第18話 洗礼

 

「な、なぁアニス。変なこと聞いてもいいか?」


 コーネル達を見送った俺とミーシャはホテルのロビーに戻り、カウンターで暇そうにしてたアニスを捕まえた。


「あ、リュート様、ミーシャ様。どうなさいました?」


「この街の安宿ってどれくらいあれば泊まれるんだ?」


「そうですね……銀貨一枚で泊まれる激安宿を私は知ってますが、安全面でも衛生面でもお勧めできませんね……。この街で安心して泊まれるのは、食事付きで銀貨五枚以上の宿屋のみですかね」


「そうなると、金貨一枚で何泊出来る?」


「今でしたら、二十泊……いえ、連泊の場合サービスしている所が多いので、二十五泊は出来るんじゃないでしょうか?」


 今だったらって何? あ、金とか銀って価値の変動があるんだっけ? 面倒だな……。

 とりあえず、俺が持ってる金貨十枚で二百五十日は暮らせる事がわかった。もう働かなくていいんじゃね?


「あ、食事はどれくらい?」


「そうですね……露天で串焼き一本買うなら銅貨五枚から十枚程ですかね。大衆食堂で冒険者が満足出来る量の食事をする場合は銀貨一枚は必要と聞いた事があります。もちろん、お酒を嗜む方はもう少し高くなると思いますが」


 うぅん……やっぱり話を聞くだけじゃあわかりにくいよな。串焼きの肉が何かも大事だし、安宿のサービスがどこまで行き届いてるのかもわからない。食事に至っては、俺とミーシャの食事量が一般的な冒険者と同じかもわからない。

 実際に街に出て学んで行くしかないだろうな。


「ありがとう、なんとか生活出来そうだ……そう言えばこのホテルは一泊どれくらい?」


「食事付きで銀貨二十枚です。お二人はあと十日間滞在頂けますが、その後もご利用の場合はいつでもお申し付けください」


 うへぇ……普通の宿の四倍も高いじゃん……。


「ま、まぁ考えておくよ。あと、冒険者ギルドはどこにある?」


「ホテルを出て左に歩くと、すぐに大通りに出ます。そこを右に曲がってしばらく歩けば辿り着けます。街の中心にありますし、大きな建物なのですぐわかると思いますよ」


 アニスに礼を言ってから、俺とミーシャは早速ギルドに向かうことにした。


「そういえば、ホテルの部屋わけてもらった方がよかったか」


 俺が歩きながら呟くと、ミーシャは「なんで?」とこちらを見上げた。


「いや、うーん、ミーシャはまだわからないかもしれないけど、普通男女で別れるものなんだよ」


「一緒の方がいい。お金もかかるよ」


 まぁミーシャがそれでいいなら気にしないでおこう。


 大通りに出ると、途端に人が多くなった。

 ミーシャがはぐれないようにと俺の服の裾を掴む。

 露天で果物を買う婦人、串焼きを食べながら歩く冒険者、中には獣人の姿もあり、文字通り異世界だ。

 活気のある街をしばらく歩いて行くと、正面に石造りの大きな建物が見えて来た。


「あれがギルドだよな。そういえばミーシャは文字は読めるのか?」


 さっきからいろんな店の看板の文字を見ているのだが、文字がまるでわからない。言語がわかるなら文字もわかるようにしてくれと思うが、ゴブ太も俺と同じように文字はわからなかったそうなので、何か理由があるのかもしれない。

