、異常者だ! あれ? 元からそうだっけ? まあいいや。


「はぁ、その無謀さが若い冒険者を殺すんだよ……まぁいい、お前達の実力が足りてるかどうかはこの後試す」


「ん? 待て、災禍の迷宮に潜るのは俺一人だ。ミーシャは普通に冒険者登録に来た」


 俺の言葉に口を挟もうとするミーシャだが、ガイストの「は? マジかよ」という驚きに阻まれた。


「じゃあミーシャはなんで冒険者になろうと思ったんだ?」


「……お父さんも冒険者やろうとしてたから、私が代わりにやる。それに、お金がないと生きていけない」


「先ほどから気になっていたがミーシャ殿、君の父の名を聞いてもよろしいか?」


 ミーシャの言葉を拾ったのは俺が先ほど投げた狼の獣人だった。

 振り返れば、何人かの冒険者は復活し、散らかった椅子や机を直していた。

 赤髪の少女はそれに参加せず、ボーッと突っ立っている。アイツ協調性皆無だな。俺が言えた事じゃないけど。


「狼くんさぁ。お前その前に俺に言うことがあるんじゃないのか?」


 少しからかってやろうと思った。それにミーシャと同じ獣人が、ミーシャに興味を持っているのだ。こいつの人柄も知っておきたい。


「はっ! リュート殿、先ほどの無礼、大変失礼致した! 俺はカリスと申す! 貴殿ほどの強者と手合わせ出来る事に歓喜し、乱闘に便乗してしまった! この詫びは後日必ず!」


 ん? こいつ「キースの仇!」とかそういう理由で蹴りかかって来たわけじゃないのかよ。手合わせしたいって、どこの戦闘民族だよ。クソ迷惑じゃんか。


「まぁいい。俺は寛大だから許してやる」


「はっ! ありがたき幸せ!」


 俺たちのやりとりを見ていたガイストが受付嬢に囁く。


「信じられるか……? この偉そうな奴、登録前の新入りなんだぜ……?」


 さて、変な奴らを放っておいてミーシャに問い掛ける。


「ミーシャ、話せるか?」


 ミーシャは黙って頷く。親の話なんてまだ辛いだろうけど、彼女は一歩前に出た。


「お父さんの名前はガラン。知り合いなの?」


「やはりか! 純白の耳が奴そっくりだ。彼と仲が良かったのはまだ奴が独身の頃だったがな、共に旅をした事もある。数年前に娘が生まれたと手紙で知っていたからな、もしかしたらと思ったんだ! 懐かしいな、今はどうしてる?」


「お父さんもお母さんも死んだよ」


「……そうか。それはすまないことを聞いた。俺にも悲しませてほしい。して、君たちの関係は?」


 ミーシャが俺を見上げたから、俺は頷いた。この子には、俺たちが迷宮にいたこと以外なら自由に話していいと言ってある。じゃないとちゃんとコミュニケーション取れないからな。この子には、俺以外にも気軽に話せる人が必要だ。


「私が死にそうな所を助けてもらった。それで一緒にここまで来た」


「そうだったのか。ガイスト殿! 試験など不要だ。彼らは善い人達だ。しかも強い! 是非俺たちとパーティを組んで欲しい! リュート殿もミーシャも歓迎だ!」


「おい。俺は迷宮に潜るって言ってるだろ。さっき頭を打ったせいで健忘症にでもなったのか?」


「ではミーシャはどうだ!?」


 カリスの顔を見上げて黙り込むミーシャ。


「すぐに答えを出さなくてもいい。でもこいつの提案は悪いもんじゃないと俺は思う。ミーシャ、よく考えておくといい。カリスも暫く待ってくれるか?」


「あぁ、もちろんだとも! 俺たちはこの街に永住するつもり故、いつでも歓迎する! 後で仲間達も紹介しよう」


 俺たちの話が済んだ所でガイストが話し始める。


「まったく、俺を放置して盛り上がりやがって。なんにせよ試験は必要だ。特にリュート。一人で迷宮に潜りたいってんなら相当の実力を示さないと許可できないぜ」


 そうして俺たちはギルドの地下に向かう事になった。

 何故か関係ない冒険者たちが皆んな着いて来たけど、もしかして公開処刑でもされるのかな?

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