 地球に帰る方法を探すために書物は漁るだろうし、文字は優先して学びたいな。


「少しなら読める。でも、お母さんに教わってる途中だったから、読めないのもある」


「そうか……。なら、これからまた学んでいこうな」


 少し辛いことを聞いてしまったな。

 ともかく、ギルドに到着した俺たちは重い扉を開き、中に入った。

 やはり荒くれ者が多いからだろうか、他の建物より頑丈そうに見える。

 中に入れば大きな部屋になっており、吹き抜けの二階が見える。右手には受付らしきカウンターがあり、綺麗な桃色の制服を着た女性職員が書類を確認している。

 左手を見ると、併設された酒場で朝っぱらから酒盛りをしている冒険者が数名。

 正面には依頼ボードだろうか、たくさんの紙が貼られた壁を眺める冒険者もいるし、ロビーの椅子やソファに座ってただ話をしている冒険者達もいる。

 そして、これらの人達全員が、俺とミーシャの方を見た。


 ――なんだこの気まずさ。


 そう思ったが口にはせず、受付嬢の方に歩いて行く。

 ギルド内は広いが、今は三十名ほどしか冒険者がいないようだ。朝遅い時間だから、もう殆どの冒険者は仕事に行ったのだろうか。

 しかし、その中のほぼ全員に観察されている状況というのは少し居心地が悪い。なんだ? ここは一見さんお断りなのか?


「おはようございます、ようこそ冒険者ギルドへ。本日はどういったご用件でしょうか?」


 だが受付嬢の丁寧な対応を見るに、拒まれているわけではないのだと思う。


「冒険者登録がしたいから、説明を頼みたい。それと、最近この近くに出来た迷宮についても詳しく知りたい」


 俺がそう言った途端、ギルド内でドッと笑いが起こった。

 大柄のクマみたいな男がゆっくり近づいて来る。


「おいおいおい、兄ちゃん達よぉ、そんなピクニック行くみたいな格好で冒険者登録に来ただぁ? ちょーっとプロの仕事を舐めすぎじゃあないのか? え?」


 そう言ってニヤニヤしているが、攻撃して来る様子はない。

 とはいえ、手を伸ばせば届く距離まで近付いて来ているため、何かあったら対応出来るように警戒しておく。

 しかしピクニックか。言われてみれば俺たちはコーネルと食事をしてそのまま綺麗な服でここに来た。荷物だってポーチ一つしか持ってない。なるほど、場違いな格好だから見られていたのか。


「装備は整えるつもりだが、ここで良い店を教えてもらってから購入した方が合理的だと思ったんだ。だから今持ってる服でここに来た。俺の考え、何か間違っているか?」


 淡々と説明すると、「装備も持ってねぇド素人かよ!」と更に大きな笑い声が響いた。


「なぁ坊や。お前は親に甘やかされて自分を天才だと勘違いしちゃったのかもしれねぇが、何も出来ないくせに特級の迷宮攻略とかデカい目標を語るのはやめとけよ、な? それともその奴隷の嬢ちゃんに戦わせるつもりなのか?」


 カルラと同じように、こいつもまた、俺を東方の貴族でミーシャをその奴隷だと勘違いしているようだ。

 その時、大男の嘲笑がミーシャに向いた時、俺の服を握っていた小さな手が震えだした。

 それに気付いてハッとした。

 この子は人間に両親を殺されているんだ。多分人攫いだと思うが、そいつらもきっと悪意に満ちた笑みを浮かべていたのだろう。

 この大男の汚いツラを見て、それを思い出してしまったのかもしれない。

 大きくため息を吐いた。

 自分の愚かさに呆れる。

 トラウマがそう簡単に消えることはないって、俺は知っている筈なのに、この子が怖がるまで気付いてあげられなかった。

 俺が一番最初にやらなきゃいけなかったことは、冒険者登録でもうるさい大男達をあしらう事でもない。ミーシャを安心させてあげる事だ。


 ため息を吐いた俺に腹を立てたのか、「なんだその態度」と更に近寄って来る大男を、俺は思いきり睨みつけた。

 そうだ、俺がマギアテイカーなら、迷宮で倒した威圧を使うライオンの固有魔法も使えるかもしれない。

 そう考えると、自然にどうするべきか理解した。

 敵を睨む目と、これから喋ろうとする口に魔力を運び、殺意を込めて放つ。


「俺達が弱いと思うなら試してみるか?」


 その瞬間、ギルド内の全ての冒険者が椅子を蹴って立ち上がり、武器に手をかけた。皆が揃って驚愕したような表情を浮かべている。まるで自分の意思に反して身体が恐怖してしまったような反応。俺の目の前にいた大男なんか、何もしていないのにその場から飛び退いた。

 やっぱり上手く制御出来なかった。一人強そうな冒険者がいるから、あいつだけは巻き込みたくないなと思っていたが、彼女も武器に手をかけてしまっている。

 まあいい。後の祭りだ。


「ミーシャ、よく見ておけ。ここにいる人間どもなんて、俺たちが戦って来た魔物と比べたらゴミクズみたいなものだ。何も怖がる必要なんてない」


 小声でそう言ってから俺の服を掴んでいた小さな手を剥がすと、激昂した冒険者達が襲いかかって来た。


「て、てんめぇ、何しやがったクソガキが!」


 わかるよ、見下していた人間が急に恐ろしく思えたら、その恐怖を隠すために強がるよな。でも俺の周りにいた不良中学生と同じ反応とか、精神年齢低すぎるだろ。


 デカいだけの拳をしゃがむ事で避け、大男の懐に入る。

 どうせ俺が小さいから大したパワーは無いって油断してんだろうな。

 そんな男の鳩尾に右ストレートを深く食い込ませる。風魔法で拳の早さを増し、地属性魔法の石で手の甲を硬く覆っているから相当痛いぞ。


「ぐぼぉっ!?」


 汚ない胃液を口から吐きながら吹っ飛び、ギルドの頑丈な壁にぶつかってようやく止まる大男。

 それを見て、次々に襲いかかって来る。

 拳を振るう男には、その拳に自分の拳をぶつけて打ち砕いてやった。

 高く飛んでかかと落としして来た狼みたいな獣人は、その足を掴んで振り回してやる。周囲に近寄って来ていた冒険者に獣人の身体がぶつかった時に手を離してやると、二人はもみくちゃになりながらギルドの床を転がった。

 正面から槍を持った男が突進して来た――とうとう武器を使い始めた――が、それは手のひらで受け止める。もちろんそのままだと刺さるので、掌を硬い石で覆っている。


「嘘だろ!?」


 槍持ちの男は驚愕に足を止めた。目の前で動きを止めるなんて、こいつらはよっぽど俺を舐めているのだろう。敵の前で足を止めるなって、ゴブ太から一番最初に教わった事だ。

 手のひらの石を変形させ、俺も槍の形を作って射出した。

 矛先は潰してあるため刺さりはしないが、槍は男の股間に当たってそのまま壁まで吹き飛ばした。


「お、おご! おご、お」


 なんか気持ち悪い鳴き声を発して悶えているけど、武器を手にしたアイツが悪いよな。

 なんて思っていたら、危機感知が反応した。死角から短剣を持った女が襲いかかって来た。同じように地属性魔法で防ぐが、腰からもう一本の短剣を出した女は二つの武器で怒涛の攻撃を仕掛けて来る。なんとか対応出来るスピードだが、まともに打ち合うのは面倒だ。

 地属性の魔法を解き、火と風魔法を生み出して女にぶつける。


「っ!?」


 女は大きく後ろに飛んだようだが、自分を庇うために出した両腕を焦がした。

 流石に殺す気は無いので魔法を止める。だが相手はまだ戦意を失っていない。

 仕方なく風魔法を纏って相手が動く前に近付き、その後頭部を思い切り殴った。彼女はそのまま倒れて気を失った。


 周囲を見れば、股間を押さえて悶えるものや腹を庇ってこちらを睨む者、意識を失ってる者に、戦意を喪失して呆然としている者もいる。

 乱闘に参加しなかった、俺よりも若い子ども冒険者は目をキラキラさせて俺を見ている。

 戦いたくないと思っていた赤髪の少女は俺の望み通り傍観を決め込んでいたようで、立ったままこちらを睨み付けている。俺が手を出さない限り攻撃してこないだろう。彼女と目を合わせないようにして、ミーシャの元に戻る。


「な? 魔物未満だったろ?」


 小声で言うと、ミーシャは僅かに頷いた。震えはもう収まっており、それを見た俺は安心した。

